がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】 作:水色クッション
遺書だ
──だいすき、だよ。
首を、しめられる。息が出来なくなって、目がぼやけて、最後に噛まれて死ぬんだと思った。痛くないようにする、友だちの最後のやさしさだと。
けれど、わたしは噛まれなかった。わたしを置いていくまりーの姿が、ぼんやりと写る。
まって、いかないで。わたしを、食べてもいいから。だからいっしょにいてよ……。
ねぇ、わたしを、ひとりにしないでよぉ……。
──いってきます。
なんで、笑ってるの……?
泣いていいのに。
だってこんなに悲しくて、息もうまくできなくて、元気なんてこれっぽっちも出ないのに。それでもまりーは、どうしてわたしに笑ってくれてるの?
手は、届かなかった。
──わらえよ、あたしッ!!
遠くで聞こえる、まりーの声。夢と現実のあいだにいるわたしにも、はっきりと聞こえたし、見えた。
キラキラしたきんいろの光。まりーが見せた、はじけるような笑顔。
ひとりぼっちの暗闇を照らしてくれる。まりーに任せてもいいんだって思った。やさしさがわたしを包んでいく。
きんいろの光はやがて遠くなっていった。もう、追いつけない。
……ちゃん、るーちゃん──
わたしの耳元でつぶやく懐かしい声。ああ、この声は──
ずっと聞きたかった、会いたかった。わたしの一番頼れる人。
大好きな、わたしのおねえちゃんの匂いがする。
ほんの少し、目が開いた。ぼろぼろ涙を流している、りーねーの姿。ぎゅっと強く抱きしめられる。まりーと違って、雨に濡れているのにとてもあたたかい体。
ちゃんと生きている人のぬくもりがした。
それじゃあ、まりーは、あのときはもう……死んで、いた、のかな。でも、こころだけは、今に負けないくらい、たくさん溢れていたのが分かる。
──るーちゃん! ああ、よかった……もう、大丈夫だからね……!
わたしの大好きな人に会わせてくれた。まりーの想いが、わたしたちを繋いだのかな。あなたの笑顔が、わたしにしあわせを運んでくれた。
でも、ね──
あなたは、どうしてここにいないのかな。
わたしだって、同じくらいあなたを助けたかったのに。
あなたの願いは、届けられたよ。
わたしの願いは、届かなかった。
○
「その子か?」
「ええ、そうよ。大切な、たった一人の妹」
胡桃が言う先には、悠里の背中に担がれた幼子がいた。彼女の言葉によれば、これが妹の瑠璃らしい。
あまり似てはないよな、と胡桃は率直に思う。髪の色や顔立ちに、共通点はあまり見られない。年の差のせいだろうか。
「……よく見つけられたな。まるで分かってるみたいに、真っ直ぐ向かっていっただろ?」
「……私にも、よく分からないけど、そんな予感というか……声が聞こえた気がしたの」
「妹のか? いや、今も気絶しているだろ? 声なんて……」
「違うわ、もう一人の、この子の友達の──」
「──まりー、がね、よんでくれたんだよ」
かすれた声で呟いた瑠璃に二人は目を見開く。ずっと気絶していたと思っていたが、どうやら話は聞かれていたらしい。
「っ、そいつは今どこだ! まだ見つかってないから──」
「いなく、なっちゃった。きのうね、肩をかまれてたの。びょうきになって、そして最後にわたしにかみつこうとしたのをやめて」
「っ……」
言葉を失った。
病気、噛み付く、単語から察するにかれらになったと言うこと。それが意味するは、もう助からないと言うことになる。
感染者を戻す条件、薬が効くには、感染後数時間の初期段階に限る。それを過ぎれば打ち込んだところで、かれら特有の不気味な生命力を取り除いてボロボロの体だけを残し、衰弱死を招くだけだ。
そう、教師である慈は言っていた。
「きょう、まりーがたおれてるのを見て、待ってるだけじゃまにあわないって思ったの。あいつらが来る前のあさにがっこうからにげて、まりーをかついで、ここまで来た」
二人は瑠璃の足を見た。膝は擦りむいて血が垂れ落ち、足首は赤く腫れ上がっている。挫いた足で、それでも歩き続けた傷痕。
こんな子どもがどうやって歩けたのだろうか、それも荷物を担いで。大の大人でさえ一歩も動けそうにない痛みが襲うというのに。
「でも、まにあわなかった。たすけ、られなかった。まりーは自分があいつらになる前に、わたしがここにいること、伝えにいったんだ」
(それが、この荒れ果てた有様か? さすがに信じがたいぞこれは……)
道の先には巨熊でも暴れ回ったような破壊痕が広がる。妹を担いで手の塞がった悠里を庇う胡桃だが、かれらが襲いかかる気配は一向に無い。全て道の端に肉塊と化して捨て置かれていた。
人が作り出していい光景ではない。それが出来るのなら、それは怪物と呼んでいいだろう。
「……りーねーにも聞こえたんだよね。まりーのことば」
「そう、やっぱりあれは、万里花だったのね。るーちゃんはここにいるよって、あの子、ずっと叫んでて──」
本来、死者が放つ言霊が。かれらという生者と死者の狭間に万里花は居たからこそ、現実に未だ肉体が在りながら届いたのか。
全ては確かめようのない現象。其処にいる死者が口を開くことはない、そも、あの時目を奪われた黄金も、言ってしまえば脳の錯覚によるものである。
それでも、二人が出会えた奇跡は確かに此処にある。聞こえたような言葉は錯覚だとしても、背中に感じる重みは、決して幻想ではない。
「まりーのおかげで、わたしはりーねーに会えたよ。でもね──」
垂らされた手をぎゅっと握りしめる。顔がくしゃりと歪んだ。
「わたしだって、まりーを、たすけたかったんだ……。けど、わたしのやったことは、ぜんぶまちがっていた。あのままがっこうにいても、きっと同じようにまりーがたすけてくれる。たすけて、しまうから……わたしがどうしていたら、今ここにみんなでいっしょにいれたのかな」
「るーちゃんの、せいじゃないわ。私達があと一日早く迎えに来ていればよかったの。……だから、これは私のせいよ。るーちゃんは悪くないわ」
「……ちがう、だって、だってわたし──」
「だってるーちゃん、こんなに頑張ったのよ? 本当に、よくやったわ。だから、私を恨んだっていいから、自分のことをそんなに責めないで……ね」
「…………」
赤い車が視界に入る。近くにいた三人が瑠璃に駆け寄り、それぞれ思いを込めた言葉をかけてくる。一度も顔を合わせたことは無いのに、泣き出すほど心配してくれていた。
抱きつかれ、ぎゅうぎゅうのもみくちゃにされてしまう。力も声も出ないので成すがままにされるしかない。悠里が足を怪我しているのだとと言えば、慌てて拘束を解いて謝り始めた。あたふたと慌てる様に、瑠璃は少しだけ吹き出してしまう。
(ねぇ、まりー……わたし、あなたをすててたすかったの。……ひどすぎるよね、わかってる、けど──)
近くに頼れる人たちがいる安心感が、体の疲労を浮き上がらせる。
遠ざかっていく。万里花が置いていかれてしまう。自分が、切り捨ててしまったから。
罪である。なんて浅ましく、身勝手極まりない行為である。赦されることなどない、呪われて然るべき──親友は、当然自分を恨むべきであり──
(──わたしを、ゆるしてくれますか)
去り際の、無邪気な笑顔が頭をよぎる。なんだって肯定してくれそうな、一片たりとも負の感情の無い笑顔。
こんな自分でも、此処にいてもいいのだろうか。
このあたたかい世界にいることを、あの笑顔に、ほんの少しだけ赦された気がした。
○
(そっか……あえたんだね)
二人の再会を感じ取り、万里花は赤く染まった瞼を再び開ける。世界がやけに赤いのは、目に血が降り掛かっただけではないのだろう。鼓動に合わせて、視界の端から筋のようなものが侵食していく。
(あたしのことは、ほっといていいから、さ)
探し回って、声をあげていることは知っていた。姿もちらりと見たことがある。彼女たちが見つけられなかったのは、万里花の容姿が変わり果てているからだった。皮膚を剥ぎとられた四肢、顔は黒斑に覆われ見る影もない。
万里花自身に見つけてもらおうという気が無かったことが、一番の原因であるのだが。路地裏に消え、死体に重なっていれば、誰も生存者がいるなどと思わぬだろう。
「かふっ……」
(……や、ば。あんしんしたら、もってかれていく)
意図に反して動こうとする体。自由が効かない。意識による抵抗と合わさり手足は痙攣したように跳ねる。
もう一度体は立ち上がろうとして、腕が動かなかった。
あれだけ人外の力を発揮した四肢に、なんの力も入らない。搾り出したところで、一雫さえも出ないほど衰弱しているのが感じ取れる。
(ううん、これでいいんだ。ばけものになったあたしが、みんなをきずつけたくなんかない。だから、あたしは──)
どくどくと流れる血。肉が削げ、骨が隙間から垣間見える。
どれだけ痛みを我慢したところで、肉自体が壊れれば動きは鈍る。そうしたところを捕まれ、喰らわれた。
なんとか気力を振り絞って撃破したが、それが最後の集団だったことは幸いであった。
血は溢れて止まらない。おそらく、真にかれらとして立ち上がるまでの時間の猶予はない。心はまだ人として死ぬことは出来るかもしれない。
(こんな、ときに、おもいでがうかぶ。これがそうまとーってやつか。………… はは、おんなじかお、ばっかりだね)
輝きを失った瞳。万里花の眼は今、現実を見ていない。
今までの、短い生の思い出がちらついてくる。十にも満たない年月の限られた思い出、その中で彩りに満ちたものの殆どが、友がどこかに関わるものばかり。その占有率に苦笑を禁じえない。
(でも、そうだよね。むかしのあたしってぬけがらみたいだったし、いきることに、なんにもかんじてなかったんだ)
思い返す記憶。どのくらい前だったかは混濁して思い出せない。ただ、あったという記憶だけ。
『わたし、るりっていうの。あなたはたしか……まりか、だよね?』
『……なに?』
『もしかして、泣いてたの? ねえ、泣くときってね、ひとりでいたらもっとさびしくなっちゃうよ。かなしいはわけあわないと』
『…………ふん』
彼女との出会い。あの頃の自分は今よりも暗い性格だったような。
誰もいなかった。自分の中のがらんどうを満たしてくれる、特別な何か。皆にあって自分にないもの。
やがて自分は羽虫のように、彼女の明るさに惹かれていった。
友がくれた熱、その姉がくれた愛、それが自分の心を満たしてくれた。空っぽの世界に色がついた。
二人が、千寿万里花という存在を救ってくれた。
救われた命、それをただ返すだけ。それでもこの思い出に対する恩にしては、まだ少なすぎるのかもしれないが──
(……ねぇ、そこでなにをしてるの? ……あの子をみてる?)
終わりを知った。聞こえなくなる。感じなくなる。何も見えなくなり、そして見えない何かが見えてくる。
(きみたちもともだちだったんだ? でも、ここでまってもむだかもしれないよ? おねえちゃんといっしょに生きることを、あたしたちのともだちはえらんだから。……そっか、それでもまつんだね。あたしもいっしょだ、えへへ)
薄闇の中に見える幾人か。きっとそれは生きている者には見えぬものなのだろう。限りなくその世界に近くなったからこそ、初めて認識をした。
(はなれてしんぱい? ううん、そんなことないよ。いまは、まわりにすてきなひとがいっぱいいるから。だからね、あたしたちがしんぱいしなくても、だいじょうぶだよ)
だから
これからは──
「ありがとう、るり! あなたのことだいすきだった、ううん、だいすきだよ!」
愛する人が往く道が、きっと光に満ちていることを願おう。
きっといつか、心から笑えるように。