ただ主人公を野山野家に居候させるだけでこんなに文字数かけてしまうとは思いませんでした(憤怒)
イッキとリンゴは遊び疲れたらしく、お風呂に入ったあとにすぐに寝てしまった。ミカンも珍しく早めに部屋に戻っていったし、ウメもぐっすりと寝ている。
日付が変わる前。ウメを起こさないように静かに自分の部屋を出る。
めざすは二階の一番奥の部屋。本来なら両親の部屋なのだけど、使用されたことは一度もない。あの人たちにとってここは帰ってくるべき家ではないのだろう。
扉の前に立つ。いつもはないはずの人の気配が今はある、そんな不思議な感覚。
「シイナ……寝ました?」
「いや、起きてる」
聞こえるか聞こえない程度の言葉に返答がある。良かった。まだいた。
「入っていいですか?」
「どうぞ」
許可を得て中に入る。部屋の中にある家具は新品同様のベッドと机と椅子のみ。
窓のそばにある机と椅子。そこにシイナはいた。何かを磨いているようだ。
「何してたんですか?」
「手入れ。まあ、道具もないから軽く汚れを拭うことしか出来ないけど」
「インラインスケート?」
「いやこれはA.T……と言ってもわからないか。まあ、ちょっとすごいインラインスケートでいいさ」
「……聞かなくてもわかります。馬鹿にしてますね」
「してないさ。単純に説明しづらいだけ」
「そうですか」
無言。ベッドに腰掛けて彼の作業を眺める。とても大切なものなのだろう、それを拭く手つきは宝物を扱うように丁寧なものだった。
「……何か用があったんじゃないのか?」
作業が終わったのだろう。タオルの上にA.Tを優しくおき、不思議そうな顔をこちらに向ける。
「あなたがちゃんといるか確認しに。だってほら、小雨になりましたし」
「流石にそんな逃げるような真似はしないさ。一宿一飯の恩は返す」
「それはトラックから助けてもらったお礼ですから返さなくて結構です」
「それはコレであいこだろう。ご飯と寝床はまた別だ」
コレ、と言って左手の包帯を見せてくる……本気で言ってます?
「いやいや、明らかに釣り合ってないでしょう。むしろ私がまだ返さなきゃいけないくらいです」
「いやそれはおかしい。一つしかやってないのに三つを返されるなんて変だろ」
「……」
「……」
15分の論争の末、勝ちをもぎ取ったのは私。疲れた……。
あちらも疲れたのだろう、部屋が静寂に包まれる。
「……戸籍もない、お金もない、帰る家もない」
彼との沈黙は苦ではないが、もったいないという気持ちの方が勝った。ずっと気になっていたことを尋ねる。
「栖原椎名、あなたは何者ですか?」
「…………俺はずっと隔絶された研究施設の中で生まれ育ったんだ」
彼は少し間をおいて語りだした。
驚いた。きいておいてなんだが、正直教えてくれないと思っていたから。
「施設の中には俺と同い年くらいのやつらが何人もいた。たしか俺を含めて28人。数日前……そう、いろいろあって俺達はそこを出たんだ。着の身着のまま。だから住むところも金もない」
彼がぼかした部分。気になるところではあったが尋ねることはできなかった。
かわりに別のことをきいてみた。
「出てきてからは何を?」
「とりあえず金がなかったから働こうと思ったんだが……戸籍もないし、この歳じゃなかなか上手くいかなくてな」
彼は片手を顔の前でひらひら振る。
「廃棄されたモノをあさってたべたり、森にいって水浴びしたりした。暇潰しで困ってそうな人に片っ端から恩を売っていった……恩返しを期待しなかったといえば嘘になるがな」
「……お金の方が良かったですか?」
「自分より餓鬼にタカるつもりはない。そもそも、ここだって余裕ないんだろ……お前の弟が言ってたぞ」
あの子は余計なことを、と思うと同時に珍しいとも思った。初対面のシイナにそんな弱味を晒すなんて……なついたんだなぁ。
…………。
「……私達、みんな血が繋がってないんです」
「急にどうした?」
怪訝そうな彼。ごめんなさい……少しだけ私の愚痴にも付き合って?
「みんな私の両親が私に預けていったんです。あの子達は自分の親を知りませんし、私も知らされてません」
シイナの疑問に答えずに話を続けた。彼は黙って聞いてくれているようだ。
「両親は帰ってきません……不仲なわけじゃないんですよ?ただ仕事が忙しいみたいです。父さんは年に一回会うか会わないか程度ですけど、母さんはもう少し頻繁に会います。住む家は用意してくれてるし、お金だってある程度振り込んでくれるので問題はありません」
「寂しいのか?」
「……いいえ。あの子達がいるので寂しさとは無縁ですね」
「そう、か」
「ええ。ふぅ……なかなかこんなこと、誰にも話せないので少しすっきりしました。ありがとうございます」
突然のお礼にきょとんとする彼。なんとなくわかってきた。これは「なにもしていないのにどうしてお礼を言われたのかわからない」って顔だ。
私がくすくす笑うと、さらに彼の頭に疑問符が浮かび上がるのがみえた。
またしばらくの沈黙。それを破ったのは、部屋の外から聞こえてくるウメの泣き声だった。
私は弾かれたように自室へ。ベッドで寝ているウメを抱き抱える。
「……何かあったのか?」
後ろからついてきたシイナが困惑したように尋ねてきた。
「心配しないでください、いつものことですから」
「いつも……赤ん坊とはそんなにも泣くものなのか?」
「もちろん。赤ちゃんは泣くのが仕事なんですから……ねぇ、ウメ?」
揺りかごのように体を揺らしてウメが泣き止むのを待つ。
ようやくウメが寝つき、ベッドに寝かせる。
そういえばシイナの声がしないことに気づく。後ろを振り返ると、腕を組んで顎に手を添えて考え込んでいる彼がいた。
「どうかしましたか?」
私の声に反応するようにこちらを見る。口を開いて……眉を顰めながら閉じる。もう一度小さく開いたと思ったら、目を泳がせながらまた真一文字に。
「言いたいことははっきりといった方が良いと思いますよ」
そう言うと、シイナは意を決したように真っ直ぐ私を見て近づいてきた。
目の前に立ち、私の頬に両手を添える。
ビクッ、突然のことに小さく体が反応する。
「な、なんですか急に?」
戸惑いが隠せていない。黙ったままのシイナの顔がゆっくり近づいてくる。
え?うそ?全然そんな雰囲気じゃなかったのにというか急にそんなの困るというかいや興味はあるけど流石にまだ早いっていうかこういうときは目を閉じるべきだって誰かが言ってた気がする!
思わずギュッと目を閉じる。
が、なにもおきない。もう少し待ってみるもやはり何もない。ゆっくり目を開く。
やはり顔は近い。しかし微妙に目は合わない……目の下を見てる?
「目の下のクマがひどい。寝てないのか?」
「え、えっと……ウメを放置も出来ないから、少しだけ夜更かししちゃいますね、はい」
予想外の展開に面食らう。彼は私の返答に眉間にシワを寄せる……なにかおかしなこといっただろうか?
「お前、まだ小学生なんだろ。毎日こんなんじゃキツいはずだ」
「……」
キツくなんてない、私は大丈夫だ……ワラって言うのは簡単。だっていつも周りにいってる言葉だから。
でもどうしてだろう。口からなかなか言葉が出てこない。
あぁ……真正面から、そんなに心配そうな顔されたら、ちょっと……揺らいじゃいますよ。
「……まあ、正直キツくないとは言いがたいです。でも、私はあの子達の姉であり母ですから」
どうだろう。上手く笑えているだろうか?
あ、あれ?なんか余計にシイナの眉間のシワが深くなった気がする。
「なるほど、ほっとけないとはこういう気持ちか……おい、リカ」
「は、はい」
「お前は俺にまだ恩を返しきれてないと言ったな」
「言いました、けど?」
「なら一つ俺と契約をしろ。それで完全に相殺だ」
「契約?」
突然のことばかりで頭が働かないが、契約とは一体何なのか。
真面目な顔をしたシイナは、右手の人指し指を立てる。
「その一、俺をここに住まわせろ。対価はお前に代わってお前の兄弟の世話をする」
続いて中指が立てられる。
「その二、飯をくれ。対価は金だ」
「いや、ここに住むならもちろんご飯くらい出しますし、お金とか別に「衣・食・住はそれぞれ別に決まってるだろ」え?あ、はい」
なんか押しきられた。
薬指が立てられる。
「その三……えぇっと……」
「無いなら無いでいいのでは?」
「三つくらいないと格好つかないだろ……あぁ、そうだ。その三、勉強を教えてくれ。対価は……金くらいしか思い付かないから金で。大丈夫だ、人間やる気になれば何でもできる。金の工面については気にするな」
「はぁ……というか、この契約?は私があなたに恩を返すために結ぶんですよね?なんか私にメリットしかない気がするんですが」
「急に居候が増えるんだ、十分デメリットと言えるだろう……さて、恩を返すというならばこの契約を結ぶしかないが、どうする?」
何度考えてもデメリットが浮かばない。契約なんて形にしたのは彼なりの優しさなんだろう。
思わず、小さく笑ってしまった。シイナは私の様子を見てキョトンとしている。その姿に、また頬が緩む。
「いいですよ。結びましょう、その契約。さぁ……右手を出してください」
頭に疑問符を浮かべながらも、私の言う通り右手を差し出してくる。
彼の右手の小指に、私の右手の小指を絡める。
「ゆーびきーりげーんまん、はりせんぼんのーます、ゆびきった」
「なんだこれ?」
「指切りです。約束を破ったら拳骨一万回と針を千本飲まなくてはならないというものです。まあ、実際破ってもそんなことをすることは無いんですが……それくらいされる覚悟で、約束は守りましょうってことですかね」
「お、おう」
脅しすぎただろうか?
「指切りしておいてなんですが、これいつまでの契約なんですか?私としては何時までいてくれても全然構わないのですけど」
「まぁ、リカやリカの家族が嫌って言われたらそれまでだしな」
「みんななついてるから大丈夫だと思いますよ」
「そうだといいが。とりあえず、この子がある程度大きくなるまでだろうな……後のことはその時考えよう」
シイナはベビーベッドで眠るウメを見てそう言う。
「じゃあ、シイナが長男ですね。よろしくお願いします、シイナお兄ちゃん」
ひどく嫌そうな顔をされた。私も『お兄ちゃん』は流石に違和感があったのでやめた。
でも。
「家族なのは本当ですよ」
「……まぁ、よろしく頼むよ」
凄いキツいのを我慢してた!!
長女だから我慢できたけど、次女だったら我慢できなかった……これはもはや母。
やっぱこういうの(キャラ視点)は上手くかけないなぁって再確認した。