告白に成功するまで卒業できません   作:嵯峨野広秋

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渡りに舟

 食堂の外のテラス。開放的でひろびろとしていて、上は蔓草(つるくさ)の天井が日光をさえぎっている。

 

「ねっ」

 

 両手をうしろで結び、顔の角度を斜めにしてそう言ったソア。つきあいの長い幼なじみ。 

 はは……と愛想笑いのおれ。

 頭の回転はマックス。よくある、白鳥のアレだ。水面の上は優雅でも水面の下は必死のバタアシっていう。

 なるべく平静をよそおいつつ、

 

(どういうことだ? ランちゃんといっしょにいるところを邪魔するだけならまだしも、おれを『ダーリン』呼ばわりして堂々たるカノジョ宣言……カノジョでもないのに。こいつ)

 

 と、ソアの顔をうかがった。にっこにこ、という明るい表情。

 

(ただのイタズラか?)

 

 以心伝心。

 目を細める微妙な動きで、ソアにメッセージを送ってみる。

 

(イ、タ、ズ、ラかっ⁉)

 

 ぬぬぬ、と念を飛ばすが、まるで手ごたえナシ。

 どうする?

 この、狙っている下級生といっしょにいる時間。空気をわるくしたくない。ずっとへらへらしていても状況は変わらないだろう。

 

 三択。

 

 ――いや、おまえカノジョじゃないだろ(否定)

 ――たしかにそうだよな(肯定)

 ――ちがうんだよ、たまたまおしゃべりしてただけさ(言いわけ)

 

 否定は賭けだな。冗談だよ~とソアがすぐに認めてくれればいいが、そうじゃないと、

 

(うわ……この人、カレシだと思ってくれてる女子にたいして、そんな冷たいこと言っちゃうんだ……)

 

 ドン引きされる。恋愛どころではなくなってしまう。

 言いわけもあぶないか。男らしくないし、モテる男というよりもチャラい男というイメージがつきかねない。

 ここで美女木(びじょぎ)を思い出す。

 

 恋人がいる異性はプラスの補正がかかって見える。

 

 あいつはそう言っていた。

 なら、逆に利用するべきじゃないか。

 ソアをカノジョということにして、一時的に恋愛上手(じょうず)をよそおう。

 おれがそんなことを考えている間に、二人は会話をはじめていた。

 

片岡(かたおか)先輩」と、背筋を伸ばした良い姿勢のまま、ちょこんと頭をさげた。「こんにちはです」

 じろり、と見つめ返すだけで、挨拶を返さない。

 

(悪女モードかよ……)

 

 ふだん、気のいいヤツで礼儀もしっかりしてるから、おれにはこれが〈演技〉だということがわかる。

 じろ、じろ、じろ、とアングルを変えてランちゃんを視線でなめ回したあと、

 

「どう? 部活にはもうなれた~?」

 

 いきなり先輩風をふかす。

 片岡想愛(そあ)は文芸部の三年で、おれの目の前に座る横溝(よこみそ)(らん)は同じ部の後輩。

 おい。相手は一年生だぞ。ちょっと、(あつ)がつよすぎねーか?

 案の定、

 

「は、はい。そうですね……」

 

 ランちゃんにもそれが伝わって、急に言葉も態度もぎこちなくなる。

 

「あ。次の授業、体育でした。それじゃあ……」

 

 すっと立ち上がると、足早に去ってしまった。

 後頭部で左右にゆれるポニーテールが視界から完全に消えるまで、おれはずっと見ていた。

 空いた席に、ソアがよいしょと腰をおろす。

 

「あー、緊張した!」

「おい……」

 待った、とソアが先手をとる。

「説明するから。もちろん演技だよ。わたしがコクちゃんのカノジョだなんて、そんなこと思ってないからさ。でも……あーあ、なんか後味わるいなぁ……。今度、ちゃんとあの子に謝っとかなきゃね」

「いや……」

 またしても先回り。

「なんでそんな演技したのかよ、でしょ?」

 胸に片手をあてて、ふう、と息をはきながら肩を落とす。ソアが、心を落ちつけるときによくやる仕草だ。

 

「たのまれたの」

 

 ちょっと待て。

 おれは、おまえからカノジョのふりをした理由が聞きたかったのに、雪だるま式にハテナがデカくなってないか?

 

「それが、コクちゃんのためだって言うから」

 

 あ。

 ずいぶんはなれたところにある一本の柱。そこに、体を半分かくすようにして腕を組んでいる女子。眼にはサングラス。どこかの国のなにかの組織のエージェントみたいなその姿。

 深森(ふかもり)(けい)

 依頼主は彼女か。

 

――「決めた。もう白川君を、ループさせないから」

 

 あのセリフ。まじに実行するつもりかよ?

 

「簡単に誰かにたのみごとをするような子じゃなかったから、よくわかんないんだけど、引き受けちゃったよ」てへ、という感じで舌を出すソア。「あんなに真剣にお願いされるとね……」

「恋人のフリをして、おれの邪魔をしろって?」

 んー、というふうに目をつむり、

「そうそう」

 視線をさげたままでつぶやく。

「今日だけでいい、って言うから」

「今日だけ?」

「よくわかんないでしょ?」

 わからん。

 そんな短い期間限定のカノジョって、なんの意味があるんだ?

 ひかえめな音量のチャイム。もう昼休みも終わりだ。

 

「いきましょ、ダーリン」

 

 そこまで演技しなくていいだろ、と思いつつ、こうやってソアに手をひっぱられるのは、あんまり悪い気はしない。

 

 ◆

 

 次の授業は数学だった。

 おれのクラスは真面目なヤツが多いので、基本的に私語はゼロ。

 だが、がまんできないんだ。

 古い方法だとは思いつつ、おれはうしろの席に〈手紙〉を送っていた。

 

「 どうしてソアにあんなことをさせた 」

 

 かりかり、というチョークとシャーペンの走る音の中、返事はすぐにきた。

 

「 あなたを卒業させるため 」

 

 お手本のようなきれいな字でそう書かれてある。

 こっちもすぐに応答して、

 

「 告白に成功すれば卒業できる

  でもな、ソアはだめなんだ。だめだった。

  おれ、一番最初に、あいつに告白したんだよ。 」

 

「え」

 

 クラス全員が、深森さんに注目した。

 ただし、先生もみんなも、彼女のキャラクターをよくわかっているから、誰もふざけたり問い詰めたりせずに流す。

 一人二人と頭の向きがもとに戻るが、

 

(なんかあったの?)

 

 ソアだけがなかなか前を向かない。ねぇ教えてよ、という顔つきでじっとおれを見る。

 しっしっ、と、つい犬猫を追っ払うような手つきをしてしまった。

 ジト目を残しつつ、ソアも体勢を元にもどした。

 

 数分後、

 

「 ご愁傷さま 」

 

 と届く。

 ああ、これってこんな漢字だったんだな……じゃないよ!

 思いっきり気をつかわれてる。というより、おれの傷口に塩をぬってないか?

 

「 お似合いだと思ったんだけど 」

「 現実はきびしいってこと 」

「 嫌われるようなことをしたのでは? 」

「 してない 」

 

 んー、とうしろからうなるような声がかすかに聞こえる。

 長考しているようだ。

 書くべきかどうか迷ったが、

 

「 深森さんが、おれの告白をOKしてくれないか? 」

 

 かなり待ったが、お返事はない。くそっ。なんで、この一番イージーなやりかたを受け入れてくれないんだよ……。

 べつの質問をした。

 

「 それなら、あの長身でポニーテールの一年女子が、告白の第一候補になる。

  今のところな。

  邪魔するメリットは、なくないか? 」

 

 邪魔? とかなりボリュームをおさえた小声。たぶん、おれにしか聞こえてない。

 返事がきた。

 まあまあの長文だ。

 

「 私は、片岡さんに白川君のカレシになってってお願いしたの。

  今日一日だけでもいいから、って。

  大事なのは白川君に彼女を異性として意識させることだから、今日だけでも、ってお願いしたんだけど 」

 

「え」

 

 こんどは、おれがそう言う番だった。

 おいおい。対応って、人によってこんなにちがうもんなのか?

 先生は「こら白川」とすぐに言い、まわりは「まじめにやれよ~」とクスクス笑う。これぞ〈日ごろのおこない〉の差ってやつかもな……。

 とにかく、

 

(まじか)

 

 おれの目は、深森さんが渡した紙切れに釘付けだった。

 最後の一行。

 

「 女の子といっしょのところを邪魔してなんて、私は一言も言ってないから 」

 

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