東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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二十七話

 

 

 

 魔理沙はずっと父親が苦手だった。

 

 昔気質の頑固者。手を上げられたことは一度も無いが、とにかくよく怒られた。それもただ単に怒鳴り散らすといったものではなく、どんな悪いことをしたか理路整然と並べ立てこちらが腹の底から反省するまで決して許さないという方針があり、魔理沙にとっては思い出すのも憚られる記憶ばかりが残っている。

 静かに叱られるというのは、得てして激憤よりも恐ろしいものだ。

 

 下手に言い返したところでより一層厳しく怒られるので、当時まだ幼くやんちゃだった魔理沙も父にだけは歯向かわなかった。

 

 しかし、ただ一点においてのみ、真っ向からぶつかったことがある。

 魔法使いになるという夢を反対された時だ。

 

 父は当然のことながら理詰めで魔理沙を窘めた。

 里の人間で魔法使いなんぞ目指した者は一人もいない。どうやって生きていく。誰かが親切に教えてくれるのか。魔法で飯を食っていけるのか。

 

 子どもの魔理沙は、そんな父の言葉に何一つまともに答えることはできなかった。癇癪を起したように騒ぐばかりだった。出来たことと言えば一歩も引かなかっただけで、何年経ってもそれが続くと流石の父も参ったらしく魔理沙を寺に出した。

 三年間、寺での質素倹約の生活に耐えて身の回りのことができるようになったら、何処へなりとも行くが良い。そういう話になった。

 そして今の魔理沙がいる。まだまだ半人前で、一人ではにっちもさっちもいかない霧雨魔理沙が。

 

 かつてのように聞かれたら、今の自分なら何か答えられるだろうか。

 

 父の書斎に向かう最中、家の廊下を歩きながら魔理沙は思う。胸に手をあてて考えてみてもあまり自信は湧かなかった。それでも母と約束したのだから挨拶は済ませなければいけない。

 

 えい、とっとと会いに行ってしまおう。なるようになるさ。

 そうやって未だに情けない自分に発破をかけ、重くなりがちな足取りを早めた時、近くの襖がすっと開いた。

 応接間の襖。そこから顔を覗かせたのは兄だった。魔理沙と話した後も部屋に残っていたらしい。

 

「兄ちゃん」

「母さんと話せたか?」

 

 魔理沙がこくりと頷くと兄は嬉しそうに頬を緩める。

 

「な、思ったよりも元気だっただろう」

「うん……でも触ってみた感じやっぱり魔力の流れが悪かったから、安静にしていた方が良いかもな。ああ、魔力って、つまり生命力みたいなものなんだけど」

 

 魔理沙の言葉に、今度は驚いた顔をした兄が「そんなこと分かるのか」と問う。魔法を使うのならばできて当然のことだと、魔理沙はそのように答えた。

 

「そうか……で、これからどうするんだ。今日は泊っていくのか」

「ううん。ちょっとやらなきゃいけないことがあってさ」

 

 言いながら廊下の向こう、父の書斎のある方を見た魔理沙の視線を兄も追う。ついさっき応接間で話した時とはまるで違う、魔理沙のまっすぐな瞳。しかしそれは心なしか、一抹の不安に揺れているようだった。

 

「今から父さんの所に?」

「……母さんから言われたからさ、一応」

「そう苦い顔するなよ。父さんだって魔理沙に会いたがってる」

「まさか」

「本当だよ。母さんよりも魔理沙のこと心配しているんじゃないかな。毎月の母さんの手紙に同封している仕送り金は父さんが入れてるんだし」

「え、あれ、父さんが?」

 

 目をぱちくりとさせる魔理沙に兄が頷いて言う。

 

「あんまり怖がる必要ないよ。俺も大人になってから分かってきたことだけど、父さんもあれで随分悩んでいるからさ。魔理沙は自分の意見をハッキリ言えばいいと思うよ」

「別に、怖くはないけど……でも私が魔法使い目指すことにはまだ反対してるだろ。たぶん」

「どうだろう。そんなことないかも」

 

 即答した兄の口調はどこか確信めいていた。何故かと魔理沙が聞く。

 

「昔さ、魔理沙がこの家を出るか出ないかで揉めてた時のことなんだけど」

 

 あまり思い出したくない語り出しに魔理沙は顔をしかめる。流石の魔理沙も、あの頃は父親から使用人まで家中の人間に迷惑をかけていたという自覚があり、今になってそれを鑑みるのはとにかく精神力を必要とした。

 しかしそんな羞恥心も、続く兄の言葉によって消えた。

 

「ある日の夜中、厠に行きたくなって起きたらさ、父さんの書斎の方にまだ灯りがついていたんだ。消し忘れかもと思って見に行ったら、父さんと母さんが二人きりで魔理沙のことについて話していた」

「私の……」

「魔理沙が家を出るのを許すか許さないかって。父さんはあり得ないって言ってたよ。そんなことは普通じゃないって。でも母さんがそれに反論したんだ」

 

 魔理沙はいつの間にか息をするのも忘れて話に聞き入っていた。

 父の意見は知っていた。耳にタコができるほどに言われた。しかし母が密かに魔理沙の後押しをしていたとはまるで知らなかった。

 

 あの母が。いつも大らかで、何をしても笑って許してくれて、常に人の意見を尊重することを忘れない母が、よりにもよって厳格さを絵に描いたような自分の夫に面と向かって反論した。

 

 それは魔理沙にとってあまりに信じ難く、想像の及ばない話だった。

 

「お前は魔理沙を甘やかしすぎる。父さんがそう言った時、母さんはなんて返したと思う?」

「なんて、返したの」

 

 兄の焦らすような問いに、魔理沙は食い気味で聞き返した。当時の光景を頭に思い浮かべるように遠い目をして、兄はその時の両親の会話を述べた。

 

 

 

 

 

 

『甘やかしているのはあなたでしょう』

『なに』

『可愛い我が子を旅にも出させてやれなくて何としますか。ずっとずっと、魔法を学びたいとあの子は言っているんです。飽き性なあの子が。学ばせてあげればいいじゃありませんか』

『一体どう学ぶのかと言っている。魔女に弟子入りさせたとして、食い殺されんとも限らん』

『あら、人形師のアリスさんは素敵な方ですよ。子どもたちにも人気ですし、魔女と言って嫌ってはあんまりです』

『どうだかな。よしんば魔法というのをいくつか扱えるようになったところで、それで生きていけるものか』

『どう学ぶか。どう生きていくのか。それを考えるのは魔理沙自身の仕事です。やりたいことに取り組んで喜び、苦しみ悩むところ全部が、あの子の人生のはずです』

『何故そこまで肩入れする』

『当然のことを言っているだけです。あなたこそ、どうしてそこまで反対なさるの。仮に失敗したとしても、最後は私たちが受け止めてあげれば良いだけではありませんか。そのための実家でしょうに』

『……取り返しがつかないことはある。嫁入りも出来ず行き遅れるかもしれん。元より上手くいく保証など何所にも無い』

『そう……不安なのですね。それを取り除きたいとおっしゃるのね』

『当たり前だ』

『ならその不安は誰のためのものですか』

『どういうことだ』

『魔理沙のためですか。それとも、あの子の人生を案じる親心を、あなたを安心させるためのものですか』

『それは、無論…………』

『前者であれば私もこれ以上口さがなく物申しはしません。もう一度魔理沙とよく話し合われるのが良いでしょう。けれど後者であるのなら、決して許しません。そればかりは私が許しません』

『…………』

 

 

 

 

 

 

「その後は父さんが黙っちゃってさ。びっくりしたよ本当。父さんが口論で黙るのも、あんな母さんを見たのも、最初で最後だったからさ」

 

 兄が笑いながら語る昔話を、魔理沙は自分の魂に刻み付けるように聞き入っていた。どうにもこうにも知らないことばかりだ。自分が毎日「魔法魔法」と騒いでいた裏で、両親がそんな話し合いをしていたなんて魔理沙は想像すらしたことがなかった。

 

 きっと昔なら、父を黙らせた母に拍手喝采を浴びせたことだろう。門出の後押しをしてくれたということを単純に喜んでいただけだっただろう。

 いや、ほんの少し前でも大して変わらなかったかもしれない。それこそ一カ月くらい前の自分ならいけ好かない父がしてやられたことにしか目がいかなかったに違いないと魔理沙は思った。

 

「父さんでも、迷う時があるんだな」

 

 魔理沙がそう言う。「そりゃそうさ」と兄。

 

「酒が飲めるようになってから、俺もだんだん知っていったよ。実は父さんって酔うと意外なくらい喋るからさ、昔のこととかも結構話してくれるんだよ。店の業績が傾いた時に四苦八苦したこととか。母さんと結婚する時の結納金を用意するのに苦労したとかさ」

「なんか、金の話ばっか……」

「大人の悩みなんて皆そんなもんだよ。俺もいつも悩んでる」

 

 店主は辛いよ、などと言いたげな顔をする兄に魔理沙は「ふうん」と返す。父が酒を嗜むということも初めて知った。酒も煙草もやらない堅物だとばかり思っていたのに、どうやら子供の前ではそういったところを見せなかっただけらしい。魔理沙は何だか弱みを握った気分になった。

 

 しかし話を聞けば聞くほど父の元々の印象が薄ぼんやりとしていく。父らしくない。いや、むしろ今兄が話したことが本来の父らしさなのか。もうよく分からない。

 よく分からないから、会って確かめてみたいという思いが魔理沙の中にふと湧いて出た。緊張で強張っていた口元が自然と緩む。

 

 魔理沙の微細な表情の変化を見て、兄は穏やかに言った。

 

「まあ、だから変に怖がることないよ。父さんもきっと、久しぶりに魔理沙に会ったら緊張して何を言えばいいか分かんなくなると思うし」

「ははっ、なんだそれ」

 

 兄に簡単に別れを告げて再び歩き出す。義姉さんにもよろしく、と至って普通のことを言う魔理沙に「大人になったなあ」と兄は感心していた。

 

 そうか。あの人も緊張するのか。そうかそうか。

 

 魔理沙は心の中で何度も神妙に頷きながら、父のいる書斎へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 家の中をのべつまくなし走り回って使用人に手を焼かせていた魔理沙でも、あまり立ち入ったことのない場所は幾つかある。その一つが父の書斎だった。興味こそあったが、勝手に入ったら間違いなく怒られるだろうと子供ながらに思慮深く敬遠してのことである。

 

「父さん」

 

 魔理沙が襖越しに声をかける。中で人の動く気配があった。

 

「…………魔理沙か」

 

 しばらくしてそう返ってきた。やたらと遅かった。魔理沙が意を決して声をかけてから少なくとも二、三言話せるくらいの間があった。

 

「少し話があるんだけど、入っても良い?」

「……構わん」

 

 また間を置いた返事。今度は少し短かったが。

 

「お、お邪魔します」

 

 えらく他人行儀に入ってきた魔理沙を、数年ぶりに会う父の鋭い眼光が射抜いた。魔理沙は目を逸らすまいと頑張る。

 

 文机を挟んだ向こうにいる父は、母と違ってあまり老けたようには見えなかった。子どもたちと同じ金髪もほとんど昔のままの色だ。ついさっきまで読んでいたのか、机の上には本が広げられている。

 

「座りなさい」

「言われなくても座るよ」

 

 魔理沙は憮然と言い返して部屋の片隅にあった座布団を引っ張り、父の前にちょこんと座る。

 

 両手の指で数えるくらいしか入ったことのない父の書斎。しかも大体は分別の付かぬ小さい頃に勝手に上がり込んだくらいだ。

 大きくなって改めて目にしたそこに、魔理沙は強い既視感を覚えた。何故だろうと考え、程なくして理解する。

 

 物が多いのだ。やたらと、雑多に。

 

 さすがは生粋の古物商とでも言うべきか、父の書斎は和洋中を問わない骨董品に満ちている。そして、それはまさしく森の中にある魔理沙の自宅に似ているのだ。整理整頓されているかどうかという、割と決定的な違いはあるが、しかし蒐集家の部屋だと一目で見て取れることは共通する。

 

「なんだ。部屋を見に来たのか」

「いや、そういうわけじゃないけどさ」

 

 眺め回す魔理沙を訝しむように父が言う。

 

 もう一つ、魔理沙は気になったことがあった。どうしても気になったので聞くことにした。

 

「そのガラスの箱に入ってるのって、全部煙草なわけ?」

 

 魔理沙が顎で指した部屋の隅には大きく重厚な造りをしたガラス張りのショーケースが置いてあり、その中には上段から下段まで喫煙のための道具が整然と並んでいた。煙管に灰皿、マッチやライター。ケースの上には摩訶不思議な形をした水煙草の器具が幾つもある。遥か昔に使われていただろう木製の煙草盆や美しい細工の煙管入れまであり、さながら博物館の展示のようだった。

 

「煙草ではない。喫煙具と言う。言葉は正しく使え」

 

 父の凄むような声に魔理沙は肩を縮こませ、思わず俯いてしまう。

 いや、特に凄んでいたり脅かしていたりするわけではない。元からこういう話し方をする人なのだ。それくらいは魔理沙も分かっているが、苦手意識のせいで反射的に緊張してしまう。

 

「里を出て行ってから二年半が経つが、どうだ。一人前とやらにはなったのか」

「それは……まだだけど……」

「なれそうか」

「それもよく、分からないけど……」

 

 魔理沙がさらに小さくなる。大口を叩いて家を出た時のことがにわかに鮮明に思い出され、兄の激励も何処へやら、魔理沙はもう穴を掘って埋まってしまいたくなった。

 

「諦めたのか」

 

 父のその一言が、魔理沙に顔を上げさせた。打ちのめされるどころか逆に、沈みかけていた気持ちを押し上げ、再燃させた。

諦める?それだけはないと魔理沙は強く、強く思った。

 

 変に怖がることは無い。

兄の言葉をしっかりと思い出し、息を入れる。

 

「違う。諦めそうだったけど、諦めないことにした」

 

 再び前を向いた魔理沙の目を見て、父は瞠目した。ついさっき、この書斎に入ってきた時とはまるで違う。ましてや家を出ると言って聞かなかった昔とも違う。意地も虚勢もない澄んだ瞳には、何物にも揺るがない強い意志の力が見てとれた。

 

「父さんと話をしに来たのはその報告と、あとは、これから遠くまで出掛けてくるってことを言うため」

「遠くとは何処だ」

「それは言えない。言いたいけど、説明するのが難しいんだ」

「親に説明も出来ない場所に行かなければならんのか」

「うん。今すぐにでも。じゃなきゃ前に進めないから」

 

 父にいくら質問を重ねられても、魔理沙の態度は毅然としたものだった。今度は全く縮こまらず、目も逸らさない。

 

「そのこと、母さんにはもう話してきたのか」

「うん。話した。応援してくれるって言ってた。ちゃんと帰って来るって約束もした」

「そうか……」

「だから、どうか認めてください。お願いします」

 

 魔理沙が三つ指をついて頭を下げる。昔、習い事の一環で教わった所作だ。

 

 暫く、父は考え込むように黙ってしまった。魔理沙は何も言わず、じっと父の言葉を待つ。振り子時計が秒針を刻む音だけが静謐な書斎に響いていた。

 

 時間にすれば一分弱。短くも長い間を置いた後、父は「まったく」とため息をこぼした。そっぽを向くように背を向け、手近にあった骨董の茶碗を手に取って磨き始める。それは魔理沙が初めて見る、父が真っ向からの話し合いで折れた姿だった。

 

「お前は本当に、昔から親の気苦労が絶えん。手のかかる娘だ」

 

 そう言う父の口調には厳しさがまるでなかった。魔理沙がゆっくりと頭を上げる。

 

「どこへでも行くが良い」

 

 ありがとう、と礼を言う魔理沙。父は相変わらずそっぽを向いたまま、おもむろに懐に手を入れた。魔理沙は少し前の記憶をたぐる。

 霖之助曰く、父はいつも懐に煙草道具を忍ばせており、家でも外でも常に煙を蒸かしていたという。

 

 話に聞いた通り、父はさも当たり前のように凝った意匠の長煙管を取り出した。

 それを口に咥えようとしたところで、はたと我に帰ったのだろう。かつて、娘が生まれる遥か昔に禁煙をした男は罰が悪そうに頭を掻き、それきり黙ってしまった。

 

 魔理沙はそんな父の一部始終を、物珍しそうにまじまじと見つめていた。

 

「父さん、やっぱり煙草吸ってたんだ」

「やかましい」

 

 

 

 

 

 

 相も変わらずどんよりとした空の下を魔理沙は飛んだ。父との会話を終えた後、兄を始めとした霧雨店の面々に見送られて里を発った。跨っている新品の竹箒は、魔理沙が家を出る前に兄がくれた物だ。柄が折れていないので大変に飛びやすい。

 

 雨の降り出しそうな中を飛び続け、魔法の森を横断する。霖之助のいる香霖堂や、魔女アリス・マーガトロイドの工房、そして魔理沙の住む家を眼下に通り過ぎる。その先にある、無縁塚を目指して。

 

 雑多なガラクタの山が積み上げらている場所に、魔理沙はふわりと着地した。

 つい先日も訪れた無縁塚はやはり代わり映えしていない。質素な墓標と、その周りに来る人を戸惑わせんばかりのガラクタが散らばっているだけだ。

 

 魔理沙は全く迷う素振りも無く、一点だけを目指してその中を歩いた。

 

 八雲紫は未来へ飛んだ時、魔理沙が溜め込んでいた誠四郎からの手紙を触媒にしていた。魔理沙はその状況から、仮定ではあるが未来から送られてきた物には何かしらの見えない手がかりが宿っているのだろうと考えた。

 

 魔理沙の見当は限りなく正解に近い。八雲紫が便宜上『縁』と呼ぶそれは曖昧ながらも確かにこの世に存在する。外の世界で忘れられた物が際限なく無縁塚に引き寄せられるのが最たる証拠である。

 

 魔理沙はそこから思考を進め、縁にも強弱、ないしは細い太いといった違いがあるとするのなら、触媒にする物を変えればそれだけ未来へ行きやすくなるのではないかと仮説を立てた。

 すなわち文通の要であり、何度も時代を往復しているあの瓶を触媒にすれば、時空をかなり渡りやすくなるはずである。

 

『行って何が出来るというのか』

 

 一度はにべもなく断られた身だが、八雲紫に示す意志は固めてある。母や兄と話し、父からも無愛想ながら温かい言葉をもらった今、何一つ恥じることなく自分の素直な思いを伝えるつもりだった。

 その一環として、触媒を持参するというのは最低限必要な行為だ。相手に覚悟を示すにはあらかじめそれなりの準備を整えておかなければならない。

 

 そんな信念のもとに無縁塚を訪れた魔理沙だったが、彼女の期待は早々に外れることとなる。

 

「……あっ」

 

 いつもの場所。慣れ親しんだ文通の交信場。無縁塚の一角にあるそこには確かに今もガラス瓶がそこにあったはずだった。

 

 しかし魔理沙の目の前には何も無かった。中に入っていた魔理沙直筆の手紙ごと消え去っていた。

 

 魔理沙はいつかのように血眼になって探すこともなく空を仰いだ。風に流れたのか覆っていた雲がそこはかとなく薄くなり、僅かに青空が覗いている所もある。

 

 魔理沙は確信した。手紙は未来へ届いたのだ。

 そしてその事実が示すことは唯一つ。

 誠四郎はまだ生きている。

 

 手に力が篭る。震えるほどに強く、魔理沙は拳を握りしめていた。

 

 


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