三題噺   作:むかいまや

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3回目


洞穴(洞窟)、貧乏、時計屋

 盆の暮れ、彼は田舎の実家に帰っていた。

 古い日本家屋の裏手には管理が殆どされていない裏山がある。山菜や茸なども取れず、せいぜいが薪に使う木材が散らばるばかりの山。今となっては誰も立ち入らない。

 そんな裏山に、彼は居た。

 天蓋を覆い尽くす濃緑色の木の葉達の所為で、裏山は早朝だと言うのに暗い。

「暗いな……」

 何故、ここに居るのか。彼がここで暮らしていた時でさえ、裏山には殆ど立ち入らなかった。せいぜい、麓を散歩した程度だったのに、どうしてか山頂を目指して歩くことになった。

「ちっ……めんどくさいモン見つけやがって……」

 そう言って彼はズボンのポケットから一枚の紙片を取り出す。古びた紙片には、山を横から見たような絵が描かれ、その天辺をめがけてうねうねと線が引かれていた。その線の終点には、黒く塗りつぶした小さい丸があった。

 

 彼は昨日の晩を思い出す。

 盆に集まった家族達。彼の両親、彼の兄、兄の嫁、祖母……そしてひとりだけ原色のような元気を振りまく一人の男の子。彼の兄の息子。つまり、彼からすれば甥だ。

 甥がやにわに叫びながら、彼にじゃれつく。

「おじさんおじさんおじさん!」

「おじさんじゃないし、一回で良い」

 彼はぼうっと眺めていたテレビから視線を移して、甥の方を向いた。

「おじさん! これ! これ見て!」

 聞く耳を持たないことに露骨に彼は肩を落としたが、甥は気にしない。甥は手にした紙片をぶんぶんと振り回しながら、見せる気も無いのに見ろと言う。

「あーはいはい、ちょっと貸して」

「やだ! 宝の地図だもん!」

 見れば良いのか、羨ましがれば良いのか、彼は判然としない。隣に居る母に視線を送ると、彼女はくすりと笑った。

「あら、りょうちゃん。それなぁに?」

「宝の地図! ほーもつこで見つけたの!」

 彼は「裏の蔵で見つけたのか」と甥の言葉を翻訳して納得する。

「へぇ、凄いねぇ。おばあちゃんにも見せて?」

 甥は相手をしない彼よりも、ちやほやしてくれる祖母を選んだらしい。数歩の距離を器用にどたどた走って、祖母に抱きついたのだった。

 

 その晩はそれで終わる筈だった。

 甥が眠りについてから、彼は母に声をかけられる。

「ねえ、コウ」

 母は甥が持っていた紙片を手にしながら、眉間にシワを寄せていた。

「何、母さん」

「これ、裏山の地図じゃない? ほら、ここ……麓の石積みじゃない?」

 彼は「んー?」と言って、紙片を受け取る。

「あぁ、確かに……三本の石塔ってのは他に見ないしなぁ」

「でしょう? で、コウにお願いなんだけど……」

 嫌な予感がした。

「行かない」

「そんなこと言わないでさぁ……そうだ、帰る時、ビール持ってって良いわよ」

 彼は露骨に渋い顔をする。母に向ける表情ではない位、渋い顔だった。

「ウィスキーも良いわよ? 孫の安全には変えられないもの」

「酒はありがたいがねぇ……ま、わかったよ」

 母はふふんと勝ち誇った笑みを浮かべて、言う。

「ありがとうねぇ。あ、でもりょうちゃんにバレないようにね? 探検したがってたから、危ない所が無いかどうかのチェックだけ、頼んだわよ?」

 そして母は風呂場へと向かっていった。

「ばあさまに聞けばいいだろうに……」

 彼の呟きを母は無視したのだった。

 

 緩やかな傾斜を登りながら、三十分。頂上に着く。今までの道程に危険な箇所はなかった。

「ここにこんなのあったのか……」

 彼の視線の先には薄汚れた洞穴だった。入り口には朽ちた木の柱があったが、厳重に封をされていたというよりも、何かを祀るかのようである。しめ縄や紙垂の類は見当たらなかったが、とうの昔に朽ちて消えたのかもしれない。

「ふんむ……罰当たりな気もするが……」

 少し覗く程度なら問題あるまい、そう思って木柱の間を通って中を伺う。

「なんだ、浅いな……」

 人口的に作られたかのような洞穴だった。奥行きはせいぜい数メートルで、天井は彼が屈んでようやく中に入れる程度。そして、穴の中心に、ひとつの台座があり、そこにそっと銀色のなにかが安置されていた。

「これは……?」

 好奇心に駆られ、彼はそれを手に取る。懐中時計だった。

「古いが……多分、いいヤツだな、これは……」

 時計屋でアルバイトした経験から、彼は判断を下す。

 とてつもなく大きな力で穿たれたような小さな穴を除けば、外装の欠けもないし、経過した時間の長さを思わせる汚れ以外は綺麗なものだった。大きさの割に異様に重いことから、恐らく外装は純粋な銀で出来ているのだろう。時計の裏側には削られたような傷があるが『大正』という文字が刻まれていることが辛うじてわかった。

「んー……」

 彼は悩みながらそっと時計を元の場所に戻す。

 歴史的な価値があるかもしれないが、時計としてはもう使い物にならないように思われた。中の機構が壊れているだろうし、穴の所為で直すに直せない。実用目的からすればただのガラクタだった。

「まぁ、あいつには過ぎたおもちゃだろうが……そもそもがウチの山だからな」

 彼はゆっくり踵を返し、山を下る。

 彼の内心では、奇妙なロジックが組み上がりつつあった。

 あの時計が何であれ、いずれ甥は山を継ぐ。そうなのであれば、甥があの時計を欲しがっても問題はない。未来から前借りするに過ぎないのだから。要らないのであれば、あそこにあのまま置いておけば良い。

 そんなロジックだった。

 山を下ると、甥とその両親は家を出ていた。近くのプールに遊びに行ったのだろう。

 ふんと鼻を鳴らしながら縁側の前を通ると、祖母がのんびりと茶を啜っていた。気になった彼は、地図と時計について尋ねた。

「ばあさん、この地図、知ってる?」

 祖母はのんびりとした動きで、彼から地図を受け取る。

「あぁ、じいさまがお前に書いたヤツじゃないか」

 彼はまるで記憶に無いことを言われ、聞き返す。

「そうだったっけ? 俺は知らんぞ?」

 穏やかに笑って茶を啜って、祖母は応じる。

「んー、セイの方だったかなぁ……?」

 兄の名前が出たので、彼は皮肉っぽく笑う。

「じゃあ知らんわな。……それと、銀色の時計があったんだけど、それは?」

 祖母が「どんな?」と聞いてきたので、彼は特徴を説明する。

「銀で出来てる、古い時計。なんかの穴があって、壊れてる。裏には『大正』って文字」

 彼の説明で十分納得できたのだろう。祖母はくすくす笑い出す。

「死んだじいさまの、お守りだね、そりゃあ。……昔、戦争で撃たれた時に守ってくれたやつだそうでね。神様にお返しするって言ってたが、そうか、あそこにねぇ……」

 しばしの間、両者の間に奇妙な空気が流れた。厳かなようで、懐かしいようで、過去からの不思議な贈り物に、困惑していたのだ。

「……これを、りょうが見つけたら、欲しがるかもしれん」

「くれてやってもいいと思うがねぇ」

 死んだ爺様が兄に渡そうとしたのだろう。そしてその兄の息子が、時計を得ようとしている。彼はそう直感した。見つけたのは俺だと言って、かっぱらっても良いかもしれないが、それほど貧乏でもない。

「りょう次第、か……」

 彼の言葉に、祖母は茶を啜ってから、のんびりと頷いた。

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