Fate stay night [Delusion version] 作:抜殻
1時間ほどかけて、ようやく教会へたどり着いた。既に真夜中で、世界は完全に静まり返っている。
道中では往来する車や、路地裏の暗闇でさえ、誰かが潜んでいるかの様な気がした。今までなんでもなかった場所が、今では虎の巣の様に危険で近づきたくない。
階段を登る。丘の上の教会も、今ではまるで違って見える。人々が救いを求めてやって来る教会が、今は来るものを決して帰さない牢獄の様に不気味に感じる。元々、この教会は好きではなかった。10年前の火災の孤児たちは、俺も含めてこの教会に引き取られるはずだった。その中で俺だけが、切嗣の子として出て行った。その事を負い目に感じていた俺は、あまりこの教会には近寄らない様にしていた。思えばこの避ける気持ちが、この教会に対して悪いイメージを持たせているのかも知れない。
「さっ行くわよ衛宮くん。アーチャーは、外で見張りをしておいて」
遠坂が扉を開けて入って行く。その後に続いて、意を決して教会に入る。
教会の中は暗かった。既に夜中。明かりも消え、差し込む月明かりだけが頼りだ。そんな状況でも、一人だけ参拝者が来ていた。外国人だろうか、若い男で髪は金色で目は赤い。その男は入ってきたこちらをジロリと見ると、俺たちの横を素通りし教会を去って行った。俺と遠坂は、何故かその男をずっと見ていた。
「こんな夜更けに訪問者とは、珍しい事もあったものだな凛」
教会に響く声に振り返った。そこには長身でがっしりとした体格に神父服を着込んだ、この教会を管理し、そして恐らくは聖杯戦争の監督役であろう神父が立っていた。
「彼が7人目か?私は、言峰綺礼。この教会を任されている神父だ。君は?」
「俺は、衛宮士郎。その最後のマスター...ってので、合ってると思う」
「衛宮...」
神父は、少し驚いた様な反応をした。
「ふっ、なるほど。運命というものは実に皮肉だ。で、合っていると思う、と言うのは?君が、セイバーを召喚したのではないのかね?」
「衛宮くんはね、たまたま召喚しちゃったのよ。巻き込まれた良いってもいい。まだ衛宮くんには、マスターとしての自覚も、覚悟もないわ」
「それでここに連れてきたのか。では君には、聖杯戦争がなんたるかを説明せねばならないな」
「それはもう遠坂に聞いた。7人のマスターとサーヴァントが、聖杯を巡って争うって」
「ほう、そこまで知っていて何を迷う。あらゆる願いを叶えられる機会を、君は手にしたのだぞ。ならばすぐにでも、戦いの準備をした方が良いと思うが」
「俺には戦うつもりなんてない。俺はただ、この戦いを終わらせに来たんだ」
「終わらせる?」
「ああ、聖杯戦争でこの街の人間が巻き込まれるかもしれない。そんな馬鹿げた事で、この街の人達が巻き込まれるなんて、俺には感化できない。あんたが監督役だって言うなら、聖杯戦争を止められるだろ。もしくは、その方法を聞きにきた」
「ちょ、ちょっと衛宮くん!」
遠坂が話しかけて来るが、制して話を続ける。
「そもそもその聖杯を奪い合う必要もないだろ。みんなが必要なら、みんなで分け合えば良いじゃないか」
「...ふっ、君は誤解している様だな、衛宮士郎。まず第一に、この聖杯戦争を止める手段はない。もちろん、私にもそんな権限はない。一度始まった聖杯戦争は、最後の1組になるか機嫌が過ぎるまで続けられる。そして、聖杯を分け合うと言ったな。これも無理だ」
「...どうして」
「聖杯は、あくまで器だ。中には何も入っていない伽藍堂。その中に、魔力を満たす必要がある。それを満たすものが、サーヴァントだ。サーヴァントは敗退した後、その魂は聖杯に保管される。そうする事で聖杯はようやく、願望機として機能する」
「止める方法がないなら、期限切れまで待てば...」
「それも無理だ。どのマスターも、了承する筈がない」
止める手立てはないと、あらゆる可能性を否定され続ける。俺は怒りを露わにした。
「一体なんだって聖杯なんて求める!他人を巻き込んでまでする価値のある事なのか!」
「聖杯戦争に参加できるのは魔術師だけだ。魔術師の願いは、最終的に根元にたどり着く、と言う一点に集約される。誰も見たことがないがある筈だ、と言うものに命をかける。それは、それは魔術師達にとっての存在価値、生きる意味だ。それは君の理解の及ぶ範囲を超えている。分からなくて当然だ」
「だからなんだって言うんだ。ならどうやって止めれば...」
「勝てばいいのだ、衛宮士郎。他のマスターを全て倒し、お前が戦いを終わらせればいい」
「なっ」
その言葉に、息が詰まる。街の人間を巻き込まない為に、マスターを殺す。だが、俺にそれができるのか?
「衛宮くん、何もマスターは必ず殺すわけじゃないわ。サーヴァントさえ倒れれば聖杯は満たされる。リスクはあるけど、マスターは殺さない手もあるわ」
「俺は...」
「では、一つ教えておこう、衛宮士郎。10年前の大火災。あれが聖杯戦争が原因だったとしたら、どうする?」
「え...」
10年前の火災が、聖杯戦争が原因...?
「冬木を突如襲った原因不明の大火災。だが私は、参加者としてあの光景を目にした。最後の最後に、衛宮切嗣と戦い敗れたが、一命は取り留めた」
切嗣が、聖杯戦争の参加者だった...?ちょっと待ってくれ。
「衛宮切嗣はまさに魔術師を体現していた。勝利の為ならばどんな汚い手でも使った。だが、何故か奴は最後聖杯を破壊する道を選んだ」
切嗣が勝つためにあらゆる手段を...?
一気に情報を押し付けられて理解が追いつかない。思考が定まらず頭がグルグルし、吐き気もして地面に膝をつく。
「少し、待ってくれ...」
とにかく、頭が整理出来ない。
「...どうやら、その時間はない様だぞ。厄介な客が訪れた様だ。早く決断しろ、衛宮士郎。戦いを放棄するならばそれもいい。令呪を剥奪してセイバーとの契約を切る。これで晴れてお前はただの一般人だ。だが戦うと言うのなら武器を取れ。お前の中にある正義とやらは、そんなに安っぽいものなのか?」
その一言に、ハッとする。分からなくてもいい。理解できなくても、認められなくても、俺がするべきなのは一つだけだ。
_______正義の味方になると、決めたのだから。
「俺は、戦う。マスターとして戦って、この聖杯戦争を終わらせる」
「ならば既に、ここに敵が訪れているぞ。凛もどうやら、そちらに向かった様だ」
俺はすぐさま教会を出る。去り際に、言峰は俺に向かって何かを話していた。
「...だが衛宮士郎。正義の味方には、明確な悪が必要だ」
こうして聖杯戦争は加速して行く。戦いの終着点へと。