陽菜を先に帰らせて、自分は事務所で残業をしていた。
最近忙しくなっていて人手が足りず、こうして入っているわけだ。
残ってる人は、自分とりおさん、それに春夏秋冬組を担当している後輩のマネージャーの三人だ。
キーボード音と紙をめくる音だけが響くオフィスは、まるで締め切り間際の作家部屋のように危機迫ったものだった。
それぞれに早く家に帰りたい理由がある。
そのためにひたすら手を動かす。
「あーー!もうやってやれない!わたし、ちょっとコーヒー煎れるね」
りおさんがバテてそう言う。
「マネージャーくんはブラックで良い?」
「はい、お願いします」
こう言う時はブラックにして眠気を吹き飛ばすしかない。
りおさんは、後輩マネージャーの方にも声をかける。
「マネージャーちゃんは何が良い?」
「……ミルク多めで砂糖無し」
「はーい」
それを基にりおさんはテキパキとコーヒーを淹れていく。
それが出来上がると、りおさんはそれぞれにコーヒーを手渡して自らも煽るようにして飲む。
「んぐ……ぷはっ!よっし!やるぞ〜!!」
うおおお!!!と覇気のようなものを出して仕事を片付けていくりおさん。
ここまで来ると、相当の仕事が無くなっていく。
自分もやるか……そう思ってパソコンに向き合った。
そこから30分ほど経過した頃……りおさんが勢いよく立ち上がって荷物を片付ける。
「終わった〜!ごめんね2人とも!先に帰るからっ!!!」
余程疲れたのか、すぐさま走り去って行く。
待ってろ終電〜〜!!と叫びながら事務所を出て行った。
出会ってから数年経ったが、最初よりもお茶目さが増していってる気がする。
それでも、面倒はちゃんと見る大人なんだよね……りおさんは。
「うーん、もう少しかかりそうだな……集中するか」
人もいないことだし、本気を出してみよう。
書類整理からデータ管理、わりとズボラなりおさんがやっていたからか、所々間違えてしまっている。
それに苦笑しつつもさらに1時間……やっとのことで作業を終えた。
「終わりっ……疲れた……」
そう言って椅子にもたれていると、自分の顔を覗き込む人物が1人……。
「先輩、仕事が終わったので上がって良い?」
ぶっきらそうに言ったその人物こそ、後輩のマネージャー、水谷カオリだった。
目の下にクマ、ショートカット気味の髪に、少しやつれたビジネススーツ……そして少し吊り目気味な目が印象的な、後輩マネージャー。
陽菜たち、花鳥風月組の後続グループにあたる、春夏秋冬……Spring、Summer、Autumn、Winterを担当するマネージャーだ。
仕事が終わったらしく、どうせなら自分も帰るので誘ってみる。
「お疲れ様だね……どうせなら途中まで送って行こうか?」
そう聞くと顔を背けて、むくれていう。
「要らないから……1人で帰るし」
「いやでも終電無いし…」
「先輩……迷惑だから」
「こんな夜道を女の子1人で帰らせれないよ」
「なら……」
そんなやりとりをした後、事務所の戸締りをして後輩を送り届けることにした。
「最近はどう?新人ばかりで大変でしょ」
そんな先輩ぶったことを言ってみる。
こうでもしないと、この子には舐められてしまうからだ。
「ボチボチ。それぞれにクセがあるけど良い子かな……うん」
「ならよかった」
自分が新人の時はどうしてたっけ。
あの時のことを忘れたことはないけど、毎日が大変で駆け回ってた記憶が多い。
「先輩、アナタは最低だと思う」
「えっ!?何、急に」
真面目な顔してそんな事を言う後輩に、驚きを隠せない自分がいる。
外灯に照らされた横顔に……穴を塞いだピアスに後に目を向けてしまう。
「日向さんから聞いたの。マネージャーのヤツが陽菜を連れ回してるって」
「人聞き悪いな…あの子も」
若葉日向……陽菜の後輩のSpringの子だ。
陽菜によく懐いていて、自分との関係を不満に思ってるらしい。
「どうせ付き合ってるなら、もうはっきりすれば、良いのに」
そう毒づかれて返す台詞もない。
「なんとか頑張って行くよ」
「ならいいけど」
またもや素っ気なく返される。
はぁ……こういう子の扱いは難しいな。
思えば担当して来た声優は、困ったり変な子もいたけれど、強く反発とかはしなかったから……。
そんな風に考えたところで、神瑞駅に着いた。
「それじゃ、気をつけて帰ってね」
「先輩にそんな言われ方されたら、まるで……」
「まるで?」
引っかかったような言い方をする後輩マネージャーに聞き返してしまう。
「まるで送り狼みたい……」
めちゃくちゃ引かれていた。
薄っぺらい鞄を盾がわりにして距離を離していく。
「カオリさん……ごめんなさい、そんなつもりはなくて」
「サヨウナラ!もう話しかけないでください!」
そう言い残して改札口に駆け込んで行ってしまった。
これは、メンタルに来るものがある。
普通に嫌われてしまったみたいだ。
少し凹みながらも、帰路に着くとLIMEが一件届いている。
名前は水谷カオリ……さらに苦情かと思うと、年甲斐もなく泣きそうになる。
開いてみるとスタンプがひとつだけあり、今では懐かしく感じる『神室絢』が猫を抱えているモノだ。
デフォルト化された文字で「ほらみて」とだけ書かれている。
次の瞬間には、冗談ですから……ね!と表示され、ようやく自分がいいように揶揄われていたことに気がつく。
そうわかっても、強く言い返せない辺り、お人好しってやつなのだろう。
「何かあったら言ってほしい」
それだけ返信してスマホを鞄に仕舞い込む。
円滑でこそないものの、事務所内の連携は良くなっている。
……自分が居なくなってもいいように、しなきゃな。
街灯越しに見える月は、霞んで見えた。
ささやかな未来を祈って、数年以上暮らしたアパートへと向かった。
こんばんは、レッド!です。
大きくお話を変えて書き直しております。
お楽しみに!