手持ちのポケモンに頓着しないようになったのは、いつ頃からだっただろう。
空を飛ぶを代表とするひでんわざが廃止されてからは、それが殊更顕著になったように思う。特に手持ちに拘らなくても、自由自在にフィールドを駆け巡ることができるのだから。
「うぉぉおおお!!! まだまだ!! 僕たちは粘る! 農業は粘り腰なんじゃぁあああ!!!」
「…………」
手持ちを見れば、申し訳程度にレベルの高いポケモンが一匹いて、後はたまたま遭遇した珍しいポケモンあるいは卵なんかでずっと対戦ばかりしている、なんて人はそれほど珍しくもないように感じる。または、偶然出会った珍しいポケモンをそのまま捕まえてボックスに送ると対戦用のポケモンと混ざるから、手持ちにそれなりの空きを作っておく、なんてのも当然で。
「さぁ、ワタシラガ、ダイマックスだ! 根こそぎ刈り取ってやる!」
かくいう私もその一人だった。いわゆる厳選作業も随分と楽になり、孵化用員さえ手持ちに入れなくなってしばらく。
努力値の都合から経験値が入ることを逆に疎むようになり、育成に必要な道具や珍しいポケモンそのものを求めてレイドバトルに傾倒し、また偶然出会った微妙に好きなポケモンをクイックボールで捕獲し、逃してボックスの空きを作ることを目的に厳選の終わったポケモンの卵の余りを手持ちに入れ、そんなことばかりしていたからだろうか。少なくとも、私は今の現状を自業自得だと思っていて。バチが当たったのだとしても、嘆くことさえ虚しくて。
「ノラえもん、『エラがみ』」
それでも、そんな私の所業で唯一評価できる点は、愛着のあるポケモンにはちゃんと小洒落たニックネームを付けていたことだろう。
強いから。便利だから。役に立つから。その理由はきっと最低でも、これで仮に名前が『
『■■■■■ーーー!』
「ダイマックスしたポケモンを一撃で……!?」
超火力の技が命中し、それが試合を決定付ける一撃となる。
タイプ相性が悪かろうが、ダイマックスをされようがこの子の前には関係がない。ただでさえ冗談みたいな
歓声が巻き起こる。対戦相手が私を褒め称える。辛い。握手した時の硬い手の感触に罪悪感が募る。やめてほしい。死にたくなる。
それでも、どれだけ悪し様に罵られようとも、私はこの子を遊ばせる気は起きなかった。
だってそうだろう。この子はかつて、そのためだけに生まれて、そのためだけに私が育てあげたのだ。それを他でもないこの私が否定してしまったらこの子はどうなる。何を思う。
もちろん、それさえも私の我儘なのは間違いない。私は屑だ。それは自覚している。でも、それでも私は、この子を頂点まで導くと決めたのだ。たとえ何を言われようとも。だって、そうじゃないと報われないから。単純に自慢したい気持ちもある。要はただのエゴである。
「おつかれ、ノラえもん」
嬉しそうに咆哮するそのポケモンを、私は柔らかく撫で付ける。地味に私の身長が足りないとか、何気に魚臭いとか、なんか微妙に湿っぽいとか知ったことか。ぱっと見不気味だろうが何だろうが、この子は私のポケモンなのだ。
ただ一人、この世界に迷い込んだ私の──最愛にして、最強の相棒。カセキメラことかせきポケモン、ウオノラゴン。
そのあまりにインパクトのある外見と、ダイマックスすら一撃で屠る異常な火力から、要対策ポケモンの一角としてその名を連ね、未だ根強いファンがいるやべーやつである。
☆☆☆
ポケモンの世界とは、意外にも才能がほぼ全てである。
友情、努力、勝利。そういった要素がないとは言わない。友情は大切だろう。努力は実を結ぶだろう。ならば自ずと勝利への道が開けるだろう。しかし。
「……やっぱり限界、なのかな」
『キュワワ……』
脱力感から膝を突く私に、キュワワーという花冠のポケモンが、まるで私を慰めるかのようにふわふわと周囲を舞う。
疑問に思ったことはないだろうか。ゲームにおける主人公よりもずっと早く、何年も何十年もの間ポケモンバトルに身を費やして、それでも50にさえ満たないポケモンしか手持ちに入れていないトレーナーのことを。特にレベル上げに時間を割かなくても余裕で突破できる最初のジムにさえ、何人ものトレーナーが足踏みしている事実を。
『キュワ、キューワ!』
私がこの世界に
キュワワーというポケモンそのものに特段思い入れがあったわけではなかった。ただ単純に可愛いからと、巣穴巡りの際にたまたまぶつかったそれをクイックボールで何となく捕獲しただけ。でも、そんな経緯であっても、この子の親は最初からこの私だった。ならば私は親として、トレーナーとして、この子を立派に育て上げるのだと意気込んだのが七年前の話。
七年。七年である。ゲームであれば、七年も欠かさずポケモンをやっていれば、その人はいわゆるポケモン廃人だと称される。しかし、それだけの時間をかけても、未だキュワワーのレベルは60──すなわち、かつてゲームで捕獲したその時から一切変わっていない。
「……出てきて、コイル」
新たにボールから取り出したのは、かつてネット民のおもちゃとなって人気投票二位まで輝いたポケモン、コイル。
何故、進化をさせていないのか。ピカチュウやポッチャマのようにこの姿に拘りがあるというわけじゃない──足りないのだ、レベルが。進化する30にまで。タマゴから生まれてから、七年も掛けて鍛え上げて。
つまるところ、そういう話──私にはポケモンを育てる才能がない。それも絶望的に。それこそ、一番道路の短パン小僧にすら劣るレベルで。
このコイル──さっき30に満たないとか気取っていたが、そのレベルはなんと堂々の『1』である。不思議な飴? 経験飴? そんなもの、ウチにはないよ……。いや、ガチで存在そのものがこの世界にないのだ。あれはきっと主人公限定アイテムか、ゲーム的な要素でしかなかったのだろう。
なに? コイルのレベル1なら頑丈リサイクルがある? 甘い、甘すぎる。現実的に考えて、たかが頑丈自慢程度が自身を百度殺せるような一撃に耐えられるわけがないだろう。
頑丈という特性はある。きあいのタスキも存在している。しかしそれはあくまで底力的なガッツで辛うじて持ち堪えるだけであって、それさえも出来ないようなオーバーキルには耐えられないのだ。あとそもそもこのコイル、孵化余りなだけあって特性アナライズですから。
もちろん、悪いことばかりではない。例えばそれこそ頑丈なんかは、ただ一撃必殺技が効かないだけじゃなく明らかに耐久面が底上げされている。タスキだったらハチマキみたいに体力ギリギリからも耐えることがある。そもそもこの世界に一撃必殺技なんてものはない。絶対零度さえも超絶当たりにくい超高火力の技でしかないのだ。
でも、そんな環境でレベル1を出す……ただの自殺行為である。私は廃人ではあったが外道ではなく、自殺を唆す趣味はない。しかし逆に、現実であるからこそそんな理不尽なレベル差で対戦もできる……レベルキャップの縛りなどは存在しない。尤も、それが可能であるかどうかは別の話であるのだが。
「……懐かしいポケモンばかりだな」
「…………!」
肌触りの良いコイルをスリスリしながら俯いていた私に、不意に声が掛けられる。
懐かしいポケモン──それはそうだろう。このガラル地方に、コイルとキュワワーは生息していない。ヨロイ島に生息していても、ガラルに在住する人たちにとっては見たことがないポケモンのはずだ。ならば、昔そのポケモンを見たのなら懐かしいポケモンなのは間違いない。しかし、それよりも、私が驚いたのは──
「しかも、そっちのコイルはともかく──そのキュワワー。これは随分と鍛え上げられているように見える」
いいえ、捕まえた時から成長していません──じゃなくて。
特徴的な帽子を変な被り方して、派手なマントを靡かせ、堂々とこちらへ語り掛ける青年。それは、ここガラルに住む人ならば誰もが知っている、ガラルのポケモントレーナーの頂点。
ガラル地方のチャンピオン、ダンデ。ゲームにおけるラスボスにして、最強最後の敵。
「なら、いつかキミも、俺に挑むことになるのか。いや、いつかじゃない。そのキュワワーとキミなら、今すぐにでも俺と闘えるだろう!」
人差し指を天へ示し、高らかに彼は宣言する。しかし、それはいくらなんでも過大評価しすぎではないだろうか。と思ったが、よく考えたら彼のライバルであるキバナですらトーナメントで60前後のレベルなら、レベル60という数値は確かに彼と闘うに相応しいものなのかもしれない。
(ゲームでも思ったけど、格好クソださいなぁ……)
その堂々たる姿を見て思う。違う。そうじゃない。もっとその資格がないだとかそういう真面目なことを言いたかったのだ。決して彼のセンスを否定するつもりはない。でも正直言ってこの格好はないと思う。
「今すぐは、無理だと思います」
「ん?」
そんな私の内心を知らない彼は、私の言葉に怪訝な顔をする。素直な人だなぁと思うと同時、逆に10歳児を穿った目で見る方が問題かと思い直す。
「それはどうしてだ? キミの実力なら、今すぐにでもここ──ターフタウンのジムリーダーを倒せるだろう?」
彼の言葉は正しい。ヤローさんが全力であれば分からないが、バッジを一つも持っていない相手に対するヤローさんであればキュワワー一匹でも突破は容易だろう。だが、私が言っているのは、もっと根本的な話であって。
「推薦状──持っていないですし、そのコネもありません」
「…………」
ターフタウンの一般的な家庭の例に漏れず、私の両親はばりばりの農家である。二人で共有してシズクモというポケモンを一応所持してはいるのだが、ただ両親と一緒に農作業の手伝いをしているだけで、レベル1最遅のコイルにすら負けたのでぶっちゃけ私とどっこいどっこいか下手したらそれ以下の才能しか持っていない。
「ですが別に、焦る必要もないと思っています。今は近くのスクールに通っているんですけど、そこを卒業すれば、教師から推薦状がもらえる。挑むかどうか考えるのは、それからでも──」
「キミは──もしかして、挑まないつもりなのか? それだけのポケモンを、それほどの実力を以てして?」
「……………」
挑もうとは思っている。何せあれだけ好きだったポケモンの世界に生まれたのだ。ポケモントレーナーとしての道を、チャンピオンを目指すことに憧れを抱かないはずがない。
しかし、それでもまだ私は、気持ちの整理が出来かねている。いっそ開き直ってしまえば楽なのに、卑怯だのフェアじゃないだの、既に心は決まっているのに、いつまで経ってもウジウジと決断を引き伸ばしている。真にあの子のことを想うのなら、一刻も早く暴れさせてあげるべきだというのに。
「…………」
ダンデさんが、難しい顔をして黙り込む。そこまでキュワワーを鍛え上げたのにどうして、なんて思っているのかもしれないが、違う。私はキュワワーを育てられなかった。コイルを進化させることさえできなかった。だからこそ、そんな私が彼に挑むなんて、厚顔無恥も甚だしいのだと。
「──難しいことを考えるのは、やめだ」
「え?」
声を掛けて来た時と同様に、彼が不意に手持ちボールを目の前に放り上げる。
そこから現れしポケモンは──おうけんポケモン、ギルガルド。ゲームにおいても彼が先発として扱っていたポケモンであり、つまり、これは。
「ついうっかり、前置きが長くなってしまったが──何、迷子になるのは日常茶飯事だ。知っているだろう? ここにいるのは互いにトレーナー。トレーナー同士、目が合ったら……」
「ポケモン、バトル──」
「そうだ──それにな。俺は、ワクワクしている。キミのポケモンを見て。キミの実力を肌で感じて、今すぐにでもその矛を交わしたいと舞い上がってる」
「…………!」
「何も、いきなりフルメンバーで闘えと言うつもりはない──勝負は1対1。キミの持つ最強のポケモンが、このチャンピオンであるダンデにどれほど迫れるか──俺は、それを確かめたい」
「…………」
さまざまな思考が巡る。色々な言い訳が浮かぶ。なけなしの薄っぺらい自尊心が行動を躊躇わせる。けれど、不思議と、気づけば私は一つのボールを手に取っていた。
「出番よ──ノラえもん」
単純に、彼の勢いに押されたのか。あるいは私自身、誰かに肯定されるのを待っていたのか。いずれにしろ、私の動きは淀みなく、自然と戦闘態勢に移行する。
「……見たことないポケモンだ。しかし、容赦はしない」
「それならご安心を──すぐに貴方はこの子、ウオノラゴンの名を、力を、その身に刻むことになるのですから」
そこで私の言葉が途切れ──静寂が場を支配する。
ターフタウンの片隅。自然公園の一角がさながら異界と化す。場所や立場は関係ない。そこにいるのは──ただ二人の、ポケモントレーナーだけ。
「ノラえもん、『エラがみ』!」
指示は一択。元より、これ以外の選択肢を選ぶ理由がない。何故なら、この一撃は──あらゆる希望の芽を摘み取る、絶望の一手。
「ギルガルド、『キングシールド』!」
対するチャンピオンの一手は、あまりに堅実にして、これ以上ないほど有効な手。とはいえゲームではないこの世界で、キングシールドに攻撃を下げる効果があるのかは疑問だが──この子を前に、それは悪手だぞ。チャンピオン!
ギルガルドが虚空に生み出した盾にウオノラゴンのエラが接触した瞬間、時間が止まったかのような錯覚を覚える。
ありとあらゆる攻撃を弾き返し、その勢いを削ぐ無敵の盾が、その一撃を凌ぎ切れずに鬩ぎ合う。どころか──ひたすら強引に。理屈など関係ないと言わんばかりに、ウオノラゴンの技が、盾をじわじわと押し除けてギルガルドに迫っていく。
「──な、」
ダンデはその異様な光景に絶句する。そして、その優れた観察眼から現状がまずいとすぐさま看破し──それでも、何もすることが出来ない己を呪う。
今の拮抗状態を崩せば、ギルガルドは攻撃をモロに受けてしまう──故に、手を出せない。ギルガルドは現在全霊で防御行動を取っている。そこから下手に指示を出せば、それはただの愚行。ただギルガルドの傷を深くするだけだ。
今の彼に出来るのは、ギルガルドがこの一撃を耐え抜いて、攻撃後に生まれる隙を見計らうことだけ。耐えさえすれば。反撃ができれば──しかし、そんな淡い希望すら、この子は一撃の元に屠り無に帰す。
無論、それはチャンピオンであっても例外ではなく──なまじ優れた素質を持っているが故に、その差に絶望して膝を折るのである。
そう、その姿は、先程の私の焼き直しのように。
……………………
……………
………
ノラえもんを撫でながら、大地に沈んだギルガルドを眺める。あまりに異常な光景に逆に笑いがこみ上げてくる。
いつだってそうだった。この子が闘うと、対戦相手は空笑いをするかフリーズする。そして、己では絶対に埋められない格差に絶望する。そして悟るのだ。ポケモン勝負とは、才能が全てであるのだと。
「…………どうやら俺は、いつのまにか驕っていたらしい」
(…………!)
長い、長い沈黙の末、そのあり得ざる光景にフリーズしていたチャンピオンが再起動を果たす。
そして私は、その言葉に衝撃を受ける。声色で分かる。彼はまだ、折れてはいない。ノラえもんの一撃で屈しても、その心は、今にも沸騰しそうなほど煮え滾っている。
「良い勝負が出来たら、推薦状を書くのも吝かじゃない──なんという自惚れだ。俺は自分が恥ずかしい。だが、それでも、それ以上の歓喜に打ち震えている」
燃える瞳が、私を穿つ。既に冷め切った私とは、濁り切り、もはや諦めてしまった私とは正反対の、透き通る眼が私を射抜く。
「ウオノラゴン、か──その名、確かに心に刻んだぞ。そして、改めて名乗らせて貰う。俺はダンデ。ポケモントレーナーのダンデ。いつかキミの最強の相棒を、この手で打ち倒すものだ」
「期待は、しています…………3年後くらいに」
「いや、推薦は必要ない──俺からリーグに話を通しておく。俺にとっては、キミは既に挑戦を受ける側だ。なら、そんな手続きは煩わしいだけだろう」
「…………」
そうして、どこまでも堂々と、「待っている」と告げながら踵を返す彼にまんまと解されて、私がジムチャレンジを決意したのが翌日。
しかし、開会式には不参加であったためその年のチャレンジには参加できず、結局私が本格的にジム攻略を始めるのは、それから約一年後のこととなる。
ちなみに手持ちの状況は現在の剣盾の私の手持ちと同じです。しかも本編と違ってウオノラゴンのニックネームは『ASぶっぱ』だったりと色々最低です。みんなは真似しないでね!