がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】 作:水色クッション
死の間際、見る夢は二つと思っていた。笑顔で迎え入れる親友の幻影か、今まで積んできた躯達に飲み込まれるか。天国か地獄、少なくとも終わったと感じていた、のだが。
万里花の視界には少女が立つ。その姿をどこかで見たことがあるような、無いような。
高校の制服を着た、園芸用のスコップを握る少女。常に瞑目であるが、明確にこちらの位置を認識しているらしい。
「おはよーごさいまーーーす」
「え、あ、おはよーございます?」
間の抜けた抑揚の薄い声。反射的に万里花が返す。
「えっと、おねえちゃん、だあれ? なんだか、どこかであったような気がするけど。へんだよね、こうこうせいはりーねえちゃんくらいしか知らないのに」
万里花は年上の彼女に問うた。彼女は目を逸らす、閉じられていても、視線のようなものが外されたのは察知出来た。
「うーん、ちょっと答えづらい。何というか、一言で言うと……チルドレン、なのかな……?」
「ちるどれ……もしかしておかあさん? ……え、ええぇ!? あ、でもこうこうせいってけっこんが──」
「違う違う、そういう意味じゃなくて……私自身にもよく分からないけど、私たちには血とは違う不思議な繋がりがある。あなたと私だけじゃなくて、他にもいっぱいいるよ。ほら、周りを見て?」
その言葉と共に現れる様々な影。チルドレン、と呼ばれた存在。彼女と同年代の少年少女、更に年上も年下もごちゃまぜに。人間であればまだましだろう。明らかに人ではないナニカも紛れている。
挙句の果てに、彼女とまったく瓜ふたつの存在まで。それも複数。魑魅魍魎とは正しくこのことを指す。
「えっと、おかあさん? ……だいかぞくだね」
「だから違います、子どもがこんなにいたらコウノトリさんが壊れちゃ〜う」
「いたっ……く、ない」
脳天に手刀を落とされる。手加減か単に非力か、速度に反してポンとやわらかい当たり。
「ほら立って、行くよ」
怪訝に思いながらも、万里花は差し出された手を握って立ち上がった。集団が前に進み始めたので、万里花もとりあえずといった具合で追いかける。
「……あれ?」
その集団の早さに驚く。中央にいたはずが気がつけば最後尾になっている。
「まって」
堪らず全力で駆ける。手を伸ばして追いすがるが、その距離は段々と離れて行く。あまりにも速すぎる。彼ら彼女らは歩いていて、自分はこうして駆けている、なのに一向に手が届く気配がない。
「おねえちゃん、まって!」
その集団さえ抜いて前を進む、瞑目の少女。誰も少女に追いつけない、届かない。自分からは、既に遥か彼方の位置にいる。
彼女は常に先陣を切る。
瞑目、閉ざされた視界、ゆえに一寸先が闇の道なき道を誰よりも速く、誰よりも前へ。恐れは、ないのだろうか。
「……とってもきれい……」
背中を向けているのだから、顔を見ることは出来ない。そんなことは万里花も分かっている。
圧倒されたのはその立ち姿。その遠さと大きさに畏怖を覚える。白く冷たい、他を寄せ付けぬ雰囲気を纏う。
その背中に魅せられる。
「どうやったら、そんなにつよくなれたの?」
遠い背中に問うた。何かを聞ければ自分も強くなれると思って。
「私はそんなに強くないよ、ただ、全力で頑張っただけ」
納得し難い回答。崇拝するか、目を背けるか、それ程に隔絶した存在が発したとは思えない。
「最短で、最速でないと私自身があの時助からなかった。ただ無我夢中で生きようと足掻いた、それが、私の始まり」
彼女のルーツ。あの終わった世界にはありきたりな理由。
「たくさん殺して、まるで怪物みたいになって、そんな私にも繋がりが出来た。怖がられながら、それでも私の中身を見ようとしてくれる人がいてくれた」
独白が続く。
「その人に私はどう接したらいいか分からなくて、何度も間違えて傷つけて……それでも私を見捨てないでくれた。その人を見て私は思ったんだ。この人を絶対に守りたいって」
きっとその決意が彼女を形作ったのだろう。ただ最善の道をひた走る、回り道寄り道、無論間違えたこともあるだろう。それでもめげずに前へ。
四六時中休むことなく頭を動かし、完璧たる道を求道し続ける。ただひたすらに。
そこに光があり、自分がそれを拾えるのなら止まる理由はない。それが罪深く、血塗れの道であろうとも。
ともすれば人間味のなく、怪物だと誤解されかねない行為。
「気がついたらそばにたくさんの人がいた。私の秘密を覗いて、それでも変わらずそばにいてくれて。こんな世界でも変わらず希望はあるって、知ったんだ」
それでも進んだのは、全てあの笑顔の和を広げるために、守るために。
地獄の底、クソったれと化した世界への叛逆。自分を全力で好いてくれた人たちのために、人を捨て怪物と化してでも世界に小さな牙を突き立てた。
削ぎ落とし、突き詰める。装飾も飾り気もない、白銀の、ただ一振りの刃となった生き方。
その果てに得た未来。ほんの小さく、それでいて揺らがない、希望に満ちた光。
尋常ならざる努力の末に、彼女は無二の理解者を得たのだろう。『見た』光景を思い出すように、満足気に微笑む。己の全てを賭して最善を歩み、己が最高を得た。
「……すごいなぁ」
つまりお前には覚悟が足りぬ、と彼女は言うのだ。最適化し、限界まで突き詰めてようやく辿り着ける境地、執念さえ混じる覚悟には遠い。
「──そっか」
それなら、今から覚悟を決めればいい。
言葉が、歩いた道が、勇気を与えてくれる。
彼女が見つけられた文句の付けようもないハッピーエンド。
諦めなければ夢は叶う。誰もが口にして、そして信頼の置けないその言葉を彼女が体現したのだ。重なることのない次元、遠く離れた世界の出来事でも、どこか身近な存在が為したこと。
ならば、自分の生きぬいた先のどこかにも希望はある。少なくとも、信じることはできる。
「あなたの体から酷い音がする。その決断の先に、あなた自身の幸せはないのかもしれない。それでも行くの?」
「……おねえちゃんがわらった時、あたしにも見えたんだ。みんながわらって、しあわせにすごしているあのこうけい。あたしのさきにもそれがあるって分かったから、もうこわくないよ」
最初から全力で生きた彼女と、遅れに遅れてようやく決心した自分。追いつくためには、より切り捨てるしかない。過去も今も、未来さえも。
彼女のように人を辞めよう。彼女以上に。心だけでなく肉体まで。そうなれる因子がこの中にある。
「ありがとうおねえちゃん。あたし、もうすこしだけがんばるね」
「そう……がんばれ、それとあなたのともだち、大切にね」
もう一度だけ挑戦しよう、あの背中に憧れた者として。
○
あのおねえちゃんが笑った時、あたしにもおねえちゃんが『見た』光景が、一緒に見えた。
おねえちゃんだけじゃない。あそこにいたにいちゃんもねえちゃんもみんなが作る、とてもきれいな光景。
何でもないおはなしの中で花が咲く。友達が、恋人が、家族がそこに居て、まぶしく輝いている一つの世界。
たくさんの人がずっと賑やかに笑い合う絵。
あの光景が、一体どれだけの夢物語か。それを信じて進むあの人たちがどれだけ無謀で、愚かなことをしているのか。ばかなあたしでも分かる。
おねえちゃんが叶えた夢物語、あたしには、できていたのかな。
『…………こわいよ、まりー……もう、やだよぉ……』
力がなかった。
『ひぐ、うあ、あああぁぁ──』
頭がなかった。
『──いや、死んじゃいやだよ、ねぇ……』
何度も、あの子を泣かせてしまった。
目を覆いたくなるような悲劇。泣いて、涙も枯れて、それでも足りないから血を流した。
それでも、これからはせめて──
あんな世界を作りたい。願いを叶えたおねえちゃんを見て、あたしもそう思えた。
あんな世界があればいい。そこにあたしがいなくても。そのために未来を繋げよう。あたしは繋げて、託すだけでもいいから。
あたしの大好きなともだちが、大好きな人と居られるように。
そのためになら、あたしは死のうと思えた。
何かを得るために何かを捨てる必要がある、それだけの話。あたしのぜんぶを空っぽにして、代わりに空いた手のひらにめいっぱいのキラキラを集めよう。
みんなの顔をキラキラで満たすための第一歩。踏み出すにはちょっと遅かったけど、それでも無駄なんてことはない。あのおねえちゃんが証明してくれた。
壊れた世界は悲しさに溢れていて、涙も出尽くしちゃうほど泣きたくなる。それでも希望はここに確かにあるんだと、知ったから。
今、その方法がある。あたしの中のびょーきは頭をおかしくする代わりに、力が強くなって傷の痛さも感じなくする。それを使えばいい。
食べたい、壊したいって気持ちを、守りたいって気持ちで我慢するのだ。どれだけ、持つかは分かんないけど。
でも、るーのことを思えば、きっとできる。あたしは単純バカだから、頭の中を一色にすることなんてわけないのだ。
だから、そのためにあたしは笑っていよう。ずっとニコニコ、笑えなくなるその時まで。
あたしの小さな物語が振り返ったときに、希望の話として伝えられるように。
あたしの咲かせる花が、あのおねえちゃんがあたしを勇気づけてくれたように。いつか、だれかを照らせる光となれたらいいな。