がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】   作:水色クッション

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予習復習はやる方だ。
すぐには見えなくても積み重ねが大事。そうでしょ?
一度に少しづつ、それが大きなものになる。



思い──

『──職員、並びに生徒の皆さんは体育館に集合してください、繰り返します……』

 

 柔らかな女性の声が校内全域に鳴り響く。

 肉に群がろうとした躯共が、大人しく声に従って体育館へと向かい始めた。

 

『全校集会を行います。きょ、教職員の──』

 

 放送は時に詰まりながら、何度も繰り返された。時間の経過に従って、廊下に群れるかれらは数を減らしていく。最後には二度と動かない死体と、もがく死にぞこないだけが残った。

 

 

「……本当に効いた、のか?」

 

 廊下からかれらの呻きが消えてから数分後、放送室の扉が僅かに開き胡桃が顔を出す。廊下中を埋め尽くした大行進は、まるで悪い夢であったかのように姿を消している。

 ゆっくりと外に出た胡桃に続いて、後ろの三人が各々自分の目で廊下を確認に向かう。

 

「どうする……このまま夜になるまで隠れて様子をみるか?」

「……いえ、確認を行いましょう。ただし下の階にかれらがまだ多ければ、すぐにここに戻ります」

「そうだな。で、誰が行く? 偵察なら少人数の方が動きやすいだろうし」

「じゃあ、あたしと──」

 

 危険事なら自分が一番適任だろうと胡桃が名乗り出る。ほぼ同時にもう一人が立候補した。

 

「私も行きます。確認をしようと言ったのは私ですし……大人として、危険を引き受ける責任もあります」

「……いや、めぐねえは、その」

 

 意志の強い顔で、佐倉慈が手を上げた。

 難色を示す胡桃。本来誰も行きたがらないようなことを率先してくれるのはありがたい。が、彼女はおっとりーー悪く言えばどんくさい部分があると、胡桃はこれまでの中で感じていた。荒事に向いている人物とは言えない。

 やはり一人で行くべきかと思案して──

 

「大丈夫です。恵飛須沢さんの足を引っ張ることはしませんよ。私は絶対に貴女達を生かす……義務がありますから」

 

 その目に静かに燃える炎。執念にも似た、強烈な意志が宿っている。

 彼女の中に自分達の知らない何かが起きたのだろうか。義務、と言い切る脅迫感に疑問が喉まで出かかったが、胡桃はそれを飲み込んだ。この状況で関係ない話をするべきではないと判断する。

 

「そっか、じゃあ一緒に頼むぜ、めぐねえ」

「めぐねえじゃなくて……」

「はーい、お願いしますね、佐倉先生」

 

 少なくとも、今の彼女は頼れる先生であった。本人もこうして頼られることを望んでいた節がある。

 

「くるみちゃん、めぐねえ、気をつけてね……」

「おう、部屋の中で待っててくれ。それと……りーさんのこと、目を離さないでくれ」

「平気ですよ。危ないことはしませんし、させませんから」

「いや、めぐねえの方が危なっかしい気が……」

「えっ……そ、そんなに信用が……?」

 

 二人は薄暗い廊下へと足を進めていく。部屋に残ったのは由紀、貴依、そして明らかに正常でない様子の悠里の三人が残った。

 悠里は小学校に何度も連絡を試みようとしているが、その結果は彼女の様子を見れば判断がつく。目の焦点は虚ろで息が早く荒い。過呼吸になりかけている。

 

「りーさん……大丈夫だよ、きっと。るーちゃんも、まりかちゃんも、きっと助かってるから」

「でも、でも……! じゃあどうして、あの子たちは答えてくれないの……!?」

「最後にお話した時に言ってたよ、『もうすぐ電池が切れちゃうかも』って。だから、繋がらないのはおかしくないよ?」

 

 由紀は震える悠里の手を取って、にっこりと微笑んだ。今の彼女に必要なのはおそらく正論ではなく、優しい希望の言葉である。

 

「でも、あっちはくるみみたいな強い人だっていないのに、るーちゃんはどうやって助かるの!?」

「だから、りーさんが助けに行くんだよ、今から!」

「わたし、が?」

「二人が今、下の方に行って外に出られるかどうか確認してるから。その後いっしょに、みんなで迎えに行こうよ、ね!」

 

 小学校がここと同じように襲われていた場合、生きている可能性は低いと言わざるを得ない。それでも自分の目で見るまでは断ずるわけにはいかない。

 もし生きていたならば、こうして時間を掛けるごとに事態は悪化していくことになる。小さな彼女たちを救えるのは、ここにいる者だけなのだ。

 

「おーい、戻ったぞ。……一階にも、外にも奴らはほとんどいねぇ。車を使うには、絶好のチャンスだな」

「準備をしてくださいね、すぐに出発します」

 

 幸いにも今すぐに向かうことが出来る。全員の意思も一致していた。ならば、やるべきことは自ずと決定する。

 

「誰が行く? 確か車は四人乗りで……」

「運転できるめぐねえと、りーさんはいるよね。わたしたちじゃ二人の顔が分かんないし」

「全員でもいいんじゃないか? あたしらは荷物置きに座ればいいとして」

 

 そうして決まっていく作戦。その中で誰の頭にも過ぎった、一つの懸念。

 

「……もし、もしだ。ちびどもが奴らに噛まれていたら……どう、する?」

 

 言い出したくはないそれを、貴依は敢えて言い切った。悠里が縋るような目で皆を見渡す。やめてくれ、と。それを覚悟の上で彼女は話題にした。

 死体を見るよりも、あるいは残酷であるかもしれないが、可能性も最も高い。だからこそ想定しておく必要がある。悲しい結末であることも。

 

 生かすか、殺すか、二つに一つしかない。悠里には、どちらを選べばいいのか──

 

「……可能なら、連れ帰ります。救かる可能性があるしれません」

「っ……治る? どういうことですか!?」

 

 第三の選択肢を提示したのは、彼女たちの教師であった。疑いと驚愕の目が突き刺さる。

 

「詳しくは車の中で説明します。今は時間が惜しい。行きましょう、若狭さん」

 

 自身の罪悪感と二人の命、比べるまでもないと慈は断ずる。この事件は自分達、大人によって仕組まれていたものだと知った時から誓ったのだ。

 例え敵意を持たれようと、自分は変わらず彼女達のために戦うと。

 

 そうして向かう。決意と共に。もうもぬけの殻であることを、知る者は居ない。

 

 

 

 ○

 

 

 

 喉が嗄れるまで叫び続けた。友達を助けてください、お願いします、誰かいませんか、呼び寄せる危険を承知で、それでも縋らずにはいられなかった。

 反応するのは躯達だけ。本当に届けたい相手は、終ぞ現れることはなかった。

 

 そして少女は再度知る。

 世界は壊れてしまって、生きている人は本当に自分たちしかいないことを。

 

 

「はー、はー……ま、りー……がんばれ、しんじゃだめだよ……!」

 

 瑠璃は雨の中を走り続ける。背中に小さな友を背負って。

 本来、彼女の肉体なら同程度の重りを抱えて疾走することなど不可能だろう。

 

 為したのは精神、窮地に立たされた心が、負担を度外視して肉体を稼働させ続けている。

 喉から香る血の味が、段々と濃厚に感じ始めた。雨と汗が、全身を内と外から濡らしていく。身体は疲労の極地、脳が錯覚させているだけの状態。

 

(このたてものは……わたし、まだ、ここまでしか歩けていないのに……まに、合うの……?)

 

 数時間は走り続けた感覚の中で目に入る現実。一度発狂しかけた精神を何とか持たせているだけに過ぎない。既に罅割れていた心に、弱気がこれ以上無いほど浸透する。

 

「う、あ……?」

 

 支柱が揺らげば、体も容易く崩れ落ちる。錯覚が覚め始めた。そもそもが火事場の力、長時間持たせられるようなものではない。

 

(くそ、くそ……今がんばらないと、なんにもならないのに……!)

 

 一度膝を折れば、容易に立ち上がることは出来なくなってしまう。執念が彼女をひたすらに走らせ続けた。かれらの多い大通り、破壊され通行の困難な道路、余儀なくされる回り道のせいで、行けども行けども目的地に近づいている感覚がない。

 その感覚が更に瑠璃の精神に冷や水を浴びせかける。

 

「……すこし、すこしだけ、休もう。そしたらまた、走れるはず……だから……!」

 

 魔法が切れる。のしかかる疲労感、全身の節々が動かす度に痛む。ほんの数秒前まで、この痛みは感じていなかった。

 脳内に垂れ流されていた興奮物質で先延ばしにし続けた、ツケを一気に支払わされた。

 

「カギは、あいてる。知らない家だけど、入ってもいいよね……?」

 

 瑠璃は痛みに呻きながら、すぐ横の家に歩みよる。

 

「う、ぁ……」

 

 玄関に入った瞬間に力尽き、膝を付いて這いつくばった。背中の万里花を横に転がせ、苦しげに呼吸を繰り返す。

 現状、立ち上がることすら叶わない。限界以上の稼働、幼い体には負担が大きすぎた。

 

(それでも、うごかなきゃ。家のなかだって、安全だってかくにんしたわけじゃないのに……)

 

 ふらふらと時間をかけて立ち上がる。壁に体を預け、足を半ば引き摺りながら動かして一人、部屋を見渡して行く。血や割れたガラスなどの荒らされた形跡は無く、ここ数日の内に生活していた跡も同じくない。テーブルにうっすらと積もった埃を指でなぞる。

 

(見たかんじ、だれもいない……よね。やっぱりわたしと、まりーと、りーねーたちしか、もういないのかな)

 

 瑠璃は家の中を一周し、玄関へと戻る。壁に体を預けたままずるずると崩れ、万里花の隣に座り込んだ。

 雨で貼り付いた前髪を両手で掻き揚げて、顔を着ている上着の袖で拭う。当たり前だが服も濡れているため、ただの気休めにすぎない。

 

「あきらめちゃ、だめ……だけど……」

 

 目の下には隈。精神的なショックの連続で顔はやつれ、一週間前の、初めてかれらを手にかけた万里花と顔の様子が似ていた。幼少には辛い出来事が多すぎた。例え危うげでも正気を保つこと自体が喝采に値する。

 

「……ほんとに、できるのかな」

 

 分の悪い賭けであったことは彼女とて重々承知している。それでも、か細い光に惹かれずにはいられなかった。

 通したい願いがあった。自分の身を切り裂いてでも叶えたい奇跡があった。それでも無情に、光は遠くなっていく感覚。無力感に打ちのめされてしまう。

 

「……行こう。ゆっくりしている時間なんて、まりーにはないんだから」

 

 座り込んでから経過した時間は二分程度。全身に表れた不調は何一つ回復していないが、時間をかけるごとに悪化していく万里花の様子を見れば、十分な休息など遅すぎる。瑠璃は再び背負おうとその体を持ち上げようとして──

 

「……この、おと」

 

 雨の音に混ざって、微かに耳を打つ駆動音。一週間前、平穏な日々の中で聞き慣れていた車両の排気音。普段なら顔を顰めるような、規制を無視したかのような音が、今はありがたかった。

 

「──まって、行かないで!」

 

 弾かれたように動き出す。扉を吹き飛ばす勢いで駆け出して、道の真ん中で涸れた声で叫び続ける。喉が切れ、血の味がしようとも構わない。今、この瞬間を逃せば希望は潰える。

 

「りーねぇー、りーねぇえ! ねぇ、わたしはここにいるよ!」

 

 懐から防犯ブザーを取り出し、音を鳴らす。声を上げ、必死に自分の存在を呼びかけた。

 

 音が急速に近づいてくる。雨の中から、車がうっすらと見え始める。

 願いはもうすぐ叶う。そう信じてーー

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

「やばいぞめぐねえ、後ろから来てる!」

「わ、分かってますって! でも前だって電柱が──」

「右だ右、そこを曲がれ!」

 

 車の中には結局、五人全員が乗ることになった。かれらを直接手にかけたのは現状、胡桃と貴依の二人だけ。それも直接的な戦闘は胡桃が大半を担当している。大きく偏りすぎた戦力が、人員の分散の妨げと化してしまった。

 昨日の今日の出来事もあり、学校に残るのは不安要素が大きすぎる。

 

 すし詰めになれば、あとの二人も何とか入れるだろう、そんな心積もり。乗車人数程度の違反を取り締まる人間も既にいない。

 

「前にも二体いるぞ、どうする!?」

「…………しっかりつかまっていてください。少し、手荒な真似をします」

 

 躊躇わずアクセルを踏みつけた。近づく距離、一切の減速はないままに。

 

「うぉっ!? ……や、ば、当たった瞬間破裂したみたいに」

「あわわ……そこ、手、落ちて……」

 

 容赦無い正面衝突、同時に脆いかれらの四肢は耐えきれずに吹き飛んだ。左手がボンネットに転がり、血がフロントガラスを濡らす。それもやがて風雨に流され、凹み以外残ることはないだろう。

 

「めぐねえ、平気か?」

「……ええ、大丈夫です」

 

 多少顔は青いが、ハンドルを握る手は正常であった。元生徒を直視さえ出来なかった筈の彼女が、覚悟を決めて前を見据えている。

 

 

 事故による無惨な現場や、火事によって全焼した家や店の数々を横目に、五人を乗せた車は進む。

 

「学校だけじゃなくて、ほんとに街もめちゃくちゃになってるんだね……」

「……そう、ですね。この一週間、救助や、通信さえない事を考えると、ここだけでなくもっと広い範囲で災害が起きている可能性もあります。最悪、日本中にまで広がっているのかも」

「このままガソリンが尽きるまで逃げれば何とかなるかもって考えたけど、それも駄目か……」

 

 今まで外に目を向けてこなかった。その余裕も。恐ろしいのは学校の中だけで、外には正常な世界が広がっているのかも、そんな淡い思いが砕かれる。

 走れども破壊の爪痕はそこかしこに色濃く残る。逃げ場などない、嫌でも実感してしまう。

 

「…………るーちゃん」

 

 その光景に一番ダメージを受けていたのは悠里だった。車の中でも口数少なく、ただ呆然と前を見ていた。

 近づく小学校、見える景色はここまでの光景と何ら変化はない。妹の周囲も、自分達の置かれた現状と何ら変わりないのだと理解する。それよりも酷いのかもしれない。

 

「若狭さん、次はどちらですか?」

「え、あ、ごめんなさい、そこじゃなくて次を右です」

 

 慈はそんな悠里に対して、思考を中断させるように声をかける。ここで悲惨な想像をしようと意味はない。ただ無駄に心を痛めるだけだと、機械的な会話を続けて思い耽る暇を削っていく。

 

 

 回り道に次ぐ回り道。平時の倍ほどの時間をかけて一行はたどり着く。時間としては雨が振り始めてから半日程度。

 

「やばいな……ほとんど校内に残ってる、やっぱりあたしたちみたいに放送出来なかったのか……?」

「おぉーい、まりーちゃーん! るーちゃーん! 助けに来たよー!」

「……これなら、きっと気付くはずですが……」

 

 近くでクラクションを鳴らす。釣られたかれらが寄ってくるだけで、期待した反応はない。届いていない筈はないと、全員が思った。

 

「ち、違うわ、隠れて声が出せないだけ……そう、よね、きっと、二人は生きてる……ゆきちゃん、きっとそうよね……!?」

「とにかく行くしかねぇ、三階の職員室、だったよな。そこじゃなくても、なるべく上の階にいるはずだ」

 

 ここまでは何事も無くたどり着けた。

 

 たどり着いてしまった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「──え?」

 

 目の前を横切った()の車体。そのまま小さな子どもの存在など気が付かぬとばかりに、通り過ぎていく。

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