(ちょっと慣れてきちゃったのが嫌ね……)
いつしかこんな日が訪れるとは思っていたが、こうも立て続けだと自信を無くす。そんなに私はバトルが下手なのか。あるいは彼ら彼女らが優れているのか。いずれにしろ、起きてしまったことは変わらない。私は私で出来ることをしなくては。
相手のネギガナイトの様子を伺う。原種から更に鋭くなった眼光は、どっしりと腰を据えてこちらの動向を警戒している。相性不利などなんのその。そのポケモンの不屈の心は、如何なる窮地に追い込まれようと揺らぐことはないだろう。
「キュワワー、『ドレインキッス』」
「そこです、『ファストガード』!」
既にこのやり取りも何度目か。10から先は数えていないが、こうも徹底して対策されていると流石に辟易する。
先制わざを無力化する『ファストガード』。現実になった今ではかなり扱いが難しいわざだが、彼女は仮にもガラル空手の申し子と謳われた天才格闘家。ノラであれば火力で打ち破れたわざも、キュワワーであればそうもいかない。そう考えると、レベル差の暴力は偉大だなと再認識すると共に、まさかキュワワーでネギガナイトに負けるわけにはいかないと奮起する。
(………)
一瞬、ダイマを切って全てぶち壊してやろうかと物騒な考えが過ぎるも、安直にそれをやるのもまずい気がする。というのも、いくら『ドレインキッス』が脅威とはいえ、流石に10も使うと『のんき』なキュワワーでは僅かな隙が生じてしまう。まあ呑気なこの子だからこそ変わらない戦況でもマイペースに行動できたりするのでそこは一長一短なのだが、しかし明確にある隙を狙おうともせず、こうまで徹底して後の先に徹されると、何か別の狙いがあるのではと疑ってしまう。
(十中八九“どく”付与による耐久だと思ってたから『アロマセラピー』が腐ってる……こんな展開になると分かってたら、もっと別のわざを用意したんだけど……)
もちろん、実際には狙いなんて無くて、ただ対処に手一杯である可能性は否定できない。しかし、その慢心でノラを失った私としては、慎重過ぎるくらいで丁度いいだろう。
「………」
色々と考えて、このままでは埒が明かないと方針を変更する。相手が待ちに徹するのなら、こちらも相応の対応をするまで。塹壕戦には何が一番効果的か。一方的に攻撃される恐怖を味わうといい。
「キュワワー、ちょっと上に……そうそう。なるべく高く──もう限界? じゃあその位置で」
「………?」
じわじわとスタジアムの中央に居座っているネギガナイトから距離を放し、良い塩梅のところで上空を位置取る。キュワワーが『マジカルリーフ』辺りを使えたら一方的に削れて楽が出来たのだが、無いものねだりをしても意味がない。
(……まあ、似たようなことはするつもりなんだけどね)
「キュワワー、『バトンタッチ』!」
懐からスピードボールとクイックボール、すなわちキュワワーとコイルのボールを取り出し、右手と左手でそれぞれ同時に掲げる。そうしてわざ名を宣告すればあら不思議。先程まで上空にいたキュワワーが手品のようにボールへ収まり、代わりにコイルことジバコイルがフィールドに出現しているではありませんか。ちなみにどういう原理なのかは私にも分かりません。
(……これでノラを出して驚かせるつもりだったんだけどな)
幸いというか、キュワワーはこの手の一発芸が好きなので入れ替え自体は誰が相手だろうとまるで問題はないのだが、付け焼き刃のコイルではまだまだ練度が不足してる感が否めない。それでも流石にこの位置関係で着地狩りをされるほどではないにせよ、どうしても不安は残ってしまう。
さて。……どれくらい誤魔化せるかな。
「この子だけど、貴女には以前お世話になったから、ここで改めて紹介しておくわね。
名前はコイルで種族名をジバコイル。タイプはでんきとはがねの複合で、通常の個体とは異なり『アナライズ』という希少な特性を有しているわ」
「アナライズ……?」
「そう。例えばネギガナイトであれば『きもったま』だったり、ルチャブルならば『かたやぶり』であったりと、時にポケモンは隠れ特性と呼ばれる通常では確認されない特性を保有する個体が存在する。
その中でも『アナライズ』は隠れ特性限定と更に希少な特性でね。他にはポリゴン系列やヒトデマン系列なんかが保有して……流石に具体的な効果の説明は避けるけど、読んで字の如く、副次効果としてほんの気休め程度に命中率の補正が掛かるわ」
「は、はあ……?」
少し困惑した様子のサイトウさん。無理もない。私から積極的に手品の種明かしをするなんて、私を知っていればこそ想像もできないだろう。
というか普通に無理です。自分でやってて違和感が半端ない。やっぱり私にはユウリさんの真似は無理ね! でも内容が警戒だろうと困惑だろうと時間稼ぎとしては既に十分。あとは結果を御覧じろ、ってね。
「──コイル、『すなあらし』!」
上空にいるコイルにも聞こえるよう、こころなしか声を張って指示をする。当然、そんなことをすればサイトウさんにも警戒されてしまうが、もう遅い。ここからは徹底的な塩試合が始まるのだから。
ふよふよと上空を漂うコイルの動きが、ある一点で停止する。それは未だ鋭くコイルを睨んでいるネギガナイトのちょうど真上の位置。ジバコイルのビジュアルがビジュアルだからか、それはまるでUFOが現地の生き物をアブダクションする寸前の映像のようにも見えた。
「コイル、『かみなり』!」
試合の前に、私がコイルに伝授した作戦は3つ。
一つ、なるべく上空を陣取れ。サイトウさんの保有するポケモンの大半は人型。そして人型の生物は上空を攻撃できるように作られてはいない。つまり、上空を攻撃しようとすると必ず無理が生じる。
二つ、欲を出すな。臆病なくらいで丁度いい。無理に攻撃を当てようなんて考えない。基本は鬼ごっこ中に妨害してる感覚で行こう。そのついでにわざが当たればラッキーくらいの心持ちで。
三つ、挑発に乗るな。これはどちらかというとあの子の性格的な話になるが、意地っ張りなコイルは挑発されるとすぐムキになってせっかくの優位を捨ててしまう。これに関しては……まあ流石のサイトウさんでも上から『かみなり』連打してくる相手に挑発する度胸は無いでしょ多分きっとメイビー。
「ッ! ──戻ってください、ネギガナイト!」
その予想(?)が正しかったのか、サイトウさんは案の定普通に外しまくりの雷の雨を潜り抜けるようにしてネギガナイトを引っ込めて、代わりにイカついパンダポケモンこと、こわもてポケモンのゴロンダをフィールドに呼び出す。
正直、ゴロンダを出してもこの状況は好転しない気がするのだが、わざわざ呼び出したのなら何かあるのだろう。念の為更に高度を稼ぐように指示すると、ゴロンダは降り注ぐかみなりを物ともせず、
「──ゴロンダ、『なげつける』!!」
後で知った話だが。
ゴロンダが咥えている笹の葉は単なるカッコつけなどではなく、その揺れ具合から敵の位置を探るレーダーの役目を担っているそうな。それは如何なる混戦の舞台に於いても正確無比に働き、天候にも左右されないまさに達人の御技なんだとか。
この話の真偽はさておいて、少なくともこの舞台に限ればその超感覚は見事すなあらしの向こう側にいたコイルへと届き──それは擬似的な『うちおとす』となって、天空の星を大地へ引き摺り下ろす。
「甘い! コイル、『マグネットボム』!」
瞬間、巻き起こるすなあらしに紛れ、密かに仕込んだ大量の爆弾が炸裂する。一つ一つの威力が低くても、積み重なればバカにならない。ヤスリのようにざりざりと皮膚を削る痛みは、たとえ実際の傷として刻まれなくても足を止めるには十二分。
そして、その一瞬の隙さえあれば、いくら最遅のコイルであっても、大雑把にわざを使うくらいは出来る。
「コイル、『アイアンローラー』!」
指示と同時に、ジバコイルが縦向きにその場でぐるぐると回転する。
アイアンローラー。私が鎧島で密かに門下生のタロウさんから伝授して貰ったわざ。ゲームであれば何らかのフィールドを破壊しなくては攻撃できない旨の謎制約が付いていたが、現実になった今では当たり前の話、『ころがる』の亜種如きに妙な前提など必要ない。
しかし、フィールドを破壊する特性そのものはこの世界でも健在であり──それは周囲に散らばるマグネットボムのカケラを巻き込み徐々に大きくなり、ゴロンダに直撃して炸裂する。
当然、ただでさえスリップダメージにより体力を削られていたゴロンダに、その一撃が耐えられるはずもなく──
「ゴロンダ、見事です! 行きますよ、ネギガナイト!」
「ッ……! コイル、急いで──」
「させません! 『スターアサルト』!」
瞬間。息つく間も無く、フィールドに閃光が舞い踊る。
かくとうタイプ最高峰のわざ、『スターアサルト』。茎を携えて全パワーで貫くというシンプルにして最強の一撃は、ほんのわずかな硬直をも許さず、容赦無くコイルの中心に突き刺さった。
「ッ………!」
爆音と熱風が辺りを覆う。どうにか腕を盾にして目を見開くと、そこには気絶して左右の目をぐるぐると回すジバコイルの姿が映し出されていた。
(……………)
「………。………戻って、コイル」
一度軽く息を整え、コイルを入れたスピードボールをポーチに収め、取り出したクイックボールにあらん限りの力を込める。
その手首に着けられたバンドは、いつぞや購入した安っぽい土産品などではなく、リーグ戦で正式に認可を受けた正規品。それはつい先日のノラが発揮した際と同様に、得られるパフォーマンスは比較にもならない。
「──………そんなにも死にたいのなら。私が直々に殺してあげる……!」
ガラル粒子を手首に集め、ボールを肥大化し、起爆させる。ぐむぐむ膨れる赤い光は、まるで私の怒りに呼応しているようにも感じられた。
──キュワワーのダイマックス。それは天高く聳え立つ舵輪。
赤黒いガラル粒子に覆われた優雅な花々は、しかし現在のその造形すら伺えぬ
「キュワワー、『ダイフェアリー』!」
標的となるは、大技で隙を晒す憎き怨敵。彼が如何なる技術を有しても、彼女がそれをどれだけ引き出しても、それらは今この瞬間に限れば、全く以って意味を為さない。
「出番です、カイリキー!」
地に伏せたネギガナイトを庇うようにして現れた、彼女のエースである四つ腕の格闘家。流れるように繰り出されたそれが、未だ私が彼女の術中にいるのだと見せ付けられているようで癪に障る。
「ならば、決死で攻め入るまで! カイリキー、キョダイマックス!!」
雄々しき姿。岩盤の如き分厚い筋肉。まるで性別を感じさせない進撃の化身が、キュワワーを押し止めんと姿を見せる。
「キュワワー、『ダイフェアリー』!」
「カイリキー、『ダイスチル』!」
指示は同時。ゲームでは彼女のカイリキーが鋼わざを保有していたかなど、もはやそんなのは覚えてもいない。大技のぶつかり合いで揺らぐ会場。盛り上がる観客。拮抗する一撃はどちらに天秤が傾いてもおかしくはなく、今更のようにガラルのリーグの見どころを凝縮したような光景だった。
「もう一度、『ダイフェアリー』!」
「迎え撃ちます、『ダイスチル』!」
二度目の交錯。そしてこちらは三度目の攻撃。ゲームでのセオリーのように、あちらはこの一撃を『ダイウォール』でやり過ごす選択肢もあったはずだが、サイドチェンジによる不発を何よりも嫌ったか、あるいは別の思惑があるのか。いずれにしろ攻撃は通り、私の感覚に間違いが無ければ既にお互いのポケモンは虫の息。
「キュワワー!」
『きゅわっ!』
ダイマックスが解除されたキュワワーの名前を一度だけ呼んで戦意を確認し、まだまだやれると判断し『ドレインキッス』を宣言。しかしその一撃は『ダイウォール』によって凌がれてしまい、どうやら双方ともに認識は共通であるのを再確認する。
「……そろそろ諦めたらどう?」
「ご冗談を。この程度の窮地、まだまだ日々の鍛錬には遠く及びません」
息も絶え絶えに告げる私と、堂々とした態度で返す彼女。こんなところで体力差を意識させられるとは思わなかったが、それが勝負を左右するわけではない。
特に示し合わせもしていないのに、ゆっくりと互いにスタジアムの中央付近に歩み寄り、ハーフウェーラインを隔ててセンターサークルにポケモンを配置する。
「……………」
「……………」
しばらく互いに無音の睨み合いが続き、5分か、10分か。スタジアムも異様な空気に静まり返り、すわ永遠に続くのではと、もはや時間の流れすらも曖昧になる静寂の中、不意にその瞬間は訪れた。
「じゃあ──行くわよ」
「いざ!」
言葉は互いに曖昧にして同時。相棒にだけ伝わる合図。伝達速度は互角か、あるいはこちらがやや遅いくらいだろうか。しかし、その優劣は、確かな結果として勝敗を刻む。
「残念──キュワワーの『ヒーリングシフト』は、多少の速度差を軽く凌駕する」
「くっ……!」
弾丸のような拳、おそらくは『バレットパンチ』がキュワワーを貫くよりも早く、神速の一撃がカイリキーの額を射抜く。
伏したカイリキーを見据えて、けれどその結果もある程度は予期していたのか。それでも丁寧にカイリキーを労うと、彼女は遂に最後のポケモンを繰り出した。
「踏ん張りどころです! 行きますよ、ウーラオス!」
「………!」
彼女の最後の奥の手。それはもはや答え合わせをする必要もなく、いつか鎧島で見たダクマが進化した雄姿、けんぽうポケモンのウーラオス。
しかし、意外だったのはその姿。両脚でどっしり大地を踏み締めるその構え、一部が逆立った体毛は間違いなく、
「いちげきの型……」
「……もしやとは思いましたが、やはりご存じでしたか」
「ちょっと意外……だった。タイプ相性的に、れんげきの方が……」
「いえ、有利不利の都合で友の行く末を決めるような真似はしません。それに──」
そりゃそうだ。とさっきの発言を内心で恥じていると、彼女はそのままこのように続ける。
「私があの日、貴女へ初めて勝負を挑んだその時。不覚にも私は、貴女のポケモンが放った全てを破壊する一撃に絶望し──けれどそれ以上に、どうしようもなく惹きつけられたのです」
「へ、へぇ……?」
そ、そうなんだ…? そういえば彼女ってさっきの発言もそうだけどゲーム時代からぶっ壊す云々言ってた気がするし、案外そういう趣味がお有りだったりしたのだろうか。あるいは過去の経験から鬱憤溜まってるだけ…? いずれにしてもちょっとだけ心配になる。
「では──」
「………」
無駄話はこれまで、という意思表示だろう。ウーラオスに倣ってガラル空手の型を構えた彼女が、私の一挙一動をも見逃すまいと視線を向けてくる。
こういう時、全てが我流で構成された自分のスタイルが恥ずかしくなる。私には構えなんて無い。ただただひたすら相手を睨みつけるだけ。私に無いもの。彼女にあるもの。全てを妬んで全てを求める。あわよくば奪ってやると渇望し、けれどどうにもならない現実に絶望する。
そうこうしてるとあら不思議。どういうわけか彼女の瞬きの瞬間まですぐ分かる。やはり嫉妬。嫉妬は全ての原動力……! 実際多少の悪感情がないと真面目に相手を打ちのめそうなんて考え難いのよね───
──さて、殺るか。
「……………」
「……………」
いつからだろう。奇妙なほど静まり返ったスタジアムで、彼女の呼吸の音だけが聞こえてくる。私へ向けられる感情は、純粋な戦意と、ほんの僅かな勝利欲。どうやら彼女は以前溢したように、未だ完全な『無心』は体得できていないらしい。
けれどそれでいい。それがいい。未熟だから争うんだ。足りないからこそ抗うんだ。完璧な人間なんていない。みんな誰もが自分に欠けた何かを追い求めている。
瞬間、唾を飲み込む音が重なる。それを合図にするように、互いの指示は全くの同時に行われた。
「………キュワワー、『ドレインキッス』」
「──ウーラオス、『はやてがえし』!!!」
まるで私の言葉に被せるようにして放たれた烈戦の咆哮。その音が耳に届くより早く動き出したウーラオスの拳は、キュワワーの神速さえも寄せ付けない理外の早さで、確かにキュワワーの脳天に痛恨の一撃を与えた。
「え……?」
『きゅ、わわ……』
呆然と、流石に限界のようでフィールドに倒れたキュワワーの姿を目で追う。
今、何が──はやてがえし? 何それ……まさかキュワワーが負けると思ってなかったから普通にびっくりした。ヒーリングシフトは優先度+3。ねこだましはおろかしんそくすらも凌駕する速度。それなのに──
「──勝負あり、です!」
「………………」
私の疑問には答えずに、サイトウさんが瞳の奥で微かに勝ち誇ってそう告げる。
まさかとは思うが、ずっと狙っていたのか。あのヒーリングシフトに対抗できるわざを用意して。それをここぞで撃ち込む展開を期待して。あのネギガナイトの、徹底したダイマックス誘発は──
視界が暗くなる。身体を酷使し過ぎて眩暈がする。才能、才能、才能。嫌になるほど聞いた言葉。結局私はそれに勝てないのか? でも、それでも私は、まだ。
無意識に手を伸ばしたその先にあるのは、果たして希望か絶望か。答えは勝負の先にある。貴女が私を超えると言うのなら──どうかこの最後の壁を打ち破って魅せろ。
☆☆☆
「──
底冷えするような声が会場に響き渡る。底知れない執念がその瞳に宿る。
持てる全てを使い果たし、また全てを出し尽くしたはずの彼女は、それでも消えることのない戦意を携えて、懐から取り出した何の変哲もないモンスターボールを新たに構える。
(4匹目……!?)
話が違う、と目を見開く。現在、彼女の所有するポケモンは先程の3匹で、それはよっぽどのことがないと変わらないだろうと他でもない彼女が告げた。
つまり、私が知らない僅かな期間に、その
「この子はキョダイポケモン、ムゲンダイナ……およそ2万年前、隕石からこの地に飛来したポケモンで、遥かな過去とつい先日の騒動にて、ブラックナイトと呼ばれる災厄を引き起こし、ナックルスタジアムを崩壊させた元凶。そして、この地方のダイマックス現象の原因でもあるわ」
「………!」
まず驚いたのは、そのポケモンのサイズ感。見上げるほどの巨体、ざっと20メートルはあるだろうか。並のダイマックスしたポケモンをも凌駕する、過去に道場から見た特大のホエルオーをも超えるだろう異常なまでの大きさ。
しかしその巨躯も、このポケモンがダイマックス現象の原因だと聞かされたなら納得せざるを得ない。まるでガラル粒子を凝縮したような体色に、肋骨を固めたような尋常の生物にはありえない異質な姿。それがそもそもこの星のポケモンですらないと言うのなら、我々の常識から外れているのも当然だろう。
しかし、それでも驚愕で動けない私に対し、彼女は更に続けて語る。
「そもそもの素養が低い私が、無理矢理言うことを聞かないポケモンを捕まえても、それは互いの不幸を招くだけ。だけど、この子だけは別。理由は単純、この子は誰かの制御下に置かないと逆に迷惑だから。少なくとも私がこの子を抑えている限りは、この子にブラックナイトなんて災厄は起こさせない」
「そう、ですか……」
つまりあのポケモンは、彼女の眼鏡に適って捕まえたというよりも、むしろ捕まえざるを得なかったのだと。
世情に疎い私では、ブラックナイトが如何なる災厄なのかは彼女の発言から察するしかないが、流石にナックルシティが壊滅の危機にあった事件については聞き及んでいる。それが余波なのか存分に暴れた結果なのかは不明でも、そんな劇物を扱えるトレーナーともなると、不思議とリンゴさんの存在が浮上してくる。少なくとも、現場に居たであろうキバナジムリーダーがそう判断したならば、私はそれに異を唱えることはない。
ただ、それなら彼女は、どうしてそんなポケモンを──
「……今のこの子は、ノラの手前か、意外なほど大人しくしている。言うことは聞いてくれない。まるで心も開いてくれない。けれどどうしてか逃げ出さず、こうして見てる分には暴れもしない。
──それでも、降りかかる火の粉を払わないほど、この子はおだやかでもずぶとくもない。だから……」
そこで彼女は、懐からモンスターボールを、おそらくは例のウオノラゴンが収まっているボールを私に掲げ、人差し指をぴんと立てると、
「一撃。我が無双の『エラがみ』に次ぐ、貴女の持つ至高の一撃で、この子の反撃を許すことなく、見事この子を討伐すれば貴女の勝ち──分かりやすいでしょう?」
「………なるほど。それは──実に、やりがいがありますね」
そう言い残して、彼女はスタジアムの初期位置まで後退する。一切の偽りも騙りもなく、彼女はこれ以上の干渉を行わないつもりらしい。
バンギラスを闇雲に暴れさせるだけでも、スタジアムでやればそれは立派なトレーナーだ──トレーナーなら時々耳にする喩え話だが、それを決勝の舞台で行うトレーナーは前代未聞だろう。
「……フゥ──」
深呼吸を一つ。まずは心を落ち着かせる。ややあってウーラオスとアイコンタクトを取る。わざわざ確認するまでもなく、目的は既に一致している。
眼前に聳え立つは、あまりにも大きい壁。こんな展開になるなんて予想だにしなかったので、此度のウーラオスに積みわざは無い。つまり正真正銘、誤魔化し無しの一発勝負。
「ウーラオス!」
合図をすると、彼は一度固く絞められた額の鉢巻を丁寧に解き、再び固く、キツく巻き直してどっしりと構える。
どこからか、「人型ならハチマキ巻き直すとか出来るんだ…」と声が聞こえた。しかしそんな喧騒も時間と共に徐々に消え失せて、澄み切った世界に私と彼女、そしてウーラオスにムゲンダイナの姿だけが取り残される。
「先に一つだけ訂正を。並ぶのではなく、超えてみせる! 我が究極の一撃を以て、災厄さえも討ち果たす!」
大地を踏み締め、瞬間スタジアムが揺れる。世界がスローになったような感覚。足首、腰、肘、腕と、余すことなく拳に伝えられたエネルギーは、確かな手応えと衝撃と共に、深く災厄を貫き通した。
「──ウーラオス、『あんこくきょうだ』!!」
震撼。轟音。着弾点を中心に、どこまでも広がる波紋。間違いなく、生涯最高と断言できる至高の一撃は──
「七割。……残念だけど、ここまでね」
『逞帙>菴輔%繧⬛︎⬛︎……!!!』
言葉通りに、どこか残念そうに告げる彼女へは届かず、ただただその災厄の逆鱗に触れた。
「あ……」
瞬きの間もなく、災厄が放つ光にウーラオスが飲み込まれる。全霊の一撃を放った直後のウーラオスに、その反撃は躱せない。
直後、不意に光が収まり──彼女があのポケモンをボールに戻したのだと認識した時には、既にウーラオスは力なくフィールドに倒れ伏していた。
「次も。負けない、から……」
流石に疲労が限界なのか、隠しているつもりでも、やや荒い息はそのままに、それでも彼女はどこか嬉しそうに告げる。
それは如何なる感情に拠るものか、今の私には分からない。単に嬉しいだけなのか、あるいは別の理由なのか。
「──ええ、次も。よろしくお願いします。」
けれど、分からないなら、それはこれから幾らでも分かり合えばいい。今の私は、誰かに忘れられる落伍者では決して無く、こうして誰かに期待される、誰かに胸を張れるだけの、立派なトレーナーに成れたのだから。
ダメージ計算
あんこくきょうだ→ムゲンダイナ 76%(最大乱数:急所) 確定2発
ダイマックスほう→ウーラオス 111〜134% 確定1発
次回かその次くらいに最終回の予定です。