東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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魔理沙のことを考えていたらこの小説を書くに至りました。原作未プレイでしてストーリーのために歪めてしまっている要素などもありますが、それでもオッケー!という方はどうぞ、読んでいってください。


一話

 

 日本の山の奥深く。

 そこにはいつの頃からか、この世とは別の世界が存在している。

 

 

 幻想郷。

 人と物怪が共存する場所。浮世から隔離された平穏な世界。縁を失ったモノが辿り着く、彼岸の地。

 

 

 

 そして切れた縁が巡り巡って、何処かでふと結ばれることもある。

 

 

 

 幻想郷。

 そこは古の隠れ里。そこは最後の原風景。そこは安穏とした不朽の世界。

 

 

 幻想郷。

 人も物も妖怪も、あまねく全てを受け入れる、忘れじの理想郷。

 

 

 

 

 

 

 霧雨魔理沙の朝は遅い。とても遅い。

 昼前になってようやく寝床から這い出る。

 

 簡素な木のベッドの周りには、彼女が読み散らかした本がそこかしこに落ちている。小説に詩集、錬金術や魔術について述べたものや、果ては絵本もある。昨晩読んだものから、もう内容も覚えていないようなものまで種々さまざま、数えればきりがない。

 その他にも雑多なガラクタが無数に散らかり、屋根裏部屋は足の踏み場もない状態だ。

 

「げ、なんだこれ」

 

 ベッドから下りようとして、足元にあった小瓶に目が行き、それを拾い上げる。

 透明なガラス瓶の中には極彩色の液体が入っている。自分で作った薬に違いないが、いつ作ったのか、そもそもどんな薬なのかまるで思い出せない。張ってあるラベルには『ごちゃ混ぜ』と書いてあり、ますます謎である。

 

 魔理沙は早々に思い出すのを諦めて「まあいっか」と瓶をゴミ箱に捨てた。

 ゴミ箱らしきカゴは、分別もされずに積み重なったガラクタですでに一杯なので、そのゴミ山の上にちょこんと瓶を乗せる形になる。この行為を『捨てる』と言い張るのは魔理沙くらいのものだろう。

 

「腹減った腹減った、ラララのラ」

 

 寝ぼけているのか、トンチンカンな歌を唄いながら屋根裏の階段をのそのそと下りる。

 

 下りた先は居間になっていて、アーチ状の枠で仕切られた奥には台所がある。

 居間の真ん中にある机は木をそのまま切り出したような丸机で、十人くらいなら食卓を囲めそうな大きさだ。

 南の窓際には古めかしくも美しい装丁の本が詰まった本棚。幅の広い窓枠にはハーブが植えられた小さな鉢が並ぶ。

 台所の近くに置いてあるアンティークの食器棚には、来客も考えてか豊富な洋食器が揃えられている。

 

 それらを見れば、少女の一人暮らしには些か贅沢な、しかし豊かな生活の場と評することができるだろう。

 

 

 

 無論、散らかっていなかったらの話ではあるが。

 

 寝室である屋根裏部屋と同様に、魔理沙の自宅の居間はひどい有様だった。まるで節操のない泥棒が一晩中荒らし回ったかのようだ。

 床が見えないほど散乱した服に本にガラクタのあれやこれや。棚の中の食器が整頓されて見えるのは使っていないからに過ぎない。

 台所に入れば目を覆いたくなるような洗い場があり、客をもてなすなど望むべくもない。

 

 しかしそんな台所に入った魔理沙は汚れたポットを平気で掴み取り、ごしごしと汚れを落として飲み水を汲む。

 

 炊事場には釜土の代わりに八角形の香炉が置いてあり、五徳を被せてある。ミニ八卦炉という、熱を自在に操れる魔法の道具である。炉にポットを乗せ、魔力によって熱を込めて「よし」と言う。

 

 他の食器を洗う気は微塵もないらしかった。

 

「なんかばっちいなぁ。そろそろ片付けないとダメか?」

 

 そんなことをぼやきながら外に出て洗面所に行き、顔を洗い歯を磨く。洗面所といっても井戸の側に桶や洗顔道具を置いただけの簡素なものだ。

 

 ついでに寝ぐせも整える。もとから癖のある魔理沙の金髪は櫛を使っても直しにくいが、彼女の場合は適当に跳ねたところを直せればそれで良いらしい。唯一、顔の横の一房だけ三つ編みにして、その先端をリボンで括ることが密かなこだわりである。

 

 家に戻って屋根裏に行き、寝間着から着替える。

 彼女が普段から好んで着ているのは長い黒のスカートで、その上から垂らす白の前掛けはフリルがたくさんついている。ブラウスの袖口にも小さなフリルがあしらってある。もちろん脱いだ寝間着はそこら辺に放っておく。

 

 一通り着てから、洗濯してあることを嗅いでみて確かめる。「よし」と言う。

 

 その後、沸かしたお湯でお茶を淹れ、昨日の余りのスープで適当に朝食を済ませる。棚にあったパンはいつ買ったものなのか、カビが生えていたので捨てた。

 

 ポットのお茶も飲み終える頃、ようやく目がぱっちりと冴え、魔理沙は一息ついて木漏れ日の差す窓を眺めた。

 

「良い朝だぜ」

 

 すでに正午を過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 魔法の森はとても広い。幻想郷の四割を優に占める。鬱蒼とした原生林はほとんど人の手が入っておらず、道らしい道もない。

 

 そんな森の少し開けたところに、霧雨魔理沙は居を構えていた。彼女が暮らしているのは小さめのログハウスで、家の周りはいちおうという程度に柵で囲ってある。

 

 もともとは人里で生まれ育った魔理沙が実家を出てから、もう五年の月日が流れた。出奔したばかりの頃は寺に預けられており、その三年後に魔法の森に移り住んだ。

 ログハウスは魔理沙が引っ越すために建てたものなので、まだ築二年しか経っていないが、彼女の類まれな奔放さと蒐集癖により見事なゴミ屋敷と化していた。

 

 しかし霧雨魔理沙は魔法使いである。次から次に物を拾ってくるが、全くの無作為ではなく、有用そうなものを選んではいるのだ。

 彼女における「有用そう」の範囲がやや広いことと、管理も整理もできていないことに目を瞑れば、探求者である魔法使いとしては真っ当な趣味と言える。

 

 朝食という名の昼飯を済ませた魔理沙は、自分が溜め込んできた品々を眺めながら呟いた。

 

「全部捨てちゃおっかな。邪魔だし」

 

 

 

 

 

 

 すでに午前を使いつぶした今日という日をどう過ごすか考え、魔理沙はとりあえず手近にあった薬学の本で勉強することにした。片づけはやっぱり面倒くさいし勿体ないので止めにした。

 

 勉強と言っても誰かに強制されたり、テストで良い点数を取ったりするためにやるわけではない。

 知識を得て、実践で身に付け、技術を己のものとする。誰かから資格を与えられることもない。全ては実用のため。

 それが魔法使いの勉強というものだ。

 

 魔理沙は人一倍、勉強に励む子だった。

 魔法使いの研究分野は多岐に渡るが、魔理沙はほとんど選り好みすることなく、それらに取り組む。彼女が夜型なのも、深夜まで夢中で研究に没頭する性格のせいだった。

 

 まだまだ知らないことは無数にあるし、強力な魔法などはミニ八卦炉をはじめとする魔道具に頼らざるを得ないが、齢十五歳にして半人前くらいにはなりつつあった。

 これは大変早熟と言える。同じく魔法の森に棲む魔法使いでアリス・マーガトロイドという人物がいるが、一流の彼女をして「将来が楽しみ」と評価するほどである。

 いずれは捨食の術を身に付けるだろうと目される。つまりは食事を必要としない、本物の魔法使いになるということだ。

 

 

 しかし日進月歩の成長を見せていた魔理沙は、ここ最近になって煮詰まっていた。

 何をやっても気乗りしない。本を読むにも集中力が続かず、薬の研究をしようにも想像力が欠けている。得意の熱と光の魔法さえも、これ以上の発展が見えてこない。

 

 これらは魔理沙にとって由々しき問題だった。道半ばで研鑽を止めることは彼女の意地と誇りが許さない。しかしなぜか身が入らない。視線が文字を上滑りする。

 

「だあああ、もうっ!」

 

 読みかけの本を乱暴に閉じて立ち上がる。

 貧乏がいけないのだ。貧乏が悪い。魔理沙は自分の苛立ちにそんな理由をこじつけた。

 

 彼女の経済状況はすでに破綻していると言って差し支えない。

 なにせ安定した収入が無いのだ。魔法研究のための資金もそうだが、特に食費がつらい。キノコや野草などの食料を森で調達してくることはあるが、満足のいく食事にはやはり金がいる。

 

 いずれは捨食の術を会得し、種族としての魔法使いになることを志しているものの、今は食べる必要がある。しかもたくさん食べねばならない。まだ成長の余地が大いにある十代半ば。ちゃんと食べておかないと後々になって後悔すると、魔理沙は思うものである。

 

 

 まずは金と食料が欲しい。然る後に研究成果も欲しい。

 

 

 思い立ったが吉日である。魔理沙は出かける準備を始めた。

 

 ミニ八卦炉やなけなしの金が入った財布などをポーチに入れ、頭には白黒の三角帽子をかぶる。姿見でいちおう身だしなみの確認をする。納屋から持ち出した箒は、彼女の移動手段だ。

 

 準備を整えて外に出ると、風が木々の間を吹き抜けた。暑い季節の訪れを感じさせる初夏の風だった。

 

 玄関には魔理沙の名前がかかれた表札が掛かっている。

 それとは別に立札があって、そちらには『霧雨魔法店』とあるが、文字は掠れており木の立て札自体も老朽化が進んでいるようだった。

 店名の下に小さく『何かします』とモットーが書かれているが、ほとんど消えかけたそれに気づく人はいないだろう。

 

「今日も客は来なさそうだしなー」

 

 魔理沙は色褪せた店の看板を見つつ、いかにも暇そうに言った。一年前に思い付きで始めた何でも屋だが、売り上げは皆無に等しい。ここでいくら待っても収入は期待できなかった。

 

 そもそも薄暗い森の中で客商売も何もあったものではないが、その辺りのことは魔理沙本人もよく分かっているようであり、訪れる者がいないことに対して落胆する様子はまったく無い。家を数日空けたところで、客はおろか泥棒すら来ないだろう。

 それでも様式美として家のドアには外出中の札をかけておく。

 

 魔理沙はふと思い立ち、苔とキノコが生えている郵便受けを覗いた。

 そこには一通の洋封筒が入っていた。「あっ」と声を上げて手に取り、差出人の名前を見る。

 

「また、か」

 

 送り主は魔理沙の母親だった。

 封筒の中身は開ける前から察しがつく。便箋一枚分の手紙と仕送り金だろう。

 

 一月に一度、魔理沙のもとにはこうして実家から手紙が届く。内容はいつも平凡だ。はじめに娘の安否を気遣い、最近何があったかを書き、体調には気をつけなさいと締め括る。『いつでも帰ってきなさいね』とも。

 

 思わずその場で読み終えた魔理沙は、軽いため息をついて家に戻った。屋根裏部屋に上がり、天窓の近くにある机に向かう。

 小さな文机の上は、彼女にしては意外なほど整理されている。机の隅には木の箱が置いてあり、花柄の洋封筒がいくつも詰まっている。

 

 全て、母からの手紙だった。

 

 今読んだものもそこに入れておく。お金は別にするが、そちらも仕送り金用の箱に入れる。鍵付きの木箱には今まで実家から送られてきたお金が貯めこまれている。魔理沙は一度もそれに手を付けたことはなかった。最初は送り返していたが、向こうが頑なに送って来るので諦めた。

 

「はあ…………」

 

 またため息がこぼれる。

 実家のことを思うたび、魔理沙の心には言いようのないモヤモヤとした気持ちが募る。

 

 家を出てから五年だ。もうそれだけの年月が経っている。

 父と言い争い、喧嘩別れのように出て行って一度も帰っていない自分が、今更のこのこ戻れるものかと魔理沙は思う。

 

 何より、誇れることが一つもない。

 魔力を弾にして撃てる。少しだけ薬の調合が出来る。空を飛べる。今までの成果としては、そんなところだ。

 たったこれだけのことで「どうだ凄いだろう」などとは口が裂けても言えない。

 

 魔理沙の中の魔法使い像というのは、もっと洗練されていて、もっと万能で、もっと派手なものだ。それを見て肌で感じた人々の心に、何か残せるものがなくてはいけないのだ。

 奥の手として、マスタースパークという名前を付けた大技もあるが、それだってミニ八卦炉に頼らなければ使えない。そしてミニ八卦炉は家を出るとき、知り合いがくれたものだ。魔理沙にとって大切なものに違いはないが、人からのもらい物を誇る気にはなれなかった。

 

 このような体たらくで家族に顔を見せられるものか。「私は魔法使いになる!」と親の言うことも聞かずに家出した自分が、おめおめと帰れるもんか。

 

 そんな思いを積み重ねて五年。頑固に凝りかたまった意地は魔理沙の原動力であり、そして足枷でもあった。

 

 

 

 返事を書くのはまた今度でいいだろう、と箱の蓋を閉じる。そうしたまま返事をしなかったことも、一度や二度ではない。

 

「……さ、気を取り直して行くか」

 

 再び外へ出た魔理沙は箒に跨った。使い込んだ柄をしっかりと握り、魔力の操作に集中する。空気の流れを読む。南南西に吹く風を肌でとらえる。

 

 すると少女の体はふわりと浮き上がり、重力に逆らってどんどん上へ昇っていった。

 

 背の高い木々も越えて、魔理沙は空を飛んだ。人妖ともに不思議な力を持つ者が多い幻想郷では、特に珍しくもない能力である。

 

 魔理沙の家がある場所から東、徒歩では半日ほどかかる距離に人里がある。幻想郷唯一の、人間が寄り集まって暮らす土地だ。規模はなかなかのもので、活気もある。探せば日雇いの仕事だって簡単に見つかる。

 

 しかし魔理沙は人里とは真逆の方に飛んだ。

 ぐんぐんと速度を増し、眼下の森が早送りのコマのように流れていく。太陽を背に、地上から数十メートルの高さを少女が飛翔する。

 箒の細い柄以外に掴まるところなどないが、乗りなれている魔理沙に恐怖は無く、むしろ快さそうに周囲を見渡す。

 木々が風にざわめき、その上を太陽が西から照らしている。どれだけ高い木に登っても見られない、遮るもののない絶景だ。

 

 焦りも苛立ちもわだかまりも、全てを置き去りにするように、魔理沙はいっそう速く空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして魔理沙が降り立ったのは、森のはずれにある無縁塚と呼ばれる墓地だった。

 墓とは言っても見栄えのするものは何もない。『無縁塚。縁なき者ここに眠る』と書かれた簡素な木の墓標が立っているだけだ。

 

 幻想郷にはごく稀に、外の世界から人が迷い込んでくることがある。元の世界に帰れる人もいれば、そうでない者もいる。

 彼ら『無縁の者』が死んだとき、埋葬されるのがこの人里離れた共同墓地、無縁塚というわけだ。

 

 そのためか、外の世界で捨てられた物が、この一か所に集まってくる。縁を失い、浮世で忘れ去られたモノが流れ着く土地でもあるのだ。

 ブラウン管のテレビや小ぶりの土鍋、けん玉などの玩具に、大きいものだと旧式の自動車なんかもある。

 そんな統一性のない無機物があちこちに積み重なり、あるべき姿の自然の景色と合わさって、どこまでも珍妙な光景が広がっている。

 

 魔理沙の友人であり、幻想郷を幻想郷たらしめる結界にたずさわっている巫女、博麗霊夢は、この無縁塚を「さみしい場所」と呼ぶ。

 

「縁を結びたくても結べなかったものが、あそこには集まるのよ。幻想郷は全てを受け入れるっていうけど、ままならないわよね」

 

 いつだったか、縁側でお茶を飲みながら、そんな話をしていた。魔理沙は「ふうん」と気のない返事をした。

 今となっては本人は覚えていないが、魔理沙は寝そべりながらこうも言った。

 

「じゃあ私はそいつらの縁を結んであげてるわけだ。だっていつも無縁塚で物を拾ってるもんね。なんだ、良いやつだな、私」

 

「いや、あんたのはただの悪趣味だから」

 

 霊夢が冷やかに言った。

 

 

 

 

 

 

 人から悪趣味と言われて止めるような魔理沙ではない。共同墓地の傍ら、今日も今日とて仕事に励む。

 

「わあ、また増えてるなあ」

 

 魔理沙は嬉々として辺りに落ちているガラクタを物色し始めた。

 

 これが彼女の財源だった。

 ガラクタの全てが外の世界から来たものであり、幻想郷ではとても珍しいものがわんさかある。そして無縁塚は距離の問題や妖怪などの危険もあって、ほとんど人が近寄らない。

 つまり、手つかずの宝の山というわけだ。しかも不定期ではあるが、新しいものが自然と増えるので取り尽くすということが無い。

 その中から掘り出し物を見つけて人里で質に入れることが、魔理沙の主な収入源となっているのだった。

 

「何かないか、何かないか。お、変なの発見。あっ、なんじゃあの機械は。あれももーらい」

 

 目についたもので、尚且つ手ごろな大きさであれば、のべつまくなし拾い集める。

 霊夢の言うとおりで、この宝探しならぬゴミ漁りは、魔理沙にとって仕事というよりはまるっきり趣味だった。魔理沙の家がゴミ屋敷になるのもこれが原因である。

 

 珍しいものは何でもかんでも拾い、気に入ったら売らずにそのまま自分の手元に置いておく。そしてすぐにどこへ仕舞ったのか忘れてしまう。

 彼女のどうしようもない蒐集癖だった。

 

 そうして漁っていると、ガラクタの山の中でキラリと光るものがあった。魔理沙が「宝石か?」と側による。

 

「なんだあ。ただの瓶か」

 

 そこにあったのは薄汚れたガラス瓶だった。

 ガラス細工の職人なら幻想郷の人里にだっている。売れはするだろうが、文字通り二束三文のはした金にしかならない。魔理沙は金目のものでなかったことにガッカリしつつも、何となくそれを拾い上げる。

 

 しかしそこで、魔理沙はふと瓶の中身が気になった。

 丸い形の瓶には、酒などの液体の代わりに、紙が入っていた。きれいに丸められ、紐で縛られてある一枚の紙切れだ。

 固いコルクをなんとか抜いて中身を取り出す。黄ばんだ古い紙だった。紐を解いて、破かないよう慎重に広げていく。

 

「あ、これって…………」

 

 魔理沙は思わず声を上げた。

 そこには文字が書かれていた。縦書きの文章で、右上の端に「拝啓」とある。

 宛先は書いていないが、それは紛れもなく誰かの手紙だった。

 

 これはメッセージボトルだ。魔理沙はすぐに思い至った。

 

 幻想郷に海は無い。日本の山奥の一区画に結界を敷くことで作り上げた世界だからだ。しかし、書物や小さいころに親から聞かせてもらった話のなかで、魔理沙も海という存在を知ってはいた。そして見知らぬ誰かに拾ってもらうことを願って海に流す、メッセージボトルのことも。

 

 薄汚れたこの瓶は、いったいどれだけの間、海を漂流していたのだろうか。

 

 無縁塚の中にただ一人、偶然にも拾った外の世界からの手紙を見つめ、魔理沙は呆然と立ち尽くした。

 

 西に傾いた太陽の光が、ガラスの瓶に反射して、淡くきらめいていた。

 

 




次回は一週間後に投稿する予定です

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