東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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エピローグ

 

 

 

 霧雨魔理沙の朝は遅い。とても遅い。

 昼前になってようやく寝床から這い出る。

 

 ベッドの脇には昨晩読み耽った本が山積みとなっている。高等な魔術書から児童用の絵本まで一緒くたに積み上げられ、今にも崩れそうである。というか崩れた。魔理沙が身じろぎした振動で本の山は無惨にも散乱した。

 

 のそのそと起きた魔理沙はそれらをまとめ、再び積み上げて放置する。ついこの間パチュリーから『少しマシになった半人前』の称号が与えれたものの、片付けの技能に関しては全く進歩が見られない。部屋の隅を占領するガラクタの量は前よりも増えたくらいだ。

 

 まだ寝呆けているのか覚束ない足取りで歩く魔理沙は、床に落ちている小瓶を踏みそうになった。屈んでつまみ上げたそれには『ごちゃ混ぜ』と書かれたラベルが貼られている。

 少し考え、一週間前に作った咳止めの水薬の試作品だったと思い出して棚に戻す。近頃は永琳にも悪くないと言ってもらえるくらいの物が出来るようになってきたが、それでもまだまだ試作段階だ。サンプルは取っておくに越したことはない。

 

 歯磨きなどを済ませて遅すぎる朝食を摂っている内に正午になる。

 やかんの沸いている音がして台所へ駆けていく。ミニ八卦炉を失ってからというもの炊事が面倒になった、と恥も外聞もなく愚痴をこぼす魔理沙に、森近霖之助は呆れて苦笑していた。

 

 今でも八卦炉の研究はパチュリーと共に続けている。八卦にまつわる要素を一つ一つ深く掘り下げていくという新しい切り口からの研究は可能性に満ちており、エネルギーの変換以外での用途も見出せるかもしれないと考えられている。

 共同開発と言ってもまだまだパチュリーから学ぶことの方が多いが、いずれは自分なりに理論をまとめて炉を小型化し、全く新しいミニ八卦炉を作ることが魔理沙が現在掲げている目標だ。

 具体的な目標に向かって研鑽を積む日々はこの上なく充実している。ちなみに研究資金の出資者は古明池さとりを始めとする地下間欠泉センターの関係者たちである。

 

 研究によって金が入るので今の魔理沙は金欠になることが無い。それなのに相変わらず無縁塚からガラクタを拾ってきては家のそこかしこに貯め込んでいる。こればかりは治そうにも治らぬ魔理沙の性分らしい。

 少し前に家へ招待した兄や父も、あまりの散らかり様に魔理沙を叱ることも忘れてただ唖然としていた。世の中には諦めるしか無いこともある。そう宣ってあっけらかんと笑う魔理沙には、あの父親すら苦笑するしかなかった。

 

 ちょうど十二時を知らせる置き時計の音がした直後、ゴンゴンゴンと玄関扉が鳴る。

 

 食後のほうじ茶を嗜んでいた魔理沙が応じるより早く「入るわよ」と霊夢が上がり込んでくる。いつものことなので特段魔理沙も何か文句を言うこともなく軽く手をあげて挨拶する。「ぐっもーにんぐ」

 

「おはようじゃないわよ。もしかして今起きたの?」

「私の優雅なライフスタイルさ。朝のお茶は婦人の嗜みだぜ。霊夢も飲んでく?」

 

 ほうじ茶入りの湯呑みを掲げ、優雅さとは程遠い散らかった居間にでんと座った魔理沙が言う。新しい湯呑みを取ってきてやかんから茶を注いでくれる。霊夢はため息をついてほうじ茶をぐいっと飲み干した。

 

「くつろいでる場合じゃないっての。あんた今日何の日か忘れてるんじゃないでしょうね」

「……あ、やべえやべえ」

 

 霊夢に言われて何だったかと暫く考えていた魔理沙は慌てて立ち上がった。

 近々、博麗神社を主催として大きな祭りが行われる。十五夜の収穫祭にも似た盛大なものだ。今日はその予行として有力者やら関係者やらが神社に集まり、様々な打ち合わせをする約束がある。

 魔理沙は前夜祭を飾る花火師としての役割を買って出ていた。人里の職人や他の妖怪たちを差し置いての大抜擢だ。

 光と熱の魔法を得意分野として掲げる魔理沙にとってはまさしく面目躍如であり、何としても成功させようと意気軒高。昨晩も遅くまで魔法の調整に精を出していたのだが、眠気で使い物にならなくなった彼女の頭は日付を勘違いしていたらしい。

 

 ドタバタと辺りをひっくり返しながら支度をする魔理沙。祭りの本番では父と兄、それから母も顔を出すに違いない。

 さらに余興をやるメンバーの中にはあの風見幽香もいる。娘が世話になっているとか何とかで、最近はやたらと実家と幽香の仲が良い。そんな彼女を待たせたとあっては末代までの恥。ごちゃごちゃとした衣装棚から少しでもマシな服を選ぼうとする魔理沙の目は必死だった。

 そんな友人の様子を霊夢は呆れつつも楽しげに眺めながら茶のおかわりをしている。

 

 ややあって準備を終えた魔理沙は霊夢と共に家を出ていく。家に鍵をかけ、新しく建てられた霧雨魔法店の看板に臨時休業の札をかける。

 急かす霊夢に断りを入れて郵便受けを確認した魔理沙は、いつも通り実家から送られてきた手紙が入っているのを見つけた。帰ってきたら返事を書こうと思いつつ懐にしまう。

 

「もう皆集まってるのよ。早く早く」

「分かってるって。つーか霊夢は何やかんやで寛いでたじゃんか」

 

 少女二人は飛行術でたちまち森の上に出て、瞬く間に遥か彼方へと飛んで行く。天気はすこぶる快晴。夜までこの調子なら魔理沙の打ち上げる魔法の花火もさぞ映えることだろう。

 

 真昼の太陽は中天でさんさんと輝いている。

 魔法の森に建つ魔理沙の家、その屋根裏部屋の窓からも木々の葉を抜けた木漏れ日が僅かに差し込んでいる。

 

 窓辺に置いてある文机は整然としており、普段からよく使われ、手入れもされているようで目立った汚れは無い。

 

 その片隅にガラス瓶が一つ。使い込まれ薄汚れたそれは、整頓された文机の一箇所に鎮座している。

 インテリアにしては質素で見栄えに欠けるにも関わらず、持ち主である少女が宝物のように大事にしているためか、不思議としっくり来る何とも言えない趣があった。

 

 胸のすくような青空が広がる幻想郷の昼下がり。

 日の光を受け、透明なガラスの瓶はきらきらと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

おしまい




完結です。読んでくださった方々、ありがとうございました。
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