エア・ギア【RTA風】   作:八知代

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 いつの間にか増えていたお気に入り登録者を振り落とすようなRTAはーじまーるよー!

 誰得オリキャラ過去回想です。流し読みして、どうぞ。


閑話:あなたが知らなくていいこと

 

 彼は上ばかり見ていた。

 

 ずっと空に恋い焦がれ、いつも空に憧れ、絶えず空を渇望していた……そんな人。

 

 

 だから彼が戦闘機に乗ると言ってきたことも、予想の範囲内だった。

 争い事は好きじゃないくせに、空を飛ぶことを諦め切れないのだ。あぁ、旅客機は自由が利かないから嫌らしい……戦闘機だって自由では無いだろうに。我が儘め。

 

 

 そう考えると、彼の行動で一番驚いたのは私にプロポーズしてきたことだろう。「恋愛感情以前に、他人に興味があったのね」と思わず声に出してしまうくらいには驚愕した。

 そして、そんな言葉を返されるとは思ってなかったのか、彼のあの時の表情はなかなかに見物だった。

 

 まあ、私は研究があるし、彼も空に舞っている時間が長かったりしてお世辞にも新婚らしい生活が出来たわけでは無かったが、十分楽しいと言えるものだった。

 

 

 二度目に驚いたのは、彼から子供が欲しいと言われたことだろう。別に、そういった行為が今まで無かったわけではない。出来れば良いかな、程度にしか考えていなかった。でも、そう……彼が望むなら。

 

 しかし、欲しいと思ったものほど出来ないもので……二年、自然妊娠、不妊治療ともに成果は無かった。

 

 

 この頃、久々に昔馴染みが会いに来た。一緒に仕事をしないかという誘いだった。どうにもかなりの長期間拘束される研究のようで、なかなか首を縦には振れなかった……せめて、子供のことをどうにかしないと踏ん切りがつかない。

 

 

「じゃー、こんなのはどうだろう?」

 

 

 軽い口調の昔馴染み曰く、その研究には巨大病院チェーンで有名な巻上グループの巻上敏郎教授が携わっているという。彼を紹介して、子供のことがどうにかなりそうなら、研究に力を貸してくれないかと提案された。

 

 不妊治療もしたのだが。まあ、もしかしたら……という気持ちで頷いていた。

 

 結果として、体外受精をするという話になった。前に一度失敗しているからあまり気が進まなかったのだが、真摯な対応をしてくれる巻上教授の言葉を信じることにした。

 

 彼にはいろいろと事後承諾してもらう形になってしまったが、彼は優しく受け入れてくれた。

 

 

「君の望むように」

 

 

 彼の慈愛に満ちた表情を見て、なんだか泣きそうになった。

 

 

 精子を提供した彼は、再び空に戻って行った。いつもよりどこか晴れ晴れとした表情で手を振る彼を見て、私の顔も少し緩んでいた。

 

 

 卵子を提供後。顕微授精によって無事に受精したと巻上教授から直々に連絡があった。

 安心した。思ったより緊張していたらしい……先はまだまだ長いというのに。

 五日後ほどしたら移植するので準備しておくようにと言われた。

 

 

 三日後。急な豪雨で、外に干した洗濯物を慌ただしく取り込んでいた最中に電話が鳴り出した。まだ二日あるが巻上教授だろうか?

 携帯のディスプレイには番号のみの表示。教授ではなかったようだ。

 

 

「もしもし、栖原です」

 

『─────』

 

 

 目眩がして、力なく床に座り込んだ。

 

 

 

 ベランダから太陽の光が射し込む。虚ろな目を向ける。

 

 先ほどまでの雨は何だったのか。雲は散り散りになり、青空が垣間見えた。おまけに虹までくっきりと現れていた。

 

 

「彼は、(お前)を愛していたのに……(お前)は、彼を、愛さなかったのね」

 

 

 返事は勿論無い。

 

 

「……消えなさいよ」

 

 

 無理だとわかっていても、そう呟くしかなかった。

 

 彼は死んだ(空に拒まれた)

 

 涙は出なかった。

 

 

 気づいたときには、知らない部屋でベッドの上にいた。腕には点滴までついている。

 

 

「やぁ、大丈夫……じゃなさそうだね。二日も寝てたんだから」

 

 

 昔馴染みがいた。いつもの飄々とした態度はなりを潜めていた。調子が狂う、止めて欲しい。

 

 

「事情は知っている。彼のことは……残念だったね」

 

 

 巻上教授が昔馴染みの横に立つ。

 あぁ、そっか。そうだった。それで倒れたのか……思ったより私はか弱い存在だったらしい。

 

 

「今の状態の君に、こんな判断を迫るのは酷だとは思うんだがね。我々も本人の了承なしには動けないから……子供についてのことだ」

 

「……」

 

「予定では今日、君の子宮に胚を移植する予定だったが……流石にそれは無理だ。残った手段としては、胚を冷凍することだろうね。心身ともに正常に戻ったときに改めて移植を試みる。ただし、冷凍してしまうと解凍時に異常が発生してしまうこともある……まあ、他所よりは圧倒的に低い確率だがね」

 

「……」

 

「もしくは、諦めるか」

 

「……少し時間をください」

 

「そうだね。君はまだ起きたばかりだ、考える時間は必要だろう……だが、あまり待てないよ」

 

 

 巻上教授はそう言って、部屋を出ていった。

 

 

「あなたも出ていってもらって良いかしら」

 

「……了解」

 

 

 昔馴染みも出ていって、ようやく一人になれた。

 

 

「わたしは……」

 

 

 

 結果として、私は子供を諦めた。今の私には悲しみと憎しみしかない。こんな状態で一つの命を守り育てることなど出来そうになかった。とりあえず凍結という選択肢もあったが……結局私は彼のことだけを愛していたということだろう。

 

 勝手な都合で産もうとして、勝手な都合で諦める……なんて自分勝手なのだろうか。

 

 

 彼と子供のことを考えたくなくて、天空の塔での研究に没頭した。ここは良い。同僚には「こんな穴蔵に閉じ込められて最悪だ」と言うのもいたが、私からすれば忌々しい空を見なくてすむ、最も空から遠い場所(楽園)だった。

 

 

 しかし、環境問題を解決するための研究だったはずなのに、深く知れば知るほど違う面が見えてくる。

 「重力子」なんて最たる例だろう。確かにA.Tを最も効率よく使えるのはこの子達だ。しかし、デザイナーベイビーをこんな人数生み出すだなんて……ガゼルに至っては元々は孤児じゃないか。

 

 いや、やめよう。自分の子供を棄てた人間が今さら道徳を語ったところで空虚なだけだ。

 

 

 

 

 

 天空の塔で研究をして九年。あの子に会ったのは偶然だった。

 

 塔の天辺(地下深く)に昔馴染みに会いに行った。今日中に彼の承認が必要なのに……

 

 

 同僚の研究者達に聞きまわって、ようやく一つの部屋に辿り着いた。中に入ると昔馴染みはいた。彼は此方に背を向け、硝子の向こうの部屋を見ていた。その部屋では誰かがA.Tで走っている。背格好的に重力子のようだ……何番だろうか?

 

 襟足の少し伸びた黒髪。前髪も目にかかるほどに長い。その前髪に隠された顔をよく観察して……思わず息を呑んだ。

 

 昔馴染みの後ろ姿に駆け寄り、肩を掴んで乱暴にこちら側に振り向かせる。

 

 

「おや、栖原君じゃないか」

 

「あれはなに!」

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ」

 

「南博士!貴方、分かって言ってるの!?あの子、どう見たって!」

 

 

 言葉に詰まる。だって……そんな、あのとき私は。

 

 彼は肩を掴んでいた私の手を引き剥がす。

 

 

「あの子が、なんだい?」

 

「……私に似ているわ」

 

「おや、言われてみればそんな気も」

 

「……あの人に似ているわっ!」

 

「偶然って凄いね~」

 

「南博士!あなた「ねぇ、栖原君」」

 

 

 私の言葉を遮る。彼の薄ら笑いが酷く恐ろしいものに見えた。

 

 

「うん、正解。大正解さ。一瞬でよくわかったね。でもさ、だからなに?」

 

「っ!」

 

「君はあの日、この()を棄てた。そして僕が拾った。重力子にするには少し胚が成長し過ぎてたから、どうなるかな~って感じだったけど結果は見ての通り、運良く成功した……さて、話を戻そうか。君は何が言いたいんだい?」

 

「そ、れは」

 

「君が棄てたものを僕が拾ってどう活用しようと僕の自由だろう。もしかして、今更惜しくなったのかい?まさかまさか、だよね」

 

「私はあの子の」

 

「おっと、母親だなんて言わないでくれよ?彼からすれば君は自分を見殺しにした人間で、僕は命の恩人だ。反論はあるかな?」

 

 

 何も言えなかった。ただただ歯を食い縛り、彼を睨み付けるのが私にできる精一杯の反抗だった。

 

 

「僕も鬼じゃない。君が望むなら、彼の世話をさせてあげよう。母親だと告げるのも自由だ……君に出来るかどうかは知らないけどね」

 

 

 返答出来ずにいると、彼はあの子を呼び込んでいた。

 

 

「南博士、呼びましたか?」

 

「あぁ、この人に自己紹介しなさい」

 

「……?わかりました。はじめまして、実験番号AG-101Mです」

 

 この子の口から、そんな無機質な番号が出てきたことが耐え難かった。

 屈んで、力いっぱい抱き締める。苦しそうにしているが関係ない。

 

 

───実家に大きな椎ノ木があってね。小さい頃、よく登ったり飛び降りたりして遊んでたんだ。僕に飛ぶことを教えてくれた、先生とでも言うのかな。

 

───だからね、子供の名前は『──』なんてどうかな?男の子でも女の子でも良さそうでしょ?

 

 

「……ナ」

 

「な、何ですか?というか苦しいですよぉ」

 

「あぁ、ごめんなさいね」

 

 

 腕の力を緩める。「ぷはっ」と息を吐く姿は、他の重力子よりも年相応の子供らしさがみえる。

 

 小さな肩に手を置き、改めて正面から見据える。

 

 ストレートの黒髪は私。スッとした鼻は彼。口元は私。眠たげな黒目は彼……十字が浮かんでいなければ、とても良く似ていただろう。

 

 初対面の相手からまじまじと見られてどうしたら良いか分からないのだろう、居心地が悪そうにしている。思わず笑ってしまう。

 

 

「初めまして。今日からあなたの担当になったの。よろしくね」

 

「よろしくお願いします、えぇっと」

 

「……先生でいいわ。ところで、AG-101Mなんて味気無いと思わない?」

 

「特に考えたことありませんでした。僕は会ったこと無いけど、他の重力子にも同じような番号がつけられているんでしょう?南博士が言ってました」

 

「そうね。でも自分自身で名前をつけた子もいるわ。あなたもどうかしら?」

 

「自分で、名前を?」

 

 

 突然のことに、分かりやすく戸惑っている。

 

 

「もし、もしよかったら……お近づきの印に、私からあなたに名前を贈っても良いかしら?」

 

「先生から?……じゃー、かっこいいのをお願いします」

 

 

 あぁ、嫌だと言われないか緊張する。世の親は皆こうなのだろうか?……いや、普通はこんなに大きくなってから名付けることは無いか。

 

 

栖原 椎名(すばら しいな)……どうかしら?」

 

 

 顎に手を当てて思案する。え、ダメ?どうしようかしら他に案は無いのだけど。

 

 

「しいな……うん、いいですね。改めまして、栖原椎名です。よろしくお願いしますね、先生」

 

 

 へにゃっと笑う彼の顔を見て、私の目から涙がぽろぽろとまるで雨のように流れ出てきた。

 

 

「えっ、えっ!僕なにか悪いことしちゃいましたか!?」

 

 

 あわあわとしながらも、指で涙を拭ってくれようとする姿に、また泣けてくる。

 今度は先ほどと違い、優しく、壊れ物を扱うように抱き締める。

 

 

「よろしくね、椎名君」

 

 

 勝手な都合で生み出して、勝手な都合で棄てて……今度は生きて目の前にいると手放せなくなった。

 

 あぁ、私の最期はろくなものにはならないだろうけど……少しでも長くこの子の成長が見られますように。

 

 


 

 

───そんなに鳥が羨ましいなら創っちゃいなさいよ、あんたの翼。そうやってぐちぐちと言ってるより、よっぽど建設的でしょ。

 

 

「君は覚えて無いだろうね」

 

 

 南林太は廊下を一人歩きながら呟く。AG-101M改め栖原椎名の存在を知っているのは、極僅か。彼女に知られないようにするためだけに、塔の最も天辺に近い部分に隠していたのだから。

 

 

「会わせるつもりは無かったんだけど……まぁ、いいか。珍しいものも見れたし」

 

 

 脳裏に浮かぶ泣き顔。

 

 

「アイツの葬式でも泣かなかったのになぁ」

 

 

 今度は彼女が喪服を着て、能面のような顔で立っている姿が浮かぶ。

 

 

「それよりも、シイナ君はどうしよっかな~。もう秘密にする必要もないし……データ晒すか」

 

 

 シイナのデータ。南が直接見られる時間はそう多くない。たまに顔を出しては、助言をしていく。そんなやり取りを何年もしている間に、シイナはみるみる成長していった。

 研究者たちの間で最高傑作と呼ばれるキリクと遜色無い……いや、もしかしたら……映像と少しの助言で他人の道を走れるシイナのほうが上なのかもしれない。

 

 

───飛ぶのってやっぱり気持ちいいね!この『えあとれっく』?ていうの、いつ発売するの?え、一般には売らない?じゃーなんで履かせたのさ!?林太君のドS!

 

───飛ぶのって、すっごく楽しいですよね!今日はどんな飛び方を教えてくれるんですか、南博士!

 

 

遺伝子(そんなもの)になってまで生きてるなんて、お前気持ち悪いよ……うん、晒そう。今すぐってのは流石に彼女が可哀想だからしないけど、絶対晒そう」

 

 

 同じように笑う二人の顔を思い出して、つられて笑った。

 




 今回のアンケートは私個人が気になっているだけなので「教えてやんよ!」って方だけぽちっとしてください。

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