ビートを名乗る少年について、私が語れることはあまりない。
というのも、そもそもからして私が持つ彼の知識など、断片的にしか語られないゲーム本編のものでしかなく、そのゲーム本編においても、ノベル形式ではないため当然彼の内心など描写されていないので、彼が
けれど、それなりに事情があったことは断片的にでも窺える。しかし、そも施設出身という時点で、平凡に暮らしていた前世の私には、彼の事情はどう足掻いても計り知れない。
彼が何を思っていたのか。本当は何を求めていたのかも、ゲーム本編では特に語られずに有耶無耶のまま彼はピンク堕ちして終わる。でも、彼と同じライバルであるホップやマリィは十二分に掘り下げられていたので、結局のところ、それがゲーム本編でロクに語られなかったことは、そんな彼の気質にも多少の問題はあるのだろう。
しかし、そうせざるを得なかった一個人の人生を、その歪んだ環境を、彼の選択を、この私は否定することはない。できない。屈折していればいるほど、まとわりつく孤独は計り知れない。そして孤独とは必然、個々人によって感じ方が変わるもの。勝手ながらも、そんな気持ちは少しだけ理解できる。
いや、やはりそれでも、私に他人を理解などと烏滸がましい。ともすれば私は、彼以上に精神が根底から歪んでいる。曲がりなりにも矯正される予定の彼と、文字通り死んでも治らなかった私とでは格が違う。
「…………」
なればこそ、もしも、そんな私と、彼が分かり合える可能性があるとするなら。
それはやはり、ポケモンバトル以外には有り得ないだろう。
………………
…………
……
実のところ、ヤローさんの伝説については、誇張されているものが大半だったりする。
曰く、ダイマックスポケモンをその拳の一撃で沈めた。カイリキーよりも早くジャブを繰り出せる。畑を耕すのに邪魔な人間大の岩を片手で放り投げた、だのと、挙げてみればキリがないくらい、彼という人物に纏わる伝説は多い。
しかしながら、そんな伝説が蔓延っている理由の一つに、彼のフィジカルの高さが絡んでいるのは言うまでもない。というか、あくまで誇張されてるだけであって、彼は並の格闘ポケモンには素手で殴り勝つし、100キロを優に超えそうな腰の高さくらいの大岩をさらっと除けたりするから、別に伝説が的はずれというわけでもない。なので、
「あ、ようやく来たわねヤロー! 今日こそは勝たせてもらうわよ!」
(よく突っ張れるなぁ、この人……)
開口一番、そんな彼に対してその一言を言い放ったルリナジムリーダーに戦慄する。
もしも機嫌を損ねれば即死なのに、分かっているのだろうか。いや、逆か。分かっているからこそのこの対応なのだ。彼を知る人であれば、彼が無闇にその玉体を振るう人ではないことなどすぐ分かる。
なればこそ、彼女の対応は彼らにとってスキンシップの範疇であり、剣呑に見えるのは私だけで、また当の本人も笑って受け流している。それはそれでどうなんだ、とは思ったが、ルリナジムリーダーも彼が乗り気でないと理解してすぐさま構えてたボールを仕舞ったので、半ば冗談のようなものなんだろう。
「こらこらルリナくん。別にようやくでもないだろう? いつも通りの五分前。僕やルリナくんが逸りやすいだけで、彼はいつも時間には正確だよ──って、おや?」
目が合う。燃えるような瞳。かつて闘った時と何一つ変わらないそれが、相反する私のそれを射抜く。
(…………)
あまりに透き通った瞳。少し前であれば、視線を逸らしていただろう。けれど今の私は、あの島での経験が、否、彼女との交流が身に染みている。それが一時的なものか否かはさておいて、今更視線程度でたじろぐことはない。
「これは……驚いたね。てっきり顔を合わせたくないのだろうと思っていたのだが」
「ん? って、あー!! 貴女、あの時の……!
ずびしっ、とルリナジムリーダーに指を突き付けられる。割と失礼だが、人柄のせいか不思議と不快感は感じない。ヤローさんも似たような感覚だったのだろうか? そうなると確かに、彼女に対して敵愾心や対抗心は抱きづらいのかもしれない。
「その節は、どうも……邪魔はしませんので」
それはそれとして、対応に困る私である。いや、何を言えと? まさか煽るなんて出来ないし、何なら貝のようにひっそりと蓋を閉めていたい。でも、みんな意気消沈とかはせず元気そうで安心した。これを見れただけで、無理をした甲斐があったというものだ。
「なるほど、ビート選手を見に来たと。でも、これまた意外だね。君はペースがペースだったから、後続に興味なんてないものかと」
「……そんなことはありません」
嘘ではない。一番を目指すと決めていたからには、後続については嫌でも意識せざるを得なかった。とはいえ、それはあくまで全体の進行度の話で、誰がという点では今の今まで意識はしていなかったので、それも強ち間違いとは言い切れない。
「何にせよ、素晴らしい心がけです。ライバル同士、意識は高ければ高いほど良いですからね」
「そうね! その通りね、ヤロー!」
「…………」
良いこと言ってるヤローさんと、同意するフリして自分を意識してほしいルリナさん。なお、ヤローさんはその言葉を額面通りにしか受け取らず、どうにも意図は伝わってない模様。鈍感系主人公かな?
(……結構面白い関係ね、この人達)
仲が良いのは当然として、まさかポケモンでラブコメチックな展開が見れるとは思わなかった。ここまでくると、彼らが色気ある関係でないのが割と残念でならない。男女の友情は成立しないと良く聞くが、世界が違えばそんな理屈は当て嵌まらないのだ。ちなみに、ガラルでの性犯罪は年に数件とかそんなレベルである。流石は全年齢対象のゲーム。
「しかし、これは丁度良かった。今の君に言うのはなんだかおかしいけれど、僕らとしても、君のことは気懸りだったからね」
「気懸り?」
「いや、なに。大したことじゃないよ。ささやかなものさ。これから迎えるビート選手と同じく、君の今後にも祝福あれ──ってね」
「…………」
(──嫌がらせかな? まあ、私も人のこと言えないけど)
時に、最も人を傷つけるのは善意だと言う。また、期待は時に呪いとなる。彼らの喜びが深ければ深いほど、それに反比例するように、私の精神を蝕むのだ。
「………。………それよりも、ビート選手は」
割と普通に辛い話題なので、かなり強引に話を逸らす。あるいは本題に戻す、とも言う。五分前ということは無駄話をする時間はあるのだろうけど、どうせ事前のアポイントも取っていないサプライズ企画だろうし、あまり長々とくっちゃべってる時間もないはずだ。
「そうですね。チェックアウト予定が9時という話でしたので、まだ時間には大分早いですが、彼ならこのくらいの時間に現れるでしょう」
「ははは。下調べはバッチリだよ。伊達に毎年こんなことをやってるわけじゃないからねぇ。各地のホテルとも連携して、彼がチェックアウト前後のどれくらいに出立するかは予測済みさ」
流石にジムチャレンジ直後にワイルドエリアへ直行みたいなことをされると追い切れないけどね、などと付け足して、ホテルの入り口へ視線を向ける彼につられてそちらを見る。……なんかさりげに皮肉られたけど、実は私のこと相当気にしていたのだろうか。知らなかったとはいえ微妙に申し訳なく思う。思うだけである。
「噂をすれば、現れたようね。目立つ服だから、分かりやすくて助かるわ」
今でも露出度が高いユニフォームを着ている貴女がそれを言うのか、というツッコミはさておいて、確かに目立つ格好ではある。私自身が何の変哲もないスクールの制服姿であるから、余計にそう感じるのかもしれない。まあ別に、個人のファッションセンスを否定するつもりはないけれど。
「……おや? 貴方がたは……」
そうしてホテルから出てきたビート選手を、行き先を遮るように取り囲むジムリーダー達を遠巻きに眺める。コスプレ会場かな? 流石にこれは冗談だが、正直私には如何とも言い難い。だけど正直、今のビート選手の位置にはあまり居たくはないかもしれない。知らない。分からない。
「…………」
「……ん?」
しばらく彼らをぼーっと眺めていると、何だかんだで割と嬉しそうにしていたビート選手が、謙遜するフリをしながら鼻歌混じりに彼ら3人に見送られ──直後、目が合う。
「…………」
「…………」
無言。無言である。私は元から口数が少ない方だし、ビート選手は目が合ったからと素直に挨拶なんてしない。別に通行の邪魔をしているわけでもない。ただ単純に視線が合っただけだ。……面倒だから誤魔化そう。
「わ、わぁー。ビート選手だー、おめでとうー、頑張ってー……」
「……貴女。リンゴ選手、ですよね?」
秒でバレた。そんな馬鹿な。擬態は完璧だったはず。私は彼らと違って、本当にそこらのスクールガールと違いはないぞ。強いて言えばゲームとは髪色が異なるけど、そのくらいの違いならいくらでも──
「いえ、そのポケモン──確か『キュワワー』でしたか。それを持つチャレンジャーは、おそらくこのガラルで貴女一人かと」
「…………」
『キュワ、キュワワ』
名前を呼ばれたのに反応して、頭の上のキュワワーがセイボリーさんのモンスターボールが如くクルクルと回転する。……忘れていたわけではない。もはや公式戦以外は頭の上にいるのがデフォルトで、それに違和感を覚えなくなっていたのだ。
「しかし──これは丁度良いです。一足先にジムチャレンジを突破したという実力、このボクが測ってあげますよ」
「……。………?」
──え? いやいやいや、なんて無謀な提案を。いくらなんでもそれは無茶じゃない? 如何に私がクソザコナメクジでも、雰囲気だけなら相当なもの(サイトウ談)らしいし、実績から客観的に見ても、とてもじゃないけど今の貴方では勝ち目ありませんよ……?
そんな私の心配を余所に、ビート選手はふぁさっと髪をかき上げる仕草をすると、
「ふっ。知っていますよ。貴女はチャンピオンの推薦でここにいるのですよね? でしたら問題ありません。チャンピオンよりもリーグ委員長の方が格上。つまりボクが貴女に負ける道理などないわけです」
「──」
言い切ったぞこいつ。何という自信か。そんな暴論を振り翳して自信満々とかある意味凄い。普通に尊敬する。私自身、己で自覚しているほどに卑屈だから特に。
(……無謀、か。本来なら、そんなはずはないんだけどな)
いつか彼女が言っていた。
私がチャンピオンに挑んだこと然り、実質2匹のみで全ジムを走破したこと然り、ハニカーム島をまるまる制圧したこと然り、実際にそれが可能な実力があれば、咎められる筋合いはないのである。
(問題があるとすれば、彼はまだ、流石にノラに挑むには早すぎること……でも)
それもいいか、とボールを手に取る。私が求めていたもの。私が得られなかったそれを、彼は余す事なく手にしている。私と彼、何が違うのか。否、何が違うのかはわかっている。知りたいのは、それは本当に
才能のある人物を、神に愛されたと評すことがある。しかし、本当に神に愛されているのであれば、それが人の手によって揺らぐことはあり得ない。ならば、正真正銘の部外者である私が、神によって設定された
「出番ですよ、ダブラン!」
「……蹂躙なさい、ノラ」
それはつまり逆説的に、私に定められた才能も絶対不変ではない証明になるかもしれない。
まあ、仮に。これでもしも彼が弱くなったとして、それで私が強くなるわけでもない。だからこれは、あくまで純粋な好奇心のようなものである。
………………
…………
……
「ノラ、『エラがみ』」
4度目の指示。1度目のそれと何一つとして変わらない私の言葉に従ったノラが、100の命中に違わぬ通りにその技をテブリムに命中させる。
直後、いつか練習で砕いた大岩のように霧揉み回転するわけでもなく、相変わらずぱっと見なんか無傷っぽいのに深刻なダメージを受けた感じで崩れ落ちる相手ポケモン。もはや見慣れてしまった光景だが、ここまで摩訶不思議だと実は彼らはバトルと言う名の殺陣をやっているのではと疑いたくなる。いや流石にそれは無いと信じたいけど。でも瀕死寸前でも普通に技を放てるんだよなぁこの子たち……。
「──」
考えるのが怖くなったので視線をノラより上げると、そこには絶句する一人の少年の姿。当然ながら、現実の彼はゲームの通りの反応はしない。勝てば喜ぶし、負けたら悔しがる。まして負けたらやり直しなどと都合の良い展開は訪れず、惨敗や圧勝であってもそれは確かな結果として刻まれる。
故にこそ、この反応も予想していた。ともあれ、これで何か変わるなどはおそらく無い。こんなもの、事故のようなものだ。私じゃなくても、今ここにいるどの面子に対しても本気で挑むつもりだったなら、今と同じ結果になっていたことだろう。
「……中々やるじゃありませんか。思わず、ボクも勝たせてあげたい気持ちになりましたよ」
「…………」
声が震えている。明らかな負け惜しみだ。とはいえ、その言葉が出るということは、思った以上に問題は無さそうである。
私としても、挑まれたから応えただけで、別に彼の才能云々は後付けだ。積極的に挫こうとは考えないし、そんなことは出来るわけないとさえ思ってる。
(でもまあ、
彼は間違いなくトーナメントまで上がってくる。それが分かっただけでも十分な収穫だ。とはいえトーナメントで当たるかどうかなんて知らないし、もっと言えばチャンピオンカップはゲームの簡易的なそれとは比べ物にならないくらい人数が膨大だし、本当にどうなることやら。
(………)
100%以外は信用してはいけない。それはポケモンプレイヤーであれば誰しもが思うこと。まして今回は最後まで勝ち抜くと仮定しても当たる確率は5割を切るはずだ。故に期待はしない。あのチートでクソッタレなミミッキュですら、じゃれつくを3連続くらい外して惨敗することがあるのだから。
(でも、ちょっと楽しみ、かも……?)
変な思考が漏れる。以前は考えもしなかったこと。良くも悪くも、彼女との1ヶ月は、私に相当な影響を与えたのかもしれない。私自身はあまり自覚がないからこそ、それが良いものだと祈るばかりである。
「じゃあ、これで……」
そもそもが思いつきに近かったので、挨拶もそこそこに私はその場を後にする。
特に用事があるわけでもないが、やりたいことはいくつか残っている。特にラテラルタウンの道具に関しては、ゲームの道具以外にも興味深い掘り出し物がたくさんあって毎日通い詰めたいくらいだったり。
(あとぼうごパットをまだ手に入れてないからノラに欲しいな……何処にも売ってないし、可能性があるならあそこしかないよね)
「…………」
最後にちらっと後ろを見ると、悔しげな視線が突き刺さる。けれど声を掛けることはしない。勝者が敗者にかける言葉はそう多くない。親しくもない間柄であれば尚更に。これが彼女だったら……まあ。その時に考える。
「あ、ちょっと待って。待ちなさいな」
「……?」
駅に向かうつもりでビート選手の横を通り抜け、それまで成り行きを見守っていたジムリーダー達に差し掛かったところで肩をガシッと掴まれる。デジャブ。
なお、肩を掴んだのはルリナジムリーダー。そういえば彼女はソニア博士の友人だったな、などと関係ない情報が過ぎる。
「チャレンジャー同士、加減は失礼だってのは理解できるし、フォローは私達でしておくわ。でも、その代わりと言ったら何だけど、貴女に一つお願いがあるの」
「…………?」
──貴女、モデルの仕事に興味はない?
「………はい?」
真面目な話題と、それに付け足された理解不能な話題が脳内で入り混じって混乱する。もでる。もでる、もでる……モデル? グラビアとかの? なんだその冗談は。言いたくはないけど、私に性的興奮を催すようなやつは例外なくロリコンですよ?
「難しい言葉を知ってるわね……いや、そうじゃなくて。ほら貴女ってば歴代最速でジムチャレンジを突破したけど、そのくせ謎が多くてウチの業界では結構騒がれてるのよね。貴女には迷惑な話かもだけど」
「………はぁ。まあ、そうかもしれませんね」
「それでほら、明日から土日じゃない? その間はジムも閉鎖されるし、もしも良ければ、モデルとまで行かなくても、今だと『駆け抜けるチャレンジャーたち』とか『ガラルニュース』とかのちょっとしたコーナーに出てみるとかどう?」
「…………」
ギャラは私が保証するわよ。などと自信満々に語る彼女に、返す言葉を見失う。それまでの空気との落差が激しすぎて頭が回らない。
じゃあ考えといてねー、などと言い残し、更にはフォローは任せろ的なことを言っておきながらそれをヤローさんに「そっちは任せたわ」とぶん投げたルリナジムリーダーは、そのまま近くの昇降機に乗って私よりも先に姿を消してしまう。
そのあまりにマイペース……というか、プロ然とした割り切ったルリナさんの態度と、笑顔で貧乏くじを引き受けるヤローさん。それはまるで、ジムリーダーとしてのスタンスの違いにも見えて、ただ負けるだけじゃなく、未熟者を打ち負かすことも同時に熟さねばならないジムリーダーの役目の難しさを私は改めて認識するのだった。
次回はマスターランクに上がってから書きます。