東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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二十八話

 

 

 

 夕刻、魔法の森の上空を一つの影が飛んでいた。

 箒に跨り、矢のように鋭く真っ直ぐに飛ぶ魔理沙は、いつになくきっちりとした装備をしている。

 

 背嚢が大きく膨らんでいるのは、食料や衣類旅に役立つ様々な小道具が入っているためだ。箒の柄に吊り下げてある薬箱には薬品や包帯だけでなく調合に必要な乳鉢や天秤なども揃っている。どんな場所、どんな状況でも旅ができるよう練られた伝統的な魔法使いの旅装だ。

 

 メッセージボトルが消えていたことにより八柳誠四郎の生存を確信した魔理沙は、急ぎ自宅に帰って支度を整え、再び家を飛び出した次第だ。大慌てでの準備だったが、今まで学んだことを活かして思いつく限りの旅支度をこしらえた。

 

 もっとも、大気が猛毒に冒されているという世界では全く通用しないかもしれないが。その辺りのことを自分一人でどうにかしようとしても仕方ないと魔理沙は理解している。懐に入れたミニ八卦炉もお守りとして以外で役に立つのかどうか。

 旅の準備を整えたのはあくまで自分に出来る範囲のことを精一杯やったに過ぎなかった。

 

 魔法の森の領域を抜け、香霖堂を過ぎ、人里を横目に通り過ぎていく。人里から少し離れた小高い山。その上に建つ博麗神社目がけて魔理沙は降下した。

 

「すう、はあ……よし」

 

 着地した魔理沙は鳥居の前で深呼吸をして歩き出した。この場で霊夢と弾幕ごっこを行い、辛酸を舐めさせられた記憶が頭を過ぎるが、そんなことは今の自分に関係ないと胸を張る。

 

 博麗神社に来たのは他でもない。霊夢から八雲紫に話を通してもらい、未来へ行くためだ。もう一度、今度こそは懇切丁寧に頼み込むのだと魔理沙は意気込む。

 自分で考えられる限りの装備は整えてきた。人を頼る覚悟も決めてきた。たとえ恥を晒すことになっても自分の信念が揺るがないことを魔理沙は確信していた。

 

 鳥居をくぐって参道を抜ける。社の前で霊夢の名前を呼んだが、しばらく待っても出て来ない。いつものように昼寝でもしているのかと思い裏手に回ってみると、霊夢こそ居なかったが、代わりに一人の女性が縁側に腰掛けていた。

 

「あら魔理沙。ご無沙汰ね」

「紫……」

 

 目的の人物に一足跳びで出会った魔理沙は呆然としてその名を呟いた。八雲紫はさも当然のように博麗神社の縁側で茶を啜りながら寛いでいた。金色に輝く長髪。それとよく目立つ紫色のドレスを着ているというのに、神社の裏庭で団子を茶請けに湯呑みを傾けるその姿は妙に様になっている。それは人ならざる大妖怪の魔性のせいか。

 

 やはり得体が知れないと緊張しつつも、魔理沙は物怖じしなかった。これは好都合だと思い直し、姿勢を正して歩み寄る。

 

「霊夢なら今は出かけてるわよ。朝から出て行ったきりまだ戻って来ないのよね」

「いや、用があるのは霊夢じゃないんだ。あんたに頼みがある」

 

 紫の正面に魔理沙は立った。並々ならぬ気迫を滾らせる少女に対して、変わらず底の見えない微笑を浮かべている紫だが、その目は魔理沙が背負っている大荷物を観察していた。

 

「私を、千年後の未来に連れて行ってほしい」

 

 淀みなく告げた魔理沙の口調には、しばらく前に同じことを言った時とは違い、危険も無謀も理解した上での覚悟が込めらていた。

 それを読み取ったのか、紫は前回のように即断で拒否することはなかった。ただしジッと魔理沙の目を見続ける。理知的で妖艶で、何もかも見透かしているような眼差しで魔理沙を見据えている。

 魔理沙は表情を固くしたものの目だけは逸らさなかった。見つめ合うこと数秒。紫はフッと短く息をついて圧を解いた。

 

「なるほど。色々と考えてきたようね。覚悟も本物なのでしょう」

「じゃ、じゃあ」

 

 認められたと思って前のめりになる魔理沙を、しかし紫は扇子を広げて制した。華美な扇子で口元を覆い、何かを見極めるかのように再び魔理沙の目を見つめて話す。

 

「それでも連れて行ってあげるかどうかは別。以前私が言ったことを覚えているわね?」

 

 考えるまでもなく魔理沙は思い出す。紫が未来の様子を見てきたと知り、自分も行きたいと縋った時のことを。

 行ってどうする。何ができる。ただの自己満足じゃないのか。

 紫に面と向かって言われた後も、延々と頭の中を巡ってた言葉。それを振り払うように未来へ行く方法を模索したり、ミニ八卦炉の強化に熱中した日々の記憶はまだ新しい。

 

「未来へ行ったとしてあなたに何が出来るのか。あの時聞けなかった答えを、今ここで聞かせてもらおうかしら」

「無いよ。出来ることなんて」

 

 試すような紫の質問に、魔理沙は毅然と言い放った。

 

「前に紫が言った通りだよ。私が世界をどうにかするなんて無理だろうし、ひょっとしたら誠四郎にだって歓迎されないかもしれない。私が向こうに着いた時には相手がすでに死んでる可能性だって十分にある。だからこれは、どこまでいってもただの自己満足だよ」

「おかしなことを言うのね。自己満足だと分かっていて尚行きたいだなんて」

「いいや。分かっているからこそ行かなくちゃならないんだ」

 

 窘めるような言葉にも魔理沙の瞳は揺るがなかった。間断のない返答からは彼女の意志の固さが伺える。

 

「ここで行かなきゃ私は後悔する。一度、深いとこまで関わっちまったんだ。とことんまでやらなきゃ気が済まないんだよ。私は私のために、未来がどんなもんかを、誠四郎が生きてきた世界がどうなっているのかをこの目で確かめたい」

 

 だからどうかお願いします。

 魔理沙は背嚢を地面に降ろして帽子を取り、頭を下げる。

 

「……前にも言ったけれど、私には幻想郷の管理者としての立場もあるわ。この世界に住まうあなたたちを外の世界の影響から守るのも務めの一つ。もしも未来に送り届けたとして、あなたが無事に帰って来ないようでは話にならない。その辺りのこともきちんと考えてきたのでしょうね」

「いやあ。それなんだけどさ」

 

 顔を上げた魔理沙は罰が悪そうに苦笑して頬を掻いた。

 

「いくら考えても私じゃどうにもならなそうだったからさ、その辺は紫が何とかしてくれないかなって」

 

 あまりにも開けっ広げな他力本願に、さすがの八雲紫も目を丸くする。魔理沙は恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、どこか吹っ切れた様子で話を続けた。

 

「正直この荷物でも向こうに行ったらどんだけ生きられるのか分からないし、帰り方も知らないからさ。おんぶに抱っこで本当に悪いんだけど頼まれちゃくれないかな。幻想郷の一員を助けると思って、お願い!」

 

 鬼すら慄く大妖怪に向かって人間の小娘が力を貸してくれとあけすけに宣う。千年以上の半生、八雲紫の能力に惹かれて寄ってきた者は数え切れない。いつの間にか御神体として祀られていたことすらある。そのほとんどが下卑た利己心を剥き出しにしており、紫は決まって冷たくあしらってきた。

 

 しかし目の前の少女は恥知らずな願いを口にしながらも、そこに醜さはなかった。人事を尽くして天命を待つ。自分の出来ることと出来ないことを判別し、他人の力を頼る羞恥も理解した上で助けを求めている。絶望を乗り越え、ひたむきに希望へ進もうとする人間のみが持ち得る輝き。

 

 これだから人間は。

 紫は扇子の裏で笑う。長い時の中でいくつもの醜悪を見て尚、八雲紫が人間に失望しない理由を、十数年生きただけの少女が体現している。そのことが堪らなく嬉しかった。

 

「傲慢ね」

「やっぱり駄目?」

「いいえ、気に入ったわ。でもその装備はいただけないわね」

 

 地面に置かれた魔理沙の背嚢を示す紫。

 魔理沙が思っていた通り、今持っている荷物では大気汚染と放射線に侵された未来の世界では生きていけないらしい。魔法の水薬や霖之助謹製の小型空気清浄機などを見せてみるが、紫は首を横に振った。

 

「もう一度よく考え準備を整えてから出直しなさい。何年かかってでもね。もしそれで私を納得させられたら、未来に送ってあげても良くてよ」

 

 紫の出した条件は正当なものだ。しかし今は一刻を争う状況にある。八柳誠四郎がまだ生きているかもしれない以上、すぐにでも未来に飛びたい。数年と言わず、明日にでも亡くなってしまうかもしれない命だ。

 確かにもっと研鑽を積み入念な準備をするべきだと理性が告げる一方で、それでも誠四郎が生きている内に行きたいと願う気持ちが綱引きをする。

 

 未来の世界での安全の確保も紫に頼もうとしていた自分の不甲斐なさに魔理沙は歯噛みした。急ぎであるためそれ以外に方法が無いのは事実だが、無力はどうしても選択肢の幅を狭める。自覚し受け入れても、やはり何も出来ない自分に腹が立つ。

 

「その必要は無いわ」

 

 背後から声。聞き慣れたその強い口調に、魔理沙はパッと振り向いた。

 いつの間に現れたのか、博麗霊夢が立っていた。堂々とした仁王立ちだが、走って来たかのように息を乱している。

 

 しかし魔理沙は疲れている霊夢の様子よりも、彼女が抱えている荷物が気になった。花束に外套に被り物、それからよく分からない魔道具のような物まで、袋にも入れず両手で抱えて持っている。無縁塚に行ってガラクタを手当たり次第拾ってきたような風体だ。

 

 一体何なのか魔理沙が聞く暇もなく、霊夢はズンズンと歩み寄ると手に持っていたそれらを押し付けるように魔理沙に差し出した。

 

「ちょっと何。なんだよこれ」

「餞別よ。あんたが未来に行くための」

 

 目を白黒させる魔理沙に、霊夢はまず被り物を掲げた。触ったことのない感触の布とヘンテコな形の金属が一体化した、顔全体をすっぽりと覆えそうな品だ。

 

「これは霖之助さんから。ガスマスクっていうらしいわ。空気の汚れている所でも呼吸が出来るって言ってた。一点物の非売品だから使ったら返してくれって」

 

 そう言って有無を言わさず霊夢はガスマスクを魔理沙に持たせる。次に絹のようにきめ細かい濡羽色の外套を広げる。

 

「この外套はパチュリーから。あとは靴とか手袋も。魔力を込めて作ったんだって。色々と詳しい説明されても分からなかったけど、要は魔法の力で身体を守れるってこと。コカトリスの石化の息も弾き返すとか言ってたわ。もちろん絶対に返せって念を押されたわよ」

 

 折り畳まれた魔法の外套が魔理沙の手に渡る。さらに霊夢は小さくまとまった花束を見せた。彩豊かなその中には何故か季節外れのひまわりが添えてある。花全体が魔理沙の手に収まる程度の小さな品種だ。

 

「これは風見幽香から。あいつが能力で作り出したものよ。どんな所へ持って行ってもしばらくは枯れないって言ってたわ。化け物みたいな妖力が込められているけど害は無いから平気よ。現に私も触っているわけだし。むしろ手に持っている間は生命力を供給してくれるみたいね」

 

 他にも人形師アリス・マーガトロイド謹製の水薬や、地底の間欠泉センターの河童から借りたガイガーカウンターなどを渡される。

 両手いっぱいに物を抱えさせられた魔理沙は面喰らいながらも、状況を理解し始めた。受け取ったのはどれもこれも未来の世界へ行くのに役立ちそうなものばかりだ。魔理沙が持参した物とは比べるべくも無い一級品ばかり。霊夢が朝から出掛けていたというのは、幻想郷中を巡ってこれらを集めるためだったらしい。

 

 しかしその動機までは解せない。以前、取り付く島もなく一蹴され弾幕ごっこでコテンパンにやられた魔理沙は、途端に協力的になった霊夢を怪訝に思う。そんな魔理沙の疑問を遮るように霊夢が十枚ほどの紙切れの束を突きつけた。

 

「で、これは私から。護身用のお札。効能はそれぞれ違うけど、真面目に作ったからきちんと機能するはず」

「いったい全体なんなのぜ……」

 

 博麗の巫女が作るお札は龍脈の加護を得る。人里ではどんな神具よりも重宝される霊験あらたかなそれを、麻紐で無造作に縛って気安くあげようとするあたりが実に霊夢らしかった。

 あまりの貴重品を前に魔理沙は手を伸ばせない。お札を差し出したまま、霊夢はまっすぐに魔理沙を見つめてから「ごめん」と頭を下げた。

 

「私、あんたに酷いことした。弾幕ごっこをしたあの日からずっと考えてたの。なんでこんなにムカつくんだろうって」

 

 腰を折り頭を低く下げたまま霊夢が言う。告解を始めた友人に戸惑う魔理沙。そんな二人を八雲紫が見守っている。

 

「ずっと、魔理沙が未来なんかに行かなきゃいいって思ってたの。あんたのことを心配してるんだと自分に言い聞かせていたけど、向こうの世界が危険だって知る前から、本当は気に食わなくて仕方なかった。だって、それまで私と同じで毎日ダラダラしてたのに、急に活気づいてさ。すごく生き生きして、私とは正反対になっていって……」

 

 博麗の巫女としてはあまりに世俗的で、年相応な悩みの告白。進歩のない日々や将来に対する漠然とした不安は、達観しているとよく言われる博麗霊夢の中にもあったのだ。無意識だったそれが、幼馴染の友人が前へ進もうとしている様子を目の当たりにして表に出てきた。

 

「紫に協力を断られているのを見て、内心でホッとしてた。なのに全然あんたは諦めてなくて、無理だって言われてるのに努力して、私に弾幕ごっこまで挑んできて。あの時は意味分かんなくてめちゃくちゃ腹が立ったけど、今なら少し分かる。私、博麗の巫女としての務めとか言ったけど、そんなの嘘だったのよ。無謀でも破れかぶれでもぶつかっていく魔理沙が憎かった。友達ならちゃんと手助けするべきなのに、そんなことは全然思い付きもしないで、足引っ張ることばかり考えていて、本当に最低だった」

 

 強気だった霊夢の口調が震え始める。本音を吐き出すたびに虚飾の威勢が剥がれ落ちていく。それでも目尻に力を込めているのは涙を堪えているからだ。ここは魔理沙の背中を押すための場だ。自分勝手な感情を優先して泣くことは霊夢の中に残った誇りが許さなかった。

 

「私はまだ魔理沙の友達でいたい。厚かましいと思うけど、今更だけど、魔理沙が目的を持って前に進むなら、それに協力させて欲しいの」

 

 お願い。

 

 霊夢はそう言ってもう一度頭を下げた。

 魔理沙の表情がふっと緩む。母親によく似た、穏やかな微笑み。

 

 霊夢がこれまでどんな想いを抱えていたのか。どんな葛藤の末に今この場に姿を現したのか。それを魔理沙が理解した今、二人の間にこれ以上言葉を重ねる必要はなかった。

 差し出したままのお札の束を、魔理沙はしかと受け取った。泣くのを堪えて顔を赤くした霊夢が頭を上げる。

 

「分かった。大事に使わせてもらうぜ」

「……! うん。うん。応援してるから。私も、皆も」

 

 値も付けられないような貴重な品々を魔理沙が身に付ける。外套を羽織り、靴を替え、帽子を外して手にはガスマスクを。幽香が作った花束をもう片方の手に抱え、お札は懐に仕舞い込む。持参した荷物も一応まとめて背負い直し、お守り代わりにと持ってきたミニ八卦炉があることも確認する。

 

 魔理沙は振り返り、八雲紫に向き直った。

 

「ってわけで、どうかな。これで合格?」

 

 審議の程を聞く魔理沙の横から霊夢も口を出す。

 

「紫、私からもお願い。魔理沙に協力してあげて」

 

 扇子を広げたままの紫はため息をこぼす。不安そうに顔を見合わせる霊夢と魔理沙の二人は、紫の表情が嬉しそうに緩んでいることを知る由もない。

 パチンと扇子を閉じ、紫が毅然とした顔を作って立ち上がった。

 

「藍」

「はっ、ここに」

 

 従者の名を呼ぶや否や、何処からともなく旋風と共に八雲紫の式神である九尾の狐の八雲藍が現れた。

 

「これから転移の儀を執り行います。送還の方はこちらで進めるから、藍は帰還のための術式の準備をなさい」

「かしこまりました」

 

 主人の絶対命令に藍は即答し、すぐさま作業に取り掛かる。

 

「霊夢、お前も手伝わないか。大掛かりな儀式だ。人手がいる」

「あ、は、はいっ」

 

 付いていけずポカンとしていた霊夢は藍に言われ、いそいそと駆け寄って複雑な術式構築の手伝いを始める。

 

 やはりポカンとしている魔理沙の肩に八雲紫が手を置く。

 

「ゆ、紫?」

「動かないで」

 

 紫はそう言って目を瞑る。魔理沙は自分の魔力の流れの中に、別の力が流れ込んでくるのを感じた。八雲紫の妖力。拒絶反応が起きそうなものだが、ぼんやりと温かいだけで嫌な感触はしない。何となく、自分の中の何かを紫が探っているのだろうと理解する。

 

 紫が魔理沙に触れているのは未来との『縁』を探っているのもそうだが、魔理沙に術を施すためでもあった。古い妖術とスキマ能力を掛け合わせた八雲紫独自の見えない防護壁が魔理沙の全体を覆う。

 改造された高性能のガスマスク、魔女の旅装と博麗のお札、それに飲み下した水薬も合わさることにより、一時的ではあるが千年先の科学技術すらも凌駕する完全防護となる。

 

 探知も終わり、しばらくして目を開けた紫は、触れていた魔理沙の肩から手を離した。

 

「縁は確かにまだ繋がっているみたいね」

「あの、私いちおう触媒のために誠四郎の手紙持ってきたんだけど」

「大丈夫よ。元々未来との繋がりはあなたと彼とのもの。部外者である私が行く分には触媒が必要だったけど、あなた本人なら自分の内にある縁を頼りにすればちゃんと行くことが出来る。私は能力でその手助けをするに過ぎないわ」

 

 言われて、魔理沙は自分の胸に手を当てる。魔力のように感じ取ることは出来ないがら八柳誠四郎と結び育んできた縁は自身の中に宿っているらしい。その事実が魔理沙の胸を熱く焦がした。

 

「いってらっしゃい。帰ってくる時は幻想郷のことを想って。家族や、霊夢や、あなたのことを待っている人達との縁を強く想いなさい」

 

 気を付けて。そう言うように紫は魔理沙の頭を撫でる。大妖怪と恐れられ、数多の人間や怪異を屈服させてきたとは思えないほど優しい手つきだった。

 魔理沙は気恥ずかしそうにしながらも「いってきます」とはっきり言い、霖之助が貸してくれたガスマスクを着ける。

 

 目の前の空間に亀裂が走り、世界を引き裂くようにして闇色の扉が開かれる。スキマ妖怪、八雲紫が持つ異能の発露。

 

 それに臆することなく、魔理沙は一歩踏み出した。背中にいってらっしゃいと霊夢の声がする。軽く手を振って応え、魔理沙は次元の裂け目に姿を消した。

 

 何事も無かったかのようにスキマは閉じて消える。あとは魔理沙が無事に帰るのを待つばかりだ。

 藍の手伝いを終えた霊夢は、魔理沙が消えた空間を心配そうに見つめて立ち尽くしている。そんな少女の肩を、紫はそっと抱き寄せた。

 


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