告白に成功するまで卒業できません   作:嵯峨野広秋

34 / 41
触らぬ神にたたりなし

 朝から大雨だ。

 もう梅雨入りも近いからな。

 

「ぬれたー!」

 

 と、座っているおれの近くにきたのは親友の黒磯(くろいそ)。教室に入ったあとも、廊下から何人かの女子がのぞきこんでいる……すなわちそんなレベルのイケメンだ。

 

「ほら、シラケン」

 

 すぽっと靴から抜いて、片足をあげる。

 靴下の先からポトポトと水滴が落ちていた。

 

「むかしから、なんか傘さしててもぬれるんだよな~」

 ちらっと窓の外を見たが、雨はほとんど垂直に落ちている。とくに強風でもないようだ。

 そうか。ルックスの良さで忘れそうになるが、こいつは運動神経がダメダメだったっけ。

 

「もしかして……水たまりに足をつっこんだか?」

「お。すげー」うれしそうな顔になる。「正解だよシラケン。しかも三回もつっこんだ」 

「三回っておまえ、一回目と二回目でちゃんと学習――」

 

 頭の中でフラッシュ。

 パッ、パッ、と連続であらわれた。

 遠峰(とおみね)さんとランちゃんの立ち姿。

 おれが告白して、みごとに散った相手だ。

 

「――あー、できないことも……あるよな」

「ん? 最後のほう、なんて言ったんだ?」

 

 なんでもないよ、と首をふった。

 手に袋をさげている。コンビニの袋。おれの視線に気づいて、

 

「これか? かえ(・・)だよ、かえ(・・)

 

 取り出したのはソックス。黒の紳士用靴下。

 

「用意がいいだろ?」笑顔で、きれいな白い歯が口からのぞく。

「でも大雨のたびに買うのはもったいないぞ」

「だ、だったらさ」いきなり声が小さくなった。「こ、交換してくれよ。シラケンのとさ」

「ばか言え。おれがハダシになるだろ」

 交換のところまではオッケーなんだな……と、よくわからないつぶやきを残してあいつは自分の席に移動した。

 おれはこの雨でもノーダメージ。

 今日は電車じゃなく、車で送ってもらったからな。ソアの家の車に。

 視線を感じたのか、前の席のソアがふりかえる。

 

「いまなんの話してたの? 朝からBL?」

 

 びいえる?

 数秒おくれて意味が理解できた。

 

「どこにそんな要素があったんだよ」

「とりかえっことか言ってたから。いやー、シャツとかだったらまだしも、靴下ってなかなかマニアックじゃない?」

 

 たしかにな。

 においとか雑菌とかを許し合える関係性……いやいや、なにを考えてるんだおれは。

 

「わたしのと、かえる?」

 

 体が横向きのソアが、座ったままで片方のひざをすっとあげた。日によって変えているようだが、今日は真っ白なくるぶし丈のソックス……よりも、はっきり言って、ふともものほうが気になる。 

 ぱちぱち、と二回まばたきをして、

 

「どしたの?」

 

 足を見せつけている自覚もなくおれを見つめるソア。

 

「いや……かわいいふとももだな」

 

 犬や猫への感想のように、ナチュラルに口から出た。

 そう――忘れてなんかいない。こいつは、おれをとっくの昔にフっている。

 したがって、照れとか嫌われたらどうしようとか、そういう感情はもう一ミリもないんだ。

 こんなセリフも

 

「……」 

 

 さらっと言える……って、なんかだまりこんでるぞ。

 まさか怒ったか?

 

「ははっ」

 

 笑い出した。

 

「おっかしい。ひどいよ、今のセクハラ発言だからね」

「セクハラか?」

「そうだよそう。裁判で負けるヤツだから――」

 

 ゼッタイ私以外には言っちゃダメだよ。

 

 体を前にひねりながら、ソアがそんなことを言い残した。

 はあ……。

 胸キュンなことを言うぜ。もしフられてなかったら、今ので完全に〈おまえに告白する〉ことを決めていただろう。

 罪づくりなヤツだ。

 この幼なじみのソアに告白するルートは、バッドエンド確定なのをおれは知っている。すれば、また高三をイチからやりなおしになる。

 まいったな……まったく……

 

「おはよう」

 

 この声。

 めずらしいな。いや、はじめてか?

 彼女から朝の挨拶をするなんて。

 

「おはよう、深森(ふかもり)さん」

 

 うむ、とさすがに二回も「おはよう」とは言わず、おれを見て無言でうなずいた。そのまま着席。

 そこで視線を感じたんだ。

 どこからなのか、このときはわからなかった。

 

 ◆

 

「どういうことなんでしょうか」

「え?」

 

 問いつめられている。

 おい。ここ、男子トイレの前だぞ。

 

「あの深森さんが男子に『おはよう』だなんて……おどろきをかくせません」

 

 うちの学校は全クラス、男女一名の級長がいる。

 同じクラスの女子の級長。

 末松(すえまつ)さんだ。

 ふちなしのメガネをかけて、少し色の白いおでこを丸出しにしている。近寄らないと見えないが、黒いピンをつかって髪をまとめているようだ。とくに耳の近くは、いったい何本つかってるんだよ、というぐらいピンが密集している。 

 そういえば、一回目と二回目の高三では、この子が一番深森さんと仲がよさそうに見えた。

 

「いつのまに、です?」

「あの……場所かえませんか?」

 

 いえここで、と、足の裏が接着剤でついているかのように不動。

 まだ用をすませていないんだが……

 

「五秒だけ。どうやって彼女と親しくなったんです?」

 どうやって、って。

 なんども高校生活のループをくり返しているうちに、とか言えるかよ。

「えーと、自然に、かな。なんとなく」

「うそなのです」

 ずずい、と顔が接近した。

 小柄でセンが細いが、この押しの強さはさすがにクラスを率いる者の風格といえる。

「私の知ってる白川君は、女子に気安く声をかけられるタイプじゃなかったはずです。もしやコクったのですか?」

「まあその……ほら、それはプライバシーだからさ」

 横文字で逃げろ。

 ケムに巻け、ケムに。

「プライベートな問題でもあるし」

「なんか……白川君、ここ最近でぐっと雰囲気が変わりましたよね。うまく言えませんが、オトナな感じがします」

 それは、キミたちよりも一年と四か月ぐらい年上だからじゃないかな……。

 あれ?

 用をすませたくなくなった――じゃなくて、このまっすぐな視線。

 こういうことには鈍い鈍いと思っていたが、今、はっきりとわかる。

 

(え? おれが好き?)

 

 そう感じた。

 

 ◆

 

 放課後も、まだ大雨だ。

 帰りまで車に乗せてもらうつもりはなかったから、電車で帰る予定。

 深森さんは、 

 

「一日千秋ね」

 

 と、なぞのワードをつぶやいてさっさと下校してしまった。

 まあ……たしかに今は〈待ち〉の時期なのかもしれないな。

 ソアの片思いの相手もわからないし、深森さんに接近しようにもきっかけがない。

 おれがやっていることといえば、

 

「おはよう」

 

 と地道に朝の挨拶をしてるだけ。

 単純接触の原理で、こつこつポイントを貯めているといったところだろう。

 はたしてこれでいいのだろうか?

 具体的にはわからないが、どうも……なーんかよくないような気がするんだよな。

 天気も晴れないが、気分も晴れない。

 コンビニにでも寄るか。

 

「……たいへんだねぇ」

 

 あっ!

 体に電気が走った。

 店に入って、雑誌のコーナーで立ち読みをはじめてすぐ。

 誰かが、おれの横で同じように立ち読みをはじめたな、と思っていたら。

 

「なかなか〈正解〉にたどりつけない、と」

「あなたは、いったい――」

 

 そっちを見る。

 おれの足は、なぜかふるえていた。

 あのときの女の人がいる。手にはひらいたマンガ雑誌。背筋をピンと伸ばした姿勢。茶色のサラサラロングの髪。紺のスーツ、下はタイトスカート。

 

「追加ルール。いい? これも、一度しか言わないゾ」

 

 ねっ! とはじけるような笑顔。やっぱりかわいい。口のラインはアヒル(ぐち)

 思わず、目をゴシゴシとこすった。

 急に視力がわるくなったみたいに、目の前の女の人の顔がボヤ~っとしはじめたからだ。

 

「誰かに告白さーれーたーらぁ……卒業できませーん!!」

 

 耳をふさぎたくなる大声。

 ダッシュで店員さんがきた。

 雑誌のコーナーを見回して、おや? という表情。

 

「あれぇ、ここに、女性がいなかったかね?」

 なんとこたえていいのやら、だ。

「いました」と言えば、めんどうなことになる。

 さあ、とおれはあいまいに返事して、すぐ店を出た。

 

 雨が、かなり強くなっている。

 風もでてきた。

 なんなんだよ……これ……。

 追加のルール?

 誰かに告白されたら卒業できない、だって?

 くっ、今のルールだけでもクリアがむずかしいっていうのに、さらにもう一つのっかるのか。

 落ちつけ落ちつけ。

 前向きに考えるんだ。

 おれは黒磯レベルの見た目じゃないし、美女木(びじょぎ)ほど恋愛心理に()けてもいないんだ。

 モテる要素がない。

 こんなこと、自分ではっきり言うのは悲しすぎるがな……。

 

(ふっ。おれに告白なんか、誰もしないだろ)

 

 このルールは、無いも同然だ。安心していい。

 駅についた。

 ホームで、背後から声をかけられる。

 

「白川君!」

 

 級長。末松さんだ。小走りで近づいてくる。

 どっち行きに乗るんです? と質問してきたから答えると、

 

「わぁ」

 

 表情が輝いた。一瞬で。

 同じ方向です、と明るい声で言った。

 そして、この大雨もふっとばすぐらいの晴れ晴れした声で、

 

「いっしょに帰りませんか」

 

 そう言った。

 好きでもない男子には、ふつう、こんなことは言わないよな? そうだよな、美女木?

 電車が到着して、ドアがひらいた。中は混んでいて奥まで進めない。

 入り口付近に立つ。

 ドアがしまる。

 ゆっくりと電車が発車。

 彼女のおでこが、すごい近い位置にある。ふちなしのレンズに一つ、小さな水滴がついていた。

 目が合う。

 もはや好意以外を読み取れない目だ。

 

(これは……やばい)

 

 この〈高三〉の世界も、もしかしたら消えてなくなるかもしれない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。