最初に学んだことは、見知らぬ奴から受け取ったものには、毒か薬が盛られてる可能性が高いということだった。
それを知らなかった僕は、子供に対する親切心から来るものだと勘違いし、何も知らずに受け取ってしまった。
貰ってすぐに、身体に異変が訪れた。身体中軋むように痛み、ただ吐き出そうと嗚咽を漏らすのみ。
その隙に、毒を盛ったやつは身ぐるみを剥ごうとしてくる。子供ながらの精一杯の反抗なんて意味を成さなかった。
僕にはそれを入手する手段もコネもお金も無いから、耐性をつけるか、眠ってる間にこっそり盗るしかなかった。
薬に、毒に耐性をつける為に、何度もわざと盛られた。幸い致死性の物は使われていなかった。きっと、何度も身ぐるみを剥ぐ為に、殺さなかったのだと思う。
だから俺は、睡眠薬も、靭帯に有害な物質にも、耐性がついている。
殆ど唯一、耐性がないとしたら、それは森の中で降る雨の音だけだ。
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茶柱や堀北との会合の次の日、午前中の授業は全員が私語や携帯を弄ることなく受けていた。
昨日の今日でいじる人はおらず、これ以上のマイナスの要素は無くさなくてはならないと、ようやく気付いたのだろう。
昼休みになり、有平は昼食を取るために食堂へと向かおうとした。
「坂柳くん、少しいいかしら?」
そこには綾小路を引き連れた堀北が立っていた。
「構わないが、何か用か?」
「今から昼食を取ろうと思うのだけど、一緒にどうかしら?特別に奢ってあげるわ」
「ああ、分かった」
いつもは一人で食事を取るのだが、入学して初めて、有平は誰かと食事を共にすることになった。
綾小路は奢られるとあって、一番高いスペシャル定食を頼んでいた。有平はいつも通り、無料の山菜定食を頼み席についた。
「せっかく奢ってあげるといったのに、無料のものを頼むのかしら?」
「別にいいだろ。それとも、なにか不都合が?」
「……いえ、貴方がそれでいいなら文句はないわ」
堀北は一番安い定食を頼み、3人で席につく。
綾小路がスペシャル定食に手を付けると同時、堀北が話を始めた。
「さて、貴方達、昨日の話覚えているわよね?私は何としてもAクラスに上がりたい。その為に貴方達は協力してくれるのよね?」
「待て、俺は了承したなんて一言も……」
「それ、食べたわよね?味はどうかしら?」
「……すごく美味い」
奢ってもらった手前、断りづらい。この状況を作り出すことが堀北の目的だったわけだが。
「もう少し分かりづらい手を打て。本来の綾小路清隆だったら、こんな幼稚な手、引っ掛からなかったぞ」
有平の言葉を聞き、有平を睨みつける堀北。そんな視線を意に介さず、有平は山菜定食を食べ進める。
「綾小路くんは協力してくれるようだけど、貴方はどうなの、坂柳くん?」
「目先の目標はなんだ?」
「中間テストの赤点回避よ。赤点候補者達に、平田くんが補修をするつもりのようだけれど、須藤くん達は参加するつもりは無いようだから、彼らは私が個別に面倒を見るわ」
「それを彼らに話したのか?了承を得ているとは思えないが」
「ええ、まだ話していないもの。綾小路くん、須藤くんたちに勉強会に参加するよう便宜を取り計らって頂戴」
「確実な保証はできないぞ」
「今はそれでも構わないわ。坂柳くんには、私と一緒に彼等の面倒を見るのを手伝って欲しいの」
「お前が面倒を見ようと思っているのは池寛治、須藤健、山内春樹の三人だろ」
「ええ、そうよ」
「一つ条件がある。須藤健をこちらに寄越せ。残りの二人を、お前たちがどうにかしろ」
頭が痛そうに、堀北は目を閉じ、手を頭に添える。そしてやや呆れたように話し始めた。
「貴方が須藤クンに執着する理由が分からないわ。彼が優秀?勘違いも甚だしいわね」
「そうやって、他人を見下し、評価を誤っている間は、お前はDクラスのままだ、堀北鈴音」
「なんですって?」
「確かに櫛田桔梗、高円寺六助、平田洋介の評価は高いのだろう。まあ、高円寺六助以外の二人は大したことはない。表向き評価が高い奴らの影に埋もれた、使える奴らはDクラスにだって何人かいるぞ。須藤健はその筆頭だ」
「お前が須藤を評価しているのはわかった。確かに須藤の面倒をお前が見てくれるなら、堀北の負担も減るし、須藤の成績も上がって一石二鳥だ。だがそれは、お前が他人に勉強を教えられるほど、学力が優秀ならという前提が必要だ」
それまで静観を保っていた綾小路だったが、突然饒舌に話しだした。その視線は、有平を品定めするような視線で、彼はそれを拒む事なく受け流していた。
「面白くもない冗談だ、綾小路清隆。お前に俺の器が測れないわけ無いだろ」
「はて?何のことだかわからないな」
「今はそれでもいい。だがお前はいずれ表舞台に引っ張り出される。否が応でもな」
「話は終わったかしら?貴方が須藤くんの面倒を見るのなら、拒む理由も無いわ。負担が減って、楽させてもらえるもの」
「言っておくが、俺はお前の勉強会に参加するつもりはない」
「は?何を言っているの?参加しないで、どうやって面倒を見るのよ」
「個人的に見るに決まってるだろう。だが、初回だけは須藤健を参加させろ」
「益々意味がわからないな。そんなことをして何になる?」
「堀北鈴音、お前にはそこで須藤健を挑発して苛つかせておけ。そうすれば須藤健の性格上、そのまま勉強会に参加なんてしない。その後は、俺に任せろ」
そう言って食べ終わった食器を持って席を立つ。そのまま食器を返し、食堂を後にした。
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数日後、綾小路と堀北は予定通り須藤達との勉強会の約束を取り付けた。
その際、櫛田が参加していることに堀北は酷く不愉快そうな表情をしていた。
放課後になり、彼らは図書館へと向かい、勉強会を開始した。有平は彼らに見つからないように図書館へと向かい、図書館の外のベンチで座って空を見上げていた。
待つこと数十分、須藤が苛々した様子で図書館から出てきた。
(まさかここまで早いとは思わなかったが、概ね予定通りだ)
有平の前を素通りしようとした所に立ち塞がって、声を掛けた。
「どこに行く、須藤健。勉強会は始まったばかりだろう?」
「てめぇは坂柳……別にてめぇには関係ないだろ。そこをどけ」
「そういうわけには行かないな、力ずくで通っても良いが、それは無理だと分かっているだろ」
舌打ちをして有平を睨みつける須藤。少しも怖がる様子が無いことに面白くないのか、須藤の怒りは増す一方だ。
「もう一度言う。そこをどけ坂柳、さみないと痛い目見るぞ」
「まぁ待て、須藤健。お前だって一度は勉強会に参加した。つまりは退学にはなりたくないのだろう?」
「てめぇに関係ねえだろ」
「いいや、お前に退学なられると、Dクラスとしても俺個人としてもとてつもない損害だ。Dクラスはクラスポイントを消費し、俺はお前という優秀な奴をみすみす手放すことになる」
「俺が優秀、だと?馬鹿にしてるのか?!周りの俺の評価は最悪だ!にも関わらず優秀だと?」
「周りは見る目がなさすぎる。一時の感情に身を任せ、思ったことをすぐに口にしてしまう。大方、先程まで堀北鈴音にお前のバスケに対する想いを否定されたのだろう?」
「だったら何だ?」
「退学したくないと言うのなら、手を貸してやろう。お前の学力を底上げしてやるし、来月以降であれば、プライベートポイントが無ければ貸してやろう。お前に不利益を被ったときは、お前を救ってやる」
呆然と、須藤は有平を見つめている。やがてカバンを手探って、とある物を出して有平へと投げつける。
「俺は俺より弱いやつに従うつもりは無い。お前が俺より強者であると証明しろ」
「良いだろう。だが、お前のプライドがへし折られても、俺は責任は負わんぞ」
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有平が須藤から投げ渡されたのはバスケットボールだった。
二人は体育館へと移動し、1on1で先に5ポイント先取した方の勝利というルールのもと、試合を始めた。
先行は須藤で、ディフェンスの構えをしている有平を難なく抜いて、一ポイント先取した。
後攻の有平は、ディフェンスの須藤を抜くことができず、ボールを奪われそのままゴールを決められ2点を取られてしまった。
そのまま須藤の圧勝かと思われたが、次の須藤の攻撃の際、有平の動きが目に見えて変わった。抜き去られる瞬間、須藤のボールを上から叩き、ボールを奪取する。
オフェンスの際は視線のフェイント、ボールを自在に操り、あっという間に抜き去ってしまいそのままゴール。
そんな攻防が続き、最後の有平の攻撃、須藤を抜く際に、須藤の重心をずらし、転ばせる。そのままゴールを決めて、有平が勝利した。
試合が終わり、須藤はうつむきながら肩を震わせている。かと思うと顔を突然上げて笑い始めた。
「はっはっは!いやー、完敗だ。久々に清々しい負けだ
ぜ。お前バスケやってたのか?」
「いや、身体能力と観察眼に物を言わせただけだ。あのまま続けていたら、いずれは負けていた」
「最後のアンクルブレイク、まさか初心者にあんな事されるなんてな。まだまだ知らないことだらけだな」
「それで、俺が勝ったわけだが、俺に従うのか?」
「俺さ、実を言うと勝とうが負けようが、どうでも良かったんだ。初めてだったんだよ、この学校に来て認めてもらったのが。でもつまらねえ意地貼って、堀北には悪いことしちまった。あいつの言うことが正しいことも分かってる。でも大好きなバスケが否定されて、ついカッとなっちまった」
だけどーーと続ける。それを黙って有平は聞き届けている。
「たしかに退学させられちゃあ、バスケ以前問題だ。なあ坂柳、俺に勉強を教えてくれねえか?退学だけはしたくねえんだよ」
「端からそのつもりだ、須藤健。だが今日はゆっくり休め。明日から始めるぞ」
「おう!」
そう言って須藤と有平は体育館を後にし、寮の部屋へと戻っていった。
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その日の夜、有平はいつも通り、夜空に浮かぶ星をベランダから眺めていた。
しかしその日はいつもと違って静寂はなく、寮を出たところから、物音が聞こえた。
(俺の静寂を邪魔するやつは、何処の誰だ?)
正体を探るべく、日課を中断し、制服に袖を通し胸ポケットに携帯を入れ、部屋を後にした。