告白に成功するまで卒業できません   作:嵯峨野広秋

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水泡に帰す

 寝休日(ねきゅうじつ)ばっかりじゃない。そんなに出不精でもない。

 それなのに、休みの日に出かけた先で同じ学校の女子に会うなんてことは、これまで一度もなかった。

 初体験、だ。

 こんな形で……

 

「きれいな子ほど狙え、だ。きれいな子ほど、あきらめるな。むしろ狙い目だ。ほかの男子が敬遠してる可能性が、ひっじょ~に高い。まじだ」

 

 おれは、そんな美女木(びじょぎ)のアドバイスを()に受け、

 

「いないよ。彼氏とか」

 

 という遠峰(とおみね)さんの発言も信じた。

 しかし――現実は――

 

「…… ……」

「……! ……?」

 

 この距離とこの雑音じゃあ、二人の会話の内容は聞き取れない。

 だが、はずんでいる。遠峰さんの顔は明るい。彼女の正面にいる男の人のほうは、角度的に後頭部しか見えない。

 ちょ、ちょっとまて、落ち着くんだ。

 やばい。

 自分でも知らない間に、息があらくなっていた。すー、はー、と呼吸して、ゆっくりとアイスカフェオレを飲む。

 パニクってる場合じゃないぜ。

 可能性を考えろ……そうだ! 兄貴とかじゃないのか? もしくは父親か? いや、それにしては少し雰囲気が若すぎて無理があるな。髪型や仕草、ちらちら見える顔の一部から想像するに、二十代前半という印象。だったら、兄、または年の近い従兄(いとこ)ということもありえるじゃないか。

 二人がつき合っている仲だとは、まだ断定できない。

 慎重にいけ慎重に。

 くそ。距離が遠すぎる。いったい、どんなことをしゃべっているのか――

 

(あ)

 

 という表情。

 遠峰さんの細い眉があがって、二重の目がパッチリとひらく。

 目が合う。完全に、おれの存在を気づかれた。 

 スマホに着信。

 

「よう、白川。おれだよ」美女木の声。「まさか家でゴロゴロなんかしてねーだろーなぁ? ちゃんと外にいるか~? 私服チェックしてやるよ。自撮りしてこっちに送れよ」

「それどころじゃない……」

「あ?」

 

 スマホをテーブルに置いたまま、おれは、立ち上がった。

 白川っ! と、あいつが大声を出しているのがスピーカーから聞こえる。

 うしろから追いかけてくる足音。

 どうしておれは彼女から逃げてるんだ?

 

「待って!」

 

 二人とも息切れしていた。

 ATMが横にずらりとならんでいる。デパートの……ここはどのあたりだろう。誰もつかっていない階段も近くにある。建物の(かど)のほうじゃないだろうか。

 ばたばた、と警備員の人が駆け寄ってくる。

「どうしました?」

「あ。大丈夫です。彼は私の友だちで……」

 

 友だち、か。

 じゅうぶんだろ? この間まで、おれは遠峰さんと面識すらなかったんだぜ。

 いいじゃん。俗にいう〈いいお友だち〉ってやつだろ?

 大健闘だよ。 

 なのに――なんでこんなに(くや)しいんだろうな。

 お店の中を走っちゃダメだよ、と一言だけ注意して、警備の人は立ち去った。

 

「ねぇ、どうして私から逃げたの」

 

 おれを心配するような、やさしい声だ。責めるような調子は一ミリもない。

 

「わからない」

 

 ありのままをこたえた。

 今度はおれが質問する番だ。

 

「あの、いっしょにいた男の人は……?」

 

 ここで彼女が笑ったのは、意外だった。

 ちがうちがう、と手をふる。

「あれはね、予備校の先生。たまたま会っただけだよ」

 たまたまね、と強調するように彼女は二回言った。

「全然つき合ってるとかそんなんじゃないから。でも」

 ピッピッピッ、とときどき聞こえてくるATMのボタンを押す音が邪魔だ。静かにしてくれ。

「みんなに誤解されると困るから」

 今まで見た中で、その表情が一番きれいだった。

 はっきり言って、グッときた。

 

「ないしょにして、ね?」

 

 おれはすべてをさとった。

 深森(ふかもり)さんはおれを「あほ」だと言ったが、これぐらいはわかる。

 どこからどう見てもこれは、恋する女子の顔。

 相手はもちろんおれなんかではない。

 同席していたあの男の人だ。

 気づくのが、おそかった。

 たぶん、この遠峰さんはウソはついてないんだ。今、カレシはいない。だからおれはチャンスがあると思った。そこがダメだったんだ。どうして〈誰か好きな人がいるかもしれない〉という可能性を考えられなかったんだ。

 好きな人がいて、自分にふり向いてもらうために行動を起こす。

 まさにおれがやっていることを、

 

「ね? おねがいよ」

 

 彼女がほかの誰かに対してやっていたって、何もおかしくはない。

 恋人はいない。ただし好きな人はいる。そのパターンは絶望。

 小手先のテクニックだけのおれには、ライバルに勝てる見込みなんかゼロなんだから。

 

「白川君? 大丈夫? 気分でもわるい?」

 

 肩に手をおき、遠峰さんがおれの顔を下からのぞきこんだ。

 強がりたいけど、コンディションは最悪だよ。

 もうやけくそだ。

 

「遠峰さん。遠峰(はな)さん。あなたが好きです。おれと、つき合ってください!」

 

 店内に小さく流れていたBGMがちょうど切り替わるタイミングだったのか、あたりが無音になった。

 どくんどくん、と心臓の音が聞こえる。

 結果はわかってる。でも、今までやってきたことを無駄にしたくない。

 

「告白しても、すぐ返事をもらおうとするなよ~。あせらずに、自分のことをよーく考えてもらったほうが、成功率は上がる」

 

 わるいな美女木。はじめておまえの言うことに(そむ)いたよ。

 ムードもタイミングもよくない。今すぐこたえてくれという告白の仕方もよくない。イエスかノーとしかこたえられないのもよくない。二人の親密さだって上がってない。いいところは一つもない。

 ありがと、と蚊の鳴くような細い声で()げたあと、 

 

 ゆっくり、ふかぶかと 頭をさげた。

 

 ピーッピーッピーッ、とお金を吐き出したATMが鳴っている。

 試合終了のホイッスルのように。

 終わった……

 いや……待て……まだ四月……まだ一学期……生徒の数が少ない学校じゃないんだ……ほかにもチャレンジできる女子は、きっといるさ……いや、同じクラスにだって……

 

(うわっ)

 

 左右の景色が高速で流れてゆく。

 なんだこれは。

 新幹線とか飛行機とか、そういう乗り物の一番前にいるような。

 気持ちわるい。

 こらえきれずに目をつむった。

 そして、おそるおそる片目だけあけてみると、うすいピンク一色。

 目元に何かひっついているようだ。指でつまみとると、

 

(桜の花びら……?)

 

 見なれた景色。学校の校門前だ。

 校舎のほうをふりかえった。生徒がいる気配はない。通常の登校日のような感じがしなくて、これは

 

「卒業式だ!」

 

 まわりには誰もいないので、おれがこんな大声をあげても反応はない。

 どういうことだ?

 さっきまで、デパートにいたじゃないか。で、遠峰さんに告白して――

 

「わたし、好きな人がいるから」

 

 急に思い浮かんだ顔。

 これはソアだ。二回目の高三で告白したときのあいつ。

 

「あ。第二ボタンもらいにいかないと。じゃね~」

 

 ――第二ボタン?

 そうか、あいつに告白したのは卒業式の当日だったっけ。

 だから気がつかなかったが、もしかして、告白に失敗したら卒業式の日まで〈飛ぶ〉っていうのか?

 冗談だろ。

 冗談だよな。

 冗談だといってくれ。

 おれは、学校を出た。

 

(くそっ!)

 

 体が百八十度反転して、一瞬で下校から登校にスイッチする。左右には桜の木。

 よ……四回目の高三かよ……。

 

「あ~っ、彼女つくりてぇなぁ~!」

 

 教室の真ん中で、バスケ部のやつが背伸びとともに言う。

 おれは、意気消沈――いや、茫然自失――それとも体調不良とか自信喪失とか、なんといっていいのか、とにかく元気がない。

 ひとつ前の席にいる幼なじみ。

 何も知らない幼なじみ。

 体感時間にして一か月ぐらい前におれをフったことも、おれが遠峰さんにフられたばっかりなことも、当然、知らないんだよな……。

 すべてリセットだ。

 この〈四月〉じゃなく、さっきまでのあの〈四月〉にいた、ソア、遠峰さん、小諸(こもろ)さん、深森さん、親友の黒磯(くろいそ)……そしてもっともおれに協力してくれた美女木とそのカノジョ。

 みんな、いっせいにこの世界から消えたのかと思ったら、悲しくてしょうがない。

 

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