東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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二十話

 

 

 

 香霖堂でミニ八卦炉の調整に付き合った後、迷いの竹林にある永遠亭に行き、魔法の森の自宅、妖怪の山と各所を回った魔理沙は最後の訪問先を目指していた。

 

 使い古した箒に乗って低空を飛行する。山向こうから差し込む西日が疲れの滲んだ少女の顔を照らす。しかし自然とこぼれる笑みには達成感、あるいは冒険心に満ちた不敵さがあった。

 

 準備は整いつつある。魔理沙は入手した薬がしまわれている懐を大事そうに撫でた。

 

 

 

 

 

 

 迷いの竹林と呼ばれる場所がある。

 天然の迷路となっているその奥深くには平屋の屋敷が建っている。凄腕の薬師として名高い八意永琳の住処、永遠亭だ。

 

 高度文明が築かれている月世界から来たという永琳の持つ医学、薬学の知識は膨大で、人智を遥かに超越している。彼女が調合し処方する薬はてきめん病理に効く。飲めば不老不死になれる蓬莱の薬さえ作り出した恐るべき技術力。永琳自身や、永琳の同居人であり主人でもある蓬莱山輝夜はその薬を遥か昔に服用している。それ故に罪人となって月を追われ、幻想郷に流れ着いたという経緯があったりするのだが、その辺りは割愛する。

 

 要するに、八意永琳の薬学は天下一品であるということだ。幻想郷に住んでいて薬を求める時、彼女以外を訪ねる者は一人もいない。というか永琳の登場によって人里の医師はおまんまの食い上げ、手術や診療はともかくとして薬を調合する者は誰もいなくなってしまった。

 薬と言えば永遠亭。幻想郷で暮らし始めてまだ日が浅いにも関わらず、それが常識として定着しつつあった。

 

 無論、魔理沙もその例に漏れない。

 八柳誠四郎のいる世界を救うためにミニ八卦炉を活用しようと思い立った後、では既に毒に侵されているという誠四郎本人を助けるにはどうしたら良いかと考えた。答えはすぐに出た。永遠亭に行って薬をもらう。えらく単純だが、これが一番現実的であり、また確実な方法であることに疑う余地はなかった。

 

『死の否定は、そのまま生の否定にも繋がる』

 

 八雲紫が言ったことだ。そこは魔理沙も認めざるを得ないところで、死を回避できるからと言って安易に蓬莱の薬を与えるわけにはいかない。しかし不死などにならずとも、人を一人回復させるだけなら容易いことだろう。八意永琳の神技は、他者にそう思わせるに十分なものだった。

 

 

「難しいわね」

 

 容易いと思っていたから、永琳にそう言われたとき、魔理沙は純粋に驚いた。薬を処方してもらうからには下手に隠し事をしたり誤魔化したりすることはできない。

 放射線被ばく、空から舞い落ちる有毒物質。それ以外にも八柳誠四郎の容態に関わることは思いつく限り全て伝えた。

 

 永琳の理解は早かった。地球よりも格段に科学文明が発達しているという月に住んでいた彼女は、幻想郷ではとんと聞かない放射線などの知識も当然のように有している。無論、その危険性も。

 魔理沙が語った情報をもとに永琳は少しの間考え「難しい」と告げた。

 

「何がダメなんだ? 手遅れなのか?」

 

 焦って詰め寄らんとする魔理沙を切れ長の目で制しつつ、永琳はいたって冷静に説明する。

 

「手遅れかどうかも分からない、と言うのが正確ね。さすがに情報が不足しているわ。その人に合う薬を処方することはとても難しい」

「とびきりの奴でいいんだ。死にかけの人間でも元気になっちゃうようなさ。そういうの無いのか」

 

 魔理沙はかつて魔術書で読んだことのある霊薬や秘薬といったものを思い浮かべながら言う。

 

「細胞を活性化させたり、脳内麻薬を操ることで回復に向かわせたりするような類の薬はあるわ。その系統で、体力が弱っていても服用できる物もある。でもそれだって無闇に使っていいわけではないのよ」

「副作用のせいとか?」

「まあ、それも一因ではあるけど。結局のところ、薬だけで解決できることなんてたかが知れているのよね」

 

 自嘲するでもなく、当たり前のように永琳は言った。誰よりも抜きんでている自分の専売特許を『たかが知れている』と。それは魔法という奇跡を追い求め、自負心の支えとしている魔理沙にとっては理解に苦しむ言葉だった。ただそこには、悠久の時を生きてきた者だけが持ち得る重みのようなものが確かに存在していた。

 

「でも不老不死の秘薬だって作れたんだろ」

「……言っておきますけど、蓬莱の薬は間違っても処方しませんからね」

 

 永琳は長い足を組み替えて、鋭く告げる。そんなつもりはない、と否定しつつも魔理沙は若干気圧される。咄嗟に俯いてしまったのは、僅かでも安直な解決の選択肢を心のどこかで残していた後ろめたさからか。誠四郎が永遠に生きたいなどと思っていないのは考えずとも分かることなのに。

 

「別に蓬莱の薬じゃなくたって、そんな凄いのが作れるなら、どんな効果の薬でも作れるんじゃないのかよ」

「さっきも言ったでしょう。情報が足りないし、無暗に使っていいわけでもないと。ぽんと薬一つ手渡して何でも解決するのなら良いけど、生憎そうはいかないものよ。少なくとも、現状で私がその患者のために用意できる特効薬は無いわ」

 

 淡々と述べられる永琳の言葉の前に、魔理沙は唇を噛んで押し黙ってしまう。膝に置いてあった手は無自覚にスカートを握っており、その指先が白くなっている。

 そんな魔理沙の手元を見た永琳が何か言おうと口を開いた時、診察室の引き戸が開かれた。入ってきたのは長い黒髪の少女だった。作法も礼節も無く、医者と患者の対面の場に上がり込んできた少女はしかし、他を圧倒する品格を醸していた。

 

「いいじゃない永琳。蓬莱の薬の一つや二つ、あげたって」

 

 どうやら聞き耳を立てていたらしい。悪戯っぽく、さらりと、とんでもないことを口に出す少女——蓬莱山輝夜に永琳は困り顔を向ける。

 

「姫様…………いけませんよ。あれはもう作りませんし、作れません」

「やあね。冗談よ。永琳はたまに真面目過ぎると思うの。ほら、お客さんも困ってしまっているわ」

 

 輝夜は何かを面白がるような微笑みを浮かべている。魔理沙と一応の面識はあるはずなのだが素っ気なく『お客さん』と呼ぶあたり、憶えていないか、そもそも魔理沙に関心を持っていないと見える。魔理沙を見つめる輝夜の瞳は黒く澄んで美しく、まるで新月の夜闇のようだった。

 

「面白そうじゃない。未来で待つ人に贈り物を届けようだなんて。お伽噺のようで素敵だしぜひ協力するべきだわ。ああ、私も未来に行ってみたい」

「まったく、面白いかどうかだけで物事を判断するのはお止め下さい。ろくなことになりません」

 

 夢見がちな乙女のようにつらつらと話す輝夜にため息をつきつつ、永琳は魔理沙に向き直った。組んでいた足は揃えられている。

 

「さっきはああ言ったけど、何もせず放置しようとは思っていないわ。患者がいるのに匙を投げることは、私の医学への冒涜になる」

 

 少し待っていて、と言って立ち上がると、永琳は輝夜が入ってきたのとは別の扉を開けて隣室に姿を消す。

 

 彼女が戻って来るまでの間、未来の世界に対して異様な興味を示す輝夜から質問攻めにあった魔理沙はえらく精神を消耗した。普段から魔理沙は自分のことをけっこうな変わり者だと自負しているが、こうして幻想郷に住む本物の変わり者と話すと自身の凡庸さを痛感する。一方的に質問攻めにするかと思いきや、変てこな空想を並べ立てて同意を求めてくるその会話術はまさしく天衣無縫。機微も何もあったものではない。魔理沙はロマンチズムに溢れていた文通のことを誤魔化すのに必死だった。

 

「お待たせ。さあ、姫。ちょっと離れてください。お客様が困っているわ」

 

 しばらくして戻ってきた永琳の手には薬を乗せたお盆がある。白と赤、二種類の懐紙で几帳面に包まれた薬がそれぞれ何個かあり、永琳はそれを魔理沙に見せながら説明した。

 

「副作用の出ない漢方よ。今ここで用意できる最適なものを選んだわ。これなら体力が弱っていても服用には問題ないはず。白の包みと赤の包みの薬はそれぞれ効果が違うから間違えないように」

 

 なんでも陰陽にちなんでおり、互いが互いの効果を補い合うのだという。飲む順番を守るようにとか、服用の時間は何時から何時までとか、永琳は事細かな用法を教えつつ、その内容をさらさらと紙に書いていく。

 

「はいこれ。無くさないようにね。きちんと服用すれば体組織の活性化を図れるわ」

 

 話し終えると、紐で薬を束ね、用法用量を記した紙と一緒に魔理沙に手渡す。花が咲くような笑顔で魔理沙はお礼を言うが、永琳は厳しい表情をして「でもね」と付け加える。

 

「万能ではないということを忘れないで。貴女が助けたいというその人が、薬ではどうにもならない状態にある可能性にだけは留意しておいてちょうだい」

「分かってるよ。精一杯やったならどんな結果になっても私は後悔しないつもりだし、永遠亭に文句なんかつけたりしないって」

「文句とかそういう話ではないのだけど…………」

 

 魔理沙は軽い口調で言った。本当にそう覚悟しているのか、あるいは目的の薬が手に入って気が大きくなっているのか、悠久を生きる永琳であっても正確には読み取れない。輝夜は面白がるように二人のやり取りを見守っている。

 

 薬の代金を置き、立ち去ろうとした魔理沙はふと足を止めて永琳の方に振り向いた。

 

「この薬、もう一組もらえるか。お金ならちゃんと払うからさ」

 

 怪訝そうな永琳から追加分をもらうとそれを懐にしまい込み、魔理沙は意気揚々と永遠亭をあとにした。

 

 

 

「ああ、思い出した」

 

 魔理沙が出て行った後、従者の玉兎に淹れさせたお茶を飲んでいた輝夜が口を開いた。永琳が「何をです」と聞く。

 

「あの子、霧雨といったわね。たしか人里の商家で、永琳の薬をいつも買っているお宅もそういう名前だったじゃない」

「ええ、魔理沙はそこの娘さんですよ。奥様の体調が優れないらしくて。毎月二回、鈴仙に薬を届けに行かせています」

「まだ良くはなっていないのかしら」

 

 輝夜はどこか意味ありげな微笑みを浮かべて自ら話を広げる。普段、永琳の仕事に全く興味を示さない彼女にしては珍しいことだった。

 

「最近調子が良いというお手紙はいただきましたけど、まだまだでしょうね。先天的な体質を改善するのには時間がかかります」

「不憫なものね。蓬莱の薬を飲めばそれで解決するのに」

 

 またその話か、と永琳は呆れ顔で、咎めるような口調を主人である輝夜に向ける。

 

「姫様、何度も言っていますがそういった安直な方法は解決とは…………」

「分かっているわよ」

 

 永琳の言葉にかぶせるようにして輝夜が言う。変わらぬ微笑みは、そうやって永琳を呆れさせることも楽しんでいるようだった。

 

「今そこにある命こそが最も尊いのよ。たとえ散りゆく定めだとしてもね」

 

 永遠なんて、つまらないもの。

 

 対面に座る永琳ではなく自分に向けるように、あるいは未来を目指して進んでいる魔理沙へ投げかけるように、輝夜は独り言ちた。

 

 

 

 

 

 

 永遠亭で薬をもらった魔理沙はその足で魔法の森へ向かった。拓けた場所には見慣れた自宅が建っている。

 

 家の前にある郵便受けは凄いことになっていた。突っ込まれた新聞で一杯になっている。ぎゅぎゅう詰めになって軽く引っ張ったくらいでは取れない新聞の束が、射命丸文の怒りを表しているようだった。実際に怒っているようで、一番新しい朝刊と一緒に『新聞読んでください!』という切実な書置きが挟まっていた。可愛らしい鬼がぷんぷんと怒っている絵は文が描いたものか。

 

 魔理沙が気合を入れて新聞を引っこ抜くと、一枚の封筒がくっ付いてきて足元の草むらに落ちた。母……いや、実家からの手紙だ。いつものように仕送り金も同封されている。普段なら少しばかり辟易とする魔理沙だが、今回はこれこそが目当てだった。

 

 手紙と新聞の束を抱え、草葉の陰に埋もれている『霧雨魔法店』の看板を横切り、玄関扉を開く。

 中に入ると相変わらず物が散乱している居間が魔理沙を迎える。歩くだけのことで、本やガラクタを踏まないように気を付けなければいけない。しばらく紅魔館の書庫に泊まっていたので、改めて自分のだらしなさを思い知ることとなった魔理沙だが、雑然とした部屋にどことなく安心感を覚えてもいた。足の踏み場も無いほど溜め込んだ道具類が、家を出てから一人でやってきた歳月と苦労を象徴しているかに思われた。

 

 二階の屋根裏部屋も同様で、魔理沙は物をどかしつつ文机の前に腰かける。新聞はあとで読もうと思い、まとめてベッドの上に放った。

 封筒から取り出した便箋には、端正な母の字が綴られている。いつも通りの他愛のない内容だ。魔理沙の身を案じ、先行きが明るいことを願っている。それを読み終わると、魔理沙は一息ついてから書道具一式を机に広げ、墨を擦り始めた。誠四郎との文通以外で筆をとるのは久しぶりのことだった。

 

「…………。んー」

 

 拝啓、と書き出して魔理沙の筆が止まる。何と書いたらいいものか。誠四郎に未来のことを聞くときはすらすらと筆が進むのに、いざ家族に手紙を送るとなると、どうもしっくりこない感じがした。

 

 しかし書くべきことは既に決まっている。魔理沙はしばらく悩んだ末、えいと思い切って手紙を書き上げた。実に簡素で事務的。伝えるべき内容を淡々と綴っただけのもの。これまでに文通を重ねてきた手前、魔理沙は出来上がった文面を見て「これはどうなんだろう」とその報告書じみた素っ気なさに首を捻ったが、結局は良しとした。

 

 糊付けした封筒には、手紙と一緒に薬を入れておく。先ほど永遠亭で余分に買ってきた、紅白の懐紙に包まれた漢方薬だ。手紙には永琳から教えられた用法用量を書き写しておいた。地下間欠泉センターでの仕事で得た収入の大半を使ってしまったが、魔理沙に後悔の色は無い。生来、宵越しの銭は持たない性格だ。

 

 これから遠い場所に行ってくる。もしかしたら戻れないかもしれない。

 

 母には体を大事にするように。兄には商売繁盛と、妻と子の幸福を願って。父には、何を伝えればいいか分からなかったので何も書かなかった。

 

 

 

 妖怪の山に寄ったのは、射命丸文に手紙を届けてもらうよう依頼するためだ。妖怪の山はその名の通り古くから物の怪が住み着いている地で、よそ者は立ち入らない決まりになっている。自分たちの縄張りにずかずかと踏み込んでくる不埒者に、天狗たちは容赦しない。

 山中に足を踏み入れた魔理沙もまた、哨戒中の白狼天狗に見つかり検問じみた質疑をかけられていたが、そこにちょうど良く文が通りかかった。

 

「え、魔理沙さんが『文々。郵便』をご利用になるんですか。それもご家族に手紙を送るために? いったいどういう風の吹き回しですか」

「別になんでもいいだろ。ほら、お金。ちゃんと届けてくれよな」

「ううむ。お金はいいので、中身をあらためて記事にしちゃダメですかね」

「ダメに決まってんだろ」

 

 飛脚屋失格の発言をする文に不安を感じつつも、魔理沙は手紙を預けた。念のために中身を開けたら発動する呪いをかけておいた、と釘を刺したところ効果てきめんで「魔理沙さんまでそんな意地悪を!」と文は嘆いていた。よっぽどパチュリーに呪い(嘘)をかけられたことが堪えているらしい。

 

「そういえば最近ご自宅に帰ってらっしゃらないんですか? 新聞溜まっているんですけども」

 

 不服そうな文の言葉に「ああ、そうそう」と魔理沙は思い出したように言った。

 

「新聞の定期購読だけど、ちょっと止めといてくれ」

「なんでですか!? 呪いのことといい、何か私に恨みでもあるんですか!?」

 

 文が悲痛な叫び声をあげた。決して自分の書いている記事に問題があるという可能性を考えないところが天狗らしい。変に受け答えてこちらの事情を深堀されても敵わないので、魔理沙は適当にあしらいつつ別れを告げた。

 

 一方的に購読を打ち切って、文には申し訳ない気持ちがあったが仕方ない。

 遥か遠い未来に行ってしまったら、新聞をとっても何の意味も無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 しばらく飛ぶと、小高い山の上に建つ博麗神社が見えてくる。そこが最後の訪問先だった。霊夢を通して八雲紫に話を付けにいくのだ。

 

 いつも裏手の縁側あたりに着地する魔理沙だが、今回は神社に続く山道の中腹に降りた。彼女の顔は心なしか緊張で固くなっている。坂の上にある神社を見上げる。鳥居の朱色が夕陽に照らされて濃く映えている。それを眺めて、魔理沙の箒を握る手に力がこもった。

 

 八雲紫に自宅に入られて、未来の真実を告げられた日。それ以降、魔理沙は霊夢と会ってはいなかった。魔法の勉強で忙しかったというのもあるが、どうにも気まずかったのだ。霊夢は紫に加担して、魔理沙の裏をかいた。それで実害を被ったわけではないが、その事実が魔理沙の心に影をさしていた。

 何よりも去り際の、魔理沙を見つめる霊夢の目。憐憫とも同情ともつかない視線が印象的で、ここ一カ月の間にふと思い出すことがあった。あれは魔理沙に対する後ろめたさの表れだったのか、もしくはもっと別の感情が含まれていたのか判然としない。判然としないことが、魔理沙の中でモヤモヤとした言い表しがたい違和感としてこびりついていた。

 

「いいさ。謝ってきたら許してやろう」

 

 魔理沙は諸々の感傷をかき消すように深く息を吐いて、博麗神社への道を上り始めた。霊夢があの時のことを申し訳なく思っているのなら幾分か自分の要求も通りやすくなるだろう。「ごめんなさい」と素直に謝るのならこちらには許す準備がある。

 そんな風に考えながら階段を上りきり、鳥居をくぐった魔理沙の目の前に、一人の人物が立っていた。博麗霊夢だった。

 

「来たわね」

 

 社を背にした霊夢が短くそう言った。魔理沙は何かしら返事をするのも忘れて怪訝そうに友人を見る。霊夢の口ぶりは、まるで今日魔理沙が来ることを予知して待ち受けていたようだった。

 

 いや、それだけならまだ怪しむほどではない。霊夢の直感が優れていることは魔理沙もよく知るところであり、なんとなく来る気がしたから、という理由で魔理沙の来訪を察知していたとしても不思議ではなかった。

 しかし今の霊夢はどうだろう。雰囲気がいつもとは違う。仁王立ちで待ち構え、魔理沙を見つめる目には険があり、まるでこれから戦いに臨むような顔つきだった。

 

「な、なんだよ霊夢。怖い顔して」

 

 当初の予定が外れ、魔理沙はやや上擦った声を出す。

 

「そろそろ来ると思っていたわ」

 

 相変わらず剣呑な空気を漂わせている霊夢が言った。彼女の右手には何故かお祓い棒が握られている。霊力がふんだんに込められているそれは祭事用の道具ではなく、霊夢が妖怪退治をするときなどに用いるれっきとした武器である。

 

「何の用? わざわざ正面から上ってくるってことは、単に遊びに来たってわけでもないんでしょ」

 

 どうやら霊夢は魔理沙が博麗神社を訪ねることだけでなく、どんな用事で来たかも予想がついているらしい。いくら勘が良いと言ってもここまでだったかと魔理沙は内心で驚く。

 しかしそれなら話も早いと思い直し、口を開いた。

 

「紫に取り次いでもらいに来た。理由は分かってるんだろ?」

「そう……」

 

 霊夢は、何かを思い悩むように目を閉じた。しかしそれも一瞬のことで、再び魔理沙を睨みつける。

 

「悪いけど、紫には会わせられないわ。あんたがその件で来たら追い返すように言われているの」

 

 その言葉で魔理沙は、霊夢が何故自分を待ち構えていたのかようやく理解した。霊夢がお祓い棒を持っている意味にも納得し、それと同時に相対する霊夢を睨め付ける。

 

「私はもう前とは違うぜ。ちゃんと未来に行くための準備をしてきた」

「問答無用よ。帰って頂戴」

 

 取り付く島もない。一体何が霊夢をここまで強情にさせるのか。

 魔理沙はわざとらしく大きなため息を吐いた後「いやだ」と声を張った。霊夢の目が一瞬、怒ったように見開かれた。

 

「なんでお前がそんな不機嫌なのか知らないけど、意地でも言う事聞いてもらうぜ。今までの努力を無駄にするわけにはいかねえんだ」

 

 二人の間の緊張が高まる。一触即発の空気をつつき割るように、魔理沙は箒の柄を霊夢に向けた。

 

「押し通るぜ。弾幕ごっこで勝負だ」

 

 言葉の節々に激情を滲ませる魔理沙に対し、霊夢はあくまで冷静だった。しかし彼女もまた、氷のような刺々しさを含んだ口調で応えた。

 

「良いわ。叩きのめしてあげる」

 

 

 

 

 

 






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