東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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二話

 

拝啓

はるか海の向こうのあなたへ

 

 

 はじめまして。私はかつて日本と呼ばれていたところに住んでいた者です。

 諸事情あって一人きりで、その日暮らしのような生活をしているのですが、ふと誰かと文を交わしてみたいと思い、筆をとりました。

 

 この手紙を拾ってくれたあなたは、どのような方なのでしょう。どこの国に住んでいますか。どんな生活をしていますか。そもそも何時の時代にいるのでしょうか。

 

 私がメッセージボトルを大海原に託してからあなたに拾われるまで、どれだけの年月が経っているのか想像もつきません。

 自分の手紙が未来で読まれていると思うと、それはそれで、愉快な気持ちになります。

 

 けれど、もしも私がこの手紙を書いてから何年も経っていないというのなら。

 気が向いたらで構いません。どうか一度、お返事をくださいませんか。

 

 手紙の裏に私の連絡先を記しておきます。公共施設の転送ポストが使えるのなら手紙をそちらへ。文通が難しそうでしたら、衛星通信を試してください。衛星の機能ならこんな時代でもまだ生きているはずです。

 

 最後になってしまいましたが、あなたに手紙を拾ってもらえたことを心から感謝します。本当にありがとう。

 それではお返事を待っています。

 

 

敬具

西暦××××年、〇月、△△日

八柳 誠四郎

 

 

 

 

 

 

「ま、外の世界から来たってことは、確かだよな」

 

 もう何回か手紙を読み返し、魔理沙は呟いた。

 

 無縁塚での宝探しもそこそこに家へ帰り、ありあわせの適当な夕食を済ませてからこちら、ベッドに寝転がって手紙を見つめている。

 

 ここに書かれている文章からでは、そう多くの情報はつかめない。

 名前からして送り主は男性だろう。

 その日暮らしと言うからにはお金持ちではないだろうし、「諸事情あって」などと濁すくらいだから家族と良好ではないのかしら、と魔理沙は考える。もしくは天涯孤独ということもあり得る。

 けれど字は綺麗だから、それなりの教養はありそうだ。さっぱり分からない単語もいくつかあり、それが魔理沙の好奇心をくすぐった。

 

 しかし一番目を引くのは、敬具のあとに記された日付だった。

 幻想郷の成立は明治時代にまで遡る。

 そこから外の世界の歴史、いわゆる正史とは分かたれて異なる道を歩んできたわけだが、時の流れまでは変わらないというのが定説だ。

 幻想郷の一年は外の世界でも一年。春夏秋冬に変わりなし。

 確証はないが、霊夢が言っていたことなので間違いはないだろうと魔理沙は思う。幻想郷を隔離する博麗大結界。その管理者である当代の博麗の巫女、博麗霊夢が言うのだから信憑性はある。

 

 だが魔理沙の拾った手紙は、その常識を覆すものだったのだ。

 

「西暦だと確か今が2000年ぐらいだから…………千年後って、マジかよ」

 

 魔理沙の口から乾いた笑いが漏れる。

 未来から手紙が流れてくるなんて、誰が信じられるだろう。それも千年の時を跨ぐなどと。

 魔道を志す魔理沙であっても送り主の冗談だと思わずにはいられない。あるいはただの書き間違えとか。

 

 時間や時空といった概念に触れている魔導書はいくつか読んだことがある。

 まだまだ駆け出しの魔理沙にはその理論はさっぱりだったが、時を超えることがどれほどの奇跡かはよく分かった。とても自分には出来そうにないと匙を投げたものだ。

 何より千年という時間の開きが大きすぎる。「この手紙、千年後から来たんだってよ」と言っても誰も信じてはくれないだろう。

 親友の霊夢は言わずもがな。同じ魔法使いのアリスや、『動かない大図書館』とまで称される知識人のパチュリー・ノーレッジでさえ、魔理沙と同じように「何かの間違いではないか」と疑うに決まっている。

 

「でも冗談を言ってる感じじゃないしなー」

 

 突拍子もない年号とは裏腹に、手紙の内容からは真剣な雰囲気が伝わってくる。丁寧な文体も相まって、何度か読み返すうちにその印象はどんどん強くなっていった。

 

 これがただの悪ふざけだと分かれば、手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んでいたことだろう。

 しかしそうやって一笑に付すには惜しい、どこか運命じみたものを、魔理沙は感じていた。

 

 ベッドに横たわったまま文机の上に置いてあるガラスの瓶を眺め、想像を巡らせる。

 孤独な人が、誰かに拾われることを願って海に流した手紙。それが幻想郷の無縁塚に行き着いたということが示す意味。

 外の世界から忘れられ、縁の切れたモノたちの集積場であるあの場所に落ちていたということは、つまり。

 

『さみしい場所よね』

 

 霊夢の言ったことが思い起こされる。

 

 その瞬間、魔理沙は自分の胸に熱いものが込み上げてくる感覚をおぼえた。それは激情とも言うべき衝動の炎であった。

 

 魔理沙はやおら立ち上がり、文机に向かった。

 まだ蝋燭が残っている枕元の燭台を持ってきて、反射板付きのランタンに火をうつす。椅子のクッションを直して座り、肩を回して凝りをほぐす。

 

 机の引き出しの一段目を開けると、毛筆や硯や文鎮といった書道道具が一式揃っていた。毛羽立たず、しかし墨の色が沈着している筆からは、これらが飾りではなく日常的に使われ、またよく手入れされていることが伺える。

 続いて開けた二段目の引き出しには様々な紙が入っていた。ハガキ、わら半紙、羊皮紙。ツルツルした感触の紙を使ったノートは、外の世界の雑貨を扱う知り合いの店で買ったものだ。

 魔理沙はその中から便箋として使う和紙を取り出した。

 

 硯に水を張って墨をすり、筆の先を浸す。一呼吸おいて神経を集中させる。

 そうして、魔理沙は紙にそっと筆を降ろし、『拝啓』と書き始めた。

 

 

 

 

 

 

拝啓

八柳誠四郎様

 

 

 梅雨も過ぎ去り、草木の香りが一層濃くなりました今日この頃、あなたはいかがお過ごしでしょうか。私は森の中に住んでいるため、虫よけの香の匂いがすっかり服に染み付いてしまいました。

 

 なんて、季語などを入れてみましたが、この手紙があなたに届くことはないのですよね。それでもあなたの思いが詰まったあのガラス瓶を拾った手前、こうして何か書かずにはいられなかったのです。

 

 信じられないでしょうが、あなたの手紙は千年前の日本、それも内陸の山奥にて、私が拾いました。私もにわかには信じられず、今も夢を見ているような不思議な気持ちで筆をとっています。

 

 けれどあり得ないことではないと考えております。

 幻想郷という場所をご存じでしょうか。存じ上げなくても無理はないと思います。千年後も残っているかどうかは分かりませんし、元々が俗世の方々には見つかりにくい隠れ里のようなものですから。

 

 私が生まれ育った場所、幻想郷はある結界によって確立された、言わばもう一つの世界です。その結界こそが、あなたの手紙を幻想郷に導いたのではないかと私は考えました。

 

 幻想郷には、外の世界、つまり現実の世界で忘れ去られてしまったものが流れ着く地と言われています。それは道具だけでなく、人や建造物、果ては妖怪や神様まで、ありとあらゆるものがここへ集まるのです。

 幻想を受け入れて成り立つ世界、だから幻想郷と言うのだと、この世界の成り立ちに詳しい私の友人は言っていました。

 

 千年という時をどうやって超えたのかまでは分かりませんが、海に流したはずのあなたの手紙がここへ流れ着いたことは確かな事実です。

 私はそのことを大変嬉しく思っています。だって普通なら届きようのない手紙が、こうして偶然にも私の前に現れ、新しい縁を結んでくれたのですから。

 

 きっと私が書いているこの手紙は、あなたの元へは届かないのでしょう。

 けれどもし、また何かの偶然で、奇跡とも言える奇妙な縁が繋がるのだとしたら、是非とも文を交わしたいと思います。

 転送ポストや衛星通信といったものは寡聞にして存じませんが、このガラス瓶で海から山へ、山から海へと便りを出せるのなら、それはなんて素敵なことでしょう。

 

 聞いてみたいことがたくさんあります。千年後の世界はどのようになっているのか、あなたがそこでどんな暮らしをしているのか、興味が尽きません。

 この手紙が届くといいなあと心の底から願うばかりです。

 

 それでは気長にお返事をお待ちしております。お一人で暮らしているとのことなので、お体には十分気をつけてください。

 

 

敬具

西暦××××年〇月△△日

霧雨魔理沙

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時のこと。虫の音くらいしか聞こえない無縁塚に、人影が一つ現れた。

 

 三角帽子をかぶった少女の影は、ガラクタをより分けて何かを作り、その側にガラス瓶を置くと天の川の輝く夜空へと飛び去って行った。

 

 残された瓶にはきれいに丸められた便箋が一枚、リボンで括って入れられていた。

 

 


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