Fate stay night [Delusion version] 作:抜殻
月明かりが世界を照らし、世界が静まり帰る時。美しい月光は、世界を白く彩る反面、闇をも濃く映し出す。光の遮られた暗闇は、目を凝らしてなお全容が見えない。出歩く人々は、その闇から逃げる様にせわしなく歩いていく。
ブンと、不快な羽音を立てて虫が飛ぶ。フラフラと蛇行を繰り返しながら、一定の方向へと飛んでいく。食事を求めて、匂いに誘われて。やがて灯りもまばらな、不気味さだけが残る大きな洋館の、その庭で死んでいた鼠へと辿り着いた。既に腐食が始まっているその肉塊に、虫たちが群がり自らの肉としていく。腐臭を放つ肉は小さく、誰も住んでいないかのように手入れの行き届いていない、豪勢であったであろう洋館の、門が開く。誰も見たことのない主の帰りに一人でに開き、一人でに閉まった。杖を突いた小柄な老人が遅い足取りで屋敷へと帰る。
そうして、虫たちは四散した。彼らは、かつて嗅いだこともないような程の濃密な血の匂いに耐えきれず、食事も放置して飛び去っていった。
その匂いの元、間桐臓見は何事なかったように扉を開き、自らの居城である間桐邸へと帰っていった。
間桐邸には、どこか陰鬱とした雰囲気がある。室内の照明は暗く、締め切られた窓によって空気は淀んでいる。だが間桐邸の地下、蟲蔵と呼ばれる地下室と比べれば、楽園ほどの差があるだろう。
間桐慎二は、この蟲蔵が小さい頃から苦手だった。ここにいる蟲を、自身には制御できない。蟲たちがその気になれば、間桐慎二という存在は、骨を残して栄養となるだろう。かつて彼の母がそうなったように。
「慎二よ」
そして、それと同じくらい、自らの祖父、間桐臓見の事も苦手だった。いや、恐怖していた。自身や、父鶴野と違い、間桐がまだ全盛の時の代、すなわち間桐の血を持つ本物の魔術師だったからだ。
「何故、儂の言いつけを破った?」
臓見の言葉には、何の感情も含まれてはいない。慎二には、それが恐ろしかった。それは自身が価値のない人間という証明であり、あくまでも数合わせとして参加させられているという事実を押し付けられる。サーヴァントを与えられた慎二には、到底容認できない事実であった。
「と…遠坂のサーヴァントが弱っていると教えたのは、おじい様だろ!?聖杯戦争が、サーヴァントの潰し合いなら、弱っているうちに叩くのは定石でしょう!」
大声で主張し、意味のない虚勢を張る。ビクビクと怯える様子を隠しきれていないことに、慎二自身は気づいていなかった。呆れた様に溜息をつきながらも、臓見は慎二に説く。
「儂は何も叱っているのではない。お前の言うことも確か」
「なっなら…」
「だが、それと言いつけを破ったことは別じゃ。儂が動くなと命じたのは、確実に勝ちを狙う為。それを遠坂の屋敷まで襲いに行くとは…」
臓見の一挙一動に怯える。
「だが、お前の行動で状況が変化したのも事実。既に起こってしまった事は、どうしようもあるまい。遠坂の娘と衛宮の倅。この二人が協力しあっているとあっては厄介じゃ」
臓見は慎二から視線を逸らし、階段を上がっていく。
「慎二、儂とお主であの二人を確実に仕留める。お主は遠坂の娘を足止めせい。儂が、衛宮の倅とやる」
「なっ…それなら僕に…!」
「異論は、認めんぞ」
じろりと、光の無い漆黒の瞳に睨みつけられ、慎二は後ずさりながら黙った。
「さて…では色々と準備をせねばあかんな。慎二、お主にはあの二人への開戦の合図を送ってもらおうかの。あの二人をおびき寄せるには、絶好の餌があるでな」
月明かりが雲に紛れると、月下はただ闇だけが覆い、冬木の街には不穏な空気だけが漂う。未だ脱落者なしの聖杯戦争は、この晩より加速していく。