東方千年探 ~魔理沙のはじめての文通~   作:ふーてんもどき

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四話

 

 

 炎天下。無縁塚でメッセージボトルを探す魔理沙の腕を、日光がチリチリと焼く。

 

 どれだけ探しても目的の物は一向に見つからず、魔理沙はついに「もうダメだ」と音を上げた。

 懐中時計を見るともう昼時を過ぎている。お腹の虫が大きく鳴った。

 

 諦めて心を切り替える。誰かが持って行ったと考えるしかない。

 差し当たって思い浮かぶのは、魔理沙と同じく魔法の森に住むアリス。それから色んな古道具を取り揃えている骨董屋『香霖堂』の店主である森近霖之助。無縁塚のガラクタを見に来るのはその二人くらいだろうと魔理沙は思う。

 

 もっと言うと後者の霖之助の方が可能性は高かった。

 なにせ彼は魔理沙以上の蒐集家で、無縁塚にも足繁く通っている。香霖堂で売っている品物の大半は無縁塚で拾ってきたものだ。しかも何か特定の物にこだわりがあるわけではなく、目新しい物であれば何でも持って帰ってしまう性分である。

 

 考えれば考えるほど、メッセージボトルを拾った人物は霖之助ではないかという気がしてくる。いや、それしかないと魔理沙は断定した。

 そうと決まれば行動が速いのが霧雨魔理沙という少女である。さっさと箒に跨り、無縁塚を後にする。

 

「ああ、嫌だなあ。こーりんに見られてるのかあ」

 

 飛びながら魔理沙はやるせなく呟く。香霖堂は魔理沙もよく足を運ぶ場所だ。霖之助とも長い付き合いで、気安く話す間柄である。

 

 家族のような彼に手紙を見られていると思うとむず痒くなるが、まあ口が軽いやつでもないし、と魔理沙は気を持ち直して香霖堂へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 霖之助は半人半妖で、いったい何年生きているのか魔理沙は知らない。子どもの頃に聞いた気がするが、本人もよく覚えていなさそうだった。妖怪は時間の感覚に疎いのだと、魔理沙は彼を通して知った。

 

 もともとは魔理沙の実家である霧雨店で丁稚として働いていたらしい。『らしい』というのは、魔理沙が生まれた時にはすでに霖之助は独立し、自分の店を構えていたからだ。

 その店の名を香霖堂という。主に外の世界の品物を扱う古道具屋である。

 

 今も昔も、そこは魔理沙や霊夢の溜まり場だった。

 

 夏に行けば縁側でスイカを食べさせてもらったし、雪の降る冬の日には電気コタツなるものを囲んで人生ゲームなどで遊んだものだ。勝手にお菓子は食べるし、勝手に古道具を引っ張り出して遊び始めるし、今にして思えば商売の邪魔しかしていなかったが、霖之助はいつも魔理沙たちを温かく迎え入れた。がつがつと稼がず趣味で店をやっているような、そんな男だった。

 

 霖之助は魔法の森の入り口に居を構えているが、ちょくちょく人里にも顔を出す。大抵は魔理沙の実家に用があってのことだ。そうして訪ねてきた霖之助に遊んでもらった回数も十や二十ではない。

 

 半分は妖怪の血が流れているから、彼はほとんど歳をとらない。魔理沙が赤ん坊の頃も、十六歳になった現在も、青年である霖之助の見た目にまるで変化はなかった。母に聞いた話では、数十年前から同じだという。姿だけでなく、温和な性格や物腰の柔らかい言動まで一つも変わったところはないらしい。

 

 霖之助はこれから先も変わらずに、香霖堂を営んでいるのだろう。そして自分が訪ねればお茶を出して歓迎してくれるのだ。

 

 きっと、これからもずっとそうなんだろうと、魔理沙は何とはなしにそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 魔法の森を抜けると、すぐそこの眼下に香霖堂が見える。

 

 地主の屋敷のような平屋で、瓦屋根の上には店名が書かれたヒノキの看板が掲げられており、横に大きな蔵がでんと建っている。玄関先にまで溢れた和洋中を問わない雑貨が店主の蒐集癖をもの語り、ここがどういった店なのかをこの上なく表現していた。

 魔理沙にも見覚えのない西洋甲冑が扉の脇に佇んでおり、外に出していたら錆びるんじゃないかしら、と魔理沙は気になった。

 

 引き戸を開けると、玄関先とは比べ物にならない量の雑貨が店内を埋め尽くしていた。陶器だけでも数百種類を超える。素焼きの壺や漬物用の大きな甕、安物の花瓶から素晴らしく緻密な柄の色絵壺。見事な漆塗りの茶碗が積まれ、その傍らの桐箱には西洋の貴族が使っていそうなアンティークの茶器が一式収まっている。陶器がある一角を見るだけでも一日潰せそうなほどだ。

 他にも大小さまざまな地球儀があったり、万年筆などの文房具があったり、鍋や包丁なんかの調理器具、冷蔵庫や電子レンジといった家電製品も置かれている。電線も発電所もない幻想郷でどうやっているのか、店の隅では扇風機が回っており、淀んだ空気をかき混ぜていた。

 

 四方八方、床から天井まで山のように雑貨が積み上げられているが、魔理沙の家とは違い、それらは全てきちんと整理されていた。埃っぽくもない。薄汚れているものも見当たらず、店主がきちんと手入れをしていることが伺えた。

 

「おーい、こーりん。いるかー」

 

 誰もいないカウンターに手をつき、魔理沙が大声で呼びかける。

 

 暖簾の掛かった奥の方でがたがたと物音がして、間もなく長身の男性が現れた。香霖堂の店主、森近霖之助だった。

 

 霖之助はズレた眼鏡を直しつつ「いらっしゃい」と言った。魔理沙が軽く手を上げて応える。

 

「玄関に変な鎧あったけど、あれ外に出しておいていいのか?」

 

「ああ、あれは門番でね。ゴーレムっていうのかな」

 

 霖之助の言葉に「へえ」と魔理沙が目を丸くする。

 ゴーレムとは魔術による自動人形のことだ。形も素材も多種多様だが、その分奥が深く、ゴーレムの研究を専門にする魔法使いも多くいる。もちろん半人前の魔理沙が上手く作れるわけもないが、興味はあった。

 

「こーりんってそんな魔法使えたっけ?」

 

 魔理沙が聞くと、霖之助は首を横に振る。

 

「アリスに手伝ってもらったんだ。鎧は無縁塚で拾ってきたものでね。せっかくだから活用したいと思って僕から頼んだ」

 

 なるほど、と魔理沙は納得する。人形使いであり、精緻な自動人形を数多く制作してきたアリスならば既製の鎧をゴーレムに改造するくらい容易いだろう。凝り性な彼女のことだから錆止めなどの老朽化防止の魔法もいくつか掛けてあるのだろうと魔理沙は思う。

 

「で、その鎧なんだけどさ、最近拾ってきたのか?無縁塚で」

 

 平静を装って魔理沙が尋ねる。霖之助は「いいや」と言った。

 

「あれ自体を拾ったのは四、五カ月くらい前だけど。それがどうかしたかい」

 

「そっかそっか。じ、じゃあさ、最近は無縁塚には行ったのか?何か拾ったりした?」

 

「まあ弔いがてら掘り出し物がないか、ちょくちょく見には行ってるよ」

 

「昨日とかはどうなんだ、こーりん」

 

 霖之助は、やけに自分の行動を聞いてくる魔理沙をじっと見つめ、しばらく考えた。

 相手が怪しむような態度をし始めたので魔理沙は「なんだよ」と焦る。

 

 やがて何かを納得したのか霖之助はなるほどと言うように頷いた。

 

「ここ数日は物の整理ばかりしていたから無縁塚には行ってないよ。何か探し物があるなら他を当たったらいい。ちなみに誰かが僕のところに持ってきたなら買い取って保管しておいても良いけど、どうする?」

 

「お、おお。そうか。じゃあ、頼む」

 

 聞きたいことやお願いしたいことを先回りして言われた魔理沙は面食らいつつも、霖之助の言葉に甘えることにした。

 

「こんくらいのガラス瓶なんだけどな。中には手紙……じゃなくて巻物が入ってて、コルクで栓をしてるんだ」

 

 手でメッセージボトルの形を伝える。霖之助は「わかった」とだけ言い、あまり詳しくは聞いてこなかった。

 

「いいか。もし見つけても開けちゃダメだからな。絶対に中の紙を読んだりしちゃいけないからな」

 

「はいはい。わかったわかった」

 

 念押しするも適当に流される。しかし了承した手前、霖之助が約束を破るようなことはしないだろうと安心し、魔理沙はホッと胸をなで下ろす。

 

「んじゃ、私はもう行くぜ。邪魔したな」

 

「なんだ。お茶も飲んでいかないのかい」

 

 いつもは茶菓子まで催促して小一時間は居座る魔理沙があまりにも足早に去っていくので、霖之助はそう聞いた。

 魔理沙は振り向きもせずに手を振って「また今度ー」と店を出ていく。扉が勢いよく開かれ、呼び鈴がけたたましく鳴った。

 

 嵐のあとのように静かになった店内で、霖之助は少し呆れたように、あるいは感慨にふけるように、頬杖をついて息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 香霖堂を出た後、魔理沙はいったん魔法の森へと引き返し、アリス・マーガトロイドの家を訪ねた。しかし彼女もここしばらくは無縁塚には行っておらず、ガラス瓶のことなんかも知らないと言った。

 

 アリスは魔女らしく研究家気質なところがある。普段は口数が少ないのだが、見知らぬ魔術道具の話でもすれば興味津々と言った風に身を乗り出してくる。魔理沙の探している瓶に何か魔法が込められていると勘違いしたらしく、執拗に「私も一緒に探してあげましょうか」と聞いてきた。そんなに大層な物でもないからと、魔理沙ははぐらかすのに大変苦労した。

 

 

 それから心当たりのある所はほとんど行き尽くした。

 道中で見かけたイタズラ好きの妖精たちにも声をかけてみたが、弾幕を撃ってくるばかりで話にならなかった。何度やられても「あたい最強!」と勝負を挑んでくる氷妖精のチルノを返り討ちにしつつ、こいつらがガラス瓶なんて気にして拾うはずもないか、と魔理沙は納得した。

 

 

 

「ここにだけは来たくなかったんだけどなあ」

 

 上空から、小高い山の頂上にある神社を見下ろして、魔理沙はそう呟く。

 

 博麗神社。

 当代の博麗の巫女であり、魔理沙の幼いころからの親友である霊夢が住んでいる場所だ。

 

 神社の周りをぐるりと回ってみると、縁側で寝転がっている霊夢を見つけた。魔理沙は急降下し、彼女の目の前にふわりと降り立つ。

 

「あ、魔理沙じゃない。なんか用?」

 

 空からいきなり人が降って来ても、霊夢は毛ほども驚かずあくびを噛み殺しながら言った。

 座布団の上で頬杖をついて横になり、煎餅が入っている器を抱きかかえるようにして、寝たままボリボリと食している。涅槃仏のごとき堂々としたくつろぎっぷりだった。

 

「お前は本当に暇そうだよなあ」

 

 魔理沙が呆れた風に言うと、霊夢は心外そうな顔をして煎餅をもう一枚かじった。

 

「なによ。良いでしょ別に。私が暇ってことはさ、幻想郷が至って平和な証なわけよ。素晴らしいことでしょうが」

 

 幻想郷の守護者と呼んでも過言ではない少女は、真顔でそんなことを口にする。

 今までに同じようなやり取りを何度もしている魔理沙は「お、そうだな」と適当に答えつつ、霊夢の側に腰かける。

 

 ついでに煎餅をひょいと一枚取っていくと、霊夢がすばやく起きて抗議の声を上げた。

 

「ちょっと、それ私のお煎餅!」

 

「え、なんだよう。いつもは普通にくれるじゃんか」

 

 そう言いながら食べる魔理沙を見て、霊夢はがっくりと肩を落とす。

 

「今は金欠なのよ。これ、私の大事な食糧なんだからね」

 

「いやお前、煎餅を食料に数えるなよ。つーかちゃんと仕事しろよ」

 

「仕事なんてないわよ。妖怪が人を襲う事件もここしばらくは全然ないしね。幻想郷が平和なせいで私はおまんまの食い上げ。酷いと思わない?」

 

「さっきと言ってること逆になってないか」

 

「なってないわよ。仕事せずにお金欲しいだけだもん」

 

「なおさら質悪いわ」

 

 冗談を言いつつ霊夢もまた煎餅に手を伸ばす。彼女の大事な食料はそろそろ底を尽きそうだった。

 

「て言うか魔理沙も仕事なんてしてないようなもんでしょ。私は実際、人里からの貰い物とかあるけどさ。あんな辺鄙な森に暮らしてて何食べてんのよ、あんたは」

 

「そりゃ森なんだから食べ物ぐらいあるさ。シイタケだろ。ブナシメジだろ。あとマイタケとかヒラタケとか」

 

 菌糸類しかなかった。指を折って数える魔理沙に、霊夢が憐れなものを見るような目を向ける。

 

「そんな、私より貧乏な人がいるなんて。しかもそれが私の友達だったなんて」

 

 よよよ、と大げさな泣きマネをする霊夢に対し、魔理沙が心外そうにツッコむ。

 

「憐れむなよ。あとそこまで貧乏でもないわ。私には無縁塚っていう最強の財源があるんだからな」

 

「うわ、出た悪趣味」

 

「悪趣味言うな。霊夢も今度やってみるか?掘り出し物があればこーりんが買ってくれるぞ」

 

「嫌よ。面倒くさいもの」

 

「霊力でも使えばパパっと片付くだろ。霊夢いっつも陰陽玉とか浮かせてるじゃん」

 

「そんなことに霊力使ったら紫に怒られちゃうわよ」

 

 そうやって話していると喉が渇いてきたので、何か飲み物はないかと魔理沙は要求する。

 

 霊夢は心底面倒くさそうに、手近にあった木桶と柄杓を魔理沙に渡した。

 

 ずっと使わずに放置してあったのだろう。ところどころ色がくすんでいる。中に入っている水は確実に雨水であり、水面には木の葉が浮いていた。

 無論、どれくらい前からこの水が溜めてあったのかは分からない。

 

 魔理沙は無言のまま、うやうやしく打ち水をした。

 

 

 

 

 

 

「なあ、さっきの話だけどさ」

 

 しばらくボーっとしてから魔理沙が口を開いた。再び横になった霊夢が「うん」と言う。

 

「霊夢は最近、無縁塚には行ってないんだよな」

 

「当たり前でしょ。怨霊が出たりしたら別だけど、それ以外で特に用事なんて無いし」

 

 重要な確認が取れたので、魔理沙の表情が緩む。

 

 人を訪ねて回ってしばらく経ち、魔理沙も冷静になっていた。

 無縁塚は本当に人気のない場所だ。あのメッセージボトルを誰かに拾われたのかもしれないという思い込みが間違いだったのだと考える。無縁塚をもっと入念に、それこそ草の根をかき分けるようにして探せばきっと見つかるはずなのだ。

 

 大変な作業だが、焦らずにやればいい。いや、基本的に人が来ないのだから、そもそも他人に見つけられる可能性自体が低い。ひょっとしたら回収するまでもないぞ、と魔理沙の楽観視はどんどん強くなっていく。

 

 霊夢は何やら急に考え込み始めた友人の様子を、横目で見ていた。

 

「やけに無縁塚のこと聞いてくるけど、なんかあったの?」

 

「えっ!? い、いや、何でもないぜ。うん」

 

「あっそう」

 

 魔理沙にとっては不意打ちに等しい質問だった。何とかなる、と思い始めた矢先にピンポイントで痛いところを突かれたのだから。

 やっぱりもう一度隈なく無縁塚を探すしかないと魔理沙は所存のほぞを固める。

 

「わ、私はそろそろ行くから、それじゃあ」

 

 魔理沙はそう言って誤魔化すように突然立ち上がり、霊夢の方も見ずに立ち去ろうとする。

 その背中に霊夢が声をかけた。

 

「そんな急いでどこ行くの。やっぱり無縁塚に何かあるんでしょ」

 

 魔理沙がギクリとして、恐る恐る振り向く。

 

 そこには靴を履いて立った霊夢がいた。満面の笑みだった。さっきまでの怠惰でだらけきった雰囲気は微塵もない。その顔は好奇心に輝いていた。

 

「私も一緒に行っていい?」

 

 質問だけど、質問じゃなかった。断っても勝手について来るんだろうと魔理沙は確信し、諦めに近い気持ちで上辺だけの抵抗をした。

 

「いやいや、お前さっき面倒くさいって言ってたじゃん…………」

 

「気が変わったのよ」

 

 霊夢はニコニコと笑顔を絶やさずにあっけらかんとして答える。その笑顔がやや腹黒く見えたのは錯覚ではないはずだ、と魔理沙は思う。

 

「ビビビッと直感に来たわ。面白いことがありそうってね」

 

 霊夢は自分の勘に絶対の信頼をおいている。

 

 人並外れた霊力や、結界における技術の高さなど、博麗の巫女を務めるに足る彼女の天才性は紛れもない本物である。

 

 しかしその中でもひと際異才を放っているのが、第六感とでも言うべき直感力だった。何かの存在を、もしくは自分に迫る危機を、理屈抜きで本能的に察知できる抜群の感性。

 

 幻想郷では異変と呼ばれる様々な事件が起きてきたが、そのほとんどで解決に役立ったのは霊夢のただの勘だったりする。天才特有の自負。実績に裏打ちされた自信が、霊夢にはあるのだった。

 

 そしてこうと決めたらテコでも考えを覆さない。

 魔理沙が霊夢の同行を止められるわけもなく、がっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 再び無縁塚に戻ってきた魔理沙は、霊夢を置いてそそくさとメッセージボトルを探し始めた。とんでもなく焦っていた。霊夢より先に見つけてしまわなければならないからだ。うかうかしていると、霊夢が持ち前の勘で運良く——魔理沙にとっては運悪く——見つけてしまう可能性がある。

 

 霊夢はそこかしこに溢れかえっているガラクタを眺めて「相変わらずスゴイわねえ」と驚嘆している。

 そうやって彼女がボケっとしている内に、あの黒歴史を回収して闇に葬らなければ。

 

 まさかこんな切羽詰まった状況に陥るとは。魔理沙は自分の軽率さを悔やんだ。

 

 誰かに知られたくないという焦りばかりが先行して、方々に聞き回り、結果として窮地に立たされてしまったのだ。

 霊夢にからかわれるネタを一つ握られると思うと憂鬱な気分になる。もはやありったけの魔力を注ぎ込み、苦手な探知系の魔術を無理やりにでも発動させようかと、魔理沙は考える。それほどまでに躍起になっていた。

 

 そんな魔理沙の心境を知ってか知らずか、霊夢はその辺に落ちていたけん玉を拾って暢気に遊んだりしている。

 

「ねえ魔理沙見て。十回連続でできたわ」

 

「はいはい。すげぇすげぇ」

 

 振り向きもせず適当な返事をした、その時だった。

 

 魔理沙の視界の端にキラリと光るものが映った。ドキリと心臓が跳ねる。

 

 霊夢に怪しまれないよう平静を装って近づいてみると、そこにはずっと探し求めていたガラス瓶があった。

 

 間違いない。魔理沙がここで見つけ、そして返事の手紙を入れて置いていったメッセージボトルだ。巻かれた紙もちゃんと入っている。

 

 

 

 感慨深くそれを拾おうとして、魔理沙はいくつかの違和感に気がついた。

 

 

 

 まずは瓶の落ちていた場所だ。そこは奇しくも魔理沙が供養のために組んだ墓石もどきのすぐ側であり、昼前にすでに探した場所のはずだった。

 何度も探して、この辺りに無いことは確認済みのはずだった。それなのにガラス瓶は当然のごとくそこにあったのだ。ガラクタの中に埋もれることすらなく、まるで魔理沙に見つけられるために何者かが置いたかのように。

 

 そしてもう一つの違和感は、中に入っている手紙にあった。

 

 巻いているリボンが違う。魔理沙は自分がどういう色のリボンで巻いたかをしっかりと覚えている。

 しかし今ボトルにある手紙はリボンですらなく、飾りっ気のない紐で括られている。それは一昨日拾った手紙を彷彿とさせるものだった。

 

「まさかな」

 

 震えた声が漏れる。魔理沙のなかで一つの仮説が生まれつつあった。

 

 近くに落ちていた錆びたフォークで固いコルク栓を抜き取り、慌ただしく手紙を取り出して広げる。

 

 

 そして魔理沙は、息を飲むことになる。

 

 

 手紙は魔理沙の書いたものではなかった。

 

 拝啓から始まるきれいな文体には見覚えがある。つい最近、何度か読み返した手紙に書いてあった文字と同じ感じだ。

 

 驚愕すべきはその内容で、それは紛れもなく、魔理沙の書いた手紙に対して宛てられた返信だった。魔理沙から手紙を貰えたことの望外の喜びが、その文章からは伝わってくる。

 

 以前拾ったものの倍に近い文章量を、魔理沙は夢中になって一息に読む。

 

 末尾には『八柳誠四郎』の名前。そして遥か未来、約千年後の日付が克明に記されている。

 

「嘘…………だろ」

 

 無意識に魔理沙は呟いた。頭が真っ白になっていた。

 

 理屈なんて解るわけがない。信じられないと自分の中の常識が抗議するが、目の前の一枚の紙切れがそれを否定していた。

 

 魔法や異能や奇跡なんて目じゃない。

 

 魔理沙が千年後の人間と交信を果たした確かな証拠が、そこにはあった。

 

 


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