東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

11 / 30
十一話

 

 

 

 太陽の畑から帰った魔理沙はさっそく押し花を作ることにした。押し花は基本的に、何日かかけてじっくりと花の水分を抜いていく。

 

 しかしここで魔理沙の物臭な性格が遺憾なく発揮され、ミニ八卦炉で熱を送ればすぐに押し花が作れるのではないかと出来心で試したところ、挟んでいた和紙ごと燃やしてしまった。テーブルを水浸しにすることで事無きを得たが、広げてあった本が数冊、見るも無残な姿となり、魔理沙はおんおんと泣いてしばらく不貞腐れた。

 

「やっぱ掃除しなきゃ駄目かあ」

 

 魔理沙はそう言ったまま寝こけてしまった。完全に不貞寝だった。

 

 それでも一晩経てば落ち着くもので、恥を忍んでもう一度幽香のところへヒマワリの花びらを貰いに行った。これには流石の幽香も呆れていた様子だったが、勝手に取って行っていいとのことで、魔理沙は予備に十数枚ほど貰って帰った。幽香の「普通に作ったら?」という忠言が耳に痛かった。

 

 しかし一度こうと決めたら諦められないのが魔理沙の性分であり、貰って来た追加の花びらを全て燃やし尽くす勢いで研究に励んだ。

 

 納得のいくものが出来上がったのは最後の一枚の時であり、これに失敗すれば死ぬと言うような必死さで取り組んでいたので、魔理沙の喜びはひとしおであった。有頂天となり「私こそは稀代の魔法使い」と箒を振り回したりした。その風圧でせっかく出来た押し花がひらひらと宙を舞い、稀代の魔法使いはあたふたと慌てた。

 

 いつだったか魔法の実験用にと香霖堂で買ってあった薄いガラス板が何故か食器棚の中にあり、これ幸いと魔理沙はそのガラス板に押し花を挟み込んで縁を糊付けし、ようやく文通相手への贈り物は完成した。ガラス板の角を丸く削るとさらに見栄えが良くなり、魔理沙は自分の仕事ぶりに満足し、その勢いに任せて手紙をしたためた。

 

 手紙の内容の大部分は押し花を作る経緯について書かれ、特に幽香との手に汗握る激戦を熱く語った。実力伯仲の弾幕戦を繰り広げたり、幽香をあと一歩のところまで追い詰めたりと脚色が甚だしかったが、書いている内に魔理沙もそれが本当のような気がしてきて筆は乗りに乗った。

 

 そうして最後まで書ききったところで、八柳誠四郎が知りたいと言っていた自然の美しさにほとんど触れていないことに気付き、魔理沙は末尾に幻想郷の景色の説明を付け足すことにした。自分が暮らす魔法の森や、ヒマワリが咲き誇る太陽の畑のこと。人里の、長屋の連なる町並みに、そこを行き交う人々のこと。

 つらつらと思いつくままに列挙していけば、もはや末尾とは呼べないほどに文章が膨れ上がり「なんだかスゴイことになっちゃったぞ」と魔理沙自身もやや唖然とした。

 

 それでもここまで書いたんだからと手紙としての未熟さには目を瞑り、押し花と一緒に瓶に詰めて無縁塚へ置きに行った。

 

「なんか緊張するなあ」

 

 外界から流れ着いたガラクタの山の中で一人立ち、魔理沙はそう言った。本当に向こうに手紙が届くのか、まだ確証はない。もしかしたらあの一回がまぐれだったのかもしれないし、魔理沙の手紙が届いたとして再び相手からの返事が来るとは限らない。

 

 そんな不安を振り切るように、魔理沙は前回と同じ位置にメッセージボトルを置き、その辺に転がっていたソファーの上に腰かけて、ボトルが消えるのを今か今かと待った。何の変哲もない手紙入りのガラス瓶を見つめる少女の目には知的好奇心の光が満ち溢れ、爛々と輝いていた。

 

 未来へ送られというのであれば、前回がそうだったようにボトルは無縁塚から消えるはずだ。その瞬間を目撃したい衝動に駆られるのは、魔法使いならば当然のことである。

 

 

 十分経つ。三十分経つ。一時間経つ。

 

 

 瓶はサッパリ消える気配がない。木陰にいるとはいえ夏の空気は暑く、魔理沙の額に汗を滲ませる。好奇心に輝いていた目がだんだんと苛立たし気に曇っていく。

 

「あーもう!」

 

 魔理沙は痺れを切らして叫んだ。彼女にしては実に気長に待った方だった。立ち上がってガラス瓶をぺたぺたと触ってみるが何の変哲もない。

 

 やっぱり一晩くらいは経たなきゃ駄目なのかしら、と魔理沙は顔をしかめる。幽香と霊夢には文通のことを知られてしまったが、やはり誰かに見つかりたくはないので、出来れば自分の見ている内に未来に届いて欲しいというのが本音である。新聞屋の文が性懲りもなくネタ探しに来るかもしれない。そう思うとなかなか無縁塚を離れられない。

 

 その後も魔理沙は暇つぶしがてらに無縁塚をうろうろして、売れそうなガラクタの収集をしながら逐一ガラス瓶を気にしていた。しかし一向に消えそうになく、日も暮れかけてきたのでさしもの魔理沙もついに諦めることにした。

 

「まあ、さすがにこーりんや文も夜のうちに無縁塚に来たりはしないだろ」

 

 瓶の様子はまた明日の朝一で見に来ればいいと魔理沙は判断し、しぶしぶその場を立ち去ることにした。

 

 恭しく置かれたメッセージボトルがその輪郭をぼやけさせ、霞のごとくふっと消え去ったのは、魔理沙が箒に乗って無縁塚を離れた後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 早朝、眠気眼をこすりながら無縁塚に再び訪れた魔理沙は、メッセージボトルが無いことを確認して「うーむ」と複雑そうな顔をした。結局、瓶が消える瞬間を目撃することは出来なかった。低級妖怪に襲われる危険はあるが、今度からは徹夜でこの無縁塚に居座ろうかと考える。

 

 しかし、とにもかくにも手紙を送れたことには変わりない。あとは返事を待つばかり。今ちょうど、千年後の未来に流れ着いた手紙を八柳誠四郎が見つけて読んでいるかもしれない。同封した押し花を珍しげに見つめているかも。顔も知らぬ彼がそうしている様を想像すると、魔理沙は居ても立ってもいられずぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 

 そうやって浮かれていた魔理沙はこの時、待つということの苦悩を欠片も想像できないでいた。

 

 それはまさに一日千秋の思いであった。

 

 昨日と同じように返事の手紙が来るのを待ってみたが、虚空に穴が空くほど見つめてもガラス瓶は現れない。それから昼飯を食べに一度家に帰りまた来てみても、香霖堂でしばらく時間を潰してから訪れてみても、やはり返事は来ない。夜中になっても気になって仕方がないので、ランタンを片手に恐る恐る無縁塚まで足を運んだが、それでもガラス瓶は見当たらなかった。

 

 眠れぬ夜だった。

 

 ひょっとしたら自分の手紙は未来へ送られたは良いものの、八柳の手に届かなかったのではないかという一抹の不安が魔理沙の頭にこびりついて離れなかった。もっと酷くなると、八柳が魔理沙の手紙の内容に愛想を尽かしてもう文通を止めてしまったのでは、などという妄想まで浮かんでくる。

 

 いや、彼は文面からして誠実な紳士だった。さすがにそんな、一方的に関係を打ち切ったりはしないはず。ああ、でも幽香との弾幕ごっこの内容は盛りすぎたかもしれない。それを見透かされていたらどうしよう。

 

 そうやって悶々とする内に暗かった空が白み始め、東の小窓から陽光が差し込むのを魔理沙は見た。絶望的な顔色で朝日を拝んだ魔理沙は「うああ」とまるでゾンビか悪霊が太陽の光を浴びて消滅するような声を上げ、枕に突っ伏していびきをかき始めたのであった。

 

 二日目も同じように過ごした。違いと言えば目の下の隈が濃くなったことくらいか。

 

 ここ数日でさらに寂しくなった台所から食料をかき集めて食事を済ませ、無縁塚へと向かう。収穫はない。また香霖堂で茶を飲みながら時間を潰す。霖之助から「何だかただならない気配をしている」と心配されたが、寝不足で目が充血している魔理沙は大丈夫とだけ言って幽鬼のごとく無縁塚に行った。

 

 手紙はまだ来ない。夜になっても確認しに行き、再び不眠で朝を迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 三日目の昼過ぎのことである。このままではあまりに不毛だと考えた魔理沙は、魔法により一計を案じることとした。

 

 そもそもここ数日頻繁に無縁塚に通っているのは、例のガラス瓶を他の誰かに拾われるという事態を防ぐためだ。しかしそのために睡眠や食事をおろそかにしている現状はよろしくないと魔理沙は思う。今までの生活も気ままに過ごしてきたので実際はそう大差ないのだが、それはあくまで自分の裁量下での話。自由のもとに不摂生の限りを尽くし堕落するのは良くても、必要や不安に駆られて己の生活から自由が剥奪されるのとでは天と地ほどの差がある。

 

 少なくとも、魔理沙は夜更かしのあとに昼間までぐっすりと安眠できる時間を取り戻したかった。

 

 

 要点としては、自分以外の者があのガラス瓶を拾わないようにすること。それを達成するために魔理沙はいくつかの案を出し、どの手段が一番現実的だろうかと考えた。

 

 まず初めに、無縁塚に誰も寄り付かなくすればいいではないかと抜本的すぎることを思い付いたが、魔理沙はどう足掻いても今の自分にそんな大掛かりな仕掛けを打つ技術は無いと悟ってすぐに諦めた。

 

 もしもそれを成すとしたら、一度張れば自立して四六時中作動してくれる認識阻害の結界が必要になる。訪れた者に「ここには何もない。居るだけ無駄」と思わせるような効果のものが理想だ。しかしつまりそれは、博麗大結界の小型版を作るようなもので、結界術に長けている霊夢であっても一人でやるには無理があるほどの高等技術だ。魔理沙が手を出せる代物ではない。

 

 結界の代案として、無縁塚全体に霧雨魔法店特製のけったいな臭いのする香水をぶっかけて人を寄り付かせないといったことも考えてはみたが、これも即座に却下された。そんなことをしては「ここには何かあります」と宣伝しているようなものだからだ。最悪の場合、異変として騒ぎになることすら予想される。文通を隠すために無縁塚に香水をふりまいた女として別の意味で笑い者になるかもしれないと考え、そのあまりに悲惨な結末に魔理沙は身震いした。

 

 そうやって無暗やたらに壮大なことを考えつつ、結論としてはガラス瓶が現れる位置をガラクタで囲みカモフラージュするという、大変無難なところに落ち着いた。魔法の森に生えている幻覚キノコでも使って盤石の態勢を取りたいという邪念にも駆られたが、やはり悪手になる懸念があったので断念した。

 

 三日目の昼時になっても返事の瓶は届いていない。魔理沙は落胆しつつもせっせと作業に取り掛かった。

 

 まず、最初に作ってあった墓石の模造品を解体してしまう。元々は幻想郷に流れ着いてしまったメッセージボトルを供養するために作ってみたものだ。状況が変わった今ではあまり意味がなくなってしまった。

 

 以前の作品を取り壊した魔理沙は、そこと全く同じ場所にガラクタを積み立てていく。出来るだけ雑多に配置し、人為的に見えないように注意する。中が空洞になるように組み、蓋の役割を果たす木箱を被せてひとまず形としては完成した。

 傍から見ればいい歳になってガラクタで遊んでいるようにしか見えないが、魔理沙はやはり自分の仕事に満足して「良し」と言った。さらにその木箱を簡単には動かされないように軽いおまじないを掛けてやれば尚良し。

 

 カモフラージュが完成してみると、魔理沙は唐突に肩の力が抜けたような気がした。どっと疲れを感じて欠伸を噛みころす。

 少しして、緊張の糸が切れたのだと自覚した。これでひとまずは安心できると思ったら今までの気苦労や寝不足の反動が一気に押し寄せたようだった。立ち上がって背筋をぐいと伸ばすと、凝り固まった腰がパキポキを小気味良い音をたてた。

 

「あ、でもこの角の部分が少し気になるかも」

 

 そう言って再びしゃがみ込み、ガラクタで作った郵便受けの手直しをしようとした時、中からカタンと音がした。

 

 魔理沙は何処か崩れてしまったかとため息をつき、木箱のまじないを解いて手を突っ込んでみると、なにやら硬質でひやりと冷たい物に触れる。すべすべとしたその表面を撫で、もしやと思い掴んで取り出す。

 

「わあっ」

 

 魔理沙は子供のような歓声を上げた。彼女の手には透明なガラス瓶が握られていた。中には巻かれた紙が入っている。その紙を括ってあるのはリボンではなく麻糸に似た紐。

 間違いない。未来の彼から届いた手紙だ。

 

「やった……やったやったやった! 本当に届くんだ!」

 

 魔理沙は瓶を大切に抱えて箒に乗り、ぐんと飛び上がった。自宅を目指して一直線に飛ぶ。一刻でも早く、この手紙を読むために。

 さっきまで感じていた疲れはどこかに吹っ飛んでしまっているようだった。眠気も空腹感も今はどうでもいい。

 

「きゃほーう!」

 

 少女の黄色い歓声が、幻想郷の夏空に響いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。