三題噺   作:むかいまや

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6回目


野菜、男の子、写真屋

 ある夏の日の真昼。

 じりじりと身体を灼くような陽射しが降り注ぎ、それを遠慮なしに照り返すアスファルト。顔や背中を流れる汗が一層気分を悪くさせるような、そんな夏の日だった。空に雲は無く、蒼天は透き通るようでこそあったが、そうであればこそ、爽やかさからは程遠くすらある炎天下、彼はひとり道を歩いていた。

 彼はある企業に提出する書類を郵便局に持っていった帰り道だった。

「――ちっ」

 彼は小さく舌打ちをする。ネットで全てやり取りを終わらせられればと内心考えていた。

 たかだか数百メートルも無い道のりであれども、彼が居るのは真夏の街。死の危険こそ転がっていないが、それでも不快な思いをしなくてはならない。彼はじっと地面を見つめて熱線を背中に受けながら、自宅へと歩くのだった。

 

 歩いて歩いて、自宅の影が視界に見えた頃に、彼は視線を上げた。

「……ん?」

 なんとなしに上げた視線の先には写真達があった。それらは硝子の向こう側にあってきらびやかさを思わせる額縁に飾られている。

「あぁ、写真屋だっけ――」

 視線を少し右に動かすと、木製の扉にはクローズドの看板が下がっている。

「潰れて……はいないのかな?」

 彼は視線をショーウィンドウの写真に戻す。そうして眺めている内に異様に日焼けした写真があることに気づいた。

 そこにある写真の内、ふたつは七五三の写真だった。要するにめでたい写真。記念写真。こちらは色の抜けも殆ど無く、額縁も綺麗なものだった。最近撮影された写真なのだろう。

 だが、もうひとつは些細な日常を切り取ったもので、しかも経過した年月が伺えない程色あせていた。その写真は引っこ抜かれたばかりのサツマイモか何かのように見える野菜を、満面の笑みで掲げる男の子の写真だった。そして、その写真は他の二枚に比べると遥かに色あせていて、ほとんど真っ白にさえなっている。

 

 彼は鼻を鳴らして、その男の子の写真が過ごした年月に思わず思いを馳せていた。

 コレほどまでに日焼けしているのだから数年程度は平気で経過していそうだとか、この子は今どこにいるのだろうかとか、そんな他愛ない事を考えながらも、胸の中には不思議と郷愁の思いが込み上げていた。

 

 不意に、彼に後ろから声がかけられる。

「どうかしました?」

 声の主の方にさっと彼は振り返る。四十代から五十代程の女性が佇んでいた。

「あ、いえ……いい写真だな、と……」

 愉快げに彼女は笑って彼に言う。

「あはは、ありがとう」

 彼女の発言の意図する所をゆっくりと考えて、彼は口を開く。

「あー、この写真は……あなたが?」

 ゆっくりと女は頷き、男の子の写真を見つめた。

「これね、私が独立して最初の依頼で撮った写真なのよ。確か――」

 ある小学校からの写真撮影の依頼。小学校との契約では一枚を展示しても構わないとのことで、そこで撮影できた渾身の一枚をずっと展示しているのだという。

 話を聞いている内に、彼の胸中には驚きが込み上げ、その思いは次第に疑問へと変わっていった。

「えーっと……それ、結構遠くの学校じゃないですか?」

 話の中に出てきた小学校に、彼は通っていたのだが、そこはここからだいぶ離れていたという点が疑問に思われた。彼は大学入学に際して一人暮らしを始めたのだが、ここは実家からは二十キロはゆうに離れているのだ。

「ん、そうだよ。……当時はまだ駆け出しだったから、少しは条件悪くても、ね」

 彼女の口ぶりは、込み上げてくる懐かしさを堪えきれないかのようだった。

「なるほど……」

 彼は思わず頷き、再び写真に向き直る。

 誰か見知った顔でも居ないかと思いながらしげしげと写真を見ていくが、その細部はほとんど色あせ、主役である男の子も、人物が〝男である〟ということ以外わからない。

 

 彼は積もり積もった疑問を彼女に尋ねる。

「この子が誰だかわかります?」

 不思議そうに女は首をかしげる。

「ん? どうかした?」

「いえ、特には……。ただ、知ってるヤツかもなぁと思いまして」

 女は「ふふっ」と小さく笑って「ごめんね」と言った。

「私も詳しいことは知らなくてね。流石に名前までは……一応、十年前だったハズだけど……」

「そう、ですかぁ……」

 胸に湧いた疑問。その源泉に付いて考えると、単なる好奇心では無い何かが自分を突き動かしていることに彼は気づく。

 その気付きと同時に、彼の脳裏にある思い出が蘇った。

 小学校から少し離れたところにある畑での授業が何回かあったこと。そこに女性のカメラマンがいたこと。そして、収穫の時、自分の近くに誰かいた事。卒業アルバムに、同じ写真があったこと――。

 彼が物思いに耽っているのを、女は楽しげに見つめながら口を開く。

「この子が誰であれ、幸せになってもらいたいと思ってるよ。この写真、学校からは意外と評判良くって。あれから暫くあの学校と付き合いがあったんだよ」

 お陰で商売が軌道に乗ったのだ、とも彼女は付け加えた。

「――そ、そうですか」

 彼はどこか気恥ずかしさを覚え、早々に会話を切り上げようとする。

「と、ともかく、失礼しました。お邪魔ですよね」

「ん? そんなことは無いけど……まぁ引き止めるのも良くないね」

 彼は一度お辞儀をして、帰路につく。

 と、背後から「あっ!」と何かに気づいた声があがり、その後、彼の背中に女が言葉を投げかけた。

「けいクン! 結婚式の写真は任せなー!」

 男は足を止めて振り返る。そして、照れたような顔をしてお辞儀をもう一度したのだった。

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