2021/3/21
六石陽菜の誕生日記念。
本日21:00〜
『春を告げる君の笑顔』
を公開!
今回のお話の続編です〜。
5年越しの贈り物
桜が開花し始めた3月21日。
1人の少女……いや、女性が扉をくぐり抜けて建物から出てくる。
背中まで髪を伸ばしながらも、前髪の一端にリボンを巻き付けている……目立つほどでもないが、そのリボンは微かに薄いピンク色らしくこれから訪れる春を示していた。
しかし、羽織っているのは冬物から抜け出しきれていない薄手のコートであり、懐のポケットには開けたばかりのカイロが入っている。
妙にチグハグとした格好をしているが、朝方に悩みながらも持ってきていたコートが功を奏したようだ。
午前中までは暖かったが、日が落ち夕闇に包まれたことで東京の夜は冷え込んでいた。
「……さっきはもっとこう」
しかしその姿は、忍び寄ってきた寒さや、市街に漂う喧騒をものともせずに待ち合わせ場所へ早足で移動している。
ぶつぶつと独り言を繰り返しながらだったが、目的の場所に辿り着く。
神瑞と書かれた駅の改札口……しかし、用事があるのは駅ではなくその表通りだ。
数多の店が並び、この時間帯では静かな盛り上がりを見せている場所……かつて2人で何度もここで落ち合っていた。
六石陽菜は、待ち人が来ないかと手に持ったスマートフォンを覗き込んでいた。
「マネージャーさん、遅いなぁ……」
3月21日……そう、この日は陽菜の誕生日だった。
キュイッターを見てみるとお祝いのメッセージやイラスト、更には演じてきたキャラクターについてのキュイートが多い。
陽菜は性格上、あまり見ないようにしていたのだが、今日だけは心の底から楽しんでいた。
思えば、声優や監督さんがやたら優しく、ちょっとしたケーキを用意していたのも今日の為だろう。
……表向きにはキャスト発表を終えていないので、共演者も含めた誰も会えないのが痛いところだが。
「お礼、言い損ねちゃったな……」
……すっかり誕生日のことを忘れていた。
いや、本当は覚えていたけれどマネージャーさんが……。
そこまで思考を巡らせたところで、慌てて首を振る。
五分ほどしか経過していないが、陽菜にしてみれば1時間も経過したように感じているようだ。
何人もの人とすれ違う。
しかし、それは正しくない。
陽菜がその場から動いていないだけで、赤の他人は待ち合わせを終えたり、帰路へと急ぐ人ばかりだ。
陽菜は、六石陽菜は……これまでの事を思い出す。
「マネージャーさんと出会ってから……多くのものを」
そっと瞼を下ろす。
少しぼやけたアルバムを捲って、記憶の糸を手繰り寄せる。
あれは……そう。
わたしがまだマネージャーさんと出会ったばかりのこと。
‥‥…
マネージャーさんがAiRBLUEに来てから半年も経ってない……三月。
「陽菜、これ誕生日プレゼント」
そう言って何気ないようにして渡してくれた亀のぬいぐるみ。
寮からお引越しして今の家に住んでいても、わたしのベッドには亀のぬいぐるみを置いたままでいる。
今思えば、Flowerのみんなから貰ったケーキも……亀さんでとっても嬉しかったな……,。
だから、十七歳の誕生日が今日に至るまで、わたしの中でも大切な宝物。
亀井さん2人きりになってた時は少しだけ自重してたけど。
貰った日から毎晩の様に抱いて寝てたっけ……。
‥‥…
あの頃から……わたしはマネージャーさんに特別な気持ちを持っていたのかな?
ふと頬が熱くなっていくのを感じた陽菜は、スマホに表示された新着メールを発見する。
その差出人は……若葉日向となっている。
若葉日向とは、六石陽菜を目標として頑張っている2期生のいわゆる後輩だ。
背丈は小さな女の子だが、その視野と強情な所は誰かさんに似ていた。
陽菜としては懐かれたことが嬉しかったのだが、アニメの収録などで一緒に顔を合わせれる事は少ない。
「内容は……マネージャーさん発見!?」
待ち合わせている相手であるマネージャーの後ろ姿が少しだけブレて激写されている。
きっとマネージャー本人には隠して撮ってあるのだろう。
どこかのデパートか、背景は小物や商品が所狭しと並べてある。
「もう、マネージャーさんにイジワルしちゃダメだよ?」
当のマネージャーは何をしているのか聞けないまま、曖昧に返信をする。
それでも、神瑞駅からは一歩も動こうとしなかった。
‥‥…
高校卒業直後の3月21日。
わたしは高校を卒業してしばらく悩んでいた……。
これから大学に行くのか。
ちゃんと声優になるのか。
その時に初めてFlowerのみんなと大喧嘩したんだっけ。
志穂ちゃんは大学に行くことを勧めてくれて、舞花ちゃんとほのかちゃんは声優になる事を勧めて。
それをきっかけでみんなで口も聞かないくらいに……。
あの時は酷くて、最初にチームになった時かそれ以上にギスギスしちゃって、部屋に塞ぎ込むのと逆で出来るだけお仕事に時間をかけて会わないようにしていたくらいだった。
「陽菜〜」「…陽菜」「陽菜!」
呼びかけられる声に不安になったりもした。
でも……そんな時でもマネージャーさんはわたしに付きっきりになってくれていた。
チームメイトだけじゃなくて、他にもいっぱい相談してくれて。
嬉しい気持ちと安心感が、わたしの心の中を満たしてくれた。
誕生日に気まずくなって寮を出ようとしたわたしを引き止めて、すき焼きに連れて行ってくれた。
ふたりっきりで話し合って、わたしが声優として頑張りたいって言ったら「陽菜を支えたい」って言ってくれたっけ。
もっと沢山の事があったのに、みんなと話し込んだり多くの人を巻き込んだのに。
最後まで、ドキドキして……誕生日のすき焼きの味が分からなかった〜なんて考えちゃってた。
…‥
ポケットに入っていたカイロは未だに温かいまま、陽菜の左手を寒さから守っている。
右手は数年前からのスマホ内にある画像を表示したままだ。
「……嘘つき、マネージャーさんは誕生日には迎えに行くって言ってたのに」
ツーショット写真を発見する……2人ともどこかぎこちなく映っている。
このカメラの枠よりも外で、陽菜とマネージャーは手を繋いでいた。
お忍びデートと言えば聞こえはいいが、陽菜が頼み込んだ物だったのだ。
…‥
声優の道を選び取ってから十九歳の誕生日。
わがままでマネージャーさんと2人きりで出掛けても何も進展はしなかった。
ここまでくると声優とマネージャーという関係が恨めしい……。
わたしが積極的になっても反応してくれないし、マネージャーさんは景色にばかり目を向けていた気がしてる。
その後にランチを食べて、街に戻る最中に夕焼けが見たいって言い始めたわたしに……マネージャーさんは困った顔をして車を止めてくれてた。
海岸沿いにマネージャーさんと歩いて、たまたま通りがかった人にカメラを預けて何気なく撮った写真。
そこで突然マネージャーさん手を繋いだ、から……お互いびっくりしちゃってた。
…‥
その日から、厳密にはその日を境にして陽菜とマネージャーの距離は縮まっていった。
陽菜は乱れていた心を落ち着かせようとスマホの電源ボタンに触れる。
しかし、その直後に件のマネージャーからのメッセージだ。
『もう到着するからまってて、陽菜』
陽菜……その言葉に、文字に心拍数が上がっていく。
六石陽菜にとっては何度も呼ばれ、誰からも言われる。
しかし、特別だった……マネージャーには、彼だけには幾つになっても呼ばれることに緊張してしまう。
…‥
付き合ってから……二十歳になった。
その年の3月21日は……わたしからお願いをしちゃって……。
そう、思い返すだけでも恥ずかしい。
半ば無理やり塞いだ唇は、わたしが思っていたよりも温かかった。
かれこれマネージャーさんとお付き合いをしてから、一年とちょっと。
色んなことがあったけれど、わたしは幸せ……だよね?
マネージャーさんは望んでいたのかどうか、その時はわからなかったけれど……わたしはちょっとだけ我慢が効かなかったみたい。
…‥
深呼吸をして、瞼を開ける。
桜の花びらがスマホの画面に載っていた。
すぐ目の前には、小鳥が戯れていた。
コートをはためかせた風は心地良かった。
空を見上げると、月が煌めきを放っている。
季節が過ぎて何年も経った。
きっと、多くのものを感じて吸収して背負ったのは陽菜で、六石陽菜は変わり続けていた。
少女は大人に変わって、魔法少女は魔法のアイテムよりもマイクを手に取っていた。
「わたし、このままで良いのかな……変わり続けていて」
演じていた子達は何も変わっていない。
すれ違って、手を取って、感じ取って演じたのは陽菜自身のはずなのに、違和感が拭えないのだ。
声優としての陽菜とわたし個人の六石陽菜が重なり続けて、くるくると色を変えていく。
そんな時に車が一台。
やや速めのスピードでこちらに向かっていた……それを見て陽菜は確信する。
あの車は、マネージャーさんのだ。
そう確信した陽菜は顔を綻ばせた。
春の始りを告げるように、それでいて待ち侘びていたように。
六石陽菜は最愛の人に向かって手を振った。
……to be continue
こんばんは、レッド!です。
最初に謝ります、ごめんなさい。
もう1話あるので……お待ちください(*´-`)
次はマネージャー視点となり、物語が進行していきます。
公開は本日の21:00〜となります。
しばしのお待ちを!!!