がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】   作:水色クッション

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うん、よくやった。頑張った。
いいところまでいった。これって結構、すごいんじゃないかな。
ずっと待ってたのかもしれない。

もういいよ、おわりだよ。



──届かず

 一歩ずれていれば確実に命は無かっただろう。そう思えるだけの勢いで眼前を横切る車。大きく跳ねた水たまりが降りかかる。

 

「──だ、め、まってよっ!」

 

 顔に降りかかった水に意識を取り戻されて、瑠璃は反射的に追いかけた。

 依然として自動車は暴走を続けている。右側の壁に車体を擦りつけ、お互いを削り合って雨の中火花を散らす。中にいる人間は明らかに正気ではない。まともなら本能がすくみ上がり、反射的に止まるはずだろう。もしそうでないとしたら、足を踏み間違えているだけか。

 

 破壊の限りを尽くす鉄塊。悲鳴にも似たエンジン音が辺りに轟く。加速、超速、全てをなぎ倒し──

 

「──」

 

 電柱に突貫。超重量の衝突は最早爆発としか形容できない。車は縦方向に真っ二つになるまで割れかけた。宿った運動エネルギーは想像を絶する。

 フロントガラスから吹き飛んだもの。直角軌道で射出された人間が宙を舞い、頭部から地面に叩きつけられる。着地部位が容易く弾け飛んだ。

 電柱は根本から割れ、ゆっくりと倒れて行く。重みに耐えかね電線が千切れた。

 

 支えを失った電柱が崩れる。隣のその隣までの屋根をひしゃげさせる。舞い散る粉塵。接触の瞬間、地面さえ揺れた。絶大な音量が鼓膜を蹂躙する。

 

「──ッ」

 

 圧倒的なスケールに、幼子はその始終に呆けることしかできない。自身の許容量を超えた光景に、急激に白痴化したかの如く呆然と立ち尽くす。

 

 飛び出した人間は彼女達には何も関係は無かった。服装から若い男だと辛うじて推測出来る。

 今まで籠城し続け、やがて雨の影響で集まるかれらに、追い出されるように家を出た。その際に傷を負い感染、朦朧とした意識のまま運転し続け今ここで発症したのだろう。

 この世界にはどこにでもある、ありふれた悲劇の話。

 

「う、あ」

 

 自分達や姉とは何ら関係のない男の終点。生き続けたいとした執念が報われなかった結末。

 

 音に野次馬共が寄ってくる。響いた爆音は、雨という妨げを超えてかれらの興味を引いたのだ。

 数十秒もせずうようよと現れ出したかれらを前に、しかし瑠璃は動けない。

 

 唐突に表れ消失した光明。結果で言えば、為すべきことに変化はない。かれらに囲まれる最悪な状況にまで落ちてしまったが、それは副産物に過ぎない。

 重要なのは落差。ほんの一瞬天にまで持ち上げられた気持ちが地に叩きつけられる。その高低差が、ただ不幸が襲うよりも大きな傷を与えるのだ。

 

「ぁあ……う、ああ……」

 

 浮ついた心が急速に冷えていく。心臓が氷を送り出したかのように、全身から熱意が消える。

 助かると思っていた。走り続けた先、努力には褒美が付き物で、それが今だと愚かしく確信してしまった。偽物、偽物、偽物、もう届かない程遠くに逃げた光さえ、嘘っぱちではないのかと疑問が生じる。掴める気がしないのに、掴む意味さえないのではないか。そう思ってしまう。

 

 握り締めていたはずの手から、指の間を抜けてこぼれ落ちる物。小さな飛沫を上げて着水したブザーが、音を鳴らし続ける。

 甲高い音は少女の慟哭。水に溺れてもなお、それはずっと代弁を続けていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 小学校に飛び込んだ全員の目に、真っ先に入ったのは既視感だらけの校内だった。割れた窓、破り取られた掲示物、血がこびり着いた床、どれも高校を彷彿とさせる。

 

「やばいぞ、予想以上に、多いッ!」

「早く上に行こうよ! そこなら、きっとここより少ないから!」

 

 各々が武器を振るって小さなかれらを退ける。ペンライト、ブザー、使える道具は大盤振る舞いに使用した。小さくともその牙にはかするだけで死する猛毒が潜む。力は弱いが、危険性に大差はない。

 

「るーちゃん、るーちゃん? ねぇ、どこにいるのっ!?」

「おぉーい、どこだちび共、返事をしろぉ!」

 

 大声を出す度にお呼びでないものばかりが反応する。それでも止めることは出来ない。救出なのだから、自己の存在を対象に伝えなくては始まらない。危険を承知で叫ぶしかない。

 

「くそっ、教室を一部屋ずつ調べるか?」

「まずは三階の職員室を探しましょう、そこが一番可能性が高いはず」

 

 当ても無く一階に居続けては自分達さえ危ないと判断し、一旦見切りをつけて上へと移動する。

 

「りーさん、それっぽいやつはいたか!?」

「……いえ、いなかったわ、きっと」

 

 悠里以外は彼女達の顔を知らない。

 自分の胸辺りの身長、薄い桜色の、腰まで届くスーパーロングヘア。もう一人はオレンジのショートヘア。判別出来る情報はその辺りだけであった。帽子やリボンなどは一週間も付けっぱなしとは限らない。

 

 悠里が二人の判断をするしかないのだ。生きているのか、死んでいるのか、かれらになっているのか。

 

「……これは、バリケードの跡か?」

 

 三階で彼女達を迎えたのは、机と椅子がいくつも転がっている光景。階段には統一性の無い小物が多数散らばっており、そのほとんどが踏みつぶされている。

 二人が築いた必死の抵抗の残骸か。進む度に、生存の可能性が消失していく。

 

「だめ、三階にもいる……」

「いや、大丈夫さ、あたし達のところだって同じように突破されて、それでも助かったんだ……」

 

 ガラス片が散らばる掃除のされていない廊下。二人ではそれだけの余裕が無かったのだろうか。一階よりは少ないがそれでも多くのかれらが、二人が過ごしていたはずの場所を我が物顔で占拠している事実に焦燥が込み上げる。

 

「来てやったぞ、早く返事しやがれェェッ!!」

 

 職員室の扉を叩きつける勢いでこじ開けた。入り口に積みたがった残骸を胡桃が吹き飛ばし、中を見渡す。

 きっとそこには、隅で縮こまって震える二人がいると信じて──

 

「…………え?」

 

 音に振り返ったのは、生者とは思えないほど顔色を黒くした大人達。

 想像していた顔はどこにもいない。

 

 つい最近まで暮らしていた痕跡、食器やボトルが転がり、片付けられていないトランプが散らばっている。

 居たはずなのだ。そこには、きっと。

 

「か、隠れてるんでしょ……ね、もう、だい、じょうぶだから。お願いだから、出てきてちょうだい……?」

 

 ふらふらと、悠里が危うげに二人を捜し出す。小さい体、いくらでも隠れられる場所はある。くまなく探せば、きっと見つかってくれる。

 

「おい、危ないぞりーさん!? ……クソッ!」

 

 机の下、ロッカー、引き出し、おおよそ人が隠れられそうにない箇所まで目を向けて、それでも二人は見つからない。何故だ? 何故? どうして出てきてくれないのかが分からない。こんなにも求めているのに。

 

「……あ」

 

 視界にちらと映ったそれに、悠里は目が離せなくなる。妹が、瑠璃が、大切にしていたもの。今、かれらに踏みつけられたもの。

 

 くしゃくしゃになった、血だらけの帽子。それを踏みつけて、嗤う醜き怪物共。

 

「──おまえ、たちィ」

 

 悠里はそう理解した。誤解した。

 胸に秘めた希望すべてが暗い炎へと変換される。一瞬にして振り切れた狂気が衝動的に肉体を突き動かした。

 

 赤く血走った瞳がかれらを射抜く。荒れ狂う殺意に全てを委ねた少女の声なき慟哭。凶器を握る手の平からも赤を滲ませながらかれらに突貫する。

 

「もう死になさいよ、みんな、みんな」

 

 血潮が舞った。振るう包丁が人体をズタズタに切り裂く。痛み、苦しみ、見せつけるような肉の傷つけ方。

 修羅、今の彼女の貌を評するにはそれを置いて他にない。人の内に宿る僅かな獣の本性、それが知識に無くとも囁くのだ。どうすればこの肉は傷つくか、より多く血を噴き出すか、殺傷への正解は声に委ねるだけでたどり着く。

 

 

「どうして、どうして!? なんでこうなるの、なんであの子たちを──殺したのよォッ!?」

 

 しかしその思考は、一つの前提の元に生まれているものだ。狂気の底に落ちる度に、彼女は二人の生存を否定していくことになる。段々と心が崩れ落ちて行く。まだ生きているのでは、その考えを持てなくなってしまった。

 

「ああ、いや、いやぁ! いやぁああああああアアアアアアアアアッ!?」

 

 落ちる、落ちる、底の底へ。光の届かぬ無間奈落へと。

 躯の山、血の涙を流し、自ら目を曇らせた狭窄者が叫ぶ。心を自らの手で打ち砕く。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……どう、して」

 

 血が滲むほど握りしめた拳。雨と混じり、隙間から薄赤を滴らす。

 

「なんで、なんで、なんでぇ……?」

 

 力なく車体を殴りつける瑠璃。既にその手は内側だけでなく、手の甲まで内出血による痣をいくつも作っていた。

 

「もう、やだよぉ」

 

 叩く音さえ雨音に紛れる程に弱々しい。

 心が怒りに満ちていた。襲いかかる理不尽への、運命への敵意。やり場のない怒りの矛先を求めて車を何度も殴りつけた。

 何度殴っても気が晴れることはない。現状を変えられない無力感と、時間が経つごとに増す空しさだけを得る。

 

「うぅ、ひぐ、うぁ……ぁ……」

 

 瑠璃は遂に殴ることさえ止めて、車の側で膝を屈する。もう十分だ、仕方ない、よくやった方だよ、体が動く意思を放棄して、諦めることを囁いてくる。

 

 空しい八つ当たりの間にも、かれらは新鮮な肉を求めて近づいてくる。何十体ものかれらに取り囲まれてしまったのが、後ろからでも伝わってきた。

 心を乱さず、万里花さえ放置してその場を離れればあるいは、まだ生存の可能性はあったかもしれない。出来なかったのは己の弱さ、あの時僅かでも希望を持ってしまった浅はかな思いが、可能性を摘み取った。

 

「あぁ、まりー……そう、だ、たすけなきゃ……」

 

 絶望の中にもちらつく友の顔。瑠璃は虚ろな顔で立ちあがる。ふらふらと、壁に対して這うように手を添えながらゆっくりと歩く。かれらの歩きにすら劣る速度。

 心で支えてきた肉体。内部は異常をいくつも起こし、一歩踏み出すたびに呻きが漏れる。もうあの時の錯覚はもう一切ない。熱情は消えたのだ。痛みが余すことなく伝わってくる。

 今更一人で逃げたとしても、どこかで捕まってしまうだろう。それでも、二人で逃げることは譲れない。

 

「まりー……まりぃ……すぐいくから、わたしが、たすけるから……」

 

 諦めるつもりはない。今はただ、心は自分たちを弄ぶ世界への怒りで占められた。認め、膝を屈することへの反骨心が、惰性的に体を操る。

 最後のひとかけら。それさえあれば、まだ自分は戦える。それだけのために折れかけた心で立ったのだ。

 

「ねぇ、まりー、いっしょに、いこうよ……」

 

 けれど──

 

 

 

「まりー……そこにいるよね、ねぇ……?」

 

 それさえも失えば、自分はどうすればいいのだろうか。

 

「ま、り……?」

 

 彼女を寝かせた家に着き、瑠璃は玄関の扉を開けた。

 視界の先、両の足で立つ親友の姿。横になっていたはずの最後の記憶、それが今はしかと地面を踏みしめている。

 赤子のように震える瑠璃より、よほどしゃんとした立ち方をしていた。

 

「あぁ……そっ、かぁ……」

 

 唐突なめまいに襲われた。瑠璃の顔から一切の血の気が引け、崩れるように座り込む。今度こそ立てない。もう二度と、立ちたくもなかった。

 

 万里花が『かれら』になったのだと、気がついてしまった。親友はもう人から堕ち、得体のしれない化け物へと変貌した。人の肉を喰らい、人に害ある、瑠璃にとっての敵と成り果てた。

 

「まに、あわなかったんだね……」

 

 万里花はそれこそ十二分に持った。本来、昨日の時点で発症しただろうそれを、この瞬間まで奇跡によって延ばしてみせた。それでも間に合わなかったのは、自分の怠惰のせいだ、そう瑠璃は思った。

 

「ごめんなさい……まりー、ごめんなさい……」

 

 瑠璃は顔を上げ、万里花の貌を見る。黒斑と赤筋に汚れた頬、濁った瞳。その二つを見て、すぐに目を逸らす。一瞥で十分、それ以上は見ていられない。

 彼女も見てほしくなどないだろう。醜く歪んだ顔をまじまじと見るのは、悲しすぎて耐えられない。

 

「たすけられなくて、ごめんなさい……」

 

 親友が迫る。動き出した足は視界の端に映っていたが、瑠璃は俯いたまま動かない。

 全てを失った。もう立つ理由はない。心を奮わせる熱が、消えた。

 

「…………」

 

 身体よりも先に心が死んでいく。

 世界から色が消えていく。音が鼓膜を震わせず、嗅ぐもの全てが無味無臭。自分の中に命はあるが、それを感じ取ることが出来ない。

 怒りも、悲しみも、全てが極大の絶望に飲み込まれていく。

 

 

 消えた思考、残ったのは『三人』で過ごす、叶わない願い。

 

 牙が首筋に迫る。

 

 親友のためなら死んでもいい。そして、親友になら、殺されてもいい。永遠を二人で。最後の最後までふたりぼっちで生きて死ぬ。やはり自分はそれを求めていたのだ。

 死が怖くない。ふたりならどこへでも、きっと、とても幸せだ。

 

 それでも、ひとり残された姉のことを、申し訳なく思う。

 

「……ばいばい、りーねー」

 

 首に痛みが走る、意識が、闇へと溶けていく。最後までたった一つだけ残った色。涙の滲む視界の中で、親友の色とそっくりな。

 

 あの花の色を焼き付けて──

 

 

 

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