中学に入ってそろそろ一年が経つが、俺は通院しながらマネージャーの仕事をしていた。
朝練が始まる前には準備をしなければならない。一番に部室を開けて、倉庫からもバットやボールを出してグランドの整備をする。粉からスポーツドリンクも作らなきゃいけない。
練習が終わったら用具の片付けもしなきゃならない。部費の節約のために糸キレしたボールの補修なんかも仕事の一つ。始めた頃は針で指を刺し続けて、手はいつも絆創膏だらけだった。
練習中はみんなのタイムを計ったり、スコアブックの付け方なんかも覚えなきゃいけなかった。
まぁ、そっちは違うヤツがやっているからいいけど。
他校の練習や試合への偵察もした。ビデオカメラで撮った動画を監督や部員に見せたり、相手の癖も説明しなきゃいけない。
思った以上にハードだった。正直舐めていた。慣れるまでは辛かった。
一番つらい、というよりは面倒なのは一人めんどくさい奴がいたことだ。
「おほ、相変わらずマネージャーおつかれー!さすが元エース!マネージャー業もエース級だねぇ」
「太鳳、アンタは邪魔すんじゃないよ。遥、お疲れ」
俺がボール磨きをしていると、土で泥だらけになったユニフォームを着た女子部員が近づいて来た。
俺を横浜に誘った相楽と元チームメイトの沢だ。相楽のヤツは練習の合間に俺のところに来てはいつも煽って来る。沢はそんな相楽を連れて帰る役回り。
「イヤー、一人寂しくボール磨きしているかわいそーな
『ハルちゃん』
再会したアイツがいきなりハル呼ばわりしたせいで、この呼び方が先輩たちにも定着しそうになっていた。
「お前ら、練習は?」
「現在、休憩中でーす」
休憩なら作ったドリンクを出さなきゃならない。レモンの蜂蜜漬けも作ってあるしそれも出さなきゃ。
「ドリンクなら・・・・・」
「ああ、それならもう勝手にやってるよ。この前と味が違うね。助かるよ」
見ればジャグからもうみんなスポーツドリンク飲んでる。タッパーに入ったレモンの蜂蜜漬けも食べてくれてる。
「ハルちゃん女子力高いよね。料理うまいし、将来は専業主夫?」
「なわけあるか」
「だよねー。コミュ障なハルちゃんには到底ムリだねー」
そういいながら相楽はレモンを頬張る。初めてレモンの蜂蜜漬けを持って来た時にはコイツに全部食われかけた。
楽観的で調子がいいやつ。悔しいが、それに助けられたこともあった。
「ねぇ、遥。アンタ2年になったら選手に戻らないの?」
「ちょっ、弥生!」
いきなりの質問に内心驚いた。
確かに、医者から言われた最低一年は過ぎている。地道にリハビリに励んでいた。壊れてはいなかったから復活は出来るらしい。でも、
「・・・・・悪い」
「そう、・・・・・」
沢は横浜ではピッチャーだった。だが、試合中に肘を故障し今はセカンドを守ってる。投げることは出来るが、速い球は投げられない。
もし、肘の爆弾が爆発すればもう野球ができないかもしれない。
同じく故障を抱えているから気にしているようだった。
「ピッチャーは無理でも今はバッターとして復活すればいいんじゃない?また、戻ってくるんでしょ?完全復活したら、エース確定でしょ」
現在、風林野球部は選手6人、マネージャー1人の7人しかいない。3年が引退した後、2年生が1人を除いて集団万引きをして強制退部。責任を取って監督も辞職した。
俺は監督のことを俺は納得していなかった。いや、
監督だって責任はあるかもしれないけど、2年の担任も責任を取るべきだ。監督はあくまで監督で先生じゃない。生徒の責任なら教師と学校もとるべきじゃないのか?
もし、監督がいればきっと立て直してくれると思っていた。
正直、一人でも戦力が欲しいが俺が復活するにはまだ時間がいる。もう少しで新入生が入るから今年は部員獲得に力を入れなければ、と新キャプテンは張り切っていた。
「沢は、ピッチャーやらないのか?」
「無理に決まってんじゃん。ピッチャーは諦めて太鳳と一緒に後ろを守るよ。どうせ、女の私は甲子園なんかでないからいいけど「そんなのは関係ない」・・・・・えっ?」
「俺はお前の球が好きだった。速くて、力強くていい球だった。やりたいなら、しがみつけばいい。それだけだろ」
俺は負けたくなかった。最後の試合、他の奴らに降りろと言われた。みんな心配してくれたんだろう。
でも、
『右がどうした。ダメになれば左でやればいい!左もダメならバッターになればいい!将来なんてどーでもいい!負けたくない!俺は、今!ここで!負けたくないんだよ!』
ずいぶん馬鹿なことをしたと思う。結果、俺はマネージャーになってる。
だけど、後悔はしていない。あの時の俺は、そうしたかったから。
「ス、ストップ、ストップ!弥生も遥も熱くなりすぎ!」
「熱くなんてなってない」
「同じく」
「はあー」
少し、感情が入っていたかもしれない。みんなそれぞれ違う考えを持っている。でも、沢がピッチャーをやめるのが正直、嫌だった。エースを争っていたしホントにアイツの球が好きだったから。
男だ、女だなんて関係なく本気でプレーしている姿が好きだった。
「もう、行く」
「うん、じゃあねーハルちゃん!」
「それ、止めろ」
「……ま、頑張れ」
「……おう」
俺はそのまま違う仕事に向かった。
「アタシのこと、好きだってさ。コールド勝ちだね」
「はぁ!?何言ってんの?弥生の球のことでしょ!リードすら取れてないよ!」
「はいはい、ほら、戻るよ」
「ただいま」
部活が終わり、用具の片付けも終わった後家に帰った。
マネージャーは朝早くて夜遅く帰ってくる。学校の勉強とリハビリがある以上かなりハードだ。
「お帰り、遥。お疲れ」
「うん、父さんもお疲れ」
出てきたのは父さんだった。俺とは違い黒ではなく茶髪の髪。会社に勤めながら社会人で野球をやってる父さんはチームでは4番。高校時代には甲子園に出ていたらしい。頭も良くて、一時期アメリカで過ごしていた。
「母さんは?」
「今週はキャンプで帰って来ないぞ」
母さんは元女子プロ野球の選手で今はコーチをしている。女子のプロ野球リーグは、はっきり言ってマイナーだが母さんはノーヒットノーランを成し遂げたピッチャーだった。高校では男装して野球部に入り、エースになったという規格外。
俺の負けず嫌いは母さん譲りだとよく言われる。
「部活はどうだった?マネージャーは大変だろ」
「まぁ、馴れるまではキツかったけど」
「今年の風林はかなり大変だったからな。新入生の獲得、頑張れよ!」
「頑張るよ、マネージャー」
そうだ、今の俺はマネージャー。チームを支える裏方。ただできるだけのことをやる。
「肩は、どうだ……?」
「痛くない。いままでリハビリもしてたし、あとは先生と新しい監督と相談するよ」
「そうか……」
俺が肩を壊しかけたことを父さんも母さんも気にしている。
特に母さんはあの決勝で俺を友人と重ねていたらしい。
両親がどちらも野球の知識があったから、リハビリも手伝ってくれたのはラッキーだった。
「無理はするなよ。まだ、そんな時期じゃない。今は、リハビリと基礎体力作りに集中だ」
「うん、ありがと」