がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】   作:水色クッション

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私は燃え尽きたっていい。
あの手を、離したのだから。でも……



シシャの花

 万里花は己が手で気を失わせた友達を抱きしめる。黒ずんで、もう人とは思えない手で優しく体を包んだ。

 自分の全てを伝える。耳元で囁いた最後の言葉、そこにありったけを籠めて、それでも伝えきれなかったものを抱擁にて示す。全身で万感の想いを叫び続ける。

 

 それでも足りない。狂おしいほどに求めてしまう。密着して共有する体温、実際には、万里花の冷たさが一方的に熱を奪っている。

 この手を離せば、孤独が寒さを携えて襲い掛かるだろう。それでいい、そうでなければならない。明るく、あたたかいところに彼女を遺すために、自分は一人冷たく歩むのだから。

 

 震える手で抱擁を解き、宝物を扱うかのようにそっと床に寝かせる。とてもゆっくりと。

 この遅さが逡巡の証。何度覚悟を決めようとしても、その度に折れそうになる。手放した後悔が、未練がましく胸にのしかかった。後から後から際限なく湧いてくる想い、せめて、せめてほんの少し──

 

(だめ、だから、これいじょういると、かみついちゃう)

 

 その思いを振り払って前に進む。垂れ落ちそうな涎を飲み込み、朧げな意識で犬歯を引き込める。

 扉を開ける、最後に親友の顔を瞼の裏に焼き付けようと振り向いて。

 

 

「──ひとり、に、しないで……」

 

 ただの寝言である。自分が伸ばしかけた腕も、戻りかけた足も、獣の衝動に一時駆られかけただけの行動。

 

 頬を伝う一筋の雫。これも顔に降り掛かった雨であろう。

 

「いってきます」

 

 手を振って笑顔でお別れを。届かなくてもいい、自分に言い聞かせるための仕草だから。

 これより紡ぐは悲劇ではなく喜劇。少なくともそう決めたなら、その出々しに泣き顔などするべきではない。

 

 

 

 ○

 

 

 

 扉から出てきた少女を男は見る。そして興味を無くした。

 同族になど興味は宿さない。それよりも惹かれるのが、その扉の隙間にちらりと見えた未感染の少女。あれを追ってここまでやってきたのだ。

 

 幸いに、何故か意識を失っているらしい。大した抵抗もなく肉にありつけるだろうと本能が呼びかける。

 飢餓感に駆られ、待ちきれずに先程の少女を横切りなが──

 

「きえろ、あたしたちのせかいを、よごすな」

 

 ぶちぶち、ぐるん。

 何かがひしゃげる音と同時に、男の視界が縦に横に回転する。

 一瞬、完全な前後不覚に陥り地面に落ちたことでようやく現在の自分を認識した。一度似たことをされた覚えがある、車に吹き飛ばされた時の感覚によく似ていた。

 

 かれらという生き物は痛みも怒りも解することはない。正体不明の衝撃に疑問を呈すこともせず、立ち上がってあの肉を追おうとして、気が付く。

 

 立てない、体が動かない。足が折れたからや神経が傷ついたからでもなく、そもそも動かす部位がない。

 首から下、胴体から足先に至るまでごっそりと消えている。正確には、少女が腕を凪いだことで男の首から上が泣き別れしていた。

 

 本当の今の状況を認識した後、男だったかれらはあっさりと意識を手放した。

 

「うん、だいじょうぶ。まだ体はうごくね。こわれちゃうまでうごかそう。これでさいごだし」

 

 斬首を為した万里花は無手である。ならどうやって首を切り離したか、極めて単純かつ最も信じがたい理由。

 

「がんばれあたし。こわいやつらをみんなやっつけてやろっか」

 

 答えは圧倒的な膂力。肉体の変質により幼子の領域を超えた力が振るわれることとなった。

 

 事件の元凶達が彼女を見れば、「適合」と言葉を吐くかもしれない。それは半分当たりで半分外れている。

 脆くなっているとはいえ人体を捩じ切る、異常なまでの出力上昇は凡百のかれらにはない変化ではあるが、菌の侵食までコントロールしている訳ではない。より妥当な言葉を用いるなら、突然変異とでも言うべきか。より長い時間をかけた獣性のせめぎ合いが生んだ奇跡。

 

 しかし倒したのはまだ一体だけ。続々と集まるかれらの群れは多く、そのほとんどが万里花の後ろにいる瑠璃を認知していた。

 一体取り逃せば瑠璃は死ぬ。全てここで殲滅させる必要があった。異形の力は得たと言えど、変わらず満身創痍の己に出来るのか──

 

「ううん、るーはもう泣かせない、ぜったいに、しあわせにしてやる、だから──」

 

 雲の切れ間から光が差し、万里花を照らす。雨の中、彼女だけが輝いている。濡れた髪と水溜まりに陽光は反射し、幻想的な光景を映し出していた。

 弾ける笑顔。まるでここが楽園であるかのように。紅き地獄を否定する爽やかさ。

 

「わらえよ、あたしッ!!」

 

 天が彼女を祝福するように、より一層輝いた。

 かれらの眼を灼く光。地獄の底だからこそ綺羅星のように瞬いた黄金。

 

 だからこそ、その煌きは条理を、道理を──千里さえ超えて伝播する。

 

 

 

 ○

 

 

 

 車の中の空気は鉛を混ぜこんだように重く苦々しかった。

 車内の誰もが視線を落として言葉を発することなく、運転席に座る慈だけが黙ったままハンドルを切っている。

 

 あの後も屋上から一階まで探し続けて、結局二人が見つかることは無かった。かれらのいない無事な部屋は何一つ見当たらず、隠れられそうな箇所には見るも無惨な腐乱死体があるだけ。

 かれらとなっている姿も見えず、手がかりといえば悠里が抱きしめている血塗れの帽子しかない。

 

 好意的になら、既に学校を抜け出して今もどこかを彷徨っている。悲観的かつ現実的に見るなら、確認不能なほど損傷した死体のどれかに二人が混ざっていた。

 彼女達が前者を選べたとしたらそれこそ、雨がかれらを呼び寄せることを事前に知って(・・・・・・)なければ不可能だろう。気が付いた時点で校門が埋め尽くされていたからこそ、自分達は籠城せざるを得なかったのだから。

 

「……えっと、みんな! まだあの二人は、きっとね……」

 

 由紀が沈黙を破るも、見る間にトーンダウンしていった。数少ない、まだその希望を信じる側の彼女もこの空気に同調しかけて揺れている。

 ぎょろり、皆の暗く濁った瞳が見つめてくる。そこに悪意はなく、ただ注目しているだけではあるのだが。

 

「……もう、いいのよ。ごめんなさい、みんなを危険に晒してまでいない人を探す必要なんて、なかったのに……」

 

 悠里の殆ど動かない唇から、ぼそぼそと諦めの言葉が紡がれる。

 結局のところ選択は悠里次第。悠里が頼んだからこそここまで来たのであって、どのような結果であれ一人納得してしまったのなら、そこで終わるのだ。

 

「るーちゃん、まりか……ごめんね、私が、頼りないお姉ちゃんなせいで……」

 

 あらゆる色を失った顔、生気も無く、まるで人形のように表情が固定されている。深い絶望が、悲しみ以外の全てを流し尽くしてしまった。

 

 仮に脱出したとして、生きている方がおかしいのではないか。ネガティブな思考が頭を埋め尽くしてしまう。この世界は、理由もなく希望が持てるほど優しくできてはいないから。

 

 そう、思っていて──

 

「──ッ」

 

 悠里が後ろを振り向いた。遠くで何かを呼んでいる気がした。

 

 視線の先、僅かに雲が穴を空けており、隙間から陽光が差し込めている。一筋の光芒は辺りに様々な色を映し出した。空に現出した虹、そして地上を眩く照らす。

 その地上から虹さえ凌駕する黄金が立ち昇った。無論それは幻想の類、物理的に光が発されているものではない。ただ、それだけの雰囲気があった。

 

「止めてくださいッ!」

 

 大声に反応して車が急停止した。皆が何事かと悠里を見つめてくる。

 自分以外には聞こえていないのか。

 

 だれかを想う慈しみ、溢れ、漏れ出す思念が自分に何かを伝えようとしている。

 

「……まり、か、なの?」

 

『────』

 

 

 何かが聞こえる。あそこには何かがある。自分の、願いが──

 

 

 

 ○

 

 

 

 かれらの服を引っ掴み、自分の身長にまで頭の位置を下げさせる。有無を言わさない強引さ、邪気の無い笑顔のまま、少女は暴力に血を染める

 

「それっ!」

 

 型も糞もない素人な大振りのフック。しかしその実、空気を裂く音を鳴らし男の頬を三分の一ほど吹き飛ばす威力があった。十も満たぬ幼子の、いや、人の埒外にある膂力。

 顔面を殴りつけられ、大の大人が冗談みたく飛ぶ。二倍以上の質量差、逆ならともかく小さい側が為したのだから恐ろしい他ない。

 

「つぎ!」

 

 万里花が変色した右手を突き出した。爪が肉を削ぐ。掠めるだけで首が抉り取られ、致死量の鮮血が噴き出した。

 子どもらしく、柔らかくぷにぷにとした手のひらはそこに無い。その手には殺傷のための武器、堅く鋭い爪が形成されつつあった。

 

「つぎ──おっとと?」

 

 三体のかれらが万里花を掴もうとのしかかる。背丈の差は圧倒的で、体を大きく開いて迫る様は見上げるほどの壁が倒れるようにさえ見える。

 かれらは皆、この小さな小さな同族擬きを敵と定義した。心の臓を止め、その肉を貪ろう、一分の齟齬もない共通認識が広がっている。

 

 掴んだ、寸前に姿が消えた。少女が跳ね飛ぶ。かれらの身の丈以上に跳ね上がり、下にいる三体の頭部を自らの影が覆った。かれらが光感覚に変化を感じてようやく見上げた時にはもう遅い。

 

「おそいよ!」

 

 首を裂き、眼孔を穿き、頭蓋を粉砕する。瞬刻、暴風が舞った。その姿を二度目に捉えることも出来ずかれらは本当の死を迎え、それでも更に身体を刻まれる。

 かれらが崩れ落ちる前に着地、形成された第二陣に死体を蹴り飛ばし怯ませる。

 

「……ぺっ!」

 

 束の間の小休止、万里花は口から唾を吐き出した。中には血塊が混じる。

 

(びょーきがなおったってわけじゃない。笑ってごまかしてるだけで、あたまがいたい、ひとが、たべたい。あと、あたしはどれくらいこのままでいられるのかな?)

 

 長くは持たないことは承知の上。今は衝動を上回る、ただ一つの想いが体を突き動かしている。

 

 屍の山、むせ返る死臭の中でそれを作った張本人は笑う。死臭さえ心地よいかのように。世界を、自分を騙すために。

 

(たぶん、このうそもほんとになる。人をころすのがふつう、食べるのがしゅうかん。あたしはそんな感じになっちゃって、ニンゲンらしさってやつがもう──ううん、えらんだのはあたしなんだ。守れるものがあれば、それでいいの)

 

 それでも自分は不幸を享受しよう、その先を行く友達のため

 友の背負う筈の不幸まで、自分が二人分を背負って旅立とう。

 

「来なよばけもの、ハッ、まさか、ビビっちゃったかァ!?」

 

 安い挑発はかれらでなく自分に聞かせるもの。そもそもかれらは言語を解するのだろうか。

 

 馬鹿正直に迫るかれらの手をしゃがんで回避し、小ささを活かし下に潜り込む。足を裂き、かれらが崩れれば地を蹴った。

 上へ下へ大きく躍動する。鈍いかれらは手を伸ばしても掴むのは霞ばかりで薄皮一つ剥ぐことさえ叶わない。

 

「ガぁッ!」

 

 右手を用いた貫手。胸の中心、肋骨から心臓、背骨まで一切合切貫いた。

 万里花は抜いた腕を払い肉片を飛ばした。特に肉体の変化が著しいのは右手である。噛まれた位置が関係しているのか。この腕を見て、人外と言わずに何と言う。

 

 

 右肩の損傷を度外視しての猛撃。一度振るうごとに不死者を断つ。代償に元々刻まれていた傷が悪化していく。

 

「きえロォッ!!」

 

 群れのど真ん中に降り立ち、内側から破壊する。その先は蹂躙そのもの。誰一人少女を捉えることなく、接触の刹那から無駄に凄惨に死んでいく。死にぞこない同士、その間に横たわる生き物としての違いを見せつける。

 

 群れを壊せば疾駆を続け、道すがらにある新たなかれらを標的にする。さながら一つの嵐のように。地上に生まれた旋風は激しさを増し、赤き血を巻き込んで膨張を続ける。

 

「ギア、ア、あああ!」

 

 充血した眼が動作の度に赤き残光を引く。その眼は限界を超えた証。人外の力を手にしながら、肉体は未だ変態を続ける。

 黒筋が両足を包んだ。踏み込みの一歩目から爆発的な加速、僅か三歩でトップスピードに乗る。今までも速かったが、今のそれとは桁が違う。

 アスファルトが踏み込みに耐えられず砕け散り、万里花自身の足も靴から血が噴き出した。幾ら外側を盛ろうと素体が脆弱極まる幼子そのもの。急激な変異に肉体が耐え切れていない。

 

 これでは早晩砕け散るだろう。そも、自分に明日など有りはしないのだ。遺って腐り落ちゆくだけなら今ここに注ぎ込めばいい。

 

「アタシハ──」

 

 形成される牙、両腕が更なる変異を遂げ、皮を剥いて肉の塊を曝け出す。

 遂には四つ足での疾駆、人を捨てた獣の如く。更なる加速を為した。壁を、伝うと言うには余りにも速すぎる速度で駆け、空中から体を無理矢理捻り、全体重を乗せての叩き付けに移行する。

 かれらの肉が比喩でなく爆散した。もう既に赤い汁を撒き散らす豆腐でしかない。

 

「──アタしハ、こコにいルぞッ!」

 

 血反吐を吐き出しての咆哮。自身の存在した爪痕を此処に。

 

 只管に斬って斬って斬りまくり、嵐のような殺戮劇。

 

 既に視界は白黒と赤以外を識別せず、自分が何者で、此処が何処かさえ不確かなものになっていった。全身が火に包まれたように熱く、なのに先端から零度が侵食していく感覚の矛盾が生じる。

 吐き出す血のドス黒さ。臓腑のいくつかが侵されたのか。持て余した力が反動を返しているのが分かる。嗚呼、今度は右腕が死んだ、あれ程あった灼熱の痛みさえ感じない。一番力を発揮して、一番摩耗の激しい部位だった。

 

 虫食いだらけで動かなくなったあちこちを、壊れかけの箇所を総動員して歪に駆動させる。それでも段々と動かない箇所の割合が高くなる。

 

(……あたまがぐちゃぐちゃになっても、ぜんしんがいってるんだ。だから、わすれてないよ、あなたのこと)

 

 狂ったように進み続けろ。立ち止まる時も、泣いている暇も何処にも無い。一つでも多くを刻むのだ。過去も今も未来も、己が全てを賭して足掻き続ける。

 雪花の少女が見せた幻想、ああ、やはり、分不相応な願いだったのだろうか。それでも──

 

 ──それでも、あそこに彼女がいないことが許せない。自分がいなくなる分まで、彼女には幸せになってもらわなければ困るのだ。

 自分が道半ばでいなくなっても、足跡は残る。残された者が光を掴む道標となる。いつか、友達が本当に笑えるその時まで、自分はここで笑い続けよう。

 

 

 願いを聞け、想いよ届け。同じように、寂しがっているだろう人に。寂しがりやで、その癖臆病な、偽物でも本当みたいな愛を注いでくれたおねえちゃんのもとへ。

 

 今はそれだけを、願う。

 

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