人柱達   作:小豆 涼

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今回文字数多いです…。



ワシの為になぞ斬らなくてよいのだ。

お前にやる刀はない。

 

上弦の陸、堕姫との戦いで刃こぼれしてしまった炭治郎の日輪刀。

刀鍛冶である鋼鐵塚は、己が誠心誠意鍛えた日輪刀がこうも簡単にダメになってしまうことが認められずにいた。

 

炭治郎としては、己の使い方が悪いせいで鋼鐵塚の誇りを傷つけてしまうことが心苦しかった。

それは鋼鐵塚からの文でも痛いほど伝わった。

そこで、鋼鐵塚の住む刀鍛冶の里へとむずからが赴き、もう一度日輪刀を打ってもらおうと出立の準備をしているところだった。

 

「た~んじろ~!」

 

「善逸!無事だったんだな!本当に良かった!」

 

「炭治郎こそ、目が覚めてホント良かったよ~!何もしてやれなくてごめんなぁ~」

 

それから善逸は、今まで与一と特訓していたことを炭治郎に嬉々として話す。

兄のようだったと。

自信をくれたと。

ちゃんと自分を認めてくれたと。

 

「だから炭治郎、次は俺も役に立てるように頑張るよ!」

 

「ありがとう善逸!でも、善逸はいつも頼りにしているよ。列車でも、禰豆子のこと守ってくれたんだろ?それに、京極屋でも女の子の為に前に出たって聞いたし!善逸はちゃんと立派だよ!」

 

炭治郎と出会ってよかった。

初めて一歩踏み出して、与一に特訓をつけてもらって本当に良かった。

この友人の為に、嫌だと思っていたことも克服しようとした自分が誇ることができる。

 

「…ありがとう炭治郎」

 

「俺の方こそ、たくさん危ないところを助けてくれてありがとう!それじゃあ俺は刀鍛冶の里へ行ってくるよ!」

 

そうして、善逸は隠に背負われる炭治郎を見送った。

 

目隠し、耳栓、鼻栓。

見る人が見れは、異常な光景。

しかし炭治郎はわくわくしながら道順を楽しんでいる。

 

刀鍛冶の里は、それは巧妙に隠されている。

道案内の隠も、多数の道に配置。

鴉も頻繁に入れ替わる。

 

だから、この隠にまた出会う確率はそう多くない。

それでも炭治郎は、隠が変わるたびに感謝を。

そして新たな隠にはよろしくという旨を毎度しっかり伝えた。

それにより、隠達は炭治郎の一挙手一投足に心をほころばせた。

 

長い道のりの中で。

炭治郎は、カナヲの顔を思い浮かべていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

炭治郎が諸々の栓を外すと。

金属を打ち付ける音、そして鉄の焼けるにおいに混ざって、温泉のにおいがする。

 

「近くに温泉があるようだ!」

 

「ありますよ。あちらを左へ曲がった先が、長の家です。一番に挨拶を。私はこれで失礼します」

 

女性の隠にお礼をいい、炭治郎は長の鉄珍の元へと向かう。

大きな屋敷で、敷居をまたぐとどこか懐かしい匂いが鼻に入る。

案内人に声をかけると、鉄珍は部屋にいるということで、炭治郎はそのあとに続いた。

思った通り、里の人間は皆ひょっとこの仮面をしていた。

 

「鉄珍様、鬼殺の隊士様がご挨拶にと」

 

「うむ、はいったってや」

 

襖を開けると、小さな爺と両脇に屈強な男が二人。

炭治郎は正座で向き合う。

 

「どうもコンニチワ。ワシ、この里の長の鉄地河原 鉄珍。よろぴく」

 

里で一番偉いから、畳におでこをつけろという冗談にも、炭治郎は疑うことなくおでこをつけて挨拶する。

鉄珍は痛く気に入り、鋼鐵塚の現状について話す。

 

「すーぐ癇癪起こしてどっか行きよる。すまんの」

 

「いえいえそんな!俺が刀を折ったり、すぐに刃毀れをさせたりするからで…」

 

「いや、違う」

 

突然、その小さな身体からは信じられないほどの威圧を感じる。

炭治郎の皮膚は、ひりつくような錯覚に陥る。

鉄珍が口を開く。

 

「折れるような鈍を作ったあの子が悪いのや」

 

ずしっと腹に来るような声でハッキリといった。

お付きの者が、見つけ次第取り押さえるという。

それでも見つからなければ、別の刀鍛冶をこさえるから、温泉に入ってゆっくりしろと言われる。

 

癪全としないもの、これが誇りある刀鍛冶の事情であるのなら、自分に口出しはできまいと観念した炭治郎は、温泉へと案内される。

 

「あー!炭治郎君だ!炭治郎くーん!」

 

温泉への階段を上がっていると、蜜璃と出会う。

 

「あっ!気を付けてください!乳房が零れでそうです!!」

 

その豊満な乳房が、こぼれ出そうになっていた。

 

「元気だった?こんなところで会うなんて奇遇ね!」

 

「はい、甘露寺さんはお元気でしたか?」

 

「ええとっても元気よ!少し入院していたんでしょ?体は大丈夫?」

 

「はい!もうすっかり!これから温泉に入るところです!それともうすぐ晩御飯ができるみたいですよ!松茸ご飯だそうです」

 

「えー!ホント!?」

 

そういってご機嫌で坂を下っていく蜜璃を見送り、温泉へと向かう。

脱衣所などなく、岩で仕切られた湯船に、炭治郎は服を脱ぎ捨てて飛び込む。

 

「おお、元気がいいな少年」

 

そこに、一人の隊士が浸かっていた。

 

「あ、すみません!誰もいなと思ってついはしゃいでしまって…」

 

「なに、気にするな。元気な子供は好きだしな。俺は与一ってんだ。少年は?」

 

「俺は竈門 炭治郎です!初めまして与一さん!もしかして、善逸の師匠さんですか?」

 

与一は、ほう…少年がかと微笑み、肯定する。

 

「善逸は、元気だったか?」

 

「はい!とても与一さんに感謝してました。兄貴ができたみたいで嬉しかったと!」

 

「それはうれしいねえ。本当に手のかかる奴だった。俺が言うのもなんだが、あいつのこと頼むな」

 

「はい!もちろんです!」

 

それから二人は裸の付き合いということで、背中を流しあったりして語らった。

善逸の面白い話だとか、これまで出会った手ごわい鬼だったり。

そこで、禰豆子も湯船に入ってきたので、与一はたいそう驚いたが、善逸から話は聞いていたのですんなりと受け入れることができた。

 

「俺、参座さんみたいな立派な鬼殺隊になりたいです」

 

炭治郎がそういうと、与一が食いついた。

 

「ああ、人柱様か。昔、手に負えない鬼がいて、応援に来てくれたことがあったけどほんとに強かったな、あの人は。人望も厚いし、くせ者揃いといわれている柱の方たちに慕われるのも納得がいく」

 

「本当に、いろんな方に慕われていますよね」

 

「人柱様を知らない鬼殺隊は、おそらくいないだろうな。それに奥方のカナエ様も美人だし」

 

「カナエさんって奥さんだったんですか!?」

 

「いや、婚姻はしてないらしい。だがまあ、もうみんなカナエ様は人柱様の奥様だと言っているよ」

 

それで、胡蝶家は喜んで云々といっていたのかと腑に落ちた。

自分も、いつかカナヲとそんな関係になるのかとほんの少し考えてしまう年頃。

 

「少年、恋の悩みか?」

 

顔を真っ赤にした炭治郎に、与一は面白がって問う。

 

「い、いえ!そんなことは!」

 

「はっはっは。若い世代からそういった話が出るのはいいことだ。俺たちはいつ死ぬかわからないから、早いうちに身を固めておくことをお勧めする。…長いこと鬼殺をしていると、そういうことから無意識に避けてしまうしな」

 

少し、哀しい顔をする与一に、炭治郎はこの人も何か哀しい過去があるんだと察した。

 

「俺達で、終わらせましょう。この悲しみの連鎖を。そうしたら、あとはみんなで幸せになるだけですよ!」

 

「…そうだな。さて、そろそろ上がって飯でも食おうか」

 

二人は温泉を後にして、食堂へと向かう。

与一は、炭治郎と話して、善逸が炭治郎を大切に思う理由を理解した。

本当に優しい子で、みんなの為に頑張れる素敵な子だと思った。

 

二人で連なって食堂へ着くと、蜜璃がまだ松茸ご飯を食していた。

党になっているどんぶりを見て、二人そろって笑顔になる。

 

「恋柱様は本当に食べるのがお好きなんですね」

 

与一がそういうと、蜜璃は顔を赤くして口を開く。

 

「伊黒さんが、たくさん食べる女性が好きだっていうものだからつい…。それにほら、このご飯本当においしいんだもの!」

 

それはきっとたくさん食べる女性じゃなくて、たくさん食べるあなたですよと言おうか迷ったが、やめておいた。

 

食べ終わると、気分がいいのか蜜璃は縁側で歌い始めた。

与一は少し酒をひっかけてその様を見る。

心が安らぐ。

 

こんな日が、続けばいいのに。

誰もがそう思った。

 

「甘露寺さんは、なぜ鬼殺隊に入ったんですか?」

 

炭治郎がそう問いかけると、恥ずかしそうにしながら問いに答えた。

 

「添い遂げる殿方を探すためなの!!」

 

そんなこんなで気が付いたら柱まで。

そんなトンデモ理論を投げられ、炭治郎は困惑した。

もちろん与一も驚いた。

 

そこへ、隠が訪れて蜜璃に工房へと来るように促す。

炭治郎は見送るといったが、深夜発つだろうからその必要はないといわれる。

 

「炭治郎くん。今度また生きてあえるかわからないけど、頑張りましょうね」

 

上弦と出会って生きていることは、貴重な体験だといわれ。

禰豆子にも優しくしてくれた蜜璃が、兄妹を応援しているといってくれて、炭治郎は胸が暖かくなった。

だからこそ、自分は煉獄や天元、それに参座に生かされて今日までいるのだと。

これからまだまだ精進して、彼らを今度は護りたいと真摯な思いを口にした。

 

それを聞いた蜜璃は、えらく炭治郎を気に入り、強くなるための秘密の武器があるということを告げ、笑顔でその場を去る。

その時の蜜璃があんまり魅力的だったから、炭治郎は鼻血を噴出した。

 

「少年には刺激が強いよなぁ」

 

与一は笑いながら炭治郎を呼び掛けた。

 

「さて少年、刀が出来上がるまで稽古でもつけてやろうか?」

 

「本当ですか?ぜひお願いします!」

 

ヒノカミ神楽の有用性、そして水の呼吸との合わせ技を考えていることを話すと、与一は驚くほど的確な助言をした。

 

「呼吸を合わせるのはいいところに目を付けたな少年。俺は元は風の呼吸を使う育手の元で修業を積んだが、それから水の呼吸を間近で見て、取り入れたいと思ってな。できたのが嵐の呼吸だ。これは風の呼吸の広範囲の攻撃と、水の呼吸の流れを併せ持つ」

 

「嵐の呼吸…」

 

「ま、言っちまえばどちらも極められなかったからいいとこどりしたって感じだな。広範囲を射程に、流れるように攻撃の位置を変えて翻弄するのが強みだ」

 

「なるほど…」

 

「呼吸は風の使い方、身体の動きは水の呼吸に寄っている。少年は切り替えているようだが、少しずつ両方を並行で使えるようになってくるよ」

 

それから、ヒノカミ神楽と水の呼吸を見せると、ある程度の勝手がわかったのか与一は呼吸の切り替えの瞬間を的確に指示した。

本来、呼吸は流派によってその形を変える。

二つの呼吸を使うなど、ほとんどの人間にはできたものではない。

蜜璃の使う恋の呼吸は、炎の呼吸を改良したものだが、その側面は炎の呼吸とは似て非なるものだ。

 

だからこそ、炭治郎は水の呼吸からヒノカミ神楽に切り替えるととんでもない負担がかかる。

そんな中、呼吸を合わせるという与一に出会ったのは運命的であった。

 

「いいか、水の呼吸で足りない分の火力をヒノカミ神楽で補おうとするな。ヒノカミ神楽で出すぎる身体の負担を水の呼吸で抑え込むんだ。主体はヒノカミ神楽で考えろ」

 

「はい!」

 

日が暮れるまで指導されたが、炭治郎としては本当に良い経験になった。

与一が休憩にしようとするが炭治郎はまだできるといい、善逸とは違うやり方で与一は見守った。

そして、少しづつ炭治郎は呼吸の併用をものにしてきた。

 

「よし、今日はここまでだ。これ以上はただの疲労になる」

 

「はい!ありがとうございました!善逸の言った通り、とてもわかりやすいご指導でした!」

 

「それはうれしいね。やっぱり修羅場をくぐってきてるだけあるな。少年たちは筋がいい」

 

与一は炭治郎と善逸の成長速度に本当に驚いていた。

一度言えば二割覚え、数回重ねるとすぐにものにする。

教え甲斐があるし、彼らの嬉しそうな顔が本当に好きだった。

 

それから汗を流すため、二人はもう一度温泉に入り、その日は就寝した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

霞柱、時透 無一郎は焦っていた。

己の記憶が戻らないこともそうだが、おそらく好意を持っているはずの、天羽 参座および胡蝶 カナエに、まだ何も言い報告をできていないからだ。

 

柱合会議で恐ろしい参座を見て、どこか遠くへ行ってしまうような気がした。

まだ何も恩返しをしていない。

自分は鬼を斬ることにしか興味はなかったが、あの時参座が声を上げた瞬間に、無一郎はなぜか焦りを感じた。

その焦りは、どれほど鬼を斬っても消えず鬼に食われた死体を見るたびに、強くなっていく。

 

そこで、刀鍛冶の里には強くなるための秘密の武器があるといわれ、その場を訪れていた。

これで強くなって、鬼舞辻 無惨を討つ。

そうすれば、参座やカナエが安心して暮らせるのではないか。

自分にしては柄にもないと思いつつ、身体は勝手に動く。

 

そうして、その武器とは絡繰りだということに行きつき、ついに小鉄の元を訪れた。

しかし小鉄が、もう次にでも絡繰りは壊れるし、これを修理することが叶わないので嫌だという。

 

無一郎は思った。

そんな絡繰りなど、壊れたところでどうでもいいと。

人が死ぬわけでもあるまい。

鬼を狩ることに少しでも役に立つなら、いいから使わせろと思った。

 

鍵は渡さないし、使い方も教えない。

その言葉が、自分可愛さから出たのだと思ってしまった無一郎は、ついに手を出してしまう。

 

「やめろー!何してるんだ!手を放せ!!」

 

耳に障る声が響く。

何処かで見たような気がする顔がいたが、思い出せない。

手を握りしめられたので、腹を小突くとすぐにうずくまった。

 

「すごく弱いね。よく鬼殺隊に入れたな…。君みたいなのがいるから、師匠の手が空かないんだよ」

 

目の前にうずくまる少年の背負う箱から、何か変な違和感を覚えて触ろうとすると、手を叩き落される。

その隙に、右手につるし上げていた小鉄を奪われる。

 

「は、はなせよ!」

 

「目が回っているだろう?危ないよ…」

 

「あっち行け!だっ誰にも鍵は渡さない!拷問されたって絶対に!あれはもう次で壊れる!」

 

啖呵を切った小鉄に、無一郎はますます気が立つ。

拷問に耐えられるわけがないし、この時間で一体どれだけの人が死ぬと思っているのかと。

淡々と無一郎は言葉にする。

 

「柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う。師匠だってそうだ。師匠ほどの力がありながら、やることは弱い隊士の応援ばかり。無惨を討つことができるはずの力を持っていながらだよ。君たちが無駄なことに時間を費やしていると、師匠の心がすり減っていくんだ。どうしてそんなこともわからないだい?」

 

もう一度、鍵を渡すように催促する。

すると、その手はばちんと叩かれる。

 

「こう…何かこう…すごく嫌!なんだろうっ。配慮かなぁ!?配慮がすごく欠けていて残酷です!!」

 

炭治郎は、無一郎のいうことが間違っていないという。

その師匠が誰かはわからないが、みんな無駄な時間は過ごしていないし、彼ら刀鍛冶たちは自分たちの為に尽力してくれているという。

 

「悪いけど、くだらない話に付き合ってる暇ないんだよね」

 

感情論はたくさんだった。

そんなことで救える命なんてない。

記憶はないが、そう思えた。

だから、炭治郎に一撃を与え、その意識を奪った。

 

「早く鍵渡して」

 

その一撃を見た小鉄は、さすがに渡さないと殺されると思い、泣く泣く鍵を渡した。

無一郎はその鍵を絡繰りに差し込み、起動した。

すると、絡繰りは新たに四本の腕を現し、六刀流の剣士へと姿を変える。

 

「まあまあ強いね」

 

無一郎は事もなげにそうつぶやく。

その間も、恐ろしい速度で絡繰りの斬撃は襲い来る。

しかし、師である参座のほうがもっと鋭い斬撃をするなどと考える余裕があった。

 

それでも、多数の腕から繰り出される攻撃を受け流すことはそう容易ではない。

そこそこの充実感を得ながら、絡繰りと撃ち合う無一郎。

そうこうしているうちに、森の隅から炭治郎と小鉄がその姿を見ていた。

 

構わず対峙する無一郎と絡繰り。

無一郎の斬撃が絡繰りの鎧を打ち壊す。

そこで小鉄が走り出すが、無一郎は構わずに絡繰りに刀を振り切る。

 

まず顔に一撃。

ひび割れていたところはさらに広がり、耳まで欠ける。

次に首。

もう次に攻撃を食らえば壊れてしまいそうだった。

絡繰りからくる斬撃に合わせて、無一郎も日輪刀をぶつける。

その時、無一郎の刀が折れる。

半分ほど長さを失ったが、それでも冷静に攻撃を続ける無一郎。

 

「まさか刀を折られるとはね」

 

やることは変わらない。

参座の動きを思い出し、あの高みへと至るために。

無一郎は、重さも長さも変わってしまった日輪刀を振るう。

 

「こんなところで足踏みなんかしてられない」

 

一本腕を斬り離した。

そして、完全に間合いに入り胴体に一撃。

絡繰りの動きは止まった。

物言わぬがらくたになってしまった人形を見て、無一郎は自分の実力の足りなさを実感した。

刀を折られてしまった。

こんな絡繰り相手に。

 

「僕もまだまだだね…」

 

そうして、斬り離した腕ごと日輪刀を持ち上げてその場を去る。

炭治郎と小鉄とすれ違うと、もう終わったのかと驚かれるが折れた日輪刀を処分するように言ってその場を後にした。

 

「少年、炭治郎という額に痣のある少年を見なかったか?」

 

里に戻ると、飄々した雰囲気の青年に炭治郎の居場所を尋ねられる。

額に痣のある少年。

 

「ああ、向こうにいると思うけど。それじゃ」

 

「すまんな、少年。俺は与一ってんだ。何か困ったことがあったら言ってくれな」

 

「…?別に何も困ったりしないけど」

 

「はっはっはっ。まあ、そういうな。俺はお節介が好きだからな。腕にも多少心得があるし、きっと助けになる。覚えておいてくれよな」

 

「僕は柱だし、そんなものは必要ないかな。もう行って良い?」

 

与一は戦慄した。

まさかこんな年端も行かぬ少年が柱だったとは。

そんな少年に、力を貸すなんてうぬぼれたものだと思った。

ここ最近、善逸や炭治郎とかかわったせいで、少しばかり先輩風を吹かせすぎたと反省した。

 

「これは大変失礼しました!」

 

そういって与一は逃げるようにその場を後にする。

そして、本来の目標であった炭治郎を探して森を歩いた。

 

ごちんっとものすごい音がする。

そちらの方へ足を急ぐと、絡繰りと撃ち合う炭治郎の姿が。

見知らぬ少年がそばにいて、ことの発端を問いただした。

 

「まあ、確かに坊主の気持ちはわからないでもないが、これじゃあ質が悪すぎる。がむしゃらな修練は、ただの走り込みと変わらない」

 

小鉄の熱い気持ちを理解したうえで、与一は改善を強く推した。

このままでは、せっかくのいい修業が台無しだと。

 

「いいか、この絡繰りと打ち合うことは確かにいい修業だ。だが、要点を抑えて打ち合わなければ、何の意味もない。要所をまとめれば、二日で真剣をもって戦える力が少年にはある」

 

そういって、小鉄と与一指導による絡繰りの鍛錬が始まった。

 

初日は、延々と攻撃をかわす練習。

自分からの攻撃はせず、敵の攻撃を見切り紙一重でかわしていった。

目が慣れて、躱せるようになると今度は絡繰りの型を変えてもう一度。

全ての型を見切ったら今度はすべてを混ぜてとにかく敵の攻撃を見切る練習。

 

二日目は、日輪刀を構えた状態で、また躱す練習。

刀を持った状態では、躱すのもまた複雑になった。

躱し切っても刀を構えるのに時間がかかる。

その切り替えの練習をとにかく与一はさせた。

慣れてくると、与一は炭治郎の片目を隠して打ち合わせた。

これがまた難易度が高く、炭治郎は距離感を掴むのがやっとだった。

しかし、打ち合ってくるにつれ、次にどこから攻撃かくるのかを、においで判別できるようになる。

 

三日目。

ついに体幹の取り方と敵の攻撃を見切るだけの動体視力が付いた炭治郎は、真剣を持った状態の絡繰りと打ち合う。

二日間の質の良い鍛錬と、己の鼻の良さでもうある程度は絡繰りに対応して打ち合うことができていた。

それでも決定的な攻撃を与えられてはいなかった。

 

そして迎えた四日目。

ついに炭治郎は絡繰りの頭を落とした。

躊躇したものの、鍛えられた体幹で見事頭を落とした。

 

「なんか出た!?こここ小鉄君!なんか出た!」

 

絡繰りの身体から、刀と思しき物体が現れた。

何が何やら。

三百年以上前からあると思われるその刀に、二人は大興奮してよくわからないポーズと繰り出す。

 

「ずいぶん奇怪な体勢だな少年。坊主も。面白いな」

 

けらけらと与一が笑い、炭治郎と小鉄は今だ興奮冷めやらずといった感じでいまだに刀について語らっていた。

いよいよ刀を抜いてみると、刀身は錆びていて使えるようなものではなかった。

 

「話は聞かせてもらった…後は…任せろ…」

 

突然鋼鐵塚が現れて驚愕する一同だが、刀をよこせと無理やりに持っていこうとする。

炭治郎と小鉄が抵抗するも、ものすごい力で引かれるものだからついに振り払われてしまう。

与一はその様をみてげらげらと笑っていた。

そこへ鉄穴森が現れ、鋼鐵塚の想いを聞いた炭治郎は刀を鋼鐵塚に預けた。

 

その夜。

炭治郎は夕餉をたらふく食べて、炭治郎は眠っていた。

そこへ無一郎が現れて、鼻をつまんで起こした。

 

「鉄穴森っていう刀鍛冶知らない?」

 

炭治郎は驚いて飛び起きた。

何やら無一郎の新しい刀鍛冶が鉄穴森になったので、日輪刀を受け取りたいとのことだった。

 

「一緒に探そうか?」

 

無一郎には理解ができなかった。

 

「師匠といい、君といい。どうしてそんなに人に構うの?ほかにやるべきことがあるんじゃないの?」

 

「そういえば、時透君の師匠ってどんな人なの?」

 

炭治郎は、前の会話から気になっていたことを尋ねた。

 

「僕の師匠は、人柱の天羽 参座だよ。剣術はすべて彼から教わった」

 

「わあ、そうなんだ!道理で強いわけだ!」

 

「師匠は強い。僕もああならなきゃ」

 

「…とっても慕っているんだね、参座さんのこと」

 

「当然だよ。兄のような人だった…?いま僕はなんて?」

 

兄のような人。

どうしてそんな言葉が出たのか、自分でも理解できなかった。

 

「そうなんだ!参座さん、優しいもんね!家族みたいってことはとっても仲がいいんだね」

 

家族。

自分にもいた気がする。

父と母、それから。

 

「それから…?誰だっけ?」

 

「時透君は、兄妹いる?俺は、長男でさ。六人の一番上で、いろいろ大変だったけどやっぱり家族ってとても大切なものだよね。だから、時透君が参座さんの為に強くなることを焦ってしまうのはすごくよくわかるよ」

 

兄弟。

大切な人。

 

兄?

 

無一郎の頭の中には、どこか懐かしいような記憶が流れる。

誰なのかわからないが、おそらく忘れていることなんだとはわかる。

 

もう少しで思い出せそうといったところで、襖があいた。

 

その姿は、鬼だった。

 

 

 

 

 


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