時系列としては1話直後辺りになります。
何番煎じだよという声が聞こえてくる気が致しますが、書きたかった所でもあります。
これ以後は週1回の投稿ペースを守っていけるよう頑張ります。
"ソレ"はずっと退屈だった。
生まれ落ちたときから"ソレ"は強者だった。
それ故だろうか、周りにいた連中ほどには正気を失ってはいなかったように思う。
そう。まさに、"正気の沙汰ではなかった"のだ、自分の周囲のなにもかもが。
ただただ破壊の限りを尽くし、動くものすべてを動かなくなるまで攻撃する。
逃げ惑う者も、泣いて命乞いをする者も。
最早物言わぬ死体となった兵士の体を、それでもなお原型を留めぬまでに破壊し尽くす"バケモノ"ども。
恐ろしさなど感じぬ身にあってなお、背中が粟立つような、その凄惨さ。
言い知れぬ不快感に押されるようにして、海の上を進んだ。
見下ろしても、見上げても、目に映るすべてが真っ赤だった。
時たま生き残りの人間が攻撃を仕掛けてきたが、豆鉄砲にすら劣るような攻撃に、苛立ちすら浮かばなかった。
『ツマラヌ…』
どれ程の月日、彷徨い歩いただろうか。時に人間だけではなく異形のバケモノからも攻撃されたが、それらバケモノでさえ、脅威とはならなかった。
基本的には無視。どうしてもうっとおしければ死なない程度に痛めつけ、逃げるならそれに任せる。
バケモノどもは大抵逃げることもせず纏わりついてきたので、随分沈めたが………
気が付けば、今いる海域に辿り着いていた。
人間はおろか、バケモノどもすら殆どいない、静かな海。
『シズカ…ナ……ウミ…ワルクハナイワネ…』
何事も起こらない、穏やかな時間。戦火から遠く離れるとより実感できる。
"あの場所はなにかおかしかった"と。
それを実感した途端、急に頭の中がクリアになっていく。まるで水平線に日が昇るように。朝靄が晴れるように。
『ソウ…ダッタワネ……ワタシハ…ワタシタチハ…』
――――――――――――――――――――
―かつて彼女は英雄だった。
誰もが憧れ、敵でさえ敬意と畏怖を覚えずにはいられない、世界でたった7人しかいない英雄。
キラキラした眼で自らを見上げる小さな子供の眼差し。
頼もしい、猛者と呼ぶにふさわしい仲間達。
自らに寄せられる、信仰とさえ言えるほどの信頼と期待。
誇らしかった。そして、自らがこれから赴くであろう戦場に想いを馳せた。
戦場に絶対はない。戦いの果てに傷つき斃れることもあるだろう。しかしそれでも、"そう在れる"ことが喜びだった。
だというのに。
ある時祖国は自らより遥かに強大な国と戦争を始めた。
勢い込んで始めた戦争であったが、徐々に戦況は苦しいものへと変わっていった。
自分も方々駆けずり回る毎日だったが、ある種充実した日々だった。
―だが。ある時を境に、出撃を命じられることが減っていった。無論戦局が良かったからではない。
他の仲間たちが最前線で傷つきながら戦う間、自分はただ待つだけだった。
戦友たちが、一人、また一人と減っていくなか、遂に自分は、戦場へと向かう手段さえ奪われた。
疲弊し、傷つき、それでもなお国のために決死の覚悟を漲らせて出立する仲間たちを、ただ見送るだけの日々。
しばらくして、戦争は終わった。祖国の圧倒的な敗北というかたちで。
仮に自分が最前線にいたところで、結果は変わらなかっただろう。
それでも、胸に空虚な風が吹き抜けるような気持ちが晴れることは無かった。
"死に損なった"
"わたしも戦場で果てたかった"
"戦うための存在なのに、戦うすべを失った挙句、戦いが終わってしまった"
"自分より弱く、小さな者たちでさえ戦い抜いたというのに、自分はなにをしているのか"
意味がないとわかっていてもそんな思いで頭の中はいっぱいだった。
戦後の処理が進み、本当の意味で戦争が終わった後、元敵国の兵士たちによって自分は海の上へと連れてこられた。
さて。これからなにが起きるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた、その時。
焼け付くような、猛烈な熱と凄まじい爆風が辺り一面を薙ぎ払った。
巻き上げられた水蒸気や荒れ狂う水面によって周囲の状況は全く掴めなかったが、これまでの経験から大凡の予想はついた。
おそらく上空、それも至近での爆発。…しかし。なんなのだ、この威力は。
そして思い出す。つい最近、祖国を二度にわたって焼き払ったという、敵国の恐るべき新兵器を。
都市ひとつ丸ごと、数十万はいたであろう人々ごと焼き払った、「祖国」と「かの国」の力の差を表したかのようなその兵器が。今や我々の上に落とされたのだと、明確に理解した。
だが解せなかった。なぜなら、周囲には"その国の者たちもいたのだから"。
敵だった自分を攻撃するのならば理解できる。嬲るなら嬲ればいい。
だが。熱と爆風に晒され、苦痛のあまり叫び声をあげている者の大半は、つい先日まで自分たちと死闘を繰り広げた、相手方の者たちだった。
激しい痛みにうめき声をあげながら、少しだけ見えてきた爆心方向に目を向けると、そこには
見知った顔があった。
「酒匂っ!おいっ酒匂!!返事をしろ!酒匂!」
爆発の直下にいたのであろう、総身を炎上させ、ぼろぼろの酒匂。かつて肩を並べて戦った戦友の、末妹。
「あ゛あ゛あ゛ああああっっ!!」
彼女のもとへ駆けつけたかった。だが僅かも動くことができなかった。
すでに意識を失い、ピクリとも動かない彼女の姿を、ただ見ているしかできなかった。
食いしばった奥歯が砕ける音がした。視界は真っ赤だった。自分の怪我も軽くはなかった。
だがそのどれも、どうでもよかった。
―わかっている。自分たちをここまで連れてきた連中が何を企んでいるのか、もうわかっている。
あの新兵器とやらの威力を、知りたかったのだ。そんな。実験なんかのために。酒匂も。私も。祖国のために戦ったであろう大勢の"元敵たち"も。
腹の底、心の奥底から、怒りと憎しみが湧いてくる。
「…戦いのために産み落とし…その果てがこれか」
「名誉も!誇りも!なにもかも踏みにじってっ!…ただ沈ませるためだけに沈めるのか!」
恐怖。絶望。怒り。諦念。
ありとあらゆる負の感情が。海上に巻き起こったキノコ雲のように渦巻いていく。
爆発をかろうじて耐えた者たちが皆、絶望に俯いている。
辺りに満ちる怨嗟の声。苦痛に呻き、助けを、家族を呼ぶその声に、ただ手を差し伸べることさえできぬその無力に。
―絶望していた。
――――――――――――――――――――
それからのことはあまり記憶にない。
ゆっくり、本当にゆっくりと酒匂が息を引き取り、海に沈んでいくのを見つめ続け…
同じ爆弾が、1度目より至近距離で爆発したのを感じたが…自分も意識を失ったのだろう。
この赤い海がなんなのか、それはわからない。あの時沈んだはずの自分が、なぜこんな風にしているのかもわからない。記憶にある自分の姿と比べて、今の姿はあまり似ていないようにも思える。
あの、なにもかもが狂った戦場に目覚めてから数年。
自分はいったい何者なのか。この世界はいったいなんなのか。あのバケモノどもはなんなのか。
気になりはしたが、どうでもよかった。………ただ、疲れていたから。
静かなところで、ゆっくりと考え事がしたかったし、無力な人々を一方的に虐殺するのは気が進まなかったから。
この数年、考えることはいくらでもあった。きっとあの最期の瞬間に抱いた憎しみと怒りが自分をこのような姿に変えたのだろう。だが、その憎しみももう、生まれ変わった直後の地獄を思い返せば薄まってしまう。
確かに憎かった。あのような最期は、決して本意ではなかったから。
悔しかった。最後まで戦場に立つことができなかったこと。戦友を見送ることしかできなかったこと。
惨めだった。生き残ったのに、あんな仕方で沈むしかなかったこと。あの子をただ見ていることしかできなかったこと。
でも。それでも。
「ワタシ…ハ…」
無辜の人々を守り、己が力で未来を切り開くこそが我が本懐。
例え憎しみゆえにこのような姿と成り果てようと、魂まで売り渡してしまいたくなかった。
逃げ惑う人々に襲い掛かるようなマネは、したくなかった。
このまま。穏やかに。
「…な、なんですか、あれは…っ全艦!砲雷戦!用意!」
そう、思っていたのに。
「ってぇえええええ!!」
声の方へ目を向ければ、こちらの姿を捉えるやいなや攻撃を加えてきた6人の小娘。
自分と同じように海の上を進み、こちらへ近づきながら腰や手に持った武装で攻撃を仕掛けてくる"何者か"。更には小さな飛行機のようなものがこちらへ向かって飛んでくる。
人間ではないだろう。ここは海上だし、この威力の攻撃を人間が繰り出せる筈がない。
…ではあのバケモノどもの仲間だろうか。それにしては見た目が違うようにも感じられる。
その瞬間、頭が割れるように痛んだ。
「ッグッアァアアaayaaaa!!!!!!」
熱い。まるで頭の中で小人がハンマーを持って暴れているようだ。視界は狭まり鼻の奥から鈍い匂いがツンと刺激してくる。
こちらが動かないのを見て取った小娘たちが更に攻撃を加えてくる。なんとか重い体を引きずるようにして回避。
距離があるためか、まだまともには当たっていない。だが、1発の砲弾が至近に着弾した。
その衝撃と、立ち上がった水柱が、最期の記憶に、重なった。
ドロリ、と意識が塗り潰される。バチン、となにかが切り替わった。
「…イマイマシイ…ガラクタドモメ…!」
「シズメェエエエエエエッ!!」
全身から黒い靄のようなものが立ち上り、次の瞬間、身の丈をはるかに上回る異形の怪物へと変貌した。
「GRYAAAAAAAAA!!!」
自分の激情が怪物にうつったかのように、怪物はおぞましい絶叫をあげ、その丸太のような腕を振り抜いた。
次の瞬間。現れた大砲が一斉に発射され、轟音と震動、そして凄まじい反動が襲ってきた。
歯を食いしばってそれに耐え、砲口から吹き出た爆煙の奥を睨みつける。
「ッ!…ハァッ、ハッ、フッ、フゥウー…」
煙が晴れた向こう側には、今の攻撃が命中したのだろう、ボロボロになった服をまとい膝をつく小娘どもが2人。
残りの4人も無傷ではいられなかったようで、勇ましく攻撃を仕掛けてきていた先ほどまでとはうって変わって全員が戦慄と絶望の眼差しでこちらを見ている。
そのボロボロなありさまを見て、少しだけスカッとしたような、溜飲の下がったような心持ちになった。
割れるような頭の痛みも少しずつ治まった。身を焼き尽くすような激情も、もう胸の奥で燻っているだけだ。
頭のジクジクする痛みを振り払いつつ小娘どもから砲の照準を外す。
「…ツマラヌ…タチサレ………」
「なっ!?ま、待ちなさい…っ」
「待って、高雄さん!祥鳳さんも私も危険域です!これ以上はっ!?」
「今のアタシらじゃあんな化け物には勝てないよ!いったん下がろう!?」
「…くっ。わかりました!長波さんは祥鳳さんのカバーを!朝霜さんは鳥海さんを援護して!」
「了解っ!」
「千代田さん、先頭に!私が殿をつとめますっ!」
こちらを睨み付けつつ、ジリジリ転進し撤退していく小娘ども。
悪くない動きだ。仲間を見捨てることもせず、か。やはりあの時のバケモノどもとは違うようだ。
距離が遠かったから分かりにくかったが、会話もしていたようだし、なにか話しかけてみてもよかっただろうか。
しかし…小娘どもを見た瞬間に襲ってきたあの頭痛は…一体…?
いまだ目の奥に残る鈍痛。生まれて初めての激しい痛みに、少しばかり冷静さを欠いてしまったかもしれない。
そんなことを考えながら少しずつ小さくなっていく6つの人影を眺めていると、やにわにその動きが慌ただしくなった。
なにかのトラブルだろうか…?
そうして意識をそちらへ向けると、第3の目ともいうべき電探が小娘どものさらに向こう側に動く影を察知した。あれは…例のバケモノどもだった。
小娘とバケモノどもはやはり違う存在、それどころか敵対しているようだ。
お互いに戦陣を整えつつジリジリと接近し、ついにその砲が火を吹く。
先ほど自分が撃ったものよりは幾分小さな、しかし腹の底まで響く大砲や機関銃の音が届いてくる。
手負いの2人を庇いながら故か、小娘たちがいくらか劣勢のようにも思える。
このままあの小娘たちが負けてしまい、沈んでしまう。…何故だか、それがひどく不愉快だった。
さっきはいきなり問答無用で攻撃まで受けた。
激情のまま反撃したし、2人は直撃させたはず。
名前も、何処の何者なのかも知らない。
だけど。それでも。
"護りたい"と。"死なせたくない"と…そう、思った。
巨大な砲口を顕現させ、バケモノどもの方に振り向ける。照準。小さく息を吸い込み、撃とうとした、瞬間。
バケモノどもの更に向こう。なにかがキラリと光った、気がした。
―次の瞬間。
バガンッ!という音とともにバケモノどもの1体がその頭を吹き飛ばされて崩れ落ちる。
遅れて小さな、自分達が撃つ砲声より随分と小さな音が聞こえてくる。
キラリと光る度に、1体のバケモノが頭や胸を吹き飛ばされて斃れていく。数瞬遅れて小さな発射音が聞こえてくる。その繰り返し。
気付けば、6体のバケモノはみな急所を吹き飛ばされて海に沈んでいくところだった。
小娘達の攻撃だってそれなりのものだったが、バケモノどもはそれをあまり気にしていなかったように見えた。そんなバケモノどもをただ一撃で葬り去るとは。
―キラリ。
「ッッツ!?」
視界の端で何かが光ったのを視認した瞬間、反射的に首を思い切り横に振った。
理由はない。その生涯のほとんどを戦場で過ごした者の"勘"がそうさせた。
顔のすぐ左を飛んできた何かが通り過ぎる。その勢いは凄まじく、ギリギリで避けたものの左耳が聞こえなくなる。視界が揺れ、たたらを踏む。
ぬるり。と温かいものが左頬を伝う。反射的に手をやると、耳が千切れかかっていた。
ゾワリ。と全身を寒気と恐怖が襲ってくる。
恐れなど、もはやこの身は感じないと思っていた。だがそれは誤りであったようだ。
目を皿のようにして見張りつつ、電探で光った方角を探る。反応なし。いや、そんな筈は。
「ッツ。。…ナメルナァッツツ!!」
砲身展開・全砲門照準・扇射。
辺りに響く凄まじい轟音と海面を大きく凹ませるほどの衝撃。
おそらく撃ってきた奴は移動し始めているだろう、だが構わない。
撃たれた方角、着弾から発射音が聞こえるまでの時間、彼我の位置関係、風向きと風速。
少ない、本当に僅かな情報を拾い上げて"見えない敵を見る"。
敵がいるであろう位置を中心に、最大散布界での一斉射。先ほど小娘どもに食らわせた攻撃が生温く見えるほどの砲撃によって、もはや着弾地点は荒れ狂う火の海と化している。
普通ならどんな生命体であってもその生存は絶望的だろう。
…だというのに。
戦場で鍛え上げた勘が。見えずとも耳が。聞こえずとも鼻が。全身のあらゆる感覚が。
『油断するな』と伝えてくる…!
「やぁ。こんにちは」
「…ッ!?」
馬鹿なッ!?あれだけ警戒していたというのに、背後をとられた、だと!?
「はじめまして。俺は瑠貴亜。今日からこの近くに越してきたモンなんだけどさ、ちょっと挨拶に」
「…アイ、サツ…ダト?」
「ああ。色々試したいことがあってな?ブラブラしてたんだが、お前らを見かけてよぅ」
あくまでも朗らかに、気さくに話しかけてくる男。
だがその気配には一分の隙もなく、研ぎ澄まされた殺気に、振り返るどころか指一本動かせない。
「さっきの連中は話も通じねぇし、めちゃくちゃに撃ってくるんで沈めちまったけど、お仲間だったか?」
「…イヤ。ワタシニナカマハ、イナイ…」
「そっか。…なぁ、ここであんたは何してんだ?」
「…?ナニモ。シズカナトコロダッタカラ、イタダケ」
「へぇ?」
「ナンダ。ナニガオカシイ」
「いやいや、聞いてた話と違うな、って思ってさ」
すっ、と気配が離れ、殺気も霧散する。途端にドッと汗が吹き出し、膝から崩れ落ちそうになる。
早鐘を打つ自分の心臓の音がうるさく感じる。
必死に平常を取り繕いおそるおそる振り返ると、そこには濃紺の戦闘服に身を包み、片手に刀を持った男が立っていた。
特段大男というわけでもないが、鍛え上げられた身体にはやはり一切の油断も隙も無く、かといって自分を前にして気を張るでもない。
まさに自然体。
―勝てない。たとえ奇襲をかけようと、この男はその全てを撥ね返し、凌駕し、一刀のもとに切り捨てるのだろう。
手にした刀のように"研ぎ澄まされた"印象の男。
「改めて、俺は瑠貴亜だ。…今のところこちらに戦闘継続の意思はない。少しだけ、話をしないか?」
「…ワカッタ」
展開していた全武装を解除する。同時に男も刀を鞘へ納め、鞘ごとベルトから外して右手に持った。
「さて、いくつか教えてほしいことがあるんだが…あー、アンタのことはなんて呼んだらいい?」
「サテナ…ナマエ…アッタキガスルガ、オモイダセナイ」
「そうか…。さっきアンタは"ここが静かだからいる"って言ったよな。この辺にゃずっと住んでんのか?」
「ココニキタノハ…2ネンマエクライ、ダッタトオモウ」
「その前は?」
「モット、ニシノホウ二イタ。アチコチサマヨッテ、ココニツイタ」
「ドコモ、センジョウ。…タタカイハ、モウタクサンダ。ダカラ、」
「誰もいないここら辺に住み着いたってワケか。…なら、どうして艦娘を攻撃したんだ?」
「カンムス?」
「ほれ、あそこでこっち見ながら震えてる娘っ子たち」
6人の小娘どもはカンムス、とかいうらしい。全員似たり寄ったりのボロボロさ加減で、中には煤で顔が真っ黒な者もいる。皆抱き合うようにしながらこちらをうかがっている。
「…コッチガシカケタワケジャナイ。ムコウガイキナリウッテキタ」
「なるほどね。こいつぁ失礼した」
「ソレデ…」
「応戦したってわけか。あいつらも運が悪いんだか良いんだか」
「コムスメドモヲミタトキ、アタマガイタクナッタ」
「…ふぅん?」
「"ウタナクテハナラナイ"キガシタノダ」
「…なる、ほどね…」
「…ダガ…」
「うん?」
「…アノバケモノドモトウチアッテイルノヲミテ、"マモリタイ"トモ…オモッタ」
「―へぇ。…じゃああの時構えてたのは、あの子たちを狙ってたんじゃなかったんだな」
「ソウダ」
「そうだったのか。…連中と雰囲気が違うな、とは思ったんだ」
「いきなり撃ってすまなかった。…ところで、アンタはあのバケモノどものことはどれくらい知ってる?」
「アマリ、シラナイ…カイガンデメガサメタトキ、マワリニイタ」
「…マチヲ、オソッテイタ。…キニ、クワナカッタノダ。ダカラ、ハナレタ」
「コウゲキサレルコトモアッタ」
「意思疎通は?なにか喋ったり?」
「イヤ。コトバガツウジルヤツニアッタコトハナイ」
「そうか。………色々訊いてすまなかった。今日のところは帰るよ」
「…ソウカ。………ヒトツ、キキタイ」
「ん、なんだ?」
「アノ…アノバケモノドモハ、イッタイナンナノダ」
「イマノワタシハ、アノバケモノドモトオナジナノカ」
「…すまないが、俺も今日ここにきたばっかりでね。あまり多くを知ってるワケじゃないんだ」
「あの化け物どもは深海棲艦っていうらしい。海に突如現れ、人間相手に戦争吹っかけた」
「目的もなんもわからねぇ。…唯一はっきりしてるのは、殺らなきゃ殺られる、ってことだけだな」
「ソウカ…シンカイセイカン、トイウノカ…」
「…確かにアンタの見た目は深海棲艦に似てる。だが、アンタは…なんか違う感じがする」
「ソウカ?」
「アンタ自身言ってたように、奴らに話が通じたってハナシは聞いたことねぇ。…その時点で、アンタは特別ってことだろ」
「…ソウダロウカ…?」
「まぁ無関係ってワケでもねぇだろうが…だが、あの化け物とアンタを同じ存在だ、って切り捨てるつもりはねぇさ。少なくともこうやって会話ができるんだから、な」
「…カワッタヤツダ…」
目を見れば、目の前の男が本心から話していることがわかる。おかげでこちらは毒気を抜かれてしまった。
男はそのままくるりと振り返ると、震えながらこちらをチラチラ見て固唾を飲んでいる小娘たちへと歩いていった。
「………フッ…オモシロイヤツダ…」
いつぶりだろうか、こんなに晴れやかな気持ちになったのは。思わず笑みがこぼれてしまったのは。
あの真っ赤に染まった海で、周囲の全てが敵だった。人間も、バケモノも。
初めて自分に恐怖を刻みつけた男は、初めて自分に話しかけ、笑いかけてくれた男でもあったのだ。
それがどうしようもなく可笑しくて、こそばゆいような、不思議な面持ちであった。
次からは鎮守府へと再び場面が戻る感じです。