Fate stay night [Delusion version] 作:抜殻
冬木の空を、針金の鳥が舞う。その鳥が見たもの、聞いたものは、主人である少女の元へと届けられる。冬木から遠く離れた郊外の森の奥、そびえ立つ城は森の中にあるのがおかしいほど絢爛であった。その城の主人にして、聖杯戦争のマスターの一人である少女は、傍らにサーヴァントを従えながら使い魔からの情報を観ていた。
「ふーん。お兄ちゃんも、マスターになったんだ。ちょっと、面白くなってきたかも」
「何がだよ、マスター」
甲冑を着込んだ男が、少女に話しかける。
「いくよ、バーサーカー。お兄ちゃんに挨拶しなきゃ」
「誰だそいつ?」
「私の言った、面白い相手。場合のよっては、殺しちゃって良いよ、バーサーカー。とびきり、残虐な方法でね」
少女は笑う。月に照らされた顔は、見た目通りの愛らしさと純粋さを彷彿とさせる。が、その純粋さは純粋な殺意であり、歪んだ憎悪が少女の中には渦巻いている。その対象は、セイバーのマスターとなった、衛宮士郎に対してのものである。
×
「一体、どうなってるのよ」
塀の上に立つ遠坂は、俺の事を驚きの目で見ている。そして、先ほど呼ばれた彼女の事も。
「衛宮くんが、魔術師でセイバーのマスター...。ふざけないでよね」
中庭は、また別の緊張感に包まれていく。戦いは中断され、3人のサーヴァントは、お互いを意識し睨み合っている。それぞれがいるせいで、誰も動けずにいた。そのまま、静寂が続く。その間遠坂は俯き、何か考え事をしていた。
最初に動いたのは、俺を襲ってきた男だった。何と、再び逃げたのである。いや、逃げたというよりは引いた、と言った方が正解か。あの男の実力なら、この中の誰にも引けを取らない筈だ。
「やれやれ。この儂が、こう何度もしっぽを巻いて逃げ出す羽目になるとは」
去り文句を言い残し、男は夜の闇へと消えた。
「逃すか...」
「待ってアーチャー。追わなくて良いわ。それよりも大事な相手が残ってる」
ついに遠坂と一対一。全く訳が分からない状況が続いているが、もしかすると遠坂もさっきの男の様に俺を襲ってくるかもしれない。とにかく、敵意がない事を伝えなければ。
「遠坂...」
「黙りなさい!」
一喝され、びくりと次の言葉を飲む。
「いい、衛宮くん。私の質問に答えて。答えないなら、ここで消すわ」
遠坂の声は冷たい。本気だ。俺に拒否権はないと理解し、無言で頷く。
「貴方が、セイバーのマスターで間違い無いのよね」
いきなり、分からない質問が来た。このセイバーと言うのが、さっき現れた彼女だと言う事は分かるが、マスターと言うものが何なのかは分からない。だが答えなければ、俺は遠坂に殺される。それだけは避けなくては。
彼女...セイバーの方をチラリと見る。セイバーは小さく頷き、俺はとりあえずの返答をした。
「あ...ああ、俺がセイバーのマスターだ」
「そう、じゃ貴方は魔術師なのね。それじゃ貴方誰かと組んでたりする?ここに来る途中、明らかに不審な襲撃を受けた。時間稼ぎにしか考えられなかったけど、それって貴方のセイバー召喚を行うためのもの?」
「...いや、違う。俺には今、何が起きてるのかさっぱり分からない。いきなり、この状況に巻き込まれたんだ」
「巻き込まれた?それじゃあ、昼間私の家を嗅ぎ回っていたのは何なのよ」
うっ、嫌な質問だ。でも、下手な嘘を付くよりはマシだろう。
「あ...あれは、その...遠坂は心配だったから」
やはり、どんな状況でも恥ずかしく感じる。ほとんど接点のなかった女子の家に、心配になったから突然訪れたなどと。
「心配になった!?どうして衛宮くんが、私の心配をするのよ」
やはり遠坂にとっても予想外だったのだろう。さきほどまでの空気が少し崩れた気がする。話を聞くには今しかない。
「最近物騒だったからな...。それよりも遠坂、今、一体何が起きてるんだ。俺は一体何に巻き込まれたんだ」
遠坂は、この出来事について知っている。この突然セイバーが現れた事についても。それを教えて貰わなければ、俺はどうすればいいかも何もわからない。
「...本当に、何も知らないのね。良いわ、教えてあげる。この聖杯戦争の事について」
「聖杯戦争...?」
一体、それは何なのか?戦争とつくからには、物騒なものなのだろうか?
「でも、ひとつだけ条件があるわ」
「条件...?」
「そ、条件よ。貴方のサーヴァント、セイバーの真名を教えて貰うわ。そうじゃなければ、今ここで貴方たちの命をもらう」
「真名...?次から次へとわからないことが多すぎるぞ、遠坂」
だが、今ここで切り出してくると言う事はよほど重要な事なのだろうが、俺にはどうしようも無い。何故なら俺は、彼女の真名とやらを知らないからだ。判断をしかね、セイバーの方を見る。
「私は、あなたに聞いているのよ、セイバー。貴方のマスターを見逃して欲しかったら、真名を名乗れとね」
俺にじゃなく、セイバーに?つまりそれは、俺よりもセイバーの方が困ると言うことか?それなら、
「セイバー、悩む必要は無い。その、真名ってのの重要さは分からないが、それを教えたせいでセイバーが困るって言うんなら、言わなくて構わない。その時は、俺だけでこの状況を何とかしてみせる」
セイバーには、既に命を救われている。そんなセイバーには、迷惑を掛けたくはない。
「衛宮くん、貴方状況は分かって...」
「シロウ」
セイバーが口を開き、全員がそちらを向く。セイバーの声は、広い中庭にもよく通った。
「言っただろう。私の誉れは、貴方を護る事にあると。ならば私が迷うことなどない。よく聞いておいて欲しい。私の名前を」
セイバーは剣を掲げ、高らかに名乗りを上げた。その姿に、俺も、遠坂も、圧倒された。凛々しく、逞しい姿。月光が照らし、幻想的な姿。その姿はまさしく、英雄の姿そのものであった。
「我が名はラクシュミー ・バーイー!ジャーンシー王国の王妃である!」