『ボーダーライフ』~ボーダー隊員なりきりシミュレーションゲーム~ 作:Amisuru
ところでこれ22巻出る前に書いてたんですけどよもやこのタイミングでとりまる元太刀川隊説が確定するとは夢にも…。
いい加減にもう少し早く提出できるようにならないのかね、とかいうセンセイ様のお小言はテキトーにやり過ごした。A級1位は忙しいんですよ、とか返した気がする。まあ嘘は言ってないだろ。ランク戦も立派なボーダー隊員の仕事のはずだ。俺が強くないと三門市を守れない。強くなるために俺は今日もランク戦をする。何もおかしいことないよな。でも俺なんで大学なんて行ってるんだっけか。進学決まったとき親父とお袋はたいそう喜んでたが、この分だと泣かせる日も近いな。今日のところは一安心だけど。
「まあそういうワケだから。サンキューな蓮」
「『そういうワケだから』じゃないでしょう」
「ぐえ」
さわやかに指二本立てて別れを告げようとしたところで首根っこを引っ掴まれた。天下の往来で何てことしやがるこいつ。
「なあ蓮、天下の往来ってどういう意味だっけか」
「人が大勢行き交う道路。平たく言えば公道」
「ここじゃん」
「そうよ。……どうしてそんなことを聞くのかしら」
「おまえに首引っ掴まれたときにさ、天下の往来で何てことしやがるって思って」
「なんで自分で意味が分かっている言葉の意味を私に尋ねるの」
「いや、意味は分かってないけど頭に浮かんだんだよ」
「……私には太刀川くんの言ってることの意味の方が分からないわ」
「蓮は頭良いからな」
「本当に頭が良かったら太刀川くんなんかに振り回されないわ」
「そう褒めるなよ」
「褒めてません」
はあ、と溜息を吐いてから手を離される。離されてから気付いたけどこいつ手冷てえな。冬に会ったら雪女と勘違いしそうだわ。
「いい? 太刀川くん。労働にはそれ相応の対価が支払われるべきものなの。私にとってあなたのレポートの手伝いは奉仕活動でも何でもないのよ」
「俺に四字熟語を使うからにはその意味を説明する覚悟は出来てるんだろうな」
「……今の私の言葉のどこに四字熟語があったの?」
「ほうしかつどう」
「あなた漢字が四つ並んでたらそれ全部四字熟語だと思ってるでしょう」
「違うのか?」
「……待って。否定したかったんだけど、広義の意味ではそう解釈しても間違いではないという説もあった気がするわ……嘘でしょう、私が間違っていて太刀川くんが正しいとでもいうの……? 焼肉定食を四字熟語として認めろとでも……?」
「蓮は頭良いけどたまに馬鹿だよな」
「今この世で一番馬鹿って言われたくない人から馬鹿って言われたわ……帰る」
「引き止めたり立ち去ったり忙しいやつだなおまえ」
「本当に尽くし甲斐のない人。柿崎くんの爪の垢を煎じて飲むべきだわ」
「その言い回し聞く度に思うんだけどな、爪垢飲むとか汚えだろ。おまえ飲んだことあるか?」
「やめて」
「飲めって言ったのはおまえだぞ」
「もう二度と言わないし言えないわ。分かっているの太刀川くん、あなたは今一つの慣用句の命を奪ったのよ。謝りなさい太刀川くん、この言葉を後世に遺してきた数多の古人たちに謝って」
「むしろ今までこんな言い回し使ってきた奴こそ俺達に謝るべきじゃないか」
「それは言葉狩りというものよ。表現の自由を奪う文学の敵だわ」
「でもおまえLINEとかで虫って単語使うと怒るじゃんか。虫唾が走る、虫が好かない、腹の虫が」
「……! ――!!」
痛えなおい。トリオン体じゃねえんだから叩くなよ。あんだけ普段から唯我に蹴り入れてる出水だって流石に生身は蹴らねえんだぞ。越えちゃいけないラインってやつを考えろ。
「そう、LINEだけに」
「何考えてたのか知らないけどそのドヤ顔腹立つからやめて頂戴」
「上手いこと言えたときって自分が頭良くなったような気がしてテンション上がらないか」
「あなた今すごく頭悪そうなこと言ってるって自分で気が付いているかしら」
「虫の居所が悪いな蓮」
「……! ――!!」
「おまえ悲鳴上げるならもっとはっきりわーとかきゃーとか言えよ」
「……何なの? 馬鹿のくせにどうしてむ――
「小学生の頃におまえが虫苦手だって気付いてさ、口喧嘩で負けそうになったらとりあえず虫虫言っときゃ誤魔化せるんじゃないかと思って辞書引いたんだよ。いやー懐かしいな」
「信じられない……小学生の時の思い付きを二十歳になってから実行に移すなんて……頭の中身がその頃からまるで成長していない証拠だわ……」
「なっはっは」
「なんで今笑うの」
「いや、面白えなと思って」
「そう、そうなの。私をからかって遊ぶのがそんなに面白いのね。つくづく小学生だわ」
「そうじゃなくてさ、何だかんだでおまえとの縁が二十歳になっても切れてないのが面白い」
お、固まった。
大学を出て少し歩いた先にある十字路のど真ん中、車が来ないのをいいことに俺達はこうしてだらだらと漫才を続けている。レポート出したらぱぱっと本部基地行ってランク戦に没頭するつもりだったが、たまにはこういう時間の潰し方も悪くない。大学生は時間余っててヒマだもんな。まあ時間が出来たのもこいつのおかげなんだけど。
月見蓮。A級7位三輪隊のオペレーターにして、これ聞く度に笑っちまうんだが、隊員連中からは高嶺の花とか陰で呼ばれてる女。知らない間に東さんから戦術なんてもんを学んでやがったこの一個下の幼馴染は、何だったか、『私の学んだ知識をあなたに還元する』とかいうよく分からん言い回しと共に、いっちょ前に俺の師匠を気取り始めた。『太刀川くん』とかいう上から目線の呼び名に変わったのもその頃からだ。ガキの頃は『慶ちゃん』とか呼んでたのにな。俺か? 俺は昔から変わらずに蓮って呼んでる。だって名字で呼んだら花緒と紛らわしいだろ。そんだけ。
「……そうね。小さい頃は、防衛組織に入る未来なんて想像もしていなかったわ。私もあなたも」
「ホントそれな。ボーダーなかったら俺って今頃どういう人生歩んでたんだろうな」
「やめておきなさい。その想像の先に光はないわ」
「酷えなおい」
「あなたが今、まがりなりにも大学生という身分でいられるのは何のおかげだったかしら」
「だから恩返しの意を込めて今日も俺はランク戦に励むんだよ。一日一万回、感謝のランク戦だ」
「その前に学生の義務を果たすことに協力してあげた私への感謝の意を示しなさい」
「感謝するぜ。おまえと出会えたこれまでの全てに」
そう言って胸の前でハートマーク作ったらゴミを見るような目で見られた。やべえなこの視線、柱登りでズルしたジョセフ睨むリサリサよりも冷てえぞ。俺ひょっとして豚以下か?
「……基地行く途中のパルコの地下にある和菓子屋のなんか」
「悪くないチョイスね。松月堂の萩の月で手を打つわ」
高嶺の花()を狙っている男子連中に俺から一つ助言をしてやろう。こいつの好物は和菓子だ。困ったらとりあえず和菓子を与えておけば何とかなる。割とチョロいぞ。
「……だからって、三輪たちの分まで買わされるとは聞いてねえぞ」
「私一人で堪能するには勿体ない甘味だもの。たまには後輩に暖かい懐を分け与えてあげなさい、大規模侵攻の特級戦功さん」
それを言うなら三輪も同じだろうが、とは流石に言えない。どこの世界に姉貴を亡くした高校生から菓子をせびれる畜生がいる? 少なくとも俺には無理だ。
蓮の右手にぶら下がった土産袋を眺めて思う。暖かい懐。確か沢山金持ってるって意味だったよな。なるほど確かに、今の俺にはそれなりのケイザイ的余裕って奴がある。自立した大人の男だ。もう一度言うぞ。俺は自立した大人の男だ。やべえな、このフレーズ気に入ったぞ。お前らも一緒に唱えてくれ、さあ行くぞ。
「俺は自立した大人の男だ」
「病院にも寄っていく? 頭の方よ」
「おまえ覚えとけよ。言葉でも人は殺せるんだぞ」
「言葉責めを気に病んで首を吊る太刀川慶がいるなら見てみたいわね」
「月見さん?」
「流石に冗談よ」
「冗談なら何言っても許されるとか思ってたら大間違いだからなおまえ」
ただでさえ表情変えねえから分かり辛いことこの上ない。それと一つ分かったことがある。普段冗談とか言わない奴は加減って奴が理解出来てねえ。本当に見せてやろうか? トリオン体なら首吊っても死なないだろうから試し放題だぞ。
「逆に聞くけど、あなたこそ出水くん達に何か買ってあげなくてよかったの」
「俺が? 必要ねえだろ、ウチは唯我が何かにつけてどこそこの旅行帰りとか言ってあれこれ持ち帰ってくるんだよ」
「そういうことじゃないわ。隊長のあなたから隊のみんなに、日頃の感謝の気持ちを込めて贈り物をするという行為が大事なのよ」
「今日の蓮はやたらと俺に感謝ってやつを推してくるよな」
「戦術と同じよ。太刀川くんに足りないものを身に付けさせるのが私の務めなの」
「何だそりゃ。めんどくせえだろ、もっと自分のやりたいことやれよ」
「しているわよ? やりたいこと」
「……それこそ何だそりゃ、だ」
たまに蓮はよく分からないことを言う。いや、普段から俺にとっては難しいことばかり口にするやつだが、そういうのとは少し違う。言葉の意味だけじゃなく、心の中まで読み取れなくなることがたまにある。そして一番よく分からないのが、そういう時に限ってこいつは唇をはっきりと吊り上げて笑っているのだ。冗談言う時でさえにこりともしねえ癖に。普段からそういう顔してれば、高嶺の花とか呼ばれて手の届かないもの扱いされることもないんじゃねえのかって思う。俺にとっては誰よりも近い存在なのに。
「大体な。想像してみろ、俺があいつらに『お前らいつもありがとな。これは俺からの感謝の気持ちだ』とか言ってプレゼント渡すとこ。出水の奴とか絶対『太刀川さん何か悪いもんでも食ったんすか?』みたいなこと言うぞ。あと唯我に感謝したことは一度もない」
「さっき唯我くんからお土産たくさん貰ってるって言ってたじゃない」
「ありゃ単に自分の金持ちっぷりをひけらかすためにやってんだよ。それにありがとうございますなんて言ってみろ、付け上がるのが目に見えてるだろうが」
「……そういうことにだけは敏いんだから。分かったわ、唯我くんのことは一端忘れなさい」
「一端でいいのか? 本気で忘れようと思ったら一生忘れたままでいられる自信あるぞ」
「やめてあげなさい」
駄目なのか。中々難しい注文だな。だってアレだろ、ウチの
「ああ、そっか思い出した。国近の話か」
「……太刀川くんって、公式とか一切無視しながら正答に辿り着くタイプよね」
「天才ってことか?」
「紙一重のね」
「随分と分厚い紙一重なんだろうな」
「太刀川くんって蒼紫好きよね」
「二刀流コートは俺の心の原点だからな。隊服だって最後まで白で行くか悩んだもんだ。忍田さんにあやかって結局は黒にしたけど、これはこれで気に入ってる」
「いつまで経っても男の子よね、本当に」
「おまえが昔『私大きくなったら斎藤と結婚する』って言ってたの忘れてねえからな」
「……! ――!!」
「声我慢すんなよ」
「馬鹿じゃないの。もう一度言うわよ。馬鹿じゃないの」
「さっきは紙一重で天才って言ってたじゃんか」
「紙が破れてたわ」
「つまり馬鹿と天才が一つになったってことか」
「……そうね。それがあなたよ。改めて思い知らされたわ」
「エアマスターになったみたいだな。バカときどき天才」
「漫画の話ばかりするのは教養のない証拠よ太刀川くん」
「そういやおまえ坂本ジュリエッタの」
「……! ――!!」
信じらんねえ。ついに生身で蹴りやがったこいつ。皆口由紀みたいな顔しやがって。どうせ蹴るならあの女みたいに太股見える格好で蹴ってみろよ。なんだその色気の欠片もないデニムは。
「――で、国近がどうしたって?」
「……何事もなかったかのように話を戻されるのもそれはそれで腹立たしいわね……」
「おまえと話すの楽しいんだけど油断するとすぐ本筋から逸れるのが難点だな」
「自覚があるなら改めて頂戴。お願いだから」
「さっきはおまえから勝手に逸れてったような気がしたんだが」
「だって太刀川くんが――ああもう、そうよ、そう。国近さんの話。太刀川くん、あなた一度でもあの子の仕事をちゃんと労ってあげたことはある?」
「失礼なやつだな。ちゃんと奇襲警戒の
「そう。戦闘中のコミュニケーションを欠かさないのは良いことね。他には?」
「他ぁ? あー……ゲームに付き合ってやったり」
「一緒になって遊んでるだけじゃないの」
「いやでもな、あいつ放っとくと本気で一日中テレビの前に張り付いてひたすらガチャガチャやってんだぞ。朝方作戦室に顔出してそっからブース行ってランク戦やりまくって、夕方くらいに戻ってもまだ同じゲームやってた時とかマジかこいつって思ったし」
「……それ、あなたのランク戦をゲームに置き換えても同じことが言えない?」
「俺のは仕事だぞ」
「本気の目だわこの人……」
「あー、あとはアレだ。誕生日祝ってやった」
「――いいわね。それは本当に大事よ」
「だろ? 今年はなんでか忘れたがいつも以上に豪華なやつやれてよ、どこの誰が買ってきたのか知らねえけどやたら高いケーキとか用意して、あいつちょっと感動して泣いてたくらいだからな。いやー良い隊だな俺の隊」
「可哀想になってきたからそろそろ思い出してあげなさい。でも――そうね、思ってたよりもやることやってるわね」
「あれ、こんなもんでいいのか」
「イベント事を忘れなかっただけでも太刀川くんにしては上出来よ」
「なんかオンナの機嫌取れてるかどうかの相談みたいだな」
「……そうね。似たようなものだと思っておけばいいわ」
「でも自分の女のことここまで気にしたことねえぞ俺」
「太刀川くんがそんなだから女の子と付き合っても長続きしないんじゃないの。去年の子にしてもそう、なんで彼女じゃなくて私と花火を見に行ったの。三行り半を突き付けられるに決まっているでしょう」
「毎年おまえと見に行ってたのに今更他のやつなんかと一緒に行けるか」
「相手がいるなんて知ってたら私は行かなかったわ」
「そりゃ俺が困る」
「……何度も言うけど、真面目に付き合うつもりもないのに彼女を作るのは最低よ太刀川くん」
「それはおまえアレだよ、来る者は拒まず、猿も木から落ちるってやつ」
「……そのこころは?」
「人生何があるかわかんねえから貰えるもんはとりあえず貰っとけってことだな」
「また何もかもが間違ってるのに結論だけはそれらしいことを……」
「据え膳なんたらの方が合ってたか?」
「これ以上恥を上塗りしないで」
「そうそう、恥だ。男の恥」
「人としての恥の話よ」
相変わらず難しいことを言うやつだ。
A級1位になって地方紙だか何だかで取り上げられて以来、いつの間にか俺は三門市内じゃそれなりの有名人ってことになっていたらしい。そのせいかどうかは知らんが、いつからか俺の周りにはつまらない女がちょくちょく寄ってくるようになった。蓮と比べりゃ一目でこいつアホだなって分かる、それだけに俺とは頭のレベルがそれなりに釣り合っていそうな連中。だからまあ、俺にはこういうのがお似合いなんだろうなとか思って一応付き合ってみたりはする。で、例外なく速攻でフラれる。毎回最初に言ってんのにな、彼氏になっても別におまえのこと大して構ってやんねえぞって。で、『そういうストイックなところに惹かれたの』とか『媚びないところがカッコいい』とか心にもねえこと言うんだよな。媚びないやつが好きならおまえも媚びんなよ。そういう女も、そういう女ばかり引き寄せる俺も本当にしょうもない。
「――まあ、そういうことなら私の取り越し苦労だったのかしら」
「あん?」
「国近さんのことよ。あの子、ここのところ何か思い詰めてるみたいだったから」
「あいつがか? 気のせいだろ、昨日もいつも通りのゆるふわ~な感じで『太刀川さんおはよ~、スマブラにする? マリカーにする? それとも~……ゴールデンアイ?』みたいなノリだったぞ」
「チョイスが古い……!」
「おまえ今ゴールデンアイの悪口言ったか? 俺の黄金銃が火を噴くぞこら」
「あなた毎回そうやってイキっては私と花緒に狙い撃ちされて死んでたじゃないの」
「おまえら本当汚えよな、こっちが強武器拾った時だけ毎回手組んで殺しに来やがって」
「強過ぎる個ほど真っ先に潰される。集団戦の原則よ、太刀川くんも今ならよく理解出来ているんじゃなくて?」
「あー、ボーダー入ってレーダー頼りに敵探してるときとかまさにゴールデンアイみてえだなって思ったの思い出したわ」
「ランク戦でも相手の画面が覗けたら私の仕事も楽になるのだけど」
「――は? おまえルールで自分以外の画面覗くの禁止っつってたよな?」
「……冗談でしょう太刀川くん、あなたそれを本気で守っていたというの……?」
「ふざけんな!! おまっ――おまえ人がどんだけ必死になってエイム鍛えたと思ってんだ!? これ絶対
「言っておくけど私だけじゃなくて花緒も普通に覗いてたわよ」
「二度とお前らと一緒にゲームなんかしねえからな!!」
「こんな剣幕で怒鳴る太刀川くんなんて初めて見た気がするわ……」
「ちくしょう……もう駄目だ、俺はもう誰ともゴールデンアイをプレイ出来ねえ、あの国近でさえも『太刀川さんセンスな~い、ブシドーブレードの方が向いてるんじゃない?』とか言ってる裏で覗き見かましてニヤニヤしてんのかと思ったら何も信じらんねえ……やっぱり俺にはランク戦しかねえんだ、64のコントローラーよりも弧月の方が手に馴染むんだ……」
「最後のはむしろその通りじゃないと困るのだけれど……でもそうね、人の心の裏を読むのは大事なことよ。たとえ相手が国近さんであってもね」
「さっきからやたら国近国近言ってるけどよ、結局あいつがどうしたんだよ」
「……あの子ね、この間お菓子持って
「おまえら国近からも差し入れ貰ってたんじゃねえか。それいらねえだろ返せ」
「黙って聞きなさい。あの子ね、私にこう聞いてきたのよ。『お蓮さん――
足を止めた。
くっちゃべりながら歩きに歩いて、気付けば目の前は本部への直通通路入口。認証パネルにトリガーを翳せば扉が開いて、地下通路への階段が現れる。が、どうやら基地の中でするにはいささかよろしくない話をする羽目になりそうだ。ここも中々に微妙な場所だが、誰の耳があるかも知れない基地の中よりかはまだマシだろう。ボーダーって意外と変な噂が立ちやすいしな。
「こないだの試合の影響だな、そりゃ」
「新人の加入と――雨取さんの
「新人っていうか新
「……呆れた手の早さね。もう刀を交えたの、あなた」
「互いに弧月一本の旋空なしって条件でな。五本先取で一本取られた」
「――太刀川くんから、純粋な剣の勝負で一本取ったの? 本当に?」
「Round7の
「……弾丸トリガーとエスクードの巧みな使い方に気を取られていたようね。そこまでの剣の腕があるのなら、戦力評価に修正が必要だわ」
「三輪と米屋でも正直一人じゃキツい相手だ。だったら二人がかりで――と言いたいところだが、向こうにも空閑がいるからな。まったく、B級相手じゃ戦力過剰もいいとこだ」
「滑り込めると思う? 2位以内に」
「ま、そこら辺は弓場と二宮大先生のお手並み拝見ってところだな。生駒隊は知らん。あいつらは誰が相手でもやること変わらんからな。――で、おまえらの方はどうなんだ? 蓮」
「私は国近さんにどう答えたと思う? 太刀川くん」
「質問を質問で返すなよ。テストで0点取るぞ」
「今は私が教師だもの。あなたにとってのね」
「あーはいはい、いつもの『おしえて! 月見センセイ♡』タイムな」
「正解出来たら次のレポートも手伝ってあげてもいいわよ」
「待て。スマホの録音機能ONにすっからもっかい言ってくれ」
「言質取るのにどれだけ必死なのあなた」
「馬鹿野郎おまえ、こっちは単位がかかってんだぞ。必死にもなるに決まってるだろうが」
「その必死さを勉学の方にも向けられないのかしらねこの人は……」
「そんでもって蓮、スマホで録音ってどうやんの」
「いいから。そこまでしなくても手伝ってあげるから。私を信じなさい」
「何を手伝ってくれるって?」
「……太刀川くん、スマホの画面見せて」
「本当に見る気か? 今の俺の待ち受けは女には刺激が強過ぎるぞ」
「いいから見せなさい」
「はい」
下半分で音に合わせてゆらゆら波打ってる画面を見せたら無言で頭をはたかれた。パンチキックと来て今度はチョップだ、この暴力女め。こんな花の咲いてる高嶺なんてロクなもんじゃねえぞ。ところで高嶺の花って本当はどの辺に生えてんだ? 富士山とかその辺か?
「本当にこんな猿知恵ばかり回って……」
「おまえサル馬鹿にすんなよ。台と棒使って上から吊るされたバナナ取れるんだぞ」
「そうね。お猿さんは賢いわね。あなたはスマートフォンを使っても私の声すら録れないものね」
「おまえスマホを正式名称で言えば頭良く見えると思ったら大間違いだからな」
「次に余計なことを言ったらさっきの約束を無かったことにするわよ」
「…………」
「いい子ね。さあ、答えなさい」
前から思ってたけどこいつ絶対Sの気あるよな。鞭とか持って『女王様とお呼び』って言うのが死ぬほど似合いそうな面してやがる。こいつを迂闊に作戦室に呼んだら次の瞬間には唯我あたりが踏みつけられててもおかしくはない。ところで唯我って一体誰だったっけか。
「――
続けて、というように蓮が小さく二度頷く。蓮曰く俺は『公式とか一切無視しながら正答に辿り着くタイプ』だそうだが、戦術の話となるとこのお師匠様はそれを許しちゃくれない。必ずそこに行き着いた理由を求めてくる。スパルタ教育にもすっかりと慣れたもんだ。
「黄金銃と一緒だな。『強過ぎる個ほど真っ先に潰される』ってやつ。空閑もヒュースもA級下位なら充分単騎で暴れ回れる駒だ、下手に
雨取千佳。言わずと知れた『玉狛のトリオン
「奥寺の奴を吹っ飛ばしてそのあと動けなくなるならともかく、ヒュースが落ちた後にもボカスカ撃ち込んで東さん達を撤退に追い込んだのにはちょっと参ったな。あれで少なくとも、クビになった鳩原とは明らかにタイプの違うやつだっていうのが分かった。あいつはむしろ誤射で駄目になる方だったらしいからな」
鳩原未来。隊務規定違反だかをやらかしてボーダーから姿を消した、元二宮隊の狙撃手。二宮隊がB級に落ちた原因がこいつなら、
「仮に雨取が奥寺の奴で
「結構」
「で、それを踏まえた上で、おまえらと玉狛第2がランク戦でやり合うとどうなるかというと――
俺の答えを耳にしても、蓮は微塵も表情を変えなかった。おまえら勝てねえぞって言われたら少しは反応らしいもんを見せるのが普通なんだろうが、要するに俺がこう答えることまで蓮には最初から分かってたってことだ。特にこっちも気にせず続ける。
「理由は単純だ。三輪隊には狙撃手がいる、それも二人。バッグワームでの奇襲が上手いこと嵌まりゃいいが、
「……明言は避けるけど。参考までに、先月に行った補足・掩蔽訓練では127人中9位だったわ」
「127人って、それ殆どC級隊員だろ。参考にならん、めぼしい奴らの順位だけ挙げてってくれ」
「1位が奈良坂くん、2位が佐鳥くん、3位が外岡くん、4位が半崎くん、5位が穂刈くん、7位が荒船くん。6位か8位がたぶん隠岐くんで、章平くんはその次ね」
「……B級連中に負けてるじゃねえか」
「雨取さんは19位だから彼女よりは上よ」
「むしろ下だったら奈良坂の教育のレベルを疑うぞ」
「そうね。ところでその奈良坂くんも
「そこがおまえらの割を食うポイントその2だ。A級下位において、No.2狙撃手っていう奈良坂の肩書きは他の狙撃手に比べて
「まだ70点ね。磨り潰されるまでの過程が足りていないわ」
「そこもかよ……あー、玉狛とやり合う上で一番避けなきゃならないのが、雨取と他の奴らが合流して要塞化する無敵モードだ。こうなったらもうお手上げなんで、前線の連中は体張って雨取以外の奴らを狩りに行く必要があるだろ。都合良くヒュースなり空閑なりを袋叩きに出来る初期配置になりゃいいが、そうでなけりゃ少人数で無理してでもこいつらの足を止めなきゃならん。その
「最後の方でふざけたから-10点ね」
「え、70点から?」
「100点から。それと言っておくけど、最近の三輪くんは割と大人しいわよ」
「マジかよ。俺はこないだ挨拶
「敬意を払うに値する存在だと思われていないんじゃない? 日頃の行いが悪いのね」
「傷つくなおい」
「そんな傷付いた太刀川くんにご褒美をあげるわ。――90点よ。良く解けたわね、えらいえらい」
「撫でんな。年上の頭を撫ーでーんーな」
俺の髪なんか撫でても大して触り心地良くねえだろうによ。おまえの髪と比べたら尚更だぞ。『太刀川くん』とかいう呼び方にしてもそうだが、どうにもこいつは俺に対して姉貴ぶりたがってるフシがあるよな。元々花緒もいたから姉キャラには大して違和感ねえけど、こういうのは隊の奴らにやってやった方が喜ばれるんじゃねえの。そう思って、蓮にえらいえらいと頭を撫でられている三輪やら奈良坂やらの姿を想像しようとして――やめた。よく考えりゃ三輪に姉貴ネタは洒落になんねえわ。笑うに笑えない。ていうかさっきの茶化しも結構微妙だよな。こういうところであいつの顰蹙買ってんだなきっと。ところでひんしゅくって漢字でどうやって書くんだっけか。おまえ書けるか? 俺は書けねえぞ。
「ちなみに。太刀川くんの言う通りA級下位合同で玉狛第2とやり合うにあたって、奈良坂くんと章平くんを雨取さんの抑えに、三輪くんと陽介くんを他三人の処理に回したとして――
「あー、おまえらんとこの点獲り役ってもっぱら奈良坂だもんな」
「そう。陽介くんが槍のリーチを生かした幻踊で相手を掻き乱して、生じた隙に三輪くんが
「米屋が直接首狙って点獲る場合もあるが――空閑とヒュース相手じゃあまり期待は出来ないな」
「空閑くん相手だと尚更ね。
「遠征から帰ってきたときにちょこっと聞いたな。迅が止めに入ったってやつだろ」
「その時に鉛弾も幻踊も奈良坂くんの狙撃も全て体験済みと来たものよ。自分で言ってて頭が痛くなってくるわ。
「だから次やるときには慎重に、だろ。そこを加古隊に掻っ攫われるわけだ、いつものように」
「……品のない表現になるけれど、ハイエナが上手いのよね、加古さん達は。こっちの追い詰めた相手を適格に
「そういうタイミングで
「うるさいわね。やっているわよ、毎回間に合わないだけで」
「おまえ指揮と戦術はずば抜けてるけど、純粋なオペレーティング能力は割と何とも言えない感じだもんな。見たぞ、本部支給のブリーフィングファイルに載ってるおまえの評価」
「うぐっ……!!」
「おいおいこんなモンか? 現ボーダー最古参のオペレーターの実力ってこんなモンか? 機器操作情報分析並列処理オール7っておまえ、可ばっか並んでる通知表じゃねえんだからよ」
「本当の通知表で不可ばっかり並んでた人に言われたくないのだけれど!!」
「えっ……今の声、もしかして月見先輩……?」
「あんな大声をお上げになって……お隣にいらっしゃる殿方と一体どのような御関係なのかしら……」
「……!?」
なんか遠巻きにひそひそ話されてやがる。あの制服ってあれか、蓮が去年まで通ってたお嬢校のやつか。星輪女学院とかいったっけか? 玉狛支部から更に西行ったとことかいう相当遠くの学校だった筈だが、このタイミングでこっちの方に来てOBの醜態目撃するとか奇跡かよ。基地ん中に入らなかったのが裏目に出たな。いや俺には何もダメージねえんだけど。
「持ってんなーおまえ」
「……太刀川くん。あなたを黙らせる魔法の言葉があるのだけれど、唱えてあげましょうか」
「何だそりゃ。なんとかかんとかパトローナムってやつか?」
「もう二度とレポートなんか手伝ってあげないから」
「蓮。俺が悪かった。基地入ろう、な。自販機で緑茶奢ってやるから」
「お辞儀をするのだ……」
「すみませんでした」
ハリーポッター読んだことねえんだよな俺。でも賢者の石ってやつは欲しい。だって賢者の石だぞ。持ってたらすげえ頭良さそうじゃん。グリフィンドールよりも俺に100点をくれ校長先生。
地下通路を歩いている間も、隣を歩く蓮は割とぷりぷりしていた。月見蓮という女にぷりぷりって表現が似合うのかどうかは知らんが、俺の……あー単語が出てこねえ、ライブラリーじゃなくてよ、なんとかブラリーだよなんとかブラリー。もうブラリーでいいや。俺のブラリーじゃそれしか出てこなかった。我ながらボキャ貧にも程がある。ボキャ貧――そうだボキャ貧だよ。ボキャブラリーが貧困。なんだよ、ちゃんと覚えてんじゃん俺。何がブラリーだよ馬鹿じゃねえのか? ブロリーと紛らわしいんだよおまえ。
「ブラリーです……」
「太刀川くん。頭がおかしくなったのなら誰よりも真っ先に私に言うのよ。ちゃんとしたお医者様に診てもらうから」
「違えよ。俺は今ボキャブラリーの話をしてんだよ。わかるか? 蓮。俺はボキャブラリーが貧困なんだ」
「太刀川くんの語彙が貧困なのは知っているけど今その話をしているというのは知らなかったわ」
「は? 5位? 5位じゃねえよこちとら1位だぞ世界1位より1位だわ」
「よしんば太刀川隊がA級2位だったとしたら?」
「A級――1位です」
「
「はっはっはっは痛え!!」
「調子に乗り過ぎよ」
そりゃねえだろ。元ネタの返しに忠実だっただろうが。松ちゃんになったかと思えば浜ちゃんになったりやり方が汚えぞおまえ。というかとうとう脛蹴ったか今? 太刀川慶は泣かねえけど弁慶はここ蹴られたら泣くんだぞ加減しろ莫迦。どうでもいいけど泣いたり立ち往生したり弁慶って忙しいよな。でも弁慶って義経にこの橋渡るべからずっつって通せんぼしてた奴じゃなかったか? 立ち往生って動けなくなる方だよな? なんで通せんぼした奴が身動き取れなくなってんだよ意味わかんねえな。それとも一休と話混ざってたっけか。びょうぶ? から出てきた虎を弁慶がたたっ斬ったのに惚れて義経が家来にしたんだよな。よく覚えてんじゃん俺。流石は元日本史選択だわ。ほとんど寝てたけど。
「あなたね、そうやって慢心しているといつの日か迅くんに抜かれるかもしれないわよ。最近またランク戦に復帰したんでしょう?」
「そう、そうなんだよ蓮! あいつ本当にちょくちょくランク戦に顔出すようになってさ、今日も午後から10本やっから逃げんなよって言ってあるんだよ! それもあるから午前のうちにレポート出しておきたかったんだ、本当助かった、いやマジでサンキューな!」
「……楽しそうにしちゃって。抜かれるかもって話をしているのよ、私は。あなたの大好きな1位じゃなくなってもいいのかしら」
「たとえば
「……そういえば一時期小南さんに抜かれてから抜き返したときにも『いやあ危うく今年は3位になりかけたんだけども……今年も1位だったよ』って言ってたわねこの人は……」
「
「手持ちのポイントを全て合算したら木崎さんが1位になるって聞いたことがあるのだけれど」
「何? 俺を2位だと言う奴がいるって? そいつは何位だ? ……
「それはもういいから」
「ちょっと待ってくれ。思ってた以上に元ネタとがっつりハマって今感動してるとこなんだよ」
「……本当に馬鹿な人。太刀川くん、あなた迅くんが復帰して以来ポイントごっそり減ってるでしょう。一時期は5万を越えていたこともあったと思うのだけれど」
「いやー、減った減った。戦績自体は五分ってんのにこっちのポイントだけ一方的に減っていくんだから笑っちまうよな。なっはっは」
「だからどうしてポイント減ってるのに楽しそうなの……」
「そりゃ実際に楽しんでるからな」
別に俺が特別おかしい訳じゃない。米屋も確か自分のポイント覚えてないっつってたし、里見に至ってはNo.1
「……迅くんが相手ならそうなんでしょうけどね」
「今日の蓮は含みのある言い方ばっかりだな」
「太刀川くん。国近さんが私のところに玉狛第2の話題を持ちかけてきたというのがどういう意味か分からないほど、流石のあなたも愚鈍ではないでしょう? あの子はね、玉狛第2が
「――ま、そん時は冬島さんと当真の二人に働いてもらうまでだな。雨取はあっちに任せて、俺と出水で空閑とヒュースの相手をすりゃいい。三雲は……アレだ、なんだっけな、喉まで出かかってんだよ、なんかいた筈なんだよ、気ぃ抜くとすぐ見えなくなる妖精的ななんかが……」
「太刀川くん。『戦術で勝負するときは』」
「『敵の戦術のレベルを計算に入れる』――分かってるよ、三雲だって俺の思惑にすんなり乗ってくれるほど馬鹿じゃない。そもそもあいつらが俺たちのところまで上がってくるってことは、
「玉狛だけじゃないわ。冬島隊――というか当真くんね。生駒隊ほどじゃないけれど、あの子も割と理屈に合わないというか気まぐれなところがあるでしょう。雨取さんにかまけて自分は狙われない、なんて思っていたら足元を掬われるわよ」
「あいにくだが、
魔法の言葉なら俺も知ってる。俺が言うんじゃなくて相手に言わせる方だが、どんな腕利きの狙撃手だろうが一発で大人しくなる呪文。『
――とか偉そうに語ってはみたが、当然ながら
「……釈迦に説法と言うべきか、馬の耳に念仏と言うべきか悩むところね」
「よく分かんねえけどどっちも大して効き目なさそうだな」
「よく分かってるようで何よりだわ。でもね太刀川くん、雨取さんに射線の有無は関係ないということも忘れては駄目よ」
「雨取に壁越し
「考え方が逆よ。雨取さんが太刀川くんに大砲を放つときというのは、すなわち当真くんの脅威が取り払われたときということ――あなたが言ったことよ、
「……そうだな」
当真に殺されないための立ち回りがあるように、当真を退場させるための戦法もまた存在する。と言っても、やり方は実に単純だ。玉狛第2の無敵モード、その簡易版と言ってもいい。俺と出水が合流して互いの死角をカバーし合いつつ、
で。玉狛第2の簡易版ってことは、当然向こうにも同じことが出来る。下手したら雨取一人でも出来るのかもしれない。シールド一枚の全周ガードでイーグレットを防げるんなら死角とか気にする必要ねえもんな。いや流石にそこまで固くはねえよ。固くないで下さいお願いします。アレだ、確かRound6でも隠岐のイーグレット防ぐのに普通の大きさのシールド張ってたしよ、流石にある程度範囲絞んねえといくらトリモンでもそこまで硬さ出せねえんだよ。そういうことにしといてくれ頼むから。まあとにかくそういうワケで、雨取一人じゃ当真の狙撃は防げない。しかしヒュースか空閑がカバーに付いたら話は変わってくる。そういう意味でも俺達と当真の利害は一致するわけで、蓮がさっき言った当真が先に俺を殺しに来るっていう可能性はあまり考えなくていいと思うんだが、たとえばヒュース一人が雨取のカバーに回り、空閑が当真を獲りに行くってパターンを選んだ場合はどうだ。少なくとも狙撃手に限れば当真にかくれんぼで勝てる奴はいないが、何しろ空閑だからな。あいつも大概奇襲が上手い。『クセになってんだ、音殺して歩くの』とか言いそうな面してるしよ。あと風間さんも当真とタメ張るレベルでかくれんぼが上手い。いま話してる当真炙り出し戦術も、風間さん達を片付ける前にやろうとすると絶対邪魔が入る。かくれんぼで当真に勝つ自信があるからだろうな。何なら普段から近所のガキに混ざって練習とかしてんのかもしれない。いま考えたこと風間さんには絶対言うなよ。俺死んじゃうから。
何の話だっけか。雨取よりも先に当真が落ちたら。向こうが転送位置に恵まれて止める間もなく無敵モード完成させるとかいう最悪のパターンは考えないとして、まさか雨取の距離で当真が見つかるようなヘマをするとも思えない。だったら先に挙げた通り、空閑かヒュースが当真を獲りに行ってそれが成った可能性。この場合
となると、一番手っ取り早いのは。
「――その時は、
そう言って笑ったら、さっき以上に盛大な溜息を蓮に吐かれた。なんか知らねえけど頭抱えてやがる。こういうときの定番台詞あったよな。また俺何かやっちゃいました? 俺も忍田さんによく使ってるぞ、赤点取ったテスト見せたときとかに。『俺の成績がおかしいって、低過ぎるって意味だよな?』みたいなことも言った気がする。でもネットの広告とかじゃツッコミ入るまでがセットなのに俺には誰もツッコんでくれない。笑いに出来ないレベルで俺の成績ってやべえのかな。英語で言うならそう、
「……聞くんじゃなかったわ」
「なんで」
「太刀川くんが隊長の顔から
「いま俺のこと小僧って言ったかおまえ?」
「実際そうでしょう。私がどれだけ戦術を叩きこんでも、結局あなたの本質は変わらないのよね。だから決まって女の子にも愛想を尽かされるんだわ」
「ちょっと待て。いつの間にそういう話になったのか全然わかんねえぞ」
「女の地雷はいつどんな拍子に爆発してもおかしくないというだけの話よ。太刀川くんは一生知らないままでいてくれて結構」
「他の女に愛想尽かされるのは構わないが、おまえに捨てられたら俺はきっと生きていけねえぞ」
「……!?」
なんかすげえ目で見られた。大丈夫か? キャラ崩れる一歩手前みたいな顔してんぞ。いや一歩手前でもねえなこれ。むしろ盛大に踏み外した後みたいな感じだわ。どんな面してんのかは各々で存分に想像を膨らませてほしい。俺のブロリーで言い表すのはちと難しい。あいつ映画でも叫んでばっかだもんな。カカロットォォォォォォォォ――!! うるせえ。
「ブロリーです……」
「……やっぱり私と二人で病院に行きましょうか? 太刀川くん」
「おまえは別に診てもらうとこねえだろ」
「心臓が痛いのよ……」
「唯我みたいなこと言ってんなおまえ」
――で、唯我って一体誰だっけ?
三輪隊の作戦室まで蓮を送ってって、あいつとはそこで別れた。別れ際に『今日はすぐに帰って休むわ……』つって胸んとこ抑えてたけど、ガチでなんかの病気じゃねえだろうな。顔色は別に悪くなかった気がするんだが。いつもの雪女みたいに真っ白な頬と比べたら、むしろ程良く色づいて見えたくらいだ。ただでさえ年増に見られがちなんだから普段からそういう顔しといた方がいいなあいつは。これ言ったらいよいよ首絞められるから言わねえけど。
首絞めと言えば国近だ。首絞めの話題から思い出される女ってのもなんか間違ってる気がするが、まあ思い出しちまったもんは仕方がない。しかしあいつが玉狛をね。ゲームに関すること以外何も関心のないやつだと思ってたが、ようやくあいつもなんつうの、A級1位部隊のオペレーターとしての自覚? とかいうのに目覚め始めたんだろうか。そういや俺もこないだ風間さんに言われたっけな。『おまえにはボーダー隊員の模範たるべき自覚というものが足りない』みたいなこと。でもな風間さん、ボーダーの皆が俺と同じくらいランク戦にハマってくれたら、そのうち俺と同じくらいの強さのやつが100人とか200人とか作れるかもしれないって思わないか? 少しくらい漢字や英語が読めなくったってトリオン兵は斬れるんだよほらこうスパーって。だから皆も普通に今の俺を真似してくれればいい。そうしたら俺くらい強くなれるぞ。そう言ってドヤ顔したら『おまえがどれだけ強くなっても失われた単位は戻ってこないがな』つって一刀両断された。ちくしょう。俺ホントなんで大学なんて通ってるんだろうな。最初から大学なんかに行かなけりゃ俺のせいで失われる単位も存在しなかった筈なのによ。ごめんな単位、俺がランク戦にハマり過ぎたばっかりにおまえを死なせちまった。俺がもっと強かったら――違えよ、俺がどれだけ強くなっても単位は戻ってこねえって話をしてんだよ。こりゃアレだな、等価交換ってやつだな。ハガレンで習った。俺の単位と俺の強さは等価交換。俺の中じゃ釣り合いが取れてる。むしろ安いくらいだな。留年しようが中退しようが別に構わないからもっと強くなりたい。具体的に言うと忍田さんくらい。こないだやった10本勝負でも3本取るのがやっとだった。悔しい。マジで悔しい。
『……それ、あなたのランク戦をゲームに置き換えても同じことが言えない?』
……あー。
まあ、そうなんだよな。そういう意味で言うなら、
『太刀川くん、あなた一度でもあの子の仕事をちゃんと労ってあげたことはある?』
――ちゃんと労わる、ねえ。
なんやかんやの末に蓮からはよくやってる判定を頂戴したが、実際のところどうなのかね俺。なーんか見逃してるような気がするんだよな。国近が玉狛のことを気にかけてたっていうのも気付かなかったしよ。いやまあ、思い返してみりゃ例のRound7を作戦室で一緒に見てたときから何か様子がおかしかった気がしないでもない。でも最初のヒュース無双くらいのときはまだ割と笑って見てたよな。『うわ、この新人の子ヤバくない? エスクード何枚出したか太刀川さんわかる?』みたいなこと聞くから『100から先は覚えていない』って返して二人で爆笑してたっけな。なんか間に挟まれた誰かが置いてけぼり食らって途方に暮れた顔してた気もするがそれこそ覚えてない。
やっぱアレだな。雨取の特大メテオラ。あれ見て流石に笑えなくなった。『うわあ……』みたいな空気が部屋中に漂ってた気がする。それでも、結束と犬飼のやり取りに半ば乗っかるかの如く『一発だけなら誤射かもしれない』的な結論に俺達が傾きかけてたとこで、ダメ押しの二発目だ。あのとき国近がぼそっと呟いた『……は? 撃てるの?』って声のガチトーンに、もうちょい俺は意識を割いた方が良かったのかもしれない。でも俺も同じこと考えてたから仕方ないよな。言っただろ、このタイミングでちょっと参ったって。まあ俺よりも弓場や二宮の方がよっぽど参っただろうけど。実際あいつらどういう対策考えてんのかね。俺と一緒で外岡に丸投げかもしんねえな。あ? 隠岐? あいつは一回雨取撃ち漏らしてるからアテにならん。なんかRound6で隠岐が狙撃外したときあいつの視界に両さんの眉毛が映ってたとかいう意味わかんねえ噂が流れてるんだがそんなワケねえだろ。病院行け。俺は行かない。
まあなんだ。仮に国近がそこまで玉狛のことを気にしてるんだとしても、そいつは鬼怒田さんが笑うってやつだ。いや違うだろ。起こるかどうかも分からない未来の話をしたら笑いそうなやつっつったらむしろ迅だよな。なんで鬼怒田さんが出てきたんだろ。俺も大概疲れてんな。蓮に奢るついでで買った俺の分の緑茶でも飲んで落ち着こう。
んなこと考えてるうちに、
「――すごいねタケルくん。わたしたちの娘が太刀川さんに9-1だって」
ぶほぁ!!
え? なに? いまこいつなんて言った? すごいね『タケルくん』? 『わたしたちの娘が』? 『太刀川さんに9-1』? 台詞丸ごと突っ込みどころじゃねえか。パワーワードも大概にしとけよ。タケルくんって誰だよ。わたしたちの娘って誰だよ。太刀川さんって誰だよ!! 俺か!?
「……柚宇さん、
そうだよ。太刀川さんやられてねえよここでピンピンしてるよ。てかまた変な用語出てきたな? 『現実の太刀川さん』って何だよ。非現実の太刀川さんどっから出てきた。ドッペルなんたらってやつか? マジかよ出会っちまったら死ぬやつじゃねえかそれ。ていうかゲームの話かよ脅かすんじゃねえよって何俺いつの間にゲームに出てんの。なんかそういうのって出演料とか貰えるんじゃねえの。俺んとこまで話通ってねえぞおい。ジャーマネ呼べジャーマネ。そんなことを思いつつ、非現実の太刀川さんとやらが映ってるはずのテレビモニタに視線を向ける。
――マジか。
左上に『REPLAY』と表示された画面の中、馬鹿げた大きさのトリオンキューブ×2から放たれた大量の
……何だこりゃ。気味が悪いな。何が嫌かって、消し飛ばされてる
いや待て、シールドが駄目なら弧月で防ぐっておまえ。いくら弧月が硬いっつっても、そいつは流石に無理があるだろ。さっきから受け身に回り過ぎだ。まともに寄れてすらいないじゃねえか。今度は旋空で斬り払い狙い――おっと、この発想はちょっと熱いぞ。同じように砕かれるかと思ったが、当たった分はきっちり払えてるな。結局全部は落としきれなくて死んだけど。忍田さんならワンチャンあるかもしんないなこれ。あの人大規模侵攻ん時に黒トリガーの攻撃全部弧月で叩き落したんだろ? 忍田さんて旋空の連射速度が頭おかしいんだよな。あれマジでどうやってんのかさっぱり分からん。忍田さんにやり方聞いてみても『慶は私を真似るよりも一撃の重みを伸ばしていった方がいい。持ち味を活かせ』とか言ってはぐらかされたしよ。まあ伸ばせって言われたから仕方なく
「――いい加減にしろよゲーム脳。マジで蹴り入れんぞ」
「やってみればいいよ。こっちも本気で首絞めてやる」
あ。
やべえなこれ。話聞いてない間に空気が完全にヤバいことになってやがった。
しょうがない。たまには隊長らしいとこ見せてやるか。そうだ国近、こないだおまえが言ったんだぞ。『太刀川さんなんか隊長っぽいこと言って』って。今のおまえの顔はっきり言ってあのときと別人だからな。出水も大概キャラ崩れかけてる感あるし別れ際の蓮も逆の意味でアレだったが、なんていうか、おまえがそういう顔してんのは――
そこで無様に死に続けてる俺よりもよっぽど気味が悪い。そう思う。
「よーしおまえらケンカすんな」
「「は?」」
どっち向いてキレてんだ。このバカ二人。
この話書くまで私はたちこな派でした(過去形)