東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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三話

 無縁塚で拾った奇妙な手紙。魔理沙がそれに返事を書いてから二日が経った、朝方のこと。

 

「ぐあああ、ぐわああああ」

 

 魔理沙はたいへん後悔していた。

 自分が書いた手紙のことを思い出しては恥ずかしさで頭がいっぱいになり、呻き声を上げずにはいられない。魔法の勉強をしているときでも唐突に思い起こされ、魔理沙の集中力を大いに削いだ。

 

 あれは気の迷いだったのだと心の中で繰り返す。

 千年後から流れ着いたとかいう意味不明な手紙に感化され、情緒たっぷりに返事の手紙を書いてしまうなんて。あまつさえそれを可愛いリボンで括り、きれいに洗った例のガラス瓶に入れたのだ。

 

 なんという乙女。なんというロマンチスト。

 

 いや、それだけならまだ良い。

 問題は瓶に入れた返事の手紙を無縁塚に置いてきたことだった。魔理沙としては供養のつもりであったが、後々考えなおしてみるとマズいことをしたと思う。

 

 無縁塚に来る人はほとんどいないが、それでも皆無というわけではない。誰かにあの手紙を拾われたらと思うと、魔理沙は気が気でなかった。しっかり自分の名前も書いてある。もしもその拾った人物が知り合いだった日には、きっと魔理沙の一生に残る恥となるだろう。

 

 最悪の場合、広報活動を生業としている天狗の手に渡る可能性だってある。面白い記事のためなら人のデリケートな部分だってかまわず詮索する女天狗の、満面の笑みが脳裏を過る。

 絶対にあいつだけには渡してはいけないと魔理沙は決意を固めた。

 

「一度決めてやったことを捻じ曲げるのは、性分じゃないけどなあ……」

 

 ぶつくさと文句を言いながらも箒を持ち出す。外に出て、魔理沙は飛び立った。

 もちろん目指すは無縁塚だ。頼むからまだ誰にも拾われていないでくれよと切に願い、全速力でとばす。

 

 

 

 

 

 そうして矢のような速さで飛んでいく魔理沙を、遠くから見つけた人物がいた。

 

「あやや? あれは魔理沙さんですかね」

 

 地上の遥か彼方、ふわふわと宙に浮かんでいる黒髪の少女が手でひさしを作り、魔法の森の上空を飛んでいく魔理沙を眺めていた。

 

 少女とは言ってもその背中には黒々とした立派なカラスの翼が生えている。名を射命丸文という。新聞記者として八面六臂の活躍を見せ、一部からは蛇蝎(だかつ)のごとく疎まれながらも何ら気負わない鴉天狗。

 正真正銘の妖怪である。

 

 彼女が魔理沙の姿を目にしたのは全くの偶然だった。魔理沙が家を飛び出した時、文も記事のネタを探して人里に飛んで行く途中でちょうど魔法の森を通りかかったのだ。

 

 鴉天狗の目から見てもなかなかの速度で飛んでいく魔理沙を見送りながら、文はにんまりと笑い、懐からカメラを取り出した。それを紐で首から下げ、取材メモ用の手帳とペンがすぐ取り出せるところにしまってあるのを確認する。

 

 そして文は、黒く大きな翼をはばたかせ、幻想郷最速を誇るその力をぞんぶんに使い、すでに目視できないほど遠ざかった魔理沙の追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 

 無縁塚に到着した魔理沙は、さっそく手紙の入ったガラス瓶を探して歩いた。

 

 あらゆるガラクタがひしめき、特定の物を探すのは困難を極める無縁塚だが、通い慣れている魔理沙にはそこまで問題ではない。それに落ちているガラクタの位置も変わっていないようだった。この一日半の間は誰もここに来なかったのだろう。

 なら自分で持ってきた瓶なんて簡単に見つかると思い、魔理沙はふうと息を吐き、余裕を持って歩を進めた。

 

「あれ、無い」

 

 一昨日の晩、たしかに置いたと思った場所に瓶が無い。サアッと魔理沙の顔が青ざめる。

 

 分かりやすい場所のはずだった。

 

 仮にも供養のつもりだったので、その辺りのガラクタの中に埋もれさせるのは忍びなく、適当な廃材を組んで墓石のような形を作りその下に置いたのだ。

 器用でもない魔理沙が作った廃材アートはお世辞にも墓石と呼べる完成度でなく、単にガラクタが積み上がっているような感じだったが、それでも作った本人が見間違えるはずもない。

 

 しかしその周りを調べても、一向にガラス瓶入りの手紙は見つからなかった。

 

「うそ、うそ……なんでだ……?」

 

 焦燥に駆られた魔理沙の首筋に冷や汗が伝う。がむしゃらに周囲のガラクタの中を漁るが、そんなところに潜り込むはずがないことは当人が一番よく理解している。

 

 頭の中でガンガンと警鐘が鳴る。

 霊夢が魔理沙の書いた手紙を読みながら「あんたけっこう乙女なのねえ」とやや呆れた様子で言う姿が思い浮かぶ。羞恥の炎が魔理沙の胸を焦がした。

 

「死ぬ!あんなの見られたら死んじゃう!」

 

 若気の至り以外の何ものでもないが、形のある物として残っているのが大問題だった。魔理沙の妄想はどんどん悪い方向に加速していく。

 

 娯楽に飢えた人里で公開される自分の手紙。号外の『文々。新聞』の大見出しに載せられ衆目に晒され、ついには自分の家族の目に入るのだ。

 喧嘩別れも同然で袂を別った父親が、あの厳めしい面で千年後の誰かに宛てた浪漫たっぷりの手紙を読む様を想像すると、魔理沙は顔から火が出る思いだった。

 

 

 

 そうして探し始めてしばらく経った時、唐突に後ろから声をかけられた。

 

「なにしてらっしゃるんですか?」

「キャアアアアアア!?」

 

 あまりの不意打ちに、魔理沙は絹を裂くような悲鳴を上げる。

 勢いよく振り向くと、そこにはカメラを携えた鴉天狗、射命丸文がいた。『文々。新聞』の記者かつ編集者であり、人妖を問わず辟易とさせるほど熱烈なパパラッチ。言わずもがな、魔理沙が今もっとも警戒している人物の一人だ。

 文は両耳を押さえながら「びっくりしたあ」と苦笑する。

 

「もう魔理沙さん、そんなに驚くことないでしょう。私の方がびっくりしましたよ」

 

「な、な、何の用だよ」

 

 なんとか落ち着きを取り戻した魔理沙が言う。邪険な言い方をされても文は堪えた様子もなく、ニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべて手帳とペンを取り出した。

 

「とても急いでいるようだったので、魔理沙さんが何をしているのかなーって気になったんですよう。ね、何か事件ですか?それとも異変?」

 

 身を乗り出すようにして聞いてくる文に気圧されて魔理沙が後ずさる。露骨に顔をしかめても「ほらほら、そんな怖い顔しないで」とまるで効果が無い。

 面白いネタのためなら幻想郷のどこへでも足を、もとい羽根を運ぶ女天狗だ。しかも新聞と称しながらエンターテインメント性に傾倒して、たまに事実すら湾曲して書くから手に負えない。嫌な奴に絡まれたなあ、と魔理沙が思うのもやむ無しである。

 

 しかし一方で、今のやり取りに魔理沙は安堵していた。その口ぶりからして、魔理沙の綴った手紙のことは知らないようだったからだ。少なくとも一番厄介な相手には知られずに済んでいるぞと魔理沙はホッとする。

 

「なんでもないよ。金がなくなってきたから稼ぎに来ただけ。新聞のネタになることなんかありゃしないって」

 

「うーん。そういう風には見えませんでしたけど」

 

 納得できない様子で文が食い下がる。しかし魔理沙もこれ以上余計な詮索をされたくはないので「見間違いじゃね」とすっとぼける。

 そんなやり取りを何回か繰り返し、これは折れそうにもないと流石の文も諦めたようだった。

 

「はあ、なかなか口を割りませんねぇ」

 

「物騒な言い方するなよな」

 

「まあいいです。あまり無理に聞いて私の新聞の評判が落ちても嫌ですからね。清く正しい射命丸というわけです」

 

「よく言うぜ、ほんと」

 

 すでに若干煙たがられている事実をどう受け止めているのか、魔理沙に呆れられても文は「あははー」と笑って聞き流している。

 

「それじゃあ私は人里の方で予定があるのでもう行きますね」

 

「予定?」

 

「はい。最近の外の世界じゃアポって言うんですかね。まあ要はお仕事の約束をしていまして」

 

「へえ、珍しいじゃんか。突撃取材以外で出向くなんて」

 

 文は魔理沙の言葉に「失礼ですねえ」とムッとした表情を見せる。

 

「私だってなにも、のべつまくなし取材して回ってるわけじゃありませんから。今回もそうですけど寄稿してもらったり宣伝のための依頼を受けたりもするんです。大変なんですよ、新聞一枚作るのだって。さすがの私でもあの文章量を一人で書き続けるなんて厳しいですし。様々な苦労、艱難辛苦を乗り越えて今の形があるわけですしね、それに————」

 

 いかに新聞作りが大変かを滔々と語り、次第にどういったこだわりがあるかなどに話題が変わっていく。段々と話に熱が入り早口になる文とは対照的に、魔理沙はさも興味なさげに「ふうん」と言う。

 

「苦労って言われてもな。読んだことないから知らないし」

 

「えっ、なんてこと!?」

 

 文が悲壮な叫びを上げる。彼女が珍しく見せた素の感情であった。

 

「そんな、嘘です!あの『文々。新聞』ですよ?一度も読んだことないなんてありえないでしょう!」

 

「知らん、うるさい、擦り寄るな。読んでないったら読んでない。興味もない。私以外でも同じ奴なんてたくさんいると思うぜ」

 

「ひどいです!初版から一年間はどこの家にも休まず投函し続けたっていうのに!雨の日も風の日も、郵便受けが無い家には設置サービスまでしたっていうのに!なんで読んでくれないんですか!?」

 

「お前、その郵便受け勝手に取り付けただろ」

 

「それがなんです」

 

「嫌がった人もいたんじゃないのか。いや、いたろ絶対」

 

「そんなこと気にして新聞編集が務まりますか!」

 

「そういうところだぞ」

 

 新聞のこととなると見境を失う文はがくがくと魔理沙を揺さぶる。見た目は完全に少女の姿をしていても、実に妖怪らしい身勝手さである。

 

 購読して、購読して、とあまりにうるさい。清く正しいとは何だったのかと魔理沙は辟易とする。

 しまいには「無料でいいから読んでください」とか「新聞読むか、さっきの慌てていた件の取材を受けるか選んでください」などと言い出した。無料でもとくに読む気のない魔理沙だが、例の手紙について聞かれるのは嫌なので、結局押し切られる形で新聞をもらうことになった。完全に脅迫だった。

 

 読み手が一人増えたことに文はご満悦である。先ほどとは打って変わり上機嫌で「どうぞどうぞ」と新刊を魔理沙に押し付けていく。

 

「毎度あり。これからも『文々。新聞』をよろしくお願いします。あははは」

 

「何があははだコノヤロー」

 

 人里に用があるのは本当らしく「それではこのへんで」と文は翼を広げて飛び立とうとする。

 

 しかしすぐに羽ばたかず、魔理沙の方を振り返ったかと思うと「ああ、そうそう」と言った。

 

「新聞だけじゃなく郵便のご利用もありがとうございますね。魔理沙さんのところくらいですよ。天狗の飛脚便を利用してくれるのは」

 

 文はその優れた飛行能力を使い、新聞だけでなく郵便配達の仕事も行っている。とは言っても幻想郷という狭い世界で飛脚が必要とされるはずもなく、文自身も顧客がいない状況をそれほど気にはしていないようだった。

 

 唯一の例外として、魔理沙の母が利用しているくらいのものだ。魔法の森は毒性の高い植物や、獣とたいして変わらない妖怪などが多く生息しているため、おいそれと人間が立ち入れる場所ではない。

 そんな中で生活をしている娘に手紙を送るために、魔理沙の母は天狗の文に配達を頼んでいる次第である。

 

「先日も届けたんですけど、気付かれました?」

 

「…………ああ、まあな」

 

 魔理沙は浮かない顔で、歯切れの悪い返事をする。

 

「魔理沙さんはお返事どうしているんでしたっけ。ご自分で届けに行ってるんですか?まさか一度も返信してないってことは無いでしょう。もし良かったらお母様みたいに私の定期便サービスを利用してくれちゃったりしませんか?」

 

「文さ」

 

 新聞だけに飽き足らず他のニーズも開拓しようと捲し立てる文の言葉を、魔理沙が途中で遮る。

 魔理沙の無表情には、隠そうにも隠し切れない不機嫌さが滲んでいた。

 

「なんでもかんでも首突っ込むなよ。私の家の問題なんだから」

 

 非難ともとれる厳しい口調の割に、魔理沙は視線を下に落としている。

 文はそんな少女の様子を見て「ま、気が向いたらで」と肩をすくめる。これ以上話を掘り下げるつもりは無いらしかった。

 

 僅かに重たい沈黙が流れるも、鴉天狗はそれを気にする素振りを見せず、今度こそ空中に舞い上がった。

 

「ではでは、ごきげんよう。これからも『文々。新聞』をよろしくです」

 

 そう言って手を振ると同時、文は翼を一振りし、瞬く間に空の彼方へと飛翔した。魔理沙が「飛んだ」と認識する頃には森の高さを軽々と越え、人里の方角へ一直線に飛び去ってしまっている。幻想郷においても他の追随を許さない、天狗が誇る最高峰の飛行能力であった。

 

 風がそよいで彼岸花が揺れる。魔理沙はしばらくの間、文が去った空を見上げながら突っ立っていた。

 雲一つない、ただただ青いばかりの空が広がっている。

 

「嫌な言い方だったなあ」

 

 先ほどの自分の言動を思いながら、そう呟く。

 やけに自分が子供っぽく思えて、心底うんざりした。もう家を出て五年経つのに。

 

「取りあえず……瓶、見つけなきゃな」

 

 まだ心で燻っている感情に蓋をして、魔理沙は手メッセージボトルを探すのを再開した。

 

 

 

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