とまっている。
こんなことが、あるのか?
(ソア)
あいつの体も、ぴたっと貼りつけたように止まっていた。
口は、少しアヒル
今にも、目をあけそうだが――
「うわっ!!」
こけた。
地面の水たまりで体がぬれ……ない。水
ごぉ、とすごい速度で左右の景色が流れはじめた。
スピードが出る乗り物の操縦席からの映像のようだ。
同じだ、同じ。
う……視界がゆがんで見える。色もぐちゃぐちゃに変化していて、気持ちわるい。
くそっ。はやくおわれ。
(あの木は、桜だ)
と思ったと同時に、まわりの流れがストップした。
見なれた風景。学校の校門前。
「卒業式か……」
どうしてこんなことになった?
どうしてソアの告白で飛んだ?
答えは一つ。
あの告白に〈心がこもっていた〉からだ。
まぎれもなく、ソアはおれを……じゃあ、なんで一回目の告白のときにおれはフられたんだ?
空は、ほんのり赤い。夕方のようだ。
校舎のほうを眺める。
さすがに――こんな時間じゃ、もう誰もいないだろう。
仕方ない。
くるっ、と体を反転させた。
あの校門を出れば、またイチからやりなおしになる。おれは、高三の四月へ移動するだろう。
次は、どうしたらいい?
フられたらそこで終わる。
フられて上等で、告白しつづけるか?
しかし、四月にコクって失敗するならまだいいが、九月とかにコクって失敗したらダメージが大きい。それなら、卒業式がある三月に告白……は、最初の最初にやったじゃないか。
ダメだ。
成功するイメージがわかない。
やっぱりソアじゃなく、べつの女子に……っていっても、候補はもはや一人しかいない。
一歩一歩、校門へ近づく。
あと一歩で、外へ――
(つめてっ)
鼻の先に何かあたった。
雪?
白いつぶがパラパラと空中に舞っている。
今は三月の上旬のはずだから、とくに不自然ではない。
でも空はくもってなくて、太陽は西のひくいところに出ている。
天気雨っていうのは聞くけど、天気雪なんかあるのか?
パパッ、と連続で雪が両目に入った。
そのとき、頭の中に腕を組んだ彼女の姿が見えた。
(まだ行かないで、って言われた気がしたな)
とはいえ、とっくに卒業式は終わっているだろうし、たぶん中に生徒は残っていないのに。
いや……何か手がかりがある可能性はあるか。
まわれ右で、学校に入ってみる。
建物に入ったらすぐ先生に声をかけられた。ちょうど、うちのクラスの担任だ。
「どうした白川? わすれものか?」
「いえ……ちょっと……」ムダだとは思いつつ「
「あー」なぜか、先生は上を見上げた。「もう今ごろは……」
「え?」
「白川。じつはな、片岡から進路のことは口止めされてたんだが――」
海外に留学。
しかも卒業式の日にその国に出発するとのこと。
おいおい、まったくそんな気配はなかったぞ。初耳だ。
ソアのやつ……。
留学って……。
気をつけて帰れよ、という言葉で送られたが、おれの足は教室に向いた。
がらんとしている。
誰の荷物もなく、どの机もからっぽ。
なんとなく自分の席に座る。って、もうここはおれの席じゃないか。卒業で、という意味じゃなくて、あれから何回も席替えしてるはずだ。
でもこの席は思い出ぶかい。
前にソアがいて、うしろには深森さん。
はは……まあ、またすぐに〈ここ〉に座ることになるんだけどな。四月にもどるから。
もう行くか、と立ち上がったら、足が机にぶつかった。
そのはずみで、机の中に入っていた何かが出て、ぱさっと床に落ちた。
一枚の紙。
白地に黒い罫線。
横書きの、これは手紙だ。
今日は卒業式。
あなたは一人で教室にもどってきて、これをみつけた……そうでしょう?
ということは、やっぱりあの瞬間からあなたはこの日に飛んだようね。
あの瞬間――片岡さんが告白した瞬間から、世界は変わった。
というより、〈あなた〉が変わった。
なんて言えばいいのか、ふつうで、平凡で、どこにでもいる男子高校生になったの。
私とも口をきかなくなった。
片岡さんとは、ときどきおしゃべりしてたようだったけどね。
とにかく、このままだと卒業できないっていう危機感はゼロ。
たぶんあれが……ループする前の、一番最初の高校三年生の白川君なんだと思う。恋愛のレの字も知らない、ただの男の子。告白されて、卒業式まで飛んだあとのあなたは、ずっとそんな感じだった。
けれど私はおぼえている。
あなたが〈あなた〉だったことを。
告白を成功させるために一生懸命だったことを。
私は一つの仮説をたてた。
あなたは自分が思っているよりも、はるかにはやいタイミングで誤りをおかしている。
その誤りが、片岡さんにマイナスに作用しているの。とてもつよく。
もしかしたらそれは〈ループ以前〉、つまり高校三年生になる前のことかもしれない。
その場合は、もうどうしようもない。手の打ちようがない。
でも、このループ状態に〈正解〉があるのだとしたら、それはあまりにもアンフェア。
私は、そうではないと考える。
いい?
ここが正念場だっていう前に、すでに正念場はあるの。
過去の私が言ったでしょ?
そして、白川君が私の思ったとおりの人なら、もう次でループは終わる。
あなたのそばでカミナリや犬におびえたことや、もちろんアレだってなかったことになる。
やりなおしのたびに記憶以外はリセットされてる……んでしょ?
じゃあ、あなたの〈はじめて〉は私じゃないんだから、安心して。
長文で、もう手が疲れた。
世話を焼いてあげるのも、これで最後。
じゃあね、あほ。
あなたとの日々は ―― ――
その先は、消しゴムで消されている。
きれいに真っ白だ。跡形すらない。最初から何も書いていないのかもしれない。
ずーっと空白があって、右下に筆記体で、
Your friend...
Kei
とある。
おれはその手紙を胸のポケットにしまった。もっていけないのは、わかってる。
わかってるけど……。
校門まで移動した。
外にでる。
やっぱり、
「あ~っ、彼女つくりてぇなぁ~!」
始業式の朝の教室にもどった。
バスケ部の男子が、気持ちよさそうに背伸びをしながら、でかい声で言う。
「ね、ね」
くる、と前の席のあいつが上半身をひねってこっちに向いた。
「コクちゃんも、あんなふうに思ったりするの?」
「そうだな」
あいつの表情に微妙な変化がある。
おれが冷静に返事したのが、意外だったんだろう。
へえ……と、一呼吸おいて、こう続けてきた。
「じゃ、だれかコクりたい相手がいるんだ?」
「いるよ」
じぃー、っとまるで目の奥に入ろうとするかのように、おれをじっくり見つめる。
長い。
これまでで一番、長い。
(そうか、やっとわかったぞ。ここでソアの〈目〉が気になった理由が。ソアは――)
その相手が自分なのかどうかを、確かめていたんだ。
おれの目……いや、心をのぞきこんで。
幼なじみ同士にしかわからないことがある。
おれが頭に思い浮かべたのが〈誰か〉まではわからなくても、自分かどうかぐらいはわかる。
わかっていたんだ。
今までも、きっと、今も。
そ、とそっけなく言うと、あいつは背中を向けた。
おれは、追いかけるように後ろから肩をつかんだ。
「待てよ、ソア」