告白に成功するまで卒業できません   作:嵯峨野広秋

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青天の霹靂

 

「てごわい、だと?」

 

 器用に片方の眉毛だけくいっとあげる美女木(びじょぎ)

 放課後。

 おれたちは食堂にいた。窓際の二人がけのテーブル席。

 

「おもろいじゃん」

「え?」

「そのほうが攻略のしがいがあるってもんよ」と、紙パックのカフェオレのストローを吸う。「で?」ジュースを口にふくんだまま、鼻をならすようにして発音した。ほんとに器用なヤツだ。

「いや……なんというか」おれは言葉につまった。だが正直に言うしかない。「助けてくれ。どうしても彼女に告白したいんだ」

 びっ、とおれの鼻のあたりを指さす。

「ストレート。きらいじゃないぜ、おまえのそういうとこ」

「美女木」

「まあ聞けよ。っていうか、聞かせてみ。どういうふうに〈てごわい〉のよ?」

 

 説明した。

 あの子と最初に出会った日から一週間ぶんのことを。

 恋愛レベルをあげるための単純接触を毎日かかさずやったが、

 

「効果がない?」

「ああ。そんな気がするんだ」

 

 おはよう、と声をかけてもご近所さんに接するかのごとく、さらりと返される。

 うまく言えないが、毎日それがきれいにリセットされていて、親密度が蓄積していない感じがする。

 

「白川~、しっかりしてくれよ~」紙パックをテーブルの上でくるくる回しながら言う。「そんなもんなんだよ、単純接触の原理って。そこに即効性を求めるのはまちがってるぞ。地道にやれ。ハートがあれば必ず伝わるから!」

 熱く語りやがる。

 近くをとおった女子に話をきかれたのか、こっちをみて少し笑われたぞ。

 でも、たのもしい。

 やっぱりこいつは、おれの恋愛の師匠だよ。

 けっしてイケメンではない美女木が、りりしい目をこっちに向ける。

 

「白川。そろそろ教えろ」

「え?」

「そんなに必死になって、いったいどこの女の子を追いかけてんのよ?」

 

 もうかくす必要はないな。

 

「よ、こ、み、ぞ」と一文字一文字たしかめるようにつぶやく。「らん? んー……外見の特徴とかあるか?」

 あるよ。とびっきり個性的なやつが。

 パチーン、と指が鳴った。食堂全体にひびいた。おい、遠くの洗い場にいる人までこっちを見たぞ。

「知ってるよ! ああ、あの子な! 言ってたよ、うちのクラスの野郎が――『世界でもっとも高いところにあるポニーテールだ』って」

「彼女に……」

 ばっ、と手のひらを向ける。

「みなまで言うな、だぜ白川。ほかでもないおまえのためだ、彼氏持ちかどうかとか、いろいろ調べといてやるよ」

「助かるよ」

「なーに」とんとん、とカフェオレの紙パックをたたく。「こいつをおごってもらったぶん、お返ししてやるだけさ」

「たぶん男の友だちが多いと思うんだ」

「へえ」

 

 おととい、廊下を歩く彼女を見たとき、三人ぐらいの男子と楽しそうにおしゃべりしていた。

 昨日は、登校のときに男女混合の大きなグループの中にいて、となりを歩く男子と話がはずんでいた。

 コミュニケーション能力がどうも高いようで、おれが入れるスキマなんかなさそうなんだよな。

 あきらめる、という選択肢も――

 

「あきらめんな」

 

 おれの顔色を読み取ったのか、美女木がそんなことを言う。

 

「ホれたんだろ? じゃあ、あとはやるだけやってみろ」

 

 ホれた、わけじゃないけどな。

 告白できそうな予感があっただけだ。

 このへんは、なんども高校生活がループしているおれだけにわかるカンみたいなものか……。

 

「天性か経験か、男のあつかいがヤケにうまい女子ってのはいる。きっと、その子もその一人だろう。なるほどな……確かに、そういうオンナには恋愛心理学のマニュアルに沿()って攻めるのは、うまくねーかもしんねーな」

 

 ランちゃんの姿が目に浮かぶ。

 気になってるのは、

 

――「あの人こそパートナーにふさわしいです」

 

 という、あのときの一言。

 話の流れ上、どう考えても〈あの人〉って〈おれ〉のことだと思うんだが。 

 

「一目ぼれでもされてるんならな~。まー、白川みたいなヤツに一目ぼれなんていうのは、かなりのレアケースだとは思うがよぉ」

 はっきり言ってくれる。

 でもそのとおりだよ。だからこんなに苦労してるんだ。

 美女木が急に顔を寄せてきた。

 そして、

 

「ひとつだけ、禁断の方法があるぜ。最速最短でオトコの魅力を爆上げする方法がよ」

 

 と悪魔のささやき。 

 もちろんおれは飛びついた。

 

「おしえてくれ」

 

 おれのほうからも体を近づけたので、あやまってキスしそうなほどの距離になった。

 美女木は一ミリも動かず、

 

「彼女をつくるのさ」

 

 と言った。

 言っている意味が一瞬わからなかった。

 お金を手に入れるために、お金を手に入れろ、みたいに理解して頭がボーっとなる。

 

「ちょ、ちょっ」おれは体をひいて、とりあえずキスの間合いから脱出した。「どういうことだ?」

「ウソでもいい。でもできれば、リアリティを出すために実名を出せ。むずかしく考えんな。SNSでも調べて、会ったことのない他校の女子でいい。どうせ確認なんかしねーから」

「どうしてそんなウソをつく必要があるんだよ」

「魅力が増すからさ。恋人がいる異性はプラスの補正がかかって見える。なんとなく直感的にわかるだろ? 最初の一人目が一番むずかしくて、二人目三人目を見つけるのなんかそれにくらべたら楽勝よ。モテ期ってそういうことさ。くわえて、好きになっちゃいけない人を逆に好きになってしまう――ロミオとジュリエット効果みたいなものもあるしな」

 なるほど。説得力がある。

 だがハードルが高い。しれっとウソがつける図太さと、ウソをつきとおせる演技力の両方が必要だ。

 おれに、そんなことができるのか?

 

「まー、プランのひとつとして、そういうのも考えとけってこと。じゃあな」

 

 手をふって美女木が去った。

 ウソのカノジョか……。

 候補として、

 

(わたし?)

 

 と自分の鼻の先を指でおさえる、幼なじみのソアの姿がまず思い浮かんだ。

 

 ◆

 

 いい天気だ。空には雲ひとつない。

 午後の授業。

 みんな体操服を着て、運動場にいる。

 体育じゃなく、クラスのレクリエーションだ。

 

「いって」

 

 声が出た。

 種目はドッジボール。

 ヒットしてしまったので、おれは内野から外野に出る。

 チームは男女のミックス。

 ふと、

 

「ねえ」

 

 と、声がかけられた。

 外野のはしっこに立つおれのそばにいる、内野の敵チームの一人。

 深森(ふかもり)さんだ。

 目を保護するサングラス(みたいなメガネ)をいつもかけているから見学するのかと思ったら、意外にも彼女はアクティブだった。非常に攻撃的なドッジで、じつはさっきおれは彼女の投げたボールに命中したんだ。

 

「そのまま聞いて」

 

 おっしゃるとおり、おれは返事もせずそのままで待機する。 

 

「何日か前、夕方にカミナリが鳴ったでしょ?」

「ああ。なんか大雨の日があったね」わっ。しまった、忘れてた。おれは〈この世界〉の彼女とは、それほど親しくないんだった。いや親しくないどころか、嫌悪感さえ持たれている。「えっと、そうですね。ありましたね。あったと思います」

 ぎろ、とにらまれた気がした。

 黒いレンズを向けてくるので、おそろしくドスがきいている。

 はは……と愛想笑い。

 

「そのとき帰宅中だったんだけど、空が光って目をつぶったら……ヘンなものが見えたの」

 

 風で、深森さんの髪がゆれている。編み込んだ長い髪。もちろん、〈あの世界〉のようにショートカットにはしていない。

 

「教室で、白川君に抱きついてる女の子がいて」

 

 おれと同じチームの誰かにボールが当たって、ポーンと空たかく上がった。先生が笛をならす。ゲームセットのようだ。

 

「よく見たら、それは私だったの」

 

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