がっこうぐらし! 称号『しょうがっこうぐらし!』獲得ルート【本編完結】   作:水色クッション

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アフリカンマリーゴールド
和名:千寿菊
花言葉【嫉妬】【悲しみ】【友情】【変わらぬ愛】など


かれら殺し

 おはよーございまーす!!! 

 嘘です夜です真っ暗闇です。

 

 前回は最初のゾンビラッシュを凌ぎきったところからでしたね、夜になったことでかれら化した児童の大半は下校し、残っているのは残業に囚われた先生方だけでしょう。子供のために身を粉にする姿に涙がで、出ますよ……(建前)早く全員帰って、どうぞ(本音)

 

 流石にずっとトイレに篭りっぱなしというわけにもいかないので、行動を起こすとしましょうか。探索ゼロで一日潰してしまっては後々詰みかねません。

 今夜中に部屋一つをセーフルーム化、仮でいいので寝所の確保を目標に動きます。クッソ狭いトイレで寝てしまっては疲労と正気度がマッハ。

 これが高校なら二日目に屋上向かうだけで安全に助かるのですが……生き残りは自分たちしかいないので仕方ありません。

 

 名残惜しいですが抱きつきを解いて──ああっ、離れただけで泣かないでるーちゃん! 大丈夫だから、ちょっと周辺を見に行くだけだから! 

 予定よりも恐怖度と正気度が危険ですねクォレハ……。計三回の乱入イベが効いてしまってます。

 

 説得の結果三分だけ離れる権利を勝ち取りました。この時間で周辺の安全を確保してしまいましょう。

 ちなみにこういった約束、時間を過ぎると信頼度や正気度の低下、心配により単独でプレイヤーを探し始めるといったマイナス行動を起こします。注意しましょう。

 

 それでは装備を確認して……お、ランドセルの中からハサミを見つけました。子ども用なので攻撃力も耐久もしょっっッぼいですが、現状唯一のまともな武器です。……武器なのかな? とにかく装備しておきましょう。

 

 準備万端、外に──おっと、転がってる死体に躓きました。真っ暗だから仕方ないね。気を取り直していざ出陣! 

 廊下はまだ灯りが生きていますね。二日目あたりから電気系は氏んでしまうので、明日の昼までには光源の確保も必要です。

 

 近くに子どものかれら一体(・・・・・)(僅か5文字で矛盾)を見つけました。お誂え向きに後ろを向いてこちらに気がついていません。こいつで初めて()を卒業してしまいましょうか。

 

 音を立てないようにこっそりと、充分に接近しましょう。範囲内まであと二……一……喰らえステルスキル! 

 飛びかかって首に一刺し、二刺し! 力づくで体を崩した後のもう一発! 床に押し付けた末のトドメの一撃! 

 ……モーションクッソ長いっすね。しかも周りに音は立てるし、相手の筋力値によっては振りほどかれるし、こんなんじゃ商品になんないよ~。

 ままええわ。この糞モーションは武器とスキルがあれば改善しま

 

 ゥ゙……ゲエエェァァ……

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 なんで? なんで? なんで? 

 

 

 

 ……えーと、あ、まりーちゃんゲロ吐きましたね。え、うそ、なんで? 

 この精神値だと一体目でも大丈夫なハズなのに……

 

 

 おおお落ちつけステータスを見間違えたんだちゃんと確認して

 ──ギャァアアアア正気度が減ってるぅうううッ!!? 

 死んじゃう、発狂しちゃうぅウウウあああああああ!!!! 

 

 

 ……混乱して操作を放棄してますねこれ。うーんこのガバガバプレイ。

 何故ゲロったかは分かりませんが、ひとまずるーちゃんのところに戻りましょう。放心してたせいで時間がヤバイ。

 

 さぁるーちゃん、安全は確保した! 一緒に行こうぜ! 

 え、顔色悪い? 酸っぱい臭いがする?

 …………隠そうとしたのに一瞬でバレましたね。信頼度が高いというのも考えものです。

 

「この服って……しおんちゃんだよ、ね?」

 

 あ、そっかぁ……。さっきコロコロした奴はどうも友達だったみたいです。そのせいでショックと精神値の判定に失敗してゲロったんですね。

 

「……たすけられなかったの?」

 

 これしか方法ないからね、しょうがないね。(生き残るためには)覚悟決めろ。

 

「まりー、それって…………うう……わ、……わかっ……た……」

 

 ええ子やるーちゃん。まあ、るーちゃんにかれら頃しをさせる気はないです。精神値がりーさん以下のため、下手すれば一発で病みますから。

 

 かれら頃しによる精神摩耗は数重ねるほど耐性得るので、雨の日までにヤリ慣れておくのは実際ダイジ。道すがらドンドンヤっていきましょう。

 

 

 −−−

 

 後ろ向いてステルスキルのチャンスですねぇ! 喰らえ滅多刺しアタックゥ! 

 次行こうぜ。

 

 −−−

 

 割れた窓ガラスにかれらをぶつければ、突き破って落下するか頭部切って大ダメージを与えられます。ちょうど実践してやりましょう。

 ガシャーン! ア──…… はい、今回は即死させられましたね。

 

 −−−

 

 かれら一体とタイマンですね。上級生なのかこちらより少しデカいですがこの程度なら問題無しです。るーちゃんは離れててね。

 ノロノロ掴みを回避して膝裏に攻撃。掴みの勢いも相まってすっ転んだら首にハサミをグザー! ハサミも耐久すっからかんなので奥まで蹴り刺してトドメ。これぐらいならクソザコ能力値でもやりようがありますね。

 問題はこれが大人かれらで通用するかだな……。

 

 −−−

 

 職員室の前までたどり着きました。今回はここを拠点として雨の日まで過ごしますが、まずは中にいる奴らを全員ぶっ倒してセーフルーム化させる必要があります。

 ここでセーブしておく予定が、ゲロった動揺でこいつ忘れてますね。モンハウ化していたら絶望ですが、一%なんか引くわけないやろ(慢心)

 失礼しますなんて言わなくていいのでこっそり開けましょうね。

 

 頼む頼む頼む頼む頼むお願いしますなんでもしま…………よかった。幸運にもたった三体だけですね。馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前(安心した途端強気になる屑)

 

 ですが油断してはいけません。大人かれらに万が一掴まれると、筋力差が開きすぎて脱出QTEもできず噛みつかれます。要は攻撃のほぼ全てが問答無用で即死の極悪仕様になっているわけですね。コワイ! 

 

 まずは一体目をステルスキルで…………あ、武器は壊れてましたね。代用としてそこらの椅子を持ち上げて後頭部に投げつけます。どっせーい! 

 よしよし怯みました、接近してトドメをぐふぇ!

 糞が! 振り回された腕に引っ掛かっただけで吹き飛ばされたぞ!? だが奴はスタン状態、今度こそ確実に息の根止めてくれる! 

 ヨシ! (死亡確認)残り二体ですね! 

 

「みぎだよまりー! 気をつけて!」

 

 おっぶぇ! 随分近くまで寄られてましたね。

 これが非戦闘員のるーちゃんを連れてきた理由です。画面外の死角からの攻撃に反応して、セリフを言ってくれるんですね。

 

「まりーに、近づかないでっ!」

 

 他にも物を投げて敵の注意を引いてくれたりします。今やってますね。怯んだかれらには急所攻撃が可能なのでチャンスにもなります。この機会を逃さないように。

 机の上にカッターが置いていたので回収、隙だらけの喉を掻っ裂いてやりましょう。ᖴoo↑気持ちいぃ〜(血に酔う)

 

 最後の一体は回り込んでチクチクすればオワリ。

 実にスムーズな流れでした。特に二体目はるーちゃんがいないとこうは行きませんでしたね。イエーイ、とハイタッチしたいところですが、るーちゃんが何やら暗い顔してます。そら(直接ではないとはいえ人頃したら)そうなるわな。

 

 正気度が心配なキャラは何人かで協力してかれらを倒せば、一人でヤるより正気度の減少は少なくなります。赤信号、皆で渡れば怖くない(集団心理)

 

 それではセーフルーム化のために死体を窓から投げ捨てて…………投げ捨て……投げ…………

 

 持ち上げられませんでした。ハァ〜〜……(クソで固め息)

 仕方ないので廊下まで引き摺っておきましょう。後は入口に鍵を掛けて、近くの棚も倒して物理的にも塞いでしまえば完成です。

 これでようやくひと息つけますね。チカレタ……

 

 ステータス的にも疲労がMAXなので、軽く物色したら就寝します。ゲロしたせいで食事も水くらいしか受け付けません。

 ちなみにいくら物色しても学校内に例のマニュアル(SAN値直葬品)は置いてません。うっかりミミックを開けるガバはありませんね。

 

 ……

 …………

 いくつかの菓子とペットボトルがありました。固形物は今は無理なので水分だけ補給しておきましょう。るーちゃん、お菓子どうぞ。

 

 後はそのへんのソファに寝っ転がって就寝! 疲労値もあって一瞬で画面が暗転します。

 

 一日目が終わったところで今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 ○

 

 

 

「るー、あいつらはもういなく、なったから、ここを出よ?」

 

 あたりの安全を確認してくる、そう言って一人離れた親友が戻ってきた。

 ほんの一瞬の内に、人の顔はここまで変わるのか、開けた扉から見える顔つきに、瑠璃はそう思わざるを得ない。

 

「……ま、りー? なにが──そのあかいの」

「だいじょうぶだから。ケガは、してないよ。えへへ」

 

 笑う目の奥に光は無く、代替として虚ろを宿す。青褪め痩けた頬、呼吸に交じる酸の臭い。血に濡れた左手は隠しようもなく震えており、彼女が何を為したか察するのは容易い。

 

「この服って……しおんちゃんだよ、ね?」

 

 すぐ側の廊下に倒れた死体。着ている服には見覚えがある。ほんの数時間前に話をした仲の友達。近くでぶちまけられた吐瀉物が血と混ざって悪臭を放っている。

 凶行者の正体は、最早疑いようもない。隣に立つ親友だった。

 

「たすけられなかったの……?」

「よんでも、たたいてもダメだった。これしかないよ。やらないと、私たちもあいつらになっちゃうから。ああでも、つらいのに、どうして私こんな顔してるんだろうね?」

 

 万里花は暗い笑みを浮かべた。悲しみの涙、矛盾した嗤いが張り付いている。

 顔を拭い、深く息を吐く。ほんの少しだけ顔色が戻り始めた。

 

「……うん。もうだいじょうぶ。かくご、できた。……これからは、あたしがるーを守るから。あんしんして。あいつらは、あたしが、『ころす』から」

 

 つまりそれは、自分ひとりが汚れを負うことだと、拭えぬ血を被ることだと言っている。止めることが、あるいは共に罪に塗れることが、友人として正しい有り方なのだろう。

 

「わ、……わかっ……た……」

 

 それを自分は、肯定することしか出来なかった。弱く、臆病で、『かれら』を殺す覚悟が持てなかったから。

 

「じゃあ、いこっか! しょくいんしつが使えるようになれば、きっとソファとかで寝られるよね」

 

 彼女はやはり笑顔を張り付かせている。平気だと、心配ないと誇示するように。弱い自分を、支えるくらい大丈夫だと。

 

(なにか、わたしにできること……なにか、ないのかな。もらってばかりなんて、友だちって言えないよ……!)

 

 辛いときには協力し、分かち合える仲であることが、本当の親友と言えるだろう。だからこそ瑠璃にとってこの甘い嘘に溺れ続ける状況は、容認し難いものであった。

 

(あなただけが、まもりたいって思っているわけじゃないんだ。わたしだって、あなたのことが大切なんだから)

 

 今は共に並べない。けれど、いつかそう有れるように。彼女は心の内に、静かに決意を固める。

 

 

 ○

 

 

『覚悟はできた』その言葉に偽りなど無いかの如く、万里花とかれらの間に躊躇は見られない。

 

 見知った顔に躊躇いなく凶器を突き立てる姿を見て、瑠璃は親友として少なくない畏怖を覚えた。

 

 友として付き合ってきた中で、彼女はいわゆる世間の普通とズレた(・・・)人間ではなかった筈。それがこうも一瞬で変質した。

 近くにいるはずなのに、遠くに行ってしまった感覚。

 

 既に、変わり果てた世界に順応を始めているらしい。あるいは先程の友の殺害に伴い、頭のネジを一つどこかに飛ばしたか。どちらにせよ彼女は、前の世界の正しさとは離れはじめている。

 

 二人、三人、殺すたびに振るう手から慈悲が消えていく。だんだんと慣れてしまっている。親友が変わってしまっていくのが、酷く怖い。

 

(目を、そむけちゃだめ。わたしは見ていないとだめなんだから)

 

 彼女の変質が自分のためだと理解しているからこそ、それに何かを言う資格もないと分かっていた。

 自分は片棒をかつぐ共犯者であり、その罪は等しく背負わされるものである。だからこそ、目を背ける訳にはいかないのだ。

 

 道中の『邪魔』なかれらを殺しながら、二人は目的の部屋、職員室の扉を開ける。

 中には子どもたちと同じく、かれらとなった先生が三人。どれも見知った顔である。内一人は、クラスの担任でもあった。耳が鈍くなっているのか、扉の音に気がついた様子はない。

 

「そこにかくれてて」

 

 言葉短く、万里花は姿勢を低くしながら担任に接近を始めた。小さな体はしゃがむだけで机の影に収まり、かれらの視覚に入りにくい。

 見つかることなく後ろを取り、近くの椅子を持ち上げた。そのまま叩きつけるように担任に目掛けて投げつける。

 

「きむらせんせい、ごめんなさ──いっ!?」

 

 頭部にぶつかったかれらは、呻きをあげて仰け反った。謝罪と共に最後の一撃を入れようとした時、万里花の目が大きく見開かれる。

 

「ぐ……痛っだ……」

 

 振り返りと共に無造作に払われた腕に、彼女の頭部が巻き込まれた。意図しないただそれだけで、軽い体は殴りつけられたように横に飛ぶ。

 彼女とかれらの体格差は、正しく大人と子どものそれ。埋めがたい差が大きく開いている。無造作な一動作さえ、致命的な脅威にもなり得る可能性がある。

 

 幸運にも、支障をきたすダメージとはならなかった。先に立ち直ったのは少女。未だにふらついているかれらに対して、再び椅子を持ち上げ、今度は投げることなく殴りかかった。

 

「うあああああああああーッ!!」

 

 咆哮をあげて頭部を潰しにかかる。倒れ伏した担任に向けて、幾度となく叩きつけた。かれらに成ると肉や骨は軟化しているのだろうか、幼子の力でも頭蓋骨は潰れていく。

 

「はぁ……! はぁ……! げほ、これで、あとふたり……!」

(だめ、みぎにせんせいが来てる!)

 

 痛む頭を抑える万里花に、かれらの接近に気がついた様子はない。隠れて様子を伺う瑠璃には、万里花と違い部屋を広く見渡せた。

 

「みぎだよまりー! 気をつけて!」

「──えっ? ヤバっ!?」

 

 瑠璃は咄嗟に声を張り上げた。反射的に視線を動かした先、ほんの1mにかれらの腕が迫る。咄嗟に反対側に距離を取るも、後ろには二体目のかれらが待ち構えていた。

 小さな体で机の下を素早く潜り、横の通路へと抜け出した。これでひとまずは、直面の危機は去った形となる。

 

(まずいまずいまずい、このままじゃまりーが!)

 

 正面から挑んだところで大人には力負けするのは明らかである。故に背後を取るか、不意をつくかの必要があるのだが、二人に追い回されて思うように動けないでいた。

 

 すぐに万里花の息が切れ始めた。生死に関わる緊張の連続、それも今日初めての出来事。かかる負担は幼い身には並大抵のものではない。

 

(なにか、なにかしないと! さっきやくそくしたんだ、わたしもまりかをまもるんだって!)

 

 いてもたってもいられなくなり、隠れ場所から飛び出した。音を立てたことで一瞬だけ寄せられたかれらの眼。濁った瞳に見つめられるだけで竦みそうになる。

 しかしそれだけだ。かれらは目線をすぐに外し、近くにいる万里花を優先して狙う。

 

「まりーに、近づかないでっ!」

 

 近くにあった物を無我夢中で投げつけた。初めて行ったかれらへの攻撃。思えば、相手を傷つけようと明確な害意を持ったことさえ初めてのことかもしれない。

 

 ぶつけられたかれらがゆっくりと振り返る。標的を親友から自分へと移した。またしても向けられる眼と、自分一人に浴びせられる膨大な殺意。

 なんの暖かさもない、飢餓衝動に支配された(けだもの)の感情に身が氷ついた。蛇に睨まれた蛙に等しく、被食者として扱われていることに本能が絶叫する。

 

「ひぅ、ぃ、や──」

 

 初めてかれらを見たときのように、全身が金縛りに合う。近づいてくるかれらに対し、何も抵抗できない。

 死が目の前に迫る。

 

 

「や、めぇ、ろぉぉおおおおああっ!」

 

 窮地を救ったのは、またしても自分の親友。

 後ろからかれらの体に絡みつき、手にしたカッターでかれらの首の裏、後頚部を力づくで引き裂いた。

 

 傷から赤の噴水が舞い上がる。必然、しがみついていた親友にそれは降り注ぎ、彼女の貌を染め上げた。

 

「…………ごめんね」

 

 小さく呟かれた謝罪は何に対してのものか。そこで口を噤んだ以上、それは本人にしか分からない。

 

「……あとは、ひとりでやれるから、休んでて」

 

 そう言い残して、万里花は最後の一体に向かい合った。障害物を利用した跳んでしゃがんでの立体的な移動。

動きの鈍いかれらでは影も掴めない、上手く死角に回り込んでいく。確実に付ける隙だけを狙っての攻撃は、時間はかかれど危険の色はない。

 やがて脚の負傷によって倒れたかれらに、何度も物を叩きつけて頭を潰した。これで三人目。動くものは、少女たち以外にはいなくなる。

 

「はぁ……はぁ……も、だめ……」

 

 万里花は崩れるように壁にもたれかかった。疲労がどっとのし掛かったのか、しばらく動き出しそうには見えない。瑠璃はあの時の恐怖が未だ抜けず、腰を抜かしたまま。

 部屋に静寂が広がる。荒い呼吸だけがいやに響きわたった。

 

「……さすがにここにおきっぱなしは、よくないよね。せんせいたち、そとに、だしてくるよ」

 

 数分後、ようやく呼吸を整えた万里花が立ち上がった。「重い……」殺したかれらの死体を抱えて出口に向かう。身長差から半ば引き摺るような格好であり、今にも潰れそうである。

 

 三度の往復で全員を外に出し、出口を施錠する。深く息をついた彼女の全身は汗まみれで、それを覆うように血に濡れている。

 

「は、は、るー、だい、じょうぶ?」

 

 息も絶え絶えに呼びかける。呼ばれたことで瑠璃はようやく思考を取り戻した。

 

「あ、え、わた、わたし」

「ちょっと、つかれちゃったから。ごめん、あたし、さきに休むね」

 

 飲みかけの、誰のものかも分からない水を躊躇なく飲みほして、ソファにその身を投げ出した。間接がどうのなど最早気にする余裕も無かったのだろう。

 ほんの十数秒で意識を手放し、永眠するかのように深い眠りに落ちる。

 

 最初のかれらを殺した時以外、外に現すことこそなかったが、彼女の体は肉体的、精神的にも限界が来ていた。十にも満たない幼い少女が、ほんの半日で年の数より多くのかれらを殺したのだ。衝撃は計り知れるものではない。

 

「…………」

 

 瑠璃は万里花の近くに腰を下ろした。小さな寝息も聞こえる距離。

 顔を覗き込む。眠りによって剥げた仮面の下、血濡れた少女の顔は歪んでいた。

 

「ごめんね、わたし、なにもできなかった……」

 

 向けられた殺意、一度で耐えられないほどの恐怖に襲われた。それを親友は何度も、何度も向けられて、それでもそれを跳ね除けていた。

 恐怖は感じていたのだろう。最初の涙も、今の怯えた顔も、本当の心の内を現している。

 

「こわかったよね……わたしのせいで、いっぱいめいわくかけたよね……!」

 

 涙が零れ落ちる。共に並ぶと誓ったはずがこのザマ。あまりの情けなさに死にたくなる。

 零れた水が、血濡れた彼女の顔をほんの少しだけ洗い流した。

 

「もうこんなの、いやだよぉ。きょうのことなんて、ぜんぶ、夢だったら、いいのに……」

 

 頭はこれを紛れも無い現実だと理解していても、今も心は必死に否定し続けている。何もかもただの悪い夢で、目が覚めた後に、隣の親友にこんなことがあったのだと笑い話を提供する。きっと親友は馬鹿みたいに心配して、夢の中であたしを呼べと胸を張るのだろう。

 

 それができれば、どれだけ良かったことか。きっともう、戻らない夢想なのだろう。


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