Fate stay night [Delusion version] 作:抜殻
視界の隅に光を感じる。遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。浸かっていた水が、段々と抜けて自身の肉体が形成されていくような感覚を覚えて、目が覚めたことに気づいた。
体を起こすと、体の重さを一層感じる。体の節々も痛み、倦怠感があった。外の冷気に晒されて布団が恋しくなるが、時計の針は既に六時を指している。気を張って布団を離れて、朝の支度をすることにした。
「桜は…来てないのか」
普段なら既に、桜が朝食の用意を終わらせている頃だったが、どこにも桜の姿はない。ふと、慎二の事が頭をよぎった。間桐家の二人のマスター、慎二と臓見。つまり桜も、何かしら聖杯戦争に巻き込まれているのではないのかと、不安が募った。
「いや…遠坂が言ってただろ。魔術師は第一子に魔術を継がせて、それ以外の子はその存在すら知らないこともあるって。だから…」
だから大丈夫だと、素直には思えなかった。特に慎二の事だ。桜が、敵である俺の家に来ることを良く思うはずがない。もしかしたら慎二に止めれているのかも知れない。連絡が無いのも、慎二がそれを許さないからと考えるが、それでも胸中の不安は拭えなかった。
「変に刺激するのもマズいよな…」
だが桜が、この聖杯戦争の期間間桐家にいるとすれば、逆にそれは安全なのではないか、とも思った。いつも我が家に来て、帰る時間も遅い。この時期にそれは危険すぎるのではないか。間桐家は曲がりなりにも正当な魔術師の一族だ。慎二の様な事をする奴はそういないとすれば、暫くの間はその方が安全なのかも知れない。
突然、ガラリと襖の開く音が聞こえて振り返る。そこには、とても眠そうにぼうっと立つ遠坂の姿があった。僅かにはだけているパジャマに、さっと目を逸らす。
「……そうだった。遠坂は今…」
我が家の洋室の一つに住んでいる。いや正確には昨日から住み始めた。「同盟関係が終わるまでだから」と言われ、昨日の出来事もあって強く反対出来なかった。その先送りの結果が、こうして今出ているわけだ。確かに協力し合っているわけだから、同じ場所に住むのは効率がいいし安全だ。だが、俺の気が気じゃないというか落ち着かないというか、朝から悶々としてしまう。
(いやいや…セイバーとだってうまくやってるんだ…霊体だけど)
もしここにセイバーまでいたらと考えて頭を振る。幸いにもセイバーはあまり実体化を好まない。魔力は温存しておくべきだ、と言う至極真っ当な意見と、セイバーの個人的な理由らしい。あまり詳しくは教えてくれなかったが、セイバーは時折バツが悪そうな顔をする時がある。やたらソワソワしてるというか、キョロキョロと周りを見渡して落ち着きがないというか。何も起きなかった事に胸をホッとさせているとか。
「んん…」
先ほどから一歩も動かず座りこんでいる遠坂のところへ、コーヒーを作って持っていく。
「おはよう遠坂。コーヒーしかなかったけど、いいか?……朝、弱いんだな」
差し出されたコーヒーをチビチビと飲みながら、ようやく口を開ける。
「そうね…昨日は色々と疲れちゃったし、あの後も遅くまで起きてたのよ」
それは知っている。昨日も土蔵での鍛錬を行った。未熟な俺にできる事は、毎日続けていくことだけだ。その時、夜も更けていたというのに遠坂の居る部屋に明かりが付いているのを見た。もしかしたら眠れない程ショックを受けていたのかもと思い、そっとしておいたのだ。俺が行ったところで何かをできるわけじゃないし、遠坂だってそんな弱い所を見せたくはないだろう、と。
「そんな心配しなくても大丈夫よ、衛宮君。別に感傷に浸ってた訳じゃないわ」
「え…?」
何で分かったのか、心配は要らないと穏やかな口調で喋る遠坂に唖然と声を漏らす。
「フフッ衛宮君、思いっきり顔に出てたわよ」
「なっ…」
何だか、自分の考えていたことを全て見透かされて恥ずかしくなってしまった。そんなに分かりやすいだろうか…?とにかく、遠坂が大丈夫そうで安心した。
「ところで遠坂、これからどうするか決めたのか?」
遠坂が起きてきたら、一番聞きたかったことだ。同盟は継続している。協力している間桐家の二人のマスターも判明した。そのクラスにも概ね予想はついた。戦力的に考えても五分くらいはあるだろう。ここまでの準備があるのなら、あとは遠坂と作戦を練るだけだと考えていたが遠坂からは予想とは違う返事が返ってきた。
「何もしないわよ」
ポカンと口を開ける。
「別に、余裕ぶってるわけじゃないわ。今は私たちの方から動くのは利益が少ないってだけ。本調子でもないのに、魔術師の根城に乗り込む危険を冒す必要はないじゃない?」
そうか。セイバーは既に本調子に近いが、アーチャーの傷は深い。今の状況なら五分だろう。だが、アーチャーが完治すれば戦力的に俺たちが有利になる。
「それに、魔術師の邸宅は言ってみれば要塞みたいなものよ。魔術師にとっての家は貴重な霊脈を確保するためでもあるし、魔術刻印には及ばなくとも一族の研究の全てがある。そう易々と踏み入れる場所じゃないのよ」
ふと、桜の事を思い出した。そうだ、間桐邸には桜もいる。俺たちが襲いに行けば桜も巻き込まれるかも知れない。そうなったら、俺はこの聖杯戦争に参加した他のマスターと変わらなくなる。
……つくづく馬鹿だな、俺は。冷静に考える事が出来なかった。そんな言い訳が通用するような世界ではないというのに。
「それで、結局どうするんだ。何もしないなんてことはないだろう?」
「そうね、表立って動くのは危険ね。なら、この屋敷に籠るわ。どうせ連中の方から動きがあるでしょ。こうしてる間にも連中は不利になってくんだから。だから……そうね、衛宮君、私が魔術の稽古をつけてあげるわ」
「本当か!」
願ってもない提案だ。切嗣亡き後、ろくな師もなく鍛錬を続けてきたんだ。はっきり言って俺ができることは半人前の域にも達してないだろう。遠坂が教えてくれるなら、断る理由もない。
「よろしく頼むよ、遠坂」
「ビシバシ行くわよ。こう見えてもスパルタなの、私。衛宮君もそっちの方が得意そうだしね。それじゃあ早速……」
「待て遠坂、今日月曜だぞ」
「学校は休みなさい、とりあえず慎二と臓見を倒すまではね。連中どんな手を使ってくるか分からないんだもの。最悪、学校が戦場になるわよ」
それは、最悪だ。サーヴァントの戦いの規模はこの二日で重々把握した。あんなことが学校で起きたら、どれだけの人間が巻き込まれるか想像も付かない。
さて、とりあえずは欠席の言い訳でも考えるかと思っていたが、更なる大問題が我が家の目の前に迫っていた。
そう、「冬木の虎」こと、藤ねえの襲来である。