私が貴方を見つけたのは、単なる偶然に過ぎません。
たまたまあなたを見かけて。でも、貴方は私を見た途端、逃げ出してしまいましたね。
出会ったことは偶然だったけれど、でも、貴方に出会えたことは運命だと、必然だと思いました。
凡人ばかりのこの世界で、作られた天才である彼再び会える保証はなくて。けれど、貴方を見たとき、私は直感しました。
ーあぁ、ようやく見つけました……!ー
私の退屈を紛らわしてくれる、そんな貴方に。
見た目がみすぼらしい?隣に立つ資格はない?他人に話せない過去?
それがどうしましたか?その程度のこと、これからどうとでもなります、いいえ、してみせましょう。
貴方が私に会えたことを運命だと言ってくれるのならば、私はあなたに会えたことを必然だと言いましょう。
そして、敗北を知らない私に、いずれ私に教えて下さい。
作られた彼ではなく、私が見つけた戌である、貴方が私に教えなさい。
敗北という、屈辱を!
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「待、待ってーー!」
次の教室に移動する途中、有平の背中に声が掛けられた。同じクラスの少女の声だ。
「軽井沢恵……何の用だ?」
「あなたのその身体の傷跡、昔虐められていたの?」
「いいや、虐められていたわけではない」
「だったら、あなたのその傷痕はーー」
「今は時間が無い。話がしたいなら、放課後にしろ」
「う、うん……」
「安心しろ、お前の望むものは、俺の庇護下に入れば、手に入れられる。その脇腹、無意識にかばって歩いてることと無関係ではないことも分かっている」
「え?!庇ってなんか……というか、何で……?!」
「それも含めて放課後だ、遊び歩いてないで開けておけ」
そう言って移動を再開する。有平の背中を、呆然と見送ることしか、軽井沢にはできなかった。
一日の授業がすべて終了し、寮に帰ろうとした有平に軽井沢が声を掛けてくる。
「ちょっと、なに普通に帰ろうとしてるの?」
「特に予定はないからな。夜の日課の用意をしようかと思っていたんだが」
「予定ならあるじゃない。というか、あんたが開けておけって言ったんでしょ」
「……そう言えばそうだな、なら少し付き合え。話はその後俺の部屋でゆっくり出来るだろ」
その発言に、クラスの空気がやや固まる。
軽井沢は平田の彼女として認知されており、その彼女である軽井沢を部屋に連れていくと言っているのだ。
軽井沢の方も予想していたのだろう、あっさりと頷き、教室を二人で出ていった。
二人が出ていったあと、教室が軽くパニックになった。
有平は軽井沢を引き連れてスーパーへと向かった。本来なら一人三品までの無料品だが、今は軽井沢を引き連れているため二人分で六品の無料品が買えた為、有平は機嫌が良かった。
そのまま寮へと戻り、軽井沢を部屋へと招き入れる。調度品などは一切なく、最初から置かれているベッドと勉強机の殺風景な部屋に、軽井沢は軽く驚いていた。
「この部屋、なんにも無いんだね」
「生きていく為に、雨風凌げる屋根のある部屋は最高の場所だ。ふかふかのベッドなんて贅沢過ぎて考えられないな」
「なにがあんたのそこまでの価値観なのか問いただしたいんだけど……それよりもさっき、なんで無料品なんて買ってたの?もしかしてポイント全部使っちゃったの?」
買ってきた食品を片付けているところ、軽井沢からそんな質問が飛んできた。
「いいや、プライベートポイントは一切手付かずだ。今の残りは105000ポイントだ」
「はぁ?一切使ってないって……あんたちゃんと食べてんの?」
「学食には無料の山菜定食がある、自販機には無料のミネラルウォーターがある。それだけあれば十分だろう。各店舗には無料品が置いてあるから、この学校にいる限り、餓死することはない」
「あんた、何でそんなひもじい生活送ってんのよ?来月の頭にはまた十万ポイント入ってくるんだからーー」
「誰が、いつ、そんなことを言った?毎月頭に十万ポイント入るなんて、誰がそんなデタラメ言っていた?」
「茶柱先生の話聞いてなかったの?毎月頭にポイントを支給するって」
「そのポイントが十万なんて、茶柱佐枝は言っていたか?よく思い出してみろ」
「だって支給されるって言ってたし、常識的に考えて……」
「茶柱佐枝が言っていたことは、入学時点での俺たち学生の評価としてポイントを支給した。そしてこうも言っていただろう『この学校は、全て実力で判断する』と」
「どういうこと?実力で判断するって……」
「それ以降は、自分で考えろ。少しは自分で考える癖をつけろ。何でもかんでも聞いたら答えてくれるのは、精々義務教育の間だけだ。それよりも、本題は?」
有平は軽井沢にこの部屋に来た目的を話させることを促した。
「そうだった。あんたのその身体の傷、昔虐められてたんじゃないの……?」
「いいや、さっきも答えたが、虐められてなんかいない。だから味方を見つけたような言い方はこの場合不適当だ」
「じゃあ何でそんなに傷だらけなの?考えても想像がつかないんだけど」
「そうだろうな。だがお前の方が遥かにマシだとだけ言ってーー」
「ふざけないで!!」
自らの腕で自分の身体を抱きしめて、身体の震えを止めようと軽井沢は試みている。が、功を奏さず震えは増す一方だ。
「虐められてたのが遥かにマシ?あんたは虐められてる側の気持ちは分からないの?!いつ校舎裏に呼び出されるかわからずに怯えて、呼び出されて暴力を振るわれてても耐える事しかできない。そんな気持ち、あんたに分かるの?!」
大きく息を吐きながら激高する。そんな軽井沢を、どうでも良さげに有平は眺めていた。
「分からないな、分かろうとも思えない。逆に聞くが、明日になって自分が生きているか分からない奴の気持ちが、お前には分かるのか。分かるはずないよな」
だってーー
「お前はただ同情してもらいたいだけだろ。心配してもらって、少しでも自分を慰めたいだけだ」
「違う!私はーー」
「違わないさ。そうして誰かに自分の境遇を話して、強いやつに守ってもらおうと思った結果が、今の平田洋介に対する寄生で、一定の地位を築いてもらって、自分はクラスの女子のリーダー的存在になれば、虐められずに済む」
「違う、違う違う違う……」
「だが、別にお前のその方法は間違ってはいない」
「……え?」
「言っただろう、寄生する相手を間違えたと。平田洋介ではお前を守り切ることは叶わない。精神的に脆い、それに、あいつの思考は皆が平和に過ごせるように努めている。平等に接している以上、お前だけを守ることはしてくれない」
「だったら……だとしたら、私は一体、どうすればいいの?」
縋る様な視線を向けて、問いかけてくる。彼が用意した答えは簡単で。
「俺がお前の望みを叶えよう。守って欲しいと願えば守ってやる、蹴落として欲しいやつがいれば蹴落としてやろう。だが、等価交換だ。俺の望みも、お前には叶えてもらわなくてはいけない」
「……あんたの望みって、何なの?」
「簡単なことだ。お前が俺の隠れ蓑になってくれれば、それで良い。たまに命令することもあるかもしれんが」
「つまり、私はあんたの駒になれってこと?」
思わず有平は目を見開いた。遠回しに言っていたつもりで、理解してくれなくても何ら問題無かったことだ。しかし軽井沢は、有平の言葉を理解した。
「……やはり、俺の目に狂いなどあるはずないな」
「なんか言った?」
「いいや何も、そうだな、先ずは契約するにあたって、互いの境遇でも掻い摘んで話そうか」
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次の日の授業も、学生たちの態度は最悪だった。携帯をいじっているもの、惰眠を貪るもの、近くの席同士で話しているものなど様々だ。
その日最後の授業は担任の茶柱佐枝の授業で、手にはプリントを持っていた。
「突然だが、これから小テストを受けてもらう。成績表には一切影響は無いから、心配するな」
教室の所々から文句が飛んでいるが、有無を言わさずテスト問題を配っていく。
全員に行き割ったところで、開始の合図が告げられ、一斉に問題をとき始める。
問題そのものはなんてこと無い中学卒業レベルの問題ばかりだった。しかし最後の三問に差し掛かったところで、ペンが止まる学生が多発した。
数学の問題で、高一の学生が解けるような難易度では無かったからだ。
なんとかペンを動かしている学生がいる中、有平はその三問を、解かずに解答用紙を裏返し、ペンを動かした。
テストが終了し、解答用紙が回収されていく。問題用紙を見ながら周りと回答を照らし合わせているものもいれば、解けなかったと笑っているものもいる。
今日の授業が終わり、解散を告げられると、いつも通りに放課後を過ごす学生たちが行動を始める。
「ちょっと、なんであんたいっつも帰るの早いのよ、有平」
「……昨日言っただろ。校内ではあまり関わらないのと、名前で呼ぶなって。もう忘れたのか、軽井沢恵」
「そこまで神経質にならなくてもいいんじゃないの?どうせあんた、さっきのテストだって、最後の問題解いてないんだし、点数だって平均に届くか届かない程度にしか解いてないんでしょ?」
ため息を付き、先程のテストの問題用紙を差し出した。全ての問題を解き、解説まで付け加えられている用紙を見て、軽井沢は目を見開いた。
「使いたければ使え、そんなもの使ってもどうせ次の中間試験では役には立たないが。それと依頼だ、軽井沢恵」
「何よ?報酬は出すの?」
「いいや、今回は出さない。そんな難しい依頼ではないからな」
「それで、内容は?」
「人目の付くところで余り話しかけるな。建前上、お前は平田洋介の彼女ということになっているからな」
最後は周りに聞こえないよう、耳元で囁く。軽井沢は有平の発言に溜息をついた。
「またそれ?はいはい分かったわよ、何かあったら携帯に、でしょ?」
「それで良い」
「あんた、本当にそれでいいの?本当は誰よりも、平田くんよりもクラスの事を考えているのに、それをーー」
口を滑らせようとした軽井沢の唇を人差し指で抑え、言葉を発せないようにした。その行動に、クラスの男子から、殺意の視線が向けられた。
「それ以上はNGだ、軽井沢恵。昨日話したこと、もう忘れたのか?」
「忘れてなんていない、あんな話、忘れられるわけない。けど、それじゃあんたが報われないじゃない」
「いいんだよ、それで。俺はあくまで」
その一言は、クラスメイトの耳にも聞こえるように。
ー戌なんだからなー