「リンゴ。ポケモンバトルにおいて、一番大切なものは何だと思う?」
「…………?」
それは何時のことだったか、それこそポケモンバトルに足を踏み入れるその直前に、父からそんなことを聞かれたことがある。
───ポケモンバトルで最も大切なのは何か。
なんともまあ、馬鹿馬鹿しい質問であると思う。そもそもポケモンに関して初心者未満で、その答えをこれから導く予定な私に、今そんなことを聞いても大して意味はないだろうに。
ため息を一つ。幸せが逃げた。これからの旅路にて、取り返していこう。ではなく、やや呆れつつも私は、彼の質問になるべく真摯に回答する。バトルに興味なんてまるでない父からの問いかけにしろ、その質問を誤魔化すことはトレーナーの端くれとして赦せなかったからである。
「──『愛』」
「愛?」
──そう、愛。どれだけ理屈を捏ねようと、結局はそれに帰結する。
戦略。知識。運。闘志。勇気。信頼。そして総合力。その全ての前提として切り離せないものが愛という何かだ。執着、と言ってもいいのかもしれない。
愛がなくばポケモンは育たず、愛がなくば信頼は生まれず、ましてそれが欠けていれば強くなれるはずもない。たとえそれが如何に歪んだものであろうとも、ポケモンバトルそのものに対する愛がなければ、そのトレーナーが頂点に立つなどあり得はしないのだ。
勝ちたいから勝つ。そのためにはどうすればいいのか。目的が暴力にせよ何にせよ、その探求は実にシンプルに愛に溢れている。極論だとは自分でも思っているが、何が大切かと聞かれたら、私にはその答えしか出すことはできない。
「愛、か……なるほどな。良い答えだが、違うんだ、リンゴ」
しかし、その回答を彼はお気に召さなかったらしく、いつになく厳しい顔で、あるいは苦虫を噛み潰したような表情で、血を吐くように、
「ことポケモンバトルにおいて──
「………それは」
それは、極論ではあるのだろう。確かにポケモンバトルは敷居が高く、ある程度そう言った側面がないとは言わないが、何の役にも立たないはいくら何でも言い過ぎだ。実際に、ポケモンには実力差や戦術戦法なんかより、もっとどうしようもない相性差というモノが──
「…………」
(…………?)
思わず迷び出たその反論は、しかし父の険しい顔に押し潰される。対論でもなくただ押し黙るというのは、この手の討論ではあまり見ない。まして父は極論とはいえそこまできっちりとした意見を有してるのだ。それならば何かしら私を納得させられるだけの材料は持っているはずなのに、それでも押し黙るとはこれ如何に。
(……認めたくない、とか?)
一つ、あり得そうな可能性を弾き出す。なんてことはない、先の表情からの推測だ。あくまで仮に、実際にそうであったとして、それを素直に認められるかはまた別の話。話の内容からしても、初心者未満の私にそれを話すことは相当な勇気を必要としたはず。であればそれを否定されたら、何も言えなくなるのも分からなくはない。
「………」
ただ一つ、解せないのは。
「……昔、何かあったの?」
「………」
返事は無かった。しかし、それ故に大体の事情は察せられた。
つまるところ、これは忠告だ。杞憂であればそれでよし、けれどおそらくはその言葉は正しく、彼はその
こういう時、無駄に回る頭が嫌になる。頭ごなしに否定する、そんな簡単なことも私には出来ない。考え過ぎなのは自覚している。けれどそもそも、記憶が継続している以上、思考回路なんてものは文字通り死んでも覆ることはない。
(……才能以外は何の役にも立たない、ね。でも、そもそも才能って何なのかしら)
今から、丁度8年前の話である。
☆☆☆
キィンと、どこからか耳障りなハウリングが響き渡る。
特にスピーカーとかと繋がっていないように見えるスタンドマイクだが、かなり細かい動きを拾っているし、それ自体が独立した
「……おれさ。アンコールはしない派なんだけど、やっぱり観客には結構求められるんだよね」
「………」
ダウナーな声。マイク越しというわけではない。それ故にダイレクトに億劫そうな感情が伝わる。
アンコールはしない。それは、ゲームでも断片的に語られた彼の主義だったか。それでも、ファンというのはつまるところ彼の歌に惹かれた不特定多数を纏めた表現。中には彼の主義を理解せず、あるいは理解してなお雰囲気に飲まれてそれを求める者も出てくるのだろう。
「再演、なんて言えば響きは良いけど──要するに、過去を振り返ってるだけじゃないかって。やっぱさ、おれ。倒れるなら何時だって前のめりでいたいんだ」
「………」
何処の剣士だ。そう思ったが、言わんとしていることはそれなりに理解できる。
過去を振り返る。勝負事において、それほど虚しいものはない。歴史でも、過去に縋って身を滅ぼし、あるいは未来を犠牲にした武将がどれほど居たことか。私自身、あまり前世の事を振り返らないように努めているのも、つまりはそういう理由なのだから。
「でも、それでもただ思い出に浸りたい日だってあるんだ。仲間と酒を酌み交わして、笑い飛ばして、一人で泣いて、そんな気分になることもある。そういう意味では、アンタとの勝負は、肴としては極上のモンだったよ」
「…………」
「ああすればよかった。こうすればもしや。けれど、でも、ああだこうだ。どいつもこいつも、アンタの話になると盛り上がるんだ。アンタには、あまり気分の良い話じゃないだろうけどね」
そうでもない、そう言おうとして、それも野暮かと思い留まる。実際、そう言った対談は嫌いではない。無論、酔っ払いの戯言とバトルの考察やら何やらはまるで別物ではあるのだが、話題に出るというのは悪い事じゃないと考える。
「そんな中で、おれも思うんだ。あそこでこうすれば良かった。あの場面ああすれば良かったって。まあ、要するに感傷ですかね。珍しいものでもありません。恥ずかしい話ですけどね」
「………」
「まあ」辺りから急にテンションや口調が転調したので面食らう。表情にも動揺がはっきり見えたのだろう。ネズさんは意外そうな顔をして、
「おっと、気に障りましたか。これは意外……いえ失敬。それで、だから──」
「………!」
マイクをくるくると宙に回し、大地に突き付けて口元に構える。スタンドマイクならではの、ゲームでは見なかったアクロバティックなパフォーマンスに割と動揺する。……それ以前に、見かけに寄らず中々の腕力をお持ちで。
当然、ダイナミックなポーズでボールを構えた彼は、そんな私のどうでもいい内心を他所に、ビシッと私へ指を指し、まるで熱に浮かされたように吼える。
「──さあ、『とっておき』の『リベンジ』だ! 主義か効率か、カタチは違えど同じ非ダイマックス使い同士。ダイマックスばかりで鈍り切った観客共の視神経を、限界ギリギリまで酷使させてやろうぜ──来い、スカタンク!」
「言われずとも──ノラ!」
先手は既に決めていたのか、ノータイムでノラを呼び出した私とほぼ同時、ネズさんは何時の間にか手の内にあったハイパーボールからスカタンクを繰り出す。
(スカタンク、ね……)
スカンクをモチーフとした毒・悪タイプのポケモン、スカタンク。以前と違ってズルズキンじゃないのは気になるが、これまでに色々と手札を見せてきたからか、流石に同じ手は通じないと思っているのだろう。
実際、不意さえ突かれなければ『ねこだまし』は守れば良いし、その辺りはノラにも言い含めてある。私が反応出来ずとも、素早さ──即ち反応速度が尋常じゃないノラならばどうにでもなる。無論、無闇に守ればそれはイコールで隙になるから現状では『ねこだまし』に限定してるけれども、この辺りは現実ならではって感じで中々難しい──
「さぁてスカタンク──」
「……ノラ、『エラがみ』」
彼が何かを言う前に、敢えて言葉尻に被せて指示を出す。初手からスカタンクの時点でどうせ向こうも何か策を用意しているんだろうけど、タイミングを計ることでもしや別の指示があるのではとポケモン側に思わせて妨害する姑息な手である。
「おっと、良いんですかい? 迂闊に攻撃して──」
「………」
まあ当然、そんな目論見が成功するはずもなく。テンションの上下が激しいネズさんが敬語混じりで意味深な発言をする。
そして息を大きく吸った彼の姿に、さて、どんな爆弾が飛び出すかと身構えた私に訪れたその一撃は、ある意味では予想通りに、しかしまるで意図していなかった、正しく文字通りの意味での、強烈極まる
「先ずは景気良く、反撃の狼煙を上げようか! スカタンク、『しっぺがえし』だ!!」
瞬間、世界が真っ白に染まる。
「え──?」
漏れ出た声も、直後に訪れた爆音と衝撃に吹き飛ばされる。咄嗟に体勢を整えることが出来たのは、それがあまりに覚えのある感覚だったからかもしれない。
(これは、ダイマックスを倒した時の──………まさか)
倒した、から連想し、スカタンクの特性を改めて思い出す。
接触技で瀕死になった時に発動する特性、ゆうばく。けれど、スパイクタウンで砂埃を吹き飛ばしたそれとは明らかに規模が違う。それこそ、ダイマックスポケモンを倒した時と同じ……否、それ以上の破壊力を伴っていた。
「……ノラ!」
まずは指示を優先する。というより、先の爆発のタネは半ば見破っている。冷静になればなんてことはない。ヒントは既に彼自身の口から語られていたのだから。
故に、この一撃はどう足掻いても
(本来なら撃つ余裕もない『しっぺがえし』を、特性に
断言しないのは、そんなことが出来るのか分からないからで、しかし直感ではそうであると確信している。まあ違っていても、起きた事象には変わりなく、であれば私は、どのように行動するべきか。
「──その位置で、『ダイビング』!」
ポケモンとは、不思議な不思議な生き物である。
ポケモンを知っている人で、このフレーズを知らない人はいないだろう。しかし、ならば、それはどういった意味で
☆☆☆
「何で陸上で生活できるのかしら……」
それを調べるきっかけは、そんな当たり前の疑問からだった。
『………?』
「ああごめんなさい。なんでもないの」
首を傾げるノラを宥めつつも、一度浮かんだ疑問が消えることはない。
何で陸上で生活できるのか。いや実際に生活しているんだから何を疑問が、と思うかも知れないが、違うのだ。理由としては、ウオノラゴンの図鑑説明に、ウオノラゴンは水中でしか呼吸できない旨が記載されていることにある。
「ノラ、あーん。ちょっと熱いから気をつけて」
一度庭から居間に戻り、丁度そこに置いてあったおにぎりの一つを拝借し再びノラの下へ。握りたてだったのか、数秒に一度は持ち手を変えないと火傷しそうなくらいには熱い。けれどそれは脆弱な人間の話。エラばかりが注目されているものの、当然のように強靭なノラのがんじょうあごの前には熱エネルギーなど無意味でしかない。
ぱく。むしゃむしゃ。もぐもぐ。ごくり。エフッ。(鳴き声)。
その時のノラの反応を擬音にするとこんな感じだろうか。さりげにゲップしてるのが少々お行儀が悪いものの、特段変なところは見られない……ように見える。
(ゲップ……したわよね。それ以前に、普通に鳴き声を発してるよね?)
水中でしか呼吸できないとは一体何だったのか。まあポケモン図鑑のこと、ナパーム弾だのインド象だの2秒に1000発のパンチだのと割と意味不明な記述も多いので、『図鑑の内容が出鱈目である』なんてくだらないオチの可能性はある。というかその可能性が高い。
しかし私は、図らずもそれを実際に研究できる立場にいる。であれば、ちょっとばかりの好奇心を満たすべく、色々なことを試してみるのはごく自然の成り行きだったのだろう。
以下、ダイジェストにて研究結果について断片的に語る。
その1、ならば水中
「10。20。30。……60。………2分。………」
図鑑の内容が出鱈目なら、そも水中で呼吸できるのが誤りなのでは? という単純な帰結。これについては都合良くターフタウンの片隅にそれなりの川が流れていたので、宝探しと称して軽く実験。結論としては、分単位どころか2時間潜りっぱなしでも何一つ問題がなかったので、とりあえずノラのエラが魚のそれと遜色ないのは間違いがないようである。
その2、逆に、陸上での性能はどうなのか。
「……60キロを軽く超えてるけど……レベル100だから、なのかしら」
こちらについても同様の疑問。図鑑の表記が出鱈目であれば、当然陸上での速度に関しても疑問が生まれる。とはいえこれは正直比較対象が悪いというか、どう考えてもノラが平均的なウオノラゴンよりも優れてるのは明白なので、とりあえず時速60キロ以上で走れるから間違いではない、という程度しか検証は出来なかった。
その3、身長体重その他諸々のデータについて。
「ノラは……ちょっと覚えてないけど、コイルとキュワワーは、種族の平均とコンマ1のズレもなく一緒ね……」
これに関しては、調べなかった方がマシだったかもしれない。ポケモンだって生き物なのだから、個体差なんてあって当然。けれど私が持つこの子たちは、驚くほどゲームの設定に忠実で、それはまるでこの子たちが、ゲームを基にして作られたようにも思えて。
「…………」
このことについては、これ以降、考えることを放棄した。結論としては、私の持つポケモンは、気味が悪いほど図鑑の表記に忠実だということである。
そして、4つ目。ある意味では一番重要な、
「………」
ある──というのが、とりあえずの結論。それは即ち、種族値個体値努力値と呼ばれるマスクデータが、当たり前のように現実としてここにある、ということである。
(それは、なんて恐ろしい──)
人よりちょっと足が速い。人よりも平衡感覚がやや鈍い。人並みの聴覚を持っている。並外れた視力を有する。心臓の病気で長時間の運動ができない──そんなごく当たり前の個人差が、当然のように戦績に反映されるということ。
ますます思う。才能とは何だろうと。仮に伝説のポケモンのスペックをフルに引き出せる能力を持った人がいて、その人物がそもそも伝説のポケモンに巡り合う機会に恵まれなかったら。あるいはそのポケモンと折り合いや気性が合わず、足並みを揃えることが叶わなかったら。それは、その人物に才能が無いと言えるのだろうか。
そして逆に、どんな経緯であろうと
「………」
やがて考えるのが嫌になって、記憶の奥底に封印されていた過去の一幕。それが今更になって呼び起こされたのは、ルリナさんのトサキントを見て改めて疑問が浮上したから──ではなく、彼女……サイトウさんのタイレーツと同じように、それを戦闘に転用できないかと血迷った私のちょっとした閃きである。
攻撃種族値が何気に高く剣舞覚えるからとブリムオンを物理型で育成したり、のどスプレーが面白そうだからと『りんしょう』しか該当技がない
きっかけなんてそんなものだった。けれど、よもや、そんなくだらない好奇心が、ポケモンという存在の根幹に触れることになるとは、一体誰が予想しただろうか──
…………………………
………………
………
「………消えた?」
爆音が通り過ぎ、悪臭放つ土煙が晴れた頃。明けた視界に映る光景を見たネズさんが、思わずと言った感じでその言葉を紡ぐ。
それは小さな声ではあったが、いかんせん彼はマイクを握り締めたままで、その音は拾われてしまう。迂闊と思うが、それが彼のスタイルなのだから否定はしない。画面を不特定多数に公開する動画配信者みたいなものだ。
しかし、その情報は時に戦場において致命となる。その呟きの意を解釈すれば、彼がノラを見失ったことは馬鹿でも明白であり、また彼があの爆発音の中、私の指示を聞き取れなかった証明にもなる。
でも、無理もない。私なんて今でも耳が痛いくらいなのだ。普通はあんな爆音に晒されてその最中に周囲の音など聞き取れるはずもない。けれど、ノラは違う。ノラであればその程度なんてことはない。今まさに起こっている謎の現象と同様に、現実を塗り替えてこそ
(…………)
『ダーテング、「せいちょう」ッス!』
いつかの光景。奇妙なメガネを付けた天狗擬きが咆哮し、その度に全身が一回り大きくなる。それは誰の目から見ても明らかで、決して錯覚や虚像でもなく、みるみると、むくむくとその質量を増加させている。
必然、疑問が生まれる。この質量は、一体どこから捻り出したものなのか。いくら光合成なりなんなりで栄養を蓄えても、それで体積が2倍になるのはどう考えてもおかしい。
けれど、その基準はあくまで人間の認識で、ポケモンにとっては当たり前のことなのだ。だから、どんな頭の良い博士でも、彼らは揃ってポケモンを
(………ポケモンには、
正直に言って、私も全てを把握しているわけじゃない。でも、ポケモンバトルが現実になって尚
そして、理解と利用は等号では結ばれない。故に、利用できるものは利用する。それが私の、ノラにできる唯一の貢献なのだから。
「………頼んだぜ、ストリンダー!」
ガラ空きのフィールドという不可解な状況を警戒してか、ネズさんはかなり悩んだ末に後続であるストリンダーを召喚する。ストリンダーということは特性「ぎたい」や技の「ほごしょく」のように、何らかの方法で姿を消していると判断して音技で削るつもりだろうか。
(だけど実際、殆ど正解だし、音技を使われたら普通に困るからそれなりの対応をしないといけないわね……)
コツコツコツと、わざわざこの日のために履いてきた硬めの革靴でフィールドを鳴らす。何も強敵との試合に向けて準備をするのは彼に限った話じゃない。こちらとしても、こんな奇策を実行するにあたって、サインの一つや二つ、具体的には二十と少しのパターンを組み込んでる。
私はポケモンの言葉が分からない。しかし、意思の疎通ができないわけじゃない。ポケモン側が明確にこちらの言葉を理解している以上、否定肯定を繰り返すことで擬似的に会話は行える。
ポケモン同士は基本的に会話が出来ていることから、最近ではロトムを介した翻訳機なんかも研究されているらしい。否、これに関してはめがっさ欲しいので結構な金額を寄付してたりも……まあ、それどうでもいい。
とにかく、相手を警戒しているのはこちらも同じ。特に私は、こちら側での戦闘経験は彼に劣る。ネットでの経験なんて、所詮は机上の空論に等しい。だってそうだろう? 普通に考えて、何故『ダイビング』が攻撃技に分類されるのか。どうして『せいなるほのお』が物理技なのか。如何なる理由で世代ごとで技の威力や分類が変更されたのか。
そんなのはゲーム的な都合でしかなく、ならばダイビングの目的なんて水中に潜ること以外にはあり得ない。そして、ノラほどの実力があるのなら、それは最早
(そう、つまり、強いポケモンとは──)
現実を
地面に潜水する、という、明らかに矛盾を孕んだ現象に関しても、物理的にはテレポートなんかより遥かに難易度が低いはずなのだ。故に、可能か不可能かはポケモンが判断し、我々はその力を信じ可能だと後押しすることが大切なのである。
スタジアムの人工芝が水面のように隆起し、その中心からゆっくりとウオノラゴンが
「な──……っ、ストリンダー、『オーバードライブ』!」
「ノラえもん、『エラがみ』!」
加えて、なにも動揺するのはトレーナーに限った話でもなく、ノラの登場に驚いたストリンダーは、ネズさんの咄嗟の指示に対応することが叶わず、真正面からの『エラがみ』で気絶する。言わずもがな、これでどこかしら欠損したりせず気絶で済んでいるのも、ポケモンという存在の不思議さを如実に示している。
「………良くやった、ストリンダー」
気絶したストリンダーをボールに戻し、そのままの体勢でしばし停止するネズさん。少し意外だった。所詮は思い付きを急造で拵えたモノ。それがここまで上手いこと引っかかるとは。
というかそれ以前に、スパイクタウンでカラマネロがやってたのがこれの亜種だと勝手に思ってた。いや、カラマネロはそれらしい技を覚えないけど、さいみんじゅつとかサイドチェンジとかインチキエスパー技使えるし。
「行くぜ、ズルズキン!」
「………」
(いよいよズルズキンか……さて、どうしよう)
それよりも、次いで現れた本命に、私は頭を悩ませる。
ポケモンバトルには、読み合いという概念がある。最もそれを実感するのは『ふいうち』と『りゅうのまい』による択だろうか。
攻撃技にしか反応しない『ふいうち』を透かすために、自分は『りゅうのまい』を使用する。けれどその時、もしも『ふいうち』以外の攻撃技を選択されていたら、それは単なるディスアドになってしまう。
今回のケースもそれと同じ。この場面、相手からすると十中八九『ねこだまし』を撃ちたい場面だろうが、安易にそれと決めつけて『まもる』で備えたとして、その指示を見透かされて何かしらの布石を仕込まれたなら。
「………」
正直、非常にリスキーな択であると思う。この場面、たった一つの勝ち筋を相手に委ねるなどと、正気の沙汰とは思えない。
しかし彼には、
(あくびループ、釣り交換、ヤンキー剣舞、交換読み居座り、起点型偽装初手ダイマックス……)
逆に考えよう。この場面、相手がされて最も嫌なことは何だろうか。そうなると、やっぱり──
「ノラ、『エラが──」
「──そこだ、『ねこだまし』!」
(あ、やっぱり素直に来るのね……)
ぱぁん!と小気味良い音が鳴り響き、至近距離でそれを受けたノラは怯んで僅かに後ずさる。十分に読めた手だが、ここは相手に圧力を掛けただけ良しとしよう。
それに、隙という意味では『まもる』で防いだ方が防御体制を取る分生じ易い。だからここで技を潰されたとして、それが必ずしも間違いであるとは言えない。
……ただし。それは、あくまで行動としての是非を問うのモノであり──結果が伴うことがなければ、その選択は単なる悪手へと早変わりする。
「ズルズキン、『なげつける』!」
「…………!」
生じた僅かな隙、その間にズルズキンは股座に手を突っ込むと、中から金色に輝く球状の物体を取り出す。
(え? まさかキン○マ──いやいやいや)
「ノラ、『まもる』!」
取り出した場所が場所だったからか下品な考えが浮かぶも、絶対に碌でもないものだと決め付けて咄嗟に指示をする。ほぼ一手分の隙を晒したものの、そこは流石のノラ、乃至はズルズキンの動作があまり素早いものでなかったからか、辛うじて投げ付けられたキン○マ……もとい、謎のきんのたまを弾くことに成功する。
(ひょっとして、でんきだま……!?)
弾いたその球状の物体を見て戦慄する。でんきだまなげつける──レートにおいても奇策と呼べる戦法。それをこの男は、一切の資料も何の確証も無しに、自力で編み出して実行したと言うのか。
ただ、これ自体は問題ではない。ノラのスペックに頼り切りとはいえ、その奇策は紙一重で凌いだ。故に、悪手となるのは、その直後の行動についてである。
「読んでたぜ──ズルズキン、『ローキック』だ!」
何を──と思うよりも先に動いたズルズキンは、何故かノラの方へ向かうわけでもなく、あらぬ方向へとゼンリョクで駆ける。そして、ある位置で停止すると、その勢いのまま足を引き、
「な──ノラっ!」
慌てて名を呼ぶも、時既に遅し。ダボダボのズボン(皮?)が脱げ掛けるのも厭わず放たれた強烈なシュートは、名前を呼んでしまったことでこちらに振り返るノラの横っ腹に見事命中する。
瞬間、でんきだまがパリンと割れ、中のエネルギーが放流しノラを包み込む。そしてそれは、いつまで経っても消えることはなくノラの身体に帯電する。
『………!』
ノラの咆哮。苦しそうというわけでなく、鬱陶しそうにノラは身体を捩る。なんか思ってたよりも平気そうに見えるが、なんだかんだあの爆発すら大したダメージが通ってないノラが鬱陶しそうにしてる時点でその影響は押して知るべきである。
(抜かった──確かに
いわゆる「使い捨ての道具」をこれまで使用する機会がなかったから失念していた。でも、少し冷静になって考えれば分かること。なまじポケモンの謎さ故に判別が難しいと言え、いくらなんでもこれくらいは分かって然るべきである。
(『まひ』は素早さ半減だけじゃなく、技の威力や命中率にも影響する……でも!)
「ノラ、『エラがみ』!」
追撃を仕掛けようとしたズルズキンを、ノラは無慈悲な一撃で迎撃する。足を奪われたから何だ。動きを阻害されたからどうした。その程度の苦境で、レベル差という絶対の壁を、そう易々と乗り越えられてたまるものか。
「チャンス到来だ、カラマネロ!」
「………ノラ」
ノラの名を呼び、戯けたことをほざくネズさんを睨み付ける。名前を呼ばれたノラが不思議そうに振り返ると、その隙にネズさんが『ばかぢから』を指示する──が。
「………
『……!!』
ぼそりと。足元に小石があるとか、そろそろ雨が降りそうだとか、今夜は星がよく見えるとかの、そんなちょっとした
「何だと……!?」
「跳ね返って……いえ、右から。今度は左後方。ちょっと前に……そこ。そこでジャンプ」
ひらり、はらり、ゆらり。特異な形状の体躯を器用に動かして、麻痺によるハンデなど毛程も感じさせずノラは踊る。されどやはりその動きは精細を欠いており、いつまでもこの調子でいればいずれ攻撃を当てられてしまうだろう。故に──
「──ノラ」
地響きを立てて着地したノラに、私は再びその名前を呼ぶ。
それは着地音にかき消されるような小さな声。それでもノラは、その一言に律儀な反応を示し、私がいる──否、カラマネロのいる方向へと振り返る。
(…………)
はっきり言えば、これもノラの弱点になるのだろう。さっきの立ち回りを見れば分かる通り、万全の状態であるならば、そもそもノラに攻撃を当てられるポケモンなど一握りしか存在しない。レベル100とはそういうもの。才能の差とはそれほどのもので。
でも、この子はその素直さが故に、あまり積極的には攻撃を行わない。だからどうする、というわけじゃなく、そういうものだと受け入れるしかないのだ。
「ノラ、『エラがみ』」
その一言でカラマネロは沈む。以前は不覚を取ったが、視界が晴れていればこの程度なんてことはない。出来ると分かっているのだから、私はそれを導いてみせる。それこそが、トレーナーである私の責任なのだから。
「……あと一撃。行ける?」
『■■■■■ーーー!』
ノラが咆哮する。顔を上げれば、いつの間にかノラに帯電していたエネルギーは消えていて、やっぱりこの子は規格外だなと再認識する。でも、だからこそ。
(私は、あの子に
そのために、私はここにいる。誰かのためじゃなく、どこまで行っても私のためだけに。
あの日、あの時。私はあの子と釣り合う存在になるために、
(ノラ、みんな──)
最初から自覚していた。この旅は、私のエゴであると。諦めたくはなかった。諦めることはできなかった。だけど私には才能がない。私はノラに相応しくない。そんなのは嫌だ。もっと私に才能があれば。もっと私に実力があれば。大手を振って、ノラのパートナーであると名乗れるくらいの力があれば。
「ラストナンバーだ! 魅せつけてやるぜ、タチフサグマ!!」
無能な私。最低な私。屑な私。そんな私が、彼の努力を否定するのが辛い。
けれど、たとえそれが悪だとして。それをノラは肯定してくれた。そうだ、やりたいからやる。それでいいんだ。心苦しいけど、それはそれ。惨めでも、それはそれ。泣きそうでも、それはそれ。
この世界が理不尽だなんて、誰より私が理解している。なればこそ、たとえそれが降って湧いた幸運でも、私はそれで、トレーナーとして成り上がる。
私に才能なんてないけれど。それでも私は、貴方のパートナーでありたいから。
それがあの子が築き上げた虚像でも、無い物ねだりなんてしていられない。私にはあの子が、あの子達がついている。貴方の最強は、私が示す。貴方以外の最強なんて、私が絶対に認めない。
「ノラ、『エラがみ』!!」
幾度となく繰り出された一撃が、その
それを見届けて、その光景があまりにも眩しくて。それでも俯いてはいられないと、私は伏せていた視線を無理矢理上げるのだった。
ノラのなかよし度は当然のように最大値です。麻痺も気合で治せます。
次回はチャンピオン戦になると思います。