多分ですが、今話がこの作品のターニングポイントになります。
自分のことを特別な存在だと思うのには、実はとても勇気がいる。
「………」
立場、能力、状況、運。根拠となる欠片はそこかしこに転がっていても、それを他者と照らし合わせた結果、自らを特別だと結論づけられるヒトなんてただの考えなしか、よほど巫山戯た経歴を持つ異常者だけだ。
しかし、ならば自分は特別ではないのか、と問われると、私は自分が特別な存在であることを認めざるを得ない。それは自慢や誇張、ましてや自己顕示などでは断じてなく、ただの客観的な事実として、確かにここに存在するものなのだ。
何事にも、例外はいる。だからこそ普遍が尊ばれ、蔓延し、世界を染める。もう戻れないそこを羨んだ記憶はないが、もしかしたら自分も、嘗てのようにそちらに紛れたいと内心では思っているのかもしれない。しかし、今となっては、それもどうでもいいことだ。私はもう戻れない。戻るつもりもない。あの日、あの時、チャンピオンと出会ったあの瞬間から──
『G……GUHOOOO■■■■■ ──!!』
「──っ!」
ビリビリと、地の底から響き渡るような咆哮が、周辺の大気に重圧を与える。
技として存在する『おたけび』とは明らかに一線を画すそれは既に、本能的な恐怖を抱くレベルの威圧的なもので、それが私に向かっているわけではないと理解してなお、私の足を竦ませるには十分なものだった。
(………)
──
「……流石に、これは予想外ね──」
それが今、まさに私の目の前に立ち塞がる脅威。はっきり言って、予想外にも程がある。よもやあのチャンピオンが、絶対的エースたるリザードンを差し置いてゴリランダーをダイマックスさせるなど。
「………」
(……苦し紛れの一手、ではなさそうね)
爛々と輝く彼の瞳を見据える。澄み渡った、吸い込まれそうな瞳。私のそれとはまるで対極、すなわち一片の濁りも見られない。
けれど、考えてみればさほどおかしくもないのだ。私のウオノラゴンのように、エースだからと、それでダイマックスをしなければいけないわけでもない。むしろ絶対的エースだからこそ、ダイマックスをせずとも十分以上の活躍が見込めるというのもあるだろう。
(見たところ……大体、6割前後かしら)
チャンピオンのリザードンでは、おそらくどう足掻いてもノラには勝てない。だからと言って、諦めるのはまた違う。与えられたカードを最大限に活かし、勝利への可能性を模索し続ける。チャンピオンとして積み重ね貪欲に貪った
「………」
ポケモンバトルとは、才能が全てである。そうは言っても、才能なんて一言でまとめられるものじゃない。こんな私でさえ、自らのポケモンに抱く愛情は人並み以上であると自負している。それが偏執の類であれ、それで実際に信頼関係を築けるのであれば、確かにそれは
「………」
周囲を見渡し、ここでようやく最初に感じた違和感の正体に思い至る。
あのゴリランダーを中心にしてじわじわと領域を広げていく足元の草木。やはりこれもゲームとは異なるけど、
「……ノラ」
思考を纏めて、ノラの名を呼ぶ。名前を呼ばれたのが嬉しいのか、戦闘中なのにぐるんと振り返るノラ。びっくりするほど悠長な反応である。はっきり言って危機感が足りない。
でも、それでいい。ノラ自身がその力を誇る必要なんてない。貴方をここに連れてきたのも、それが燻っているのが嫌なのも全て私の我儘によるものなのだから。
「
そして、それ故に、私は絶対に負けられない。貴方が最強であるために、私が最強になるために。
貴方はその象徴として、どこまでも理不尽で在らねばならない。だから、ここで付け入る隙など与えない。
「構えて、ノラ。
返事は聞かずに、靴を片方だけ脱ぎ捨てる。直後に力強く素足をフィールドに立てれば、隆起した地面に混ざっていた小石でも踏み締めたのか、皮膚が破れるような感触がする。
「っ……」
痛みで僅かに顔を顰める。が、これはむしろ好都合でもある。ただでさえタイミングがシビアなのだから、それを計るには感覚は少しでも鋭敏であった方が良い。だから、ノラ。心配しない。ほら、前を向きなさい。本当に危ないのは、貴方の方なんだから。
「行くぞ、ゴリランダー!! 『キョダイコランダ』だ!」
(………)
その指示を聞き届け、ゆっくりと瞼を瞑る。すぐに閉じる、なんて性急な真似はしない。如何に
「………」
素足に体重をずっしりと掛ける。つま先から迫り来る脅威が、大地を這う振動が、避けられない
けれど臆することはない。逃げる必要なんてない。そもそも私には何も見えていない。私が今、感じているのは。この世の誰よりも頼れるその背中に、守られているという実感だけだから。
「──ノラ、『エラがみ』!!!」
『■■■■ !!』
目を見開き、血を吐くように指示をする。流石に血を吐く云々は比喩表現だけど、久しぶりに大声で叫んだので喉が張り裂けそうだ。
直後、鈍い轟音が鳴り響くと、バキバキと木材が割れた時特有の音に混ざり、
「なっ……!?」
(──む……)
大歓声の中で、ダンデさんの驚いた声が届く。
しかし、その予想以上に重く鈍い手応えから、私はこの攻防が一筋縄では行かないだろうことを悟っていた。
☆☆☆
「そんな、まさか……」
フィールドに倒れ臥すギルガルドを見てソニアが口元を押さえる。
浮かぶ表情は、分かりやすく驚愕。とはいえ俺も、顔や口には出さないだけで似たような感情を抱いてるのだろう。いや、もしや顔には出ていたのかもしれない。少なくとも、それが自分で分からない程度には、その光景は俺に衝撃を与えていた。
「──何年もの間、一人で燻っていたツケでしょうか」
つかつかと歩み寄りながら、自嘲するように彼女は呟く。それはあまりに現在の状況には似つかわしくない反応で、仮にもチャンピオンのポケモンを圧倒したというのに、彼女には一欠片の喜びも見られない。
「聞けば、球技で1日の遅れを取り戻すのには3日を要するとか──まあ、球技に限らずとも、何事も怠慢が致命的な敗因となり得るのは、貴方もご存知のことでしょう」
「………」
油断は無かった。いや、本当にそうと言えるのか? ほんの少しの、思考の一欠片でもあの時の彼女の言葉に合意はしなかったのか? たとえそうでなかったとして、間違いなく全身全霊を尽くしたと、俺は倒されたギルガルドに自信を持ってそう言えるのか?
「生まれたばかりのポケモンを1。ラテラルの遺跡にいる野生ポケモンが30。私のポケモンを50として、ウオノラゴンの実力は100になる──以前、彼女が言っていたことです」
「………」
「なに、それ……?」
無言の俺と、素直に驚愕を示すソニア。こういう時、素直に反応できるソニアが羨ましく思うことがある。俺はと言えば先程から動揺を隠せないままで、なまじチャンピオンとしての実績と彼女の見せた実力がある分、その言葉を信じることが出来ない。
「もう一つ、聞いてみました。……ならばチャンピオンのポケモンは果たして
「……答えは?」
「
何を、と問うも、直ぐに答えは帰ってこない。ただ、その表情が物語っている。あまりに正確過ぎるその見立ての恐ろしさと、それが他ならぬ自身によって裏付けられてしまったことに。だからこそ、続けて放たれた言葉は、俺にとって相当の威力を伴っていた。
「確かに
「──……」
「……失礼。流石にこの程度の安い挑発には乗りませんか。ええ、勝負は互いに一匹ずつ──名残惜しくはありますが、そういう
「………………」
それは半ば規則違反を犯した自分を煽っているのか、流石にそれは俺の被害妄想だと信じたいが、名残惜しんでいるのは間違いないようで、どうにも判断が難しい。
いや、そんなことはどうでもいい。今、この場で最も重要なことは、それよりも。
「お気づきですか。そうです。私が貴方を出し抜いたように、貴方が彼女を出し抜くことも、決して不可能だとは言えないのです」
「……!」
思い至るより先に、彼女はその答えを堂々と告げる。50と70。70と100。その差は1.5倍にもなるが、単純に数字だけで比較するとそう差はないように見える。しかし、
「しかし、それは──」
それは普通ではあり得ない。そうであるなら、それはガラルの歴史を揺るがす事態である。
誰もが思い悩み、苦しみ、しかして変えることが叶わなかった才能という壁。それを彼女は易々と打ち破ってみせた。
それでも限度はあるのだろう。流石の俺も、視界を塞いだとしても初心者トレーナーに負けるはずはない。だが、もしもこの技術が広まれば、それはカブさんで挫折するような幾多のトレーナーが、あのキバナを突破し得るほどの変革になる。
「当然、容易くはありません。例えば今回の場合ですが、実はギルガルドとウーラオスの相性は最悪に近く、更にギルガルド自身が使い手の腕に相当左右されます。極端な話、運悪く『てっていこうせん』を外して『イカサマ』なんかを使われたら、それだけで自滅するようなポケモンなので」
それは否定しない。というか、先に倒されたギルガルドがまさに似たような手段でやられている。無論、何故か『キングシールド』を貫通されたりその隙に『みがわり』を使われたりと驚くべき要素は多々あったが、俺のプレイングに問題がなかったかと問われるとどうだろうか。
俺の思考を他所に、彼女は「ですが」と繋げると、
「ウオノラゴンというポケモンにも、それに近い欠点がある──むしろその実態は、『「エラがみ」一本の火力がずば抜けているだけ』とまでトレーナーに言わせる程の、かなり隙の多いポケモンです」
「は?」
耳を疑う。同時に、その発言の真意を推し量る。
ウオノラゴンのトレーナーと言えば、今まさに世間を騒がせているあの少女に他ならない。ならばその発言は少女のもので、だからこそ俺は困惑せずにはいられない。
「ちょっと待って。でもあのポケモンは、ルリナやネズさんにも競り勝って──」
「私の技術は、全て彼女に依るものです。その説明では不足ですか?」
俺の疑問を代弁してくれたソニアの言は、鋭い一言で切り返される。ソニアも薄々とは察していたのだろう。それきりソニアは黙り込む。
「なら、どうして彼女はあそこまで極端な戦い方をしているんだ?」
一つだけ、拭えない疑問を口にする。彼女の技巧が優れているのが本当なら、なおさらヤローさん相手にあれほど強引な戦い方をしたのかが分からない。単純に突破できる自信があったからなのか、万が一ルリナのカジリガメの時のように耐えられたらどうするつもりだったのか。
「その理由についても、至極あっさり。『ノラはそれが間違いなく一番強いから』と」
「……なるほど」
あっさりと教えたのは、隠す必要もないからだろうか。まあ、ウオノラゴンは力押しが一番得意ですと言われても、こちらとしては確かにそうだろうなとしか言えないが。
しばらくその調子で問答をしていると、彼女は締め括るように「故に」と繋ぎ、
「私は恐れています。今は誰もが錯覚している、彼女の本当の実力が明かされることを。彼女は、誰よりもポケモンを扱う才能がある。これまで基本的に力押しで通しているのは、それが単にウオノラゴンというポケモンのベストな戦術であるというだけ──」
「……解せないな」
遮るように口にする。言葉を止められた彼女は不思議そうな顔をするが、そもそも不思議と言えば最初からだ。
「何故、俺にそれを話す? 愚痴を言いに来たようには思えないし、そもそも君の立場からして、敵同士は潰し合わせた方が良いだろう?」
「──」
彼女が目を見開く。それを問われるとは思ってなかったのか。普段の俺の様子からは否定できないのが辛いところだが、どうも嘲る意図は無かったようで、彼女は無言でしばらく考え込んだと思いきや、不意に、
「……チャンピオンは、マリィというトレーナーをご存知ですか?」
「………?」
質問の意図が掴めず、呆気に取られる。そして肝心の内容についても、俺には一切の心当たりがない。
マリィ。マリー。まりい。はて、誰のことだろう。過去に戦ったことがあるトレーナーに、そのような名前を持った人物はいなかった……ように思う。正直に言って、自信はない。
「……無理もありません。この世界は優しく残酷に出来ていて、一回戦で敗北を喫するような新人トレーナーは、誰の目にも止まらず人知れず埋もれていく。燃えたぎる意思も、如何なる因縁も、かくもあっさりと挫かれてしまう」
「──」
とりあえず記憶違いの類では無いことを安堵すると同時に、あまりにも重い話に押し黙る。
そして思い浮かぶのは二人の少年少女のこと。俺の自慢の弟と、その友人の才気溢れる少女。俺たちの試合の直後に戦うことになるこの二人は、どう足掻いても片方は夢半ばにして挫折する。
いや、彼らに限らず、これまでも俺は似たような境遇のトレーナーの夢を幾らでも挫いてきた。知り合いだからと掌を返すわけにはいかない。手加減や慮るのもまた違う。そういうものだと、そういう世界にお前達は足を踏み入れたのだと、否応にも納得するしかないのだ。
「カブさん。ポプラさん。オニオンさん。誰もが私を超えるほどの、チャンピオンに迫れるだけの力を持っていました。だから、きっと──私は、貴方が
「──」
貴方は私の憧れでしたから──そう告げて、いつの間にか呼び出していたルチャブルをグライダーの如くして屋上から飛び去って行く彼女を呆然と見つめる。
そして、彼女の居た足元にはお礼として置かれた無数の道具があって──その期待に、何としても応えねばならないと、俺は決意を新たにしたのだった。
………………………
…………………
…………
「な──」
あんぐりと口を開ける。今まさに目の前で起きている光景が信じられない。きっと俺は、この上なく間抜けな表情をしているのだろう。そう確信できるくらいに、それは俺の中の常識を粉砕する出来事だった。
「ノラ。次に備えて」
声が届く。それは喧騒に紛れるような小さな声。しかしあまりにも冷静で鋭い声色は、一様に驚愕や困惑の入り混じった大歓声の中では異様極まりなく、だからこそはっきりと聞き取ることが出来る。
「そんな、馬鹿な──」
視線の先を彼女のそれと同じくすると、そこには天高く空を舞うゴリランダーの姿。あり得ない光景。自ら跳躍したわけでもなく、むしろ大地に深く根を伸ばしたキョダイマックスの姿が、テニスボールか何かのように打ち上げられ、ゆっくりと回転してるなどと──
「っ、と──」
あまりの衝撃によろけた時、足元にある何かに蹴躓く。否、何かと言う表現は適切ではない。そこにあるのは傷だ。スタジアムの大地に深く刻まれた爪痕。文字通り根刮ぎ掘り起こされた地面が、ただでさえボコボコのフィールドを更に荒らしている。
(いや、待て。仕掛けた側がこれなら、彼女は──)
咄嗟に、こんな時だと言うのに、無用な心配が思考を過る。視線を彼女に移したことに、何か考えがあったわけではなかった。しかし、その光景は、俺に一抹の希望を抱かせるものであった。
「──!」
そこにはクレーターが出来ていた。明らかに『りゅうせいぐん』によるものとは異なるそれ。若干の傾斜と共にウオノラゴンを中心として広がる巨大な穴は、つまりウオノラゴンに掛かった衝撃の凄まじさを示している。
「………!」
天を仰げば、丁度下を向いた状態のゴリランダーと目が合う。しかし、その表情に苦悶の色はなく、見たところダメージを負った様子もない。
(……互角、か?)
それはそれで大問題であるが、客観的にそうであると見て良い、かもしれない。いや、それが仮に誤りだったとしても、もはや彼女に奇策は通用しない。ならば彼女の望むように、全力を尽くし抗うまで。
「ゴリランダー、『キョダイコランダ』!」
指示を出せば、無数の蔦が天から雨のように降り注ぐ。地中深くに眠るはずの根がそのまま襲い掛かる様はまさに質量の暴力であり、そう易々と対処できるものではない……が。
「ノラ。ノラ。もうちょっと前……もっと。も……そう、そこ。そのあたり」
対する彼女が出した指示はあまりに少なく、また同時に、思わず目を疑うようなもの。たった数十センチその場から動いただけで、狙い澄ましたかのように所狭しと突き刺さる木々の隙間に逃れたのだ。
「……!?」
「──ノラ、『エラがみ』」
何をどうすればそんな離れ業が出来るのか、と俺が驚愕していると、少女は再び死の宣告を放つ。
身動ぎだけで木々を押し除けたウオノラゴンの攻撃に、大地に根を下ろしたゴリランダーの体躯が大きく仰反る。同時に耳を覆うほどの悲鳴が響き渡り、それが最初の激突とは状況が異なることを表していた。
(なんだ、これは──)
ダイマックスをしてもまるで歯が立たない。それはダイマックスが主流なガラルのチャンピオンである俺にとって初めての経験だった。
彼女がポケモンの扱いに長けているのは聞いていた。だがしかし、これはもうそんな次元の話ではない。エラがみ一本のポケモンでこれなら、隙の多いポケモンでこれなら、彼女が本領を発揮すれば、それは一体どんな悪夢なのだ。
彼女のことを台風に例えた人々のことを思い出す。なるほど、これは確かに台風だ。何もかもを蹂躙する嵐だ。ゴリランダーが張り巡らせた木々でさえ、文字通り根刮ぎ吹き飛ばすとびっきりの。
「ゴリランダー──……」
その名を呟くと、丁度仰け反った姿勢のゴリランダーと再び目が合う。その表情は先程と違い苦悶に歪んでいるが、折れてはいない。一度は衝突により寸断された木々も、先の攻撃によって大地に深く根付いたままだ。
彼の瞳が物語る。このままで終われるかと。俺の諦観など知ったことかと、闘志に燃え盛るその瞳に射抜かれる。
「……はっ」
自嘲する。……何を諦めているんだ、俺は。この程度のピンチなど、俺は幾らでも味わってきた。幾多のトレーナー達を、それ以上の窮地にまで追い込んだ。
しかし、誰一人として。それで諦めたトレーナーはいなかったはずだろう?
「………」
少女はゴリランダーを見つめている。既に反撃を予感しているのか、あれだけ圧倒的に立ち回っていても、少女に油断は一切見られない。凄まじく思う。恐ろしく思う。チャンピオンである俺を差し置いて、彼女が優勝候補とまで称される理由を深く痛感する。
けれど、それで終われるものか。諦めてたまるものか。足りないなら加える。届かないなら届かせる。その常識を打ち破ってみせる。
「ゴリランダー、『キョダイコランダ』!!」
三度目の指示。ゴリランダーはその言葉に頷くと、身体中に生える蔦をその右手に集中させる。
ダイマックス技は、元の技によって威力が変動する。それはキョダイマックス個体であっても変わらない。だから、一口にキョダイコランダといえ、より威力の高い攻撃を元にすれば、それだけ威力が増大することになる。
その中でも、『ウッドハンマー』は、ゴリランダーが使用できる技の中で随一の威力を誇る。もはや俺もゴリランダーも、その強大な力を解き放つことによる反動など気にもしていない。もはや俺らの中にあるのは、その意志を限界まで引き出し、目的を遂行することだけだ。
「ノラ、『エラがみ』」
「っ……!」
しかし当然、それを成すのは容易くない。彼女に変身中は攻撃しない云々のお約束を守る理由は何処にもなく、ごく自然にその隙を狙われる。
明らかにゴリランダーより早い予備動作から、やはり無理なのかと諦めの感情が過ぎるものの、それは直後に起きた事態によって塗り替えられた。
「──ノラ、足元!」
誰よりも早くその事態に気づいたのは、やはりというか当然のように目の前の少女。
何の予兆も変調もない段階で真っ先にそれに気付けたのは、彼女の非凡な才能を存分に示しており──同時に彼女のその力を以ってしても、むしろトレーナーであるこの俺でさえ、ゴリランダーのその行動を止めることは叶わなかっただろう。
彼女の焦り声が届く直前、今まさに攻撃を仕掛けようとウオノラゴンが大地を蹴り上げ飛び上がったその直後。それまで単なる障害物と化していた蔦が蠢き、これでもかとウオノラゴンに纏わりついて文字通りに足を引っ張る。
そして運悪く、まさしくそのタイミングで彼女の言葉がウオノラゴンに届き──あっさりと攻撃姿勢を解除したウオノラゴンを見て、
「な……ノラっ、」
「──」
先に言っておくと、トレーナーである俺にとっても、このゴリランダーの行動は予想外であった。
俺がしたことと言えば、攻撃そのものの号令くらいで、その際に足止めをするつもりも無ければ、ゴリランダーがそれを攻撃と平行して行えることも知らない。
故に、これは完全にゴリランダーの
『UHOO■■■■!!』
大地に叩きつけた巨木の音さえ凌駕する雄叫びが、スタジアムを超えてシュートシティ全体へと響き渡り、それに呼応するかの如く首元の珠が妖しい輝きを放つ。身体の芯にまで残るような音圧は、それがどれほど力を込めた一撃であったのかを如実に表していた。
「──………
パキパキと小さな音が鳴る。嵐の直前を彷彿とさせる、どこか不安を抱かせる破砕音が鳴り響く。
それがゴリランダーの腕から発せられたものだと気づいたのは何秒経った後か。ましてその原因が、
サダイジャに睨まれたメッソンが如く、やけにゆっくりと起き上がるウオノラゴンから目を離せないでいると、不穏な空気を煽るようにこのタイミングでゴリランダーのダイマックスが解除されてしまう。
「………」
少女は無言で佇む。表情が窺えない能面のような顔に睨まれる。見ようによっては余裕とも取れる視線に射抜かれると、先の攻防が全て無駄であったと錯覚してしまいそうになる。
だが、間違いなく相応のダメージは与えたはずなのだ。それは確かな実感としてここにある。なればこそ彼女は、それを俺に測られると不利益に繋がると踏んで、その一切を悟られぬようにしている。
何も感じないはずはないのに。何も思わないわけはないのに。勝利のために、あらゆる感情を捩じ伏せて。
(………………)
そんな彼女の様子に、俺は思考をフル回転させ──途中でそれを放棄する。これまでの戦いで確信した。おそらく俺が何を考えても、彼女はきっとその上を行くと。
であれば、俺がすべきことはただ一つ。否、最初からずっとそれは変わらない。全身全霊を以って勝負に望む。全てを出し切り、悔いは残さない。簡単なことだ。それは俺が、いつだって心掛けていることなのだから。
「──ノラえもん、『エラがみ』」
そして、変わらないと言えば、彼女のことを忘れてはならない。
たった一つの技を武器に、それを通すことだけに全てを賭ける。理由は意地か信念か効率か、はたまた別の理由があるのか。どのような理由があるにせよ、ここまでそれを押し通した事実には尊敬の念を抱かずにはいられない。
「ゴリランダー、『グラススライダー』だ!」
だからこそ、無念だった。耐えられないと否応無く分かってしまうが故に、あれだけ奮闘したゴリランダーを切り捨てる選択を取るしか出来ない俺の弱さが。
『■■……!』
せめて少しでも──そんな思いで放たれた一撃が、迫り来るウオノラゴンに見事命中する。
そして。
「………え?」
その一撃の当たりどころが悪かったのか。ゴリランダーの突進を受けたウオノラゴンが目を回し、後ろに大きく仰け反ったかと思えば、そのまま後方に倒れて動かなくなる。
「あれ、ノラ……?」
貼り付けた仮面を完全に忘れてしまうほどに、間の抜けた少女の声が耳に届く。
あまりに呆気なく唐突な幕切れ。綺麗に決まったわけでも、意地汚く掴み取ったわけでもない中途半端なその結末は、正しくポケモンバトルというものの無情さを表していた。
グラスフィールドと珠込みでもキョダイコランダ+グラスラはH4振りウオノラゴンに81〜95%のダメージで確二ですが、グラスラが急所に当たれば有利な乱数で削り切れます。対戦ありがとうございました。
急所で確定数がズレるのはよくあること。威嚇で受け回したり壁張りを先発にしてるやつはわかるはず。大人しく泣き寝入りしましょう。
作中での描写について少し補足。
今話での攻防についてですが、ウオノラゴンに対してグラスフィールド珠キョダイコランダのダメージが57〜68%、キョダイゴリランダーに先制エラがみが58〜69%入ります。単純に火力指数だけで見ればエラがみの圧勝ですが、ポケモンの技が現実改変能力から来てるという話から、与えられるダメージが互角なら『互いが互いに与える影響力』という点では互角になる、ということで作中では定義しています。
あとマリィさんについても、これまで影も形も無かったのは意図的なものです。一回戦負けするような新人なんて誰も見ないし話題に上げない。ここはそういう世界なんだ、と表現するためにですね。ファンの方は申し訳ありません。
ビートくんも如何にもリベンジしそうなノリで登場しましたが、あの程度の因縁なんて普通はこんなもんです。諦めましょう。