彼女を一言で言い表すと、「規格外」というのが最も相応しい言葉であるように思う。
「ヨロイ島、ですか?」
「そう。ブラッシータウンから一駅先にある駅から空飛ぶタクシーで向かうことができる。普通に行くと往復で1万くらい掛かるけど、ジムチャレンジ中はタクシー代が免除されるから問題ない」
規格外のトレーナー。しかし、彼女を表す際のそれは、例えばチャンピオンを指す時に用いるような意味合いの言葉ではない。
文字通りの意味で、規格外。思考も、戦略も、ポケモンも。良くも悪くも、トレーナーの常識から外れている。まるで、トレーナーとしてのありとあらゆる柵が、彼女にはそもそも存在していないかのように。
「ええと、何故そのヨロイ島とやらに?」
「貴女が格闘使いだと聞いたから……ここでは、ダンデさんの前のチャンピオンが道場を開いていて、その人が格闘タイプ専門という話」
「………!」
目を見開く。ダンデさんの前のチャンピオンなんて、考えたこともなかった。私達の世代にとって、無敗のチャンピオンであるダンデは憧れの的だ。だけど、彼がチャンピオンとして君臨したからには、当然彼の前任者である誰ががその席に立っていたことになる。
しかし、それがまさか格闘タイプの専門家で、しかも今は指導職に就いてるなどと。その話が本当なら、確かにわざわざ孤島まで足を運ぶ価値はある。
「……さっきはああ言ったけど、多分、どうやってもその格差は埋められない。だから貴女が学ぶのは、それを理解した上で、それでもどうにかそれを誤魔化す試合運び」
「試合運び?」
「戦術、と言い換えてもいい。本当なら、ネズさんに学ぶのが一番いいのかもしれないけど、流石に今の彼に頼むことではない。だから次点。とはいえ、貴女にとってはそれで良かったのかもしれない」
卑怯な手段とか嫌いそうだし、と付け足され、それに反論できずに黙り込む。
彼女は敢えて嫌らしい言い方をしているが、要するに私は搦手が不得手だと告げられてるのだ。そしてそれは、私自身その自覚がある。そうだ、私は搦手に弱い。私自身がそれを許容できないほどに。だからこそ私は、同年代でも互角の実力を持つはずのあの子に、ジムリーダーとしての座を明け渡してる。
本当なら、もっと食い下がるべきだった。直接対決で勝てないからなんだ。ゴリ押ししかできないからどうした。少なくとも、あんなところで腐ってるよりマシだ。無数のチャレンジャーの創意工夫は、ゴリ押ししかできない私にとって、どれほど貴重な経験になっただろう──
「正直なところ、行っても得られるものがあるのかは知らない。もしかしたら、チャンピオンカップまでの追い込みの妨げになるかもしれない」
「……いえ。いずれにしろ、今のままでは私は貴女に勝てません。そうなれば必然、私はこの一年を棒に振ることになる」
ならばその甘言に乗ってやる。彼女がそれを見たいと言うのなら、その方法を教えてくれると言うのなら、私は、その傲りさえも打ち破るまでだ。
彼女はおそらく史上最強のポケモントレーナーだ。かつて惨敗したチャンピオンさえ比較にもならない、才能の権化のような存在。
才能、才能、才能。あまりに聞き飽きたその言葉。けれど結局のところ、ポケモンバトルにはいつだってそれが付き纏う。そんな彼女が私の相手になってくれると言うなら、私はそれを存分に利用するだけだ。
「……そういえば、どうしてリンゴさんはあんなところに? 観光にしても、あの場所はディグダ像からだいぶ離れていましたが」
「もしや、ウカッツ博士に会えるかも──なんて考えただけ。大した理由じゃない」
「ウカッツ……博士、ですか? 誰かは存じませんが、博士であるならどこぞの研究所にでもいるのでは?」
「……そうね。そうよね、普通は」
「………?」
よく分からないけれど、そもそもからしてよく分からない少女だ。あまり深く追及するほど興味があったわけでもなく、今更そんなことを気にしてもいられないと、その後はたわいもない会話をして、私達はそのヨロイ島とやらへ向かうのだった。
☆☆☆
「オヤ、その如何にもと言った格好。あなた──ですよね、ワタクシに誘われる旅人は」
駅構内から一歩外へ出ると、いきなりそんな声を掛けられる。
紫を基調としたけばけばしいユニフォーム。長く艶やかな金髪。手品師のようなシルクハットに、その周りを漂うモンスターボール。そんな、明らかに周囲から浮いている人物に突然話しかけられて、身構えてしまった私は悪くないだろう。
「約束の時間ジャスト……ふむ。とても良い心掛けです。
ワタクシの名はセイボリー。あなたの先輩に当たります。どうぞお見知り置きを」
「先輩……?」
聴きなれない単語に戸惑う。そもそも私はこの場に来たのは初めてで、この島にいる誰かと事前に約束なんて出来るわけがない。
戸惑う私に、セイボリーと名乗った青年はキョトンとした顔で、
「これからあなたが入門するマスター道場の話ですよ」
「マスター道場……?」
これまた聴きなれない単語だが、察するにリンゴさんの言っていた元チャンピオンがやっているという道場のことだろうか。
いや、でも。いずれにしろ私はそんな話に心当たりはない。しかし、そもそもその道場の話を持ち掛けたのはリンゴさんだ。そう思って左後ろにいる彼女の方を見ると、彼女も困惑しているように見える。……どうやら人違いらしい。
「あの、人違いでは……?」
「なんと! ──察しの悪い方ですね。でしたらここは、エレガントなワタクシが、新天地で逸るあなたをエスコートしてあげましょう」
「えっと……」
一旦落ち着こう。整理すると、どう考えても人違いであるが、見方によってはこれはチャンスなのでは?
どうもそのマスター道場の門下生らしき目の前の人物は、私のことを道場にやってくる新人だと勘違いしている。そして偶然にも、私の目的も彼の意思に類似する。であれば問題ないのでは? 彼の勘違いに便乗して、その恩恵を受ければいいのでは?
(……いえ)
内心だけで、被りを振って否定する。確かにそれも良いだろう。けど、それでは駄目だ。学ぶと決めたのなら、それは自らの意思で。流されるままに得た力など、不器用な私では持て余すだけだ。
「いえ、貴方が言う入門希望者は、私ではありません」
「おおっと? ……ああ、ヨクヨク見れば貴女の後ろにもう一人。このような麗しいレディに気づかず挨拶が遅れて申し訳ありません。ですがマスター道場はタイヘンに厳しいところ──今から付き添いがいるようでは先が思いやられますね」
「…………え」
「おや、目をぱちくりと。ふむ、ヨロイ島は初めましてですか? 物珍しく、おもむくままに周囲を歩き回りたいでしょうが、ひとまず力試しですよ」
はっきりと人違いだと改めて告げると、何故か矛先がリンゴさんに変わった上に、矢継ぎ早に言葉を畳み掛けられて圧倒されてしまう。
良くも悪くもマイペースな人物である。私は彼をそう評した。そして、物事を自己完結してしまうきらいがあると。いつだったか、ジムチャレンジの際にリーグ委員長と会話をしたことを思い出す。あの時は私も、今のリンゴさんのように狼狽していただろうか。
「では、僭越ながらワタクシがマスター道場の先輩として。
あなたの強さをエスパーチェック! ハイハイ! お手柔らかにドーゾ!」
「えっと……お、お願い、ノラ……」
彼が醸し出す独特のテンションに押され、これまでに見たこと無いほど動揺しながらも、リンゴさんは相棒であるノラと呼ばれるポケモン──ウオノラゴンをボールから取り出す。
(──やっぱり、凄い存在感……)
おそらくは、それなりの実力を持つトレーナーであれば、彼女のポケモンを見て3度驚くに違いない。
一つはポケモンの見た目に。まさしく異形としか呼べないちぐはぐなその姿に。
一つはポケモンが秘める力に。彼女曰く、私のカイリキーの倍近くの実力を誇るその強さに。
そして最後に、それを操る人物の風貌に。ジムチャレンジの規定年齢にすら達していないのではと疑われる幼さと、それに相反するような濁った瞳に。
(…………)
あの日、何もない荒野の高台に佇む彼女を、私は、私の同類なのかと思って声を掛けた。故にこそ、ワザと何も気付かないフリをして対戦を挑んだのだ──ジムチャレンジを挫折した少女を、見ていられなかったから。
ただの激励のつもりだった。単なる同情のはずだった。けれどそれは、全て私の勘違いだった。必然、疑問が生まれた。ならばこそ彼女は、何を諦めてしまったのだろう?
「フッ。見せてあげましょう。絶対的な力というものを」
「……ノラ、『エラがみ』」
「オヤ、この島で初めて受けたダメージはワタクシから──いつのまに最後の1匹に!? さいみんじゅつの使い手か……?」
数日前の私と同じように、その一撃で自慢のポケモンが倒された青年は動揺を示す。
そしてその気持ちはよくわかる。抜群というわけでもなさそうな一撃に自慢の相棒を沈められると驚きもする。それが、私と同じかそれ以上に鍛え上げられてるポケモンともなれば尚更だろう。
(……気のせい、なのでしょうか)
その一方的な光景に、根本的な部分から思考が揺らぐ。そもそもからして、私は彼女とは別に深い関係というわけでもない。要するに、私の心配は勝手な決め付けであり、あれほどの実力を誇る彼女には有り得ないことで、妄想に等しいものであるのだと。
「でしたら、ヤドン! ふむ。中々やるようですが……人智を越えしエスパーパワー。その全身で──」
「ノラ、『エラがみ』」
「バカな、またしても一撃と……!? ありえぬ……いや、アリ・エーヌ! いったいどんなトリックを……」
「…………」
それはそうと、独特の話し方をする御仁である。強いのはわかる。あまりにあっさりとリンゴさんに蹂躙されたので錯覚をしそうになるが、タイプ相性の関係もあって今の私では勝てるかどうか分からない。
そして、そんな彼をも門下生とする格闘タイプの専門家──否応無しにも期待が高まる。その技術を余す事なく継承すれば、よもやチャンピオンに匹敵する力が得られるのではないかと。
「あなたの強さにサイコショック!! しかし、これほどの強者が道場に降臨なぞされましたら、ワタクシの存在がドわすれされてしまうのでは……!?
追い返したいですが、一応、エスコートせよ、と言われてますし……」
「あの、その、私……」
「──コホン! あなた、中々スジが良いです。このワタクシに3パーセントの力をも出させるとは。
しかしワタクシどもの道場は、あのチャンピオンダンデも学んだ由緒ある道場なので──です・から! 向こうに佇むマスター道場は素通りし! 観光オンリーでお帰りを!! ──こちら、差し上げますので」
戸惑うリンゴさんなど見えていないかのように、セイボリーを名乗る青年はリンゴさんに何かを握らせると、「さようなら二度と会わない人! ──セイボリーテレポート!」と言いながら、逃げるようにその場を去ってしまう。
勘違いもここまで来ると笑えてしまう。ただ、おかげで更に面白いことが聞けた。既にあの独特な雰囲気の彼の存在から実績を疑ってなどいなかったが──チャンピオンであるダンデさんも学んだ道場となれば、それはどれほどのものなのか。
「……どうしようかな、これ」
「彼、あからさまにリンゴさんに来て欲しくなさそうでしたので、元々入門する気がないリンゴさんでしたら、素直に受け取っても良いのではないですか?」
「そうかな………そうかも」
彼から受け取ったカードを持て余すリンゴさんにそう告げて、私達はゆっくりと彼の後を追いかけていく。島に来て早々、私にも彼女にも新しい刺激を齎してくれるこの島の存在に、私は密かに胸を高鳴らせるのだった。
数時間後、そこには主人公が入門しないと聞いて安堵するセイボリーさんの姿が……。
あ、それと今更ですが、この作品はシールド版基準です。