東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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十二話

 

 

 

拝啓

霧雨魔理沙様

 

 お手紙拝読しました。前から思っていましたが、霧雨さんの字はとても綺麗ですね。それに見たことのない文体です。どのような筆を使ったら霧雨さんのような文字が書けるのか、不思議に思います。

 

 手紙だけでなく素敵な贈り物もありがとうございます。この押し花というのはとても綺麗ですね。今回、私が描いた絵を同封しました。霧雨さんの手紙の内容をもとにヒマワリの全体像を描いてみたのですが、このような形であっているでしょうか。花びらであれだけ美しいのですから、ヒマワリが群生する太陽の畑という場所はさぞ綺麗なのでしょう。そんな場所でご友人とお茶をしているとのこと。とても憧れます。

 

 太陽の畑に住んでいるという風見幽香さんとの決闘も、ハラハラとする楽しいものでした。単純な力ではなく美しさで競い合う、というのは風情があって良いですね。風見氏と相打ちになり、両者とも克己して立ち上がるところは、読んでいるこちらも思わず立ち上がりそうになりました。それにしても霧雨さんはまだ十代だと言うのに、本当にお強い。魔法使いというのは、みんな霧雨さんのような力を持っているものなのでしょうか。

 

 僕の世界はそもそも魔法なんて存在しないのですが、自然を全く無くしてしまうほどには科学技術は進歩しました。幻想郷の無縁塚には自動車も流れ着いているとのことですが、どのような形をしていますか? 僕の生まれた時代の自動車はとろけたような流線型をしていて、反重力装置によってふわふわと浮きます。ああ、でも魔理沙さんは空を飛べるから、あまり珍しくはないかもしれませんね。お友達も普通に空を飛ぶという話ですし、本当に幻想郷というのは不思議な場所です。

 

 キノコと山菜の汁物だけでは力が出ないとのこと。どうかご自愛ください。

 とは言うものの、例によってキノコも山菜もどんなものか知らないので上手く想像は出来ませんが。カロリーが足りていないということでしょうか。ただ、温かいスープが飲めるのもまた羨ましいことです。私の食事はたいていスナック系の人工栄養食ですから味気のないものです。他にも超長期保存の缶詰がありますが、こちらは珍しくなかなか手に入らないので大切に食べています。開けてみるとたまに果物の缶詰(これも人工ですが)の時があり、飛び上がるほど嬉しくなります。甘い物を食べると人心地つけますね。

 

 ボトルの中にスナックバーを一本入れておきました。上述した人工食です。長期保存のために分厚い包装で真空パックされています。こちらの食や文化などに興味があるということでしたので、良かったら食べてみてください。ただ、パサパサとしているのでよく噛むか、水と一緒に食べることをおすすめします。あまり美味しくないけど、タンパク質やビタミン、ミネラルなど栄養面は完璧です。

 

 それでは感想をお待ちしています。

 

敬具

西暦××××年〇月△日

八柳誠四郎

 

 

 

 

 

 

「ふーん。人工食ねえ」

 

 手紙と一緒にガラス瓶に入っていた棒状の物を、魔理沙はしげしげと眺める。八柳からの手紙にあった通り銀紙のような包装にぺったりと包まれている。包装材はツルツルとしていて魔理沙の知らない素材の感触だった。

 

 しばらく観察してから包みを破ってみる。中身の人工栄養食というのはクッキーなどの焼き菓子に似ていた。こんがりとした狐色で、ポソポソと乾いている。匂いは乏しく、鼻に近づけて嗅いでみても焼き菓子特有の香ばしさは感じない。

 

 人に必要な栄養がこんな物に全て詰まっているのか、と魔理沙は訝しみつつも、ものは試しと食べてみることにした。

 

「味がしない」

 

 魔理沙は「うーむ」と微妙な表情を浮かべながら、やたら口の中が乾燥する保存食をもそもそと食べた。八柳の言う通り茶を飲みながらようやくまともに食べられるような物だった。

 

 こんなものが主食なのだろうか、と未来の食文化の乏しさに魔理沙はがっかりするも、ちゃんと食べ進めつつ、八柳が書いたというヒマワリの絵を見てみた。上手な絵だった。描いた人の繊細さが絵によく出ている。実物に似ているかどうかはともかく、一枚の花弁から一生懸命に想像して描いたことが素人の魔理沙であっても分かり、思わず笑みがこぼれる。

 

「そうだ。今度は写真を送ろう。やっぱ天才だな、私」

 

 カメラは香霖堂か無縁塚で見繕おうと企てる。ヒマワリ畑の写真を見せれば八柳は本当に驚くに違いないと思い、魔理沙はニマニマと笑った。人を驚かせる計画を立てるのが何よりも面白い。

 

「でも未来には、めっちゃ凄いカメラがあるんだろうなあ。良いなあ。向こうからも何か写真送ってくれないかな」

 

 考え出すと、どんどんこの先の展開が頭に浮かび、魔理沙の心臓は高鳴った。

 

 

 目を瞑り、科学が発達し尽くしたであろう未来の街の様子に思いを馳せる。きっと大きくてピカピカの工場が地平線を埋め尽くすほどに建っていて、煙突から四六時中もくもくと煙を吐いていることだろう。想像するだけでも圧倒されそうな光景だ。

その工場で作られているのはもちろん、先ほど自分も食べた人工栄養食とかいう食べ物だ。きっと一日に数えきれないほどの量を生産しているに違いない。たい焼きを焼くみたいに生地を型に流し込むのだろうかと考えて、普通のたい焼きの方が美味しいのだからそちらを焼けばいいのに、なんて思う。

 

 住宅はサイコロみたいなのや丸っこいのまで、変な形のものがたくさん。凄まじい高さの高層建築も至る所に建っている。その間を縦横無尽に道路が走っていて、円盤型の自動車が地面すれすれに浮かびながら凄いスピードで行き交っているのだろう。いや、八柳は「とけたような流線型」と言っているから、自動車の形はもっと違っているかもしれない。想像も及ばない未知だ。

 

 

 やがて空想の海から抜け出して目を開ける。魔理沙の瞳はまだ見ぬ世界への期待に輝いていた。高揚をそのままに、屋根裏部屋の文机に向かい、筆や紙を引っ張り出す。

 

 硯の上で墨を擦りながら、魔理沙はふと手元に置いてある筆に視線を移す。八柳の「どういう筆を使っているのですか」という質問を頭の中で反芻する。

 

 筆と言ったら毛筆だろうにと思いつつ、魔理沙はいったん墨を擦るのを止めて、八柳の手紙を読み返してみる。均一な太さで書かれた字は、たしかに毛筆のものではない。そういえば、こーりんが万年筆という物を使っていたなあ、と思い出す。八柳の文字はかつて見たことのある万年筆で書いた字に似ているので、魔理沙は「未来では万年筆が主流になったのだろう」と考えた。

 

 毛筆が無くなるなんて想像もできない。魔理沙は肩をすくめて硯に向き直る。家を出る際に父から餞別として貰った書道道具一式は、今やすっかり少女の手になじんでいた。

 

 

 

 

 

 

 それから幾度となく、魔理沙と八柳誠四郎との間で文が交わされた。大抵、魔理沙が無縁塚にボトルを置いてから一日経つと、向こうから返事が返って来る。長くても三日以上空いたことはなかった。魔理沙も魔理沙で、出来るだけ早く返信を送るように努めた。そのおかげでかなり頻繁に手紙を書き、魔理沙は忙しなくも充実した気持ちで夏の日々を過ごした。

 

魔理沙が手紙を送る際には必ず一枚、押し花を入れる。幻想郷のあちこちで花を摘んできては押し花にして「今回はこれ」とその日の気分で八柳に送るものを選んだ。また送られる度に八柳が喜ぶので、魔理沙はすっかり押し花作りに夢中になった。

 

 他にも彼らは、手紙に乗せて様々な物を贈りあった。

 

 八柳は未来の変てこな小型道具や、彼が想像して描いた幻想郷の絵を寄こしてきた。至って真面目に描いているらしいが、二足歩行のタヌキにしか見えない猫がでんと立っていたり、丸っこいビルの頂上に木がわさわさと生えていたりして、ひたすらに可笑しい。

 

 魔理沙は霖之助から借りたカメラで写真を撮りまくって八柳の絵の答え合わせをしたり、味気ない食事をしている八柳を不憫に思って、煎餅などのお菓子や干したキノコなんかを贈ってみたりした。煎餅は大変好評だった。キノコに関しては「口の中が渇きますね」と言っていた。干し椎茸をそのまま食べた彼を想像して魔理沙は大笑いしつつも、今度はキノコと一緒に乾燥させた山菜も一緒に入れてやり、水で戻したり煮たりして食べるのだということを教えた。八柳は初めて食べる味だと感激していた。八柳の手紙を読むたびに「この人はどんなことにでも感動するなあ」と魔理沙は微笑ましい気持ちになる。

 

 手紙のことを考えている間、魔理沙は悩みを忘れることが出来た。遅々として進まない魔法の勉強や、実家から送られてくる手紙のことや、漠然とした将来のことなどを考えなくて済んだ。今はそんなことより目の前にやるべきものがあるのだと思うと、心が解放されるようだった。

 

 

 

 そうやって筆まめに文通をし続ける内に一カ月ほどが過ぎ、早くも夏の盛りを迎えた。この時期になるとミニ八卦炉はそのエネルギー変換の機能を利用され、送風機として魔理沙が少しでも涼むために稼働する。古今東西でも稀なる魔術道具にしては実に庶民的な使い方だが、おかげで魔理沙の家の屋根裏部屋は快適そのものである。

 

 文机に置いてある真新しい封筒入れには、今までに八柳から届いた手紙が整然と収まっている。魔理沙はそれを一枚一枚数えながら、あっという間に過ぎ去った濃い時間の感慨に耽るように、ほうっと息を吐いた。

 

 魔理沙が思っていた以上に、八柳の生まれた時代の日本の話は面白かった。文化も文明も、何から何まで幻想郷とは大違いである。その中でもやはりと言うべきか、科学技術にまつわる話がいっとう魔理沙の興味を引いた。

 

 八柳は以前からそんな未来の世界を「語るに値しない」と評しているが、幻想郷よりもずっと面白そうだと魔理沙は思うものだ。

実際に手紙にそう書いてみたところ、八柳にはぐらかされてしまったが。何故だろう。たくさんの画期的な発明があってとても楽しそうなのに。向こうは幻想郷の方がずっとずっと素晴らしい世界だと言う。どんな時代に生きようとも、慣れてしまえば面白味もなにも感じないのだろうか。

 

「結局、無い物ねだりなのかな」

 

 魔理沙はそう呟いた。

 

 呟いた途端に、腹が鳴った。地鳴りを思わせるようなすさまじい音だった。「むむっ」と呻いて腹を擦るのと同時、今度は強い空腹感に襲われる。時計を見れば、そろそろ正午になる。ついさっきまで八柳への手紙を書いていて、今しがたメッセージボトルを無縁塚に置いてきたところだった。朝ごはんは食べ損ねていた。

 

 

 何か適当に腹に入れようと思い、魔理沙はふらふらと立ち上がる。明らかに元気のない足取りで台所に入っていったが、そこで彼女が目にしたのは、底をついた食料棚であった。すっからかんだ。綺麗さっぱり何もない。そういえば昨日の深夜に食べたそうめんが最後の食料だったかも、と思い出す。常備していたはずのキノコや山菜などの干物もいつの間にか食べ尽くしてしまっていた。ズボラここに極まれりである。

 

「買い出し、行かなきゃなあ」

 

 蜘蛛の巣でも張りそうな食料棚の扉を閉めて、重苦しいため息をつく。食料の買い出しに行くということは即ち人里に行くということであり、それが魔理沙の気分をどんよりとさせた。

 

「ま、いつも通り、パッと行ってパッと帰ってくれば大丈夫だろ」

 

 魔理沙は自分を励ますようにそう言って家を出る。

 

 向かう先は、ここ最近毎日のように通っている無縁塚とはほぼ真逆の方角。幻想郷において唯一人間が集まって暮らす大きな里。そこは言わずもがな魔理沙が生まれ育った故郷であり、今も家族が生活を営んでいる場所である。道中、その家族の顔が脳裏に浮かび、魔理沙は複雑な気持ちを抱えながら人里を目指して飛んだ。

 

 月が替わって新しく送られてきた母の手紙にも、まだ返事を書いていないままだった。

 

 




投稿が遅れたのに文字数少なくて申し訳ないです。次回はもう少し早く更新できると思います。

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