最初は、単純な自慢からだったように思う。
私が前世の記憶を思い出してから、あの子達を拾った経緯については覚えていない。神様に出会った記憶もなければ、私自身にそう言った能力が備わっていたわけでもない。だけど覚えてないものは仕方なく、そのことを追及する意味もないと、それについては気にしないことにした。
問題があったとすれば、そのポケモンが明らかにゲームの能力値を引き継いでいたことだ。コイルはまだいい。最初は卵だったし、ターフタウンから預かり屋まで二時間もない。旅のトレーナーに一つ譲って貰ったと話せばそれで済む。
問題はやはり、他の二匹。レベル100のウオノラゴンと、レベル60のキュワワー。明らかに私の実力と釣り合ってないそれらのポケモンは、その存在自体が私のなやみのタネになることは明らかだった。しかし、私は。
『ごめんね。こんなところに連れて来ちゃって。だけど、せめて私が、貴方達を相応しい舞台に立てるよう、立派に育ててあげるからね』
童心から来る、何気ないその約束。それが、ここまで後を引くことなろうなんて、私自身想像もしてなかった。
その一言に含まれる傲慢さが、どれほどのものなのかさえ知らないままに。
☆☆☆
ポケモン剣盾のストーリーについて、賛否両論があったのは知っている。
かつての私はハッキリ言ってストーリーの可否についてなんてどうでも良かったが、それでも否定的な意見が出る理由はよくわかる。
特に、後半の展開にはついていけなかったという人が多いだろう。ジムチャレンジを競技のようにしてスポ根チックに仕立てるのはいい発想だと思う。けれど肝心のライバルが正直障害物でしかなかったり、ビート選手に至っては割と雑に退場させられたりと扱いがちょっと悪かった。
加えて、ムゲンダイナ関係に関してはぶっちゃけ「それいる?」って感じで、そもそもマクロコスモスとか存在が空気過ぎて名前忘れていて、リーグスタッフの肩書きに急に出てきてなんだこれ。と思った人もいるはずだ。私がそうだったから。
ストーリー序盤から仄めかされるブラックナイトについてだって、ストーリーを最後までクリアした私でも結局はよく分からなかった。単純にムゲンダイナがムゲンダイマックスした姿がブラックナイトで、それを止めるために現れたのが英雄ことザシアンとザマゼンタ。ネットでは色々な考察が出回っていたけど私はそう認識していて、そしてそれはおそらく正しいのだと思う。
所詮は子ども向けにも販売しているゲームソフトだ。妙な伏線やミスリードを用意する理由もなし、上手く意図が伝わらなかったのは演出や仕込みの不足で、ムゲンダイナが敵、ザシアンザマゼンタが味方という構図さえ認識していれば、自ずと災厄が何なのかは把握できる。
「…………」
そして、それが分かってさえいるのなら、調べることは容易だった。
ターフタウンには地上絵がある。ダイマックスの伝説にかかるあの巨大な謎の絵が。街のあちこちには石碑が埋まっている。ならば必然──その手のものを集めた資料館なんて建物があったりする。
「…………」
時間はあった。腐るほどに。あの日、私が全てを諦めかけたその時から──チャンピオンと出会って、彼に
この世界は前世と遜色ないネット文化だってある。むしろネット民だった私にはそちらの方が主だった。その手の歴史はいつだって専門家以上の知識を持つ趣味人がいるもので、一年もそんなサイトを漁っていれば、前世で言う歴女くらいの知識は得られる。
故にこそ、情報の出所を聞かれたところで何の問題もない。今も贔屓にしてブックマークを付けてるサイトなんて、限りなく真実に近い解釈の考察がある。ムゲンダイナの名前でさえ、名前だけなら資料館でも見たくらいだ。私なりの解釈であると前置きさえすれば、それを披露するのも吝かじゃなくて。
「やっと会えた……久しぶりね」
「あ。お久しぶりです………ガイドのお姉さん」
「……いや、私はガイドじゃないけど」
──ただ、問題があるとなると。やはりそれが真実であることくらいで。
ずっと後回しにしたツケも、やはりいつかは払わなければならないのだ。
☆☆☆
「…………ん?」
「おや、君は……」
ポケモンセンターで出会ったソニアさん(流石にガイドは嫌なのか自己紹介をされた)であるが、流石にポケモンセンターで話すことでもないだろうと場所を移そうとしたその直後、よりにもよって一番会ってはならなかった人物と遭遇する。
お忍びなのだろう。開会式の時に見たスーツ姿ではなく、白いジャージに短パンというラフな姿。スーツ時の出来る大人な感じとは打って変わってくたびれたジョギングおじさんにしか見えない彼こそ、ポケモンリーグの最高責任者にしてマクロコスモス代表取締役、ローズその人である。
「おお! 君はリンゴ選手だね? まさかこんなにも早く出会えるとは! いや、それは君に失礼だったね。ここからスパイクタウンは平均して3日ほどだ。君くらいの実力があれば、この時期に訪ねてもおかしな話じゃない」
「……ど、どうも」
矢継ぎ早に語られて、ついついどもりながら反応する。既にこの身長にも慣れきった私ではあるが、それでも高身長の男性にいきなり迫られるとドキドキする。威圧感的な意味で。
「そしてそちらの女性は……ああ、もしかしてマグノリア博士のお孫さんかい? 以前、トーナメントの方にも出場していたことがあったね」
「ご無沙汰しています。その節は、大変お世話に──」
「…………」
加えて私の場合、この人自身が一番怖い。それは、剣盾をプレイした人なら分かるだろう──彼は、微妙に人の話を聞かないのだ。あるいは会話が噛み合わないと言うべきか。以前、偶然テレビで彼のドキュメント番組を見て、どこか会話に寒気を抱いたので間違いない。
「………行こう」
「え? ち、ちょっと待って──」
「おや、どこかへ向かうところだったのか。これは引き留めて済まないね。参考までに、どこへ行く予定なのかを聞いていいかい?」
柔和な笑顔でずずいと来る彼。そこ聞く?ってくらい話が強引だが、ナンパだとかそういった邪気のようなものは感じられない。まあ彼が女性に困ってるようには見えないし、どうも単純に疑問に思っているらしい。それでもそれ聞いちゃうの?って感じだけど。
それはソニアさんも同様だったのか、やや困惑気味だったものの、相手の立場が立場だからか、素直に目的を明け透けに語ってしまう。
「ええと、宝物庫の方に──そこで、ブラックナイト……ムゲンダイナ?というポケモンについて、この子が話してくれるとのことで──」
「──ほう?」
「…………」
なんで言っちゃうかなぁ……そりゃあソニアさんには別に隠すことじゃないんだろうけどさぁ……。
しかし、これはどうせ知り合いになんて会わないだろうと油断していた私の過失でもある。仮説なので自信がないとでも事前に言っていれば簡単に防げた事態なのだから。
「……その話、ちょっと興味あるね。邪魔はしないから、ワタクシも拝聴させてもらって構わないかい?」
「へ? えーと……」
案の定食いついてきたローズ委員長に、どうしたものかと内心で頭を抱える………が、
「嫌です」
「……は?」
良く考えたら普通に断っていい案件なので素直に嫌だと断る。いや、だってソニアさんならともかく貴方に許可出した方が問題になりません? リーグ委員長に対してこちとら女性二人組でしかも片方はジムチャレンジ中のトレーナーですよ? 懇意にする方が拙いでしょ常識的に考えて。ゲームじゃないんだから。
「……行こう。ガイドのお姉さん」
「え、いや、え? その──あ、待って! って意外と速い……! あと私はガイドじゃないったら──」
ノラも出してないのに何故かフリーズしたローズさんを尻目に、私はてこてこと宝物庫へと歩いてゆく。
嫌なことは嫌だと言う。それも大義名分はしっかりと。人としてはともかく、楽に生きたい人には必須のテクニックである。
……………………
………………
…………
「なるほどね……」
宝物庫内の休憩室。禁煙であるのと出口のタペストリーにほど近い場所にあるのもあってか、誰もいない二人きりの空間にて、私は奢ってもらったイチゴミルクで喉を潤す。
え? そこはリンゴジュースじゃないのかって? いやウチりんご農家ですから。色や形が悪すぎて商品にしづらいりんごとか食べ飽きてますから。むしろジュースやジャムに加工してるのは私です。身体がまだ出来てないからって農業の手伝いが出来ないからね。仕方ないね。
「二人の英雄……ザシアンとザマゼンタ、か。でも、それじゃあエンジンシティの英雄の像は?」
「よくわからない。でも、災厄を退けた後、王になったのが二人だとは流石に考え辛いから、王になったどちらかの人物の功績を示すために、その人が像として祀られたんじゃないかな……」
嘘だ。あの像についてはそもそもブラックナイトの伝承がはっきりと伝わっていなかったし、単に英雄が一人だと勘違いした後世の人間の作品だと言う説が有力である。
私もエンジンシティで実物を確認したが、元がゲームだから仕方ないを除いても、それでもあの作品は伝承を元にしたとしては色々とお粗末すぎる。
え? なら何でそう言わないんだって? 嫌がらせですが何か? あとは単純に可能性を残したいってのもあります。ターフタウンの地上絵みたいに、明言されなければ由来なんて未確定だからね。いや別にあの像については可能性があろうとなかろうと正直あまり興味ないけど。
「じゃあ、ブラックナイトって……」
「単純に、強大なポケモンが暴れ回ったという認識で構わない。それを英雄が退けた際、残骸として各地に散らばったムゲンダイナの肉片こそがねがいぼし、及びガラルのパワースポットと呼ばれるもの。ムゲンダイナの特性か技かはたまた別の要因か、ポケモンの技に『ちいさくなる』なんてものがある以上、その逆があっても不思議ではない」
嘘を話すコツは、真実と入り交ぜることだと言う。しかし、私の話に嘘と呼べるものはない。ただし、一部にはそれを示す証拠がない。故にこの話は嘘に違いない。真実を確信してるのは私だけで、いわゆる推測でしかない考察をこれ見よがしに吹聴しているのだから。
「ねがいぼしが、これが、ブラックナイトの肉片……?」
「……………」
つい先程、私が宝物庫の売店で購入したねがいぼしのブレスレットをソニアさんは恐る恐る触る。余談だが、ねがいぼし関連のグッズは比較的高価だが宝石と同じ感覚で普通に販売している。特にガラル特有の鉱石というのもあって、こう言った観光地では加工品がよく売られているのだ。ちなみに14cmの手首用で5万円です。まあ鉱石由来なら妥当……? 一応ダイマックスもできるらしいからそれ込みもあるのかもしれない。知らない。興味もない。
「肉片と言っても、ある意味で肉片を撒き散らしながら戦うトロッゴンみたいなポケモンもいる。あまり気にしない方がいい」
「まあ、そうよね。隕石だって話だし……メテノって隕石そのまんまなポケモンもいるらしいから、それが巨大になったポケモンだと思えば」
「…………」
実際には龍の骨格だけとか言ったらどんな反応をするんだろうか。いや、やらないけど。流石にムゲンダイナの姿を知っているのは不自然過ぎて追及されるから。
「ご馳走様でした。……じゃあ、またいつか」
「あ、待って。最後に。貴女が前に言っていた、今のリーグ委員長がムゲンダイナの出現時期を歪めてるってどういうこと? ローズさんを連れて来なかった理由と関係があるの?」
「あれは表現の語弊だった。……このガラルのエネルギー事情は、ねがいぼしから集められたエネルギーを元に成り立っている。だから、よもや、分散した力を彼の会社が集めているなら、それは巡り巡って封印されたムゲンダイナの目覚めの引き金になるかもしれない」
「──!」
「尤も、これはあくまで邪推に過ぎない。だけど、貴女がまどろみの森でそれらしきポケモンを見たというなら──」
そこで言葉を区切り、ブレスレットを手に取って椅子から飛び降りる。私の言葉は根拠がないだけで、内容は恐ろしいことに全てが真実だ。ならばそれを危惧するのは当然だ。だって彼女も私も、このガラルで生きているのだから。
「……私がその英雄とやらを叩き潰すその日も、近いのかもしれない」
☆☆☆
ナックルシティのジムミッションが、街にある宝物庫で行われるのはあまりに有名な話である。
「おっと、お前が噂のチャレンジャーか! 噂には聞いていたが、ついこないだ開会式だったってのにやるじゃねぇか」
既に3度目となるオサレな宝物庫の内部に足を踏み入れると、どうやら待ち構えていたらしいジムリーダーことドラゴン使いのキバナさんが朗らかに笑いかけてくる。
そういえば今のところジムチャレンジにおいて待たされたことなんてなかったけど、やっぱり基本日中はずっとスタジアムにいるんだろうかジムリーダー。いつ来るかも分からない我々相手にご苦労なことである。
とはいえ、休日や定時以降は基本いないので別に言うほど苦労はしてないはずだ。ヤローさんなんて農業を兼業していてウチの実家とも懇意にしてるし、趣味に使える時間があるのは間違いない。
「これは何もお前に限った話じゃないんだが、ホラ、ジムミッションってスゲェ厳しいだろ? 特にラテラルやキルクスのミッションなんかは、俺でさえもう一度は御免だと思ってるんだ」
しかし、そんなことはこの場においては関係ない。彼はここにいて、私もこの場に立っている。故にこそ、私がこの場を去るときは既に、ここで彼に勝つか、彼に負けるかの2択となっているのだ。
「俺はそんなまどろっこしいのは嫌いでよ。もっと単純に、俺と戦えるだけの実力を示してくれればそれでいいんだ。だからこそ、お前はここで、お前がこれまでに築き上げてきた全てを見せてもらう」
「…………」
築き上げてきた全て、か。……分かってて言っているのなら、大したヒトであると思う。
私が今世で積み上げたものなんて、トレーナーとしては何一つもない。私は何も変えられず、私が得るのは虚像しかあり得ない。けれど私はそれでいい。だって私は諦めたから。だからあの子を相応しい場所まで導くために、私は絶対に負けられない。
「ここナックルシティのジムミッションはシンプル! 俺が鍛えた自慢のジムトレーナー、この3人にダブルバトルで勝つだけだ!」
「……あの、すみません」
「カモン、リョウタ………ん?」
キバナさんが後ろに控える少年を呼んだところを制し、かねてより気になっていたことを問い掛ける。
「……疑問なんですけど。このジム、ポケモン一匹しか持ってない人ってどうなるんですか?」
「あ? そんなわけ──………。まさか、お前──」
「いえ、私は違います。ですが、中にはそんな人もいますよね……?」
「ああ、なんだ違うのか。流石に焦ったぜ──だが……ふーむ。いや、言われてみれば確かにそうなんだが、それでここまで辿り着いたトレーナーってのは前例がないな」
「そうですか……」
予想していた回答ではある。つまり、前例がないから対応も用意してない。その必要性を感じない、と。
(…………)
ポケモンバトルにおいて、才能の差とは歴然だ。そも2匹以上のポケモンを従えるだけで一苦労。ポケモンの力を一割も引き出せない。戦況を読めない、意図を見出せない。何をしていいのかもわからない。そんな人間はごまんといる。
そして、ポケモンを誰よりも深く愛せるからこそ──それ故に、一匹のポケモンしか扱えないなんてトレーナーは珍しくない。
(でも、それでは勝ち抜けない──ある意味で、ポケモンを
それが悲劇なのか喜劇なのか。もはや私には分からない。思うところはあるけれど、結局はそれも才能の一つだ。嘆くことに意味はない。それに幸いにも、私にはその最低限、2枚ものカードが与えられているのだから。
「それでは行きます──行け、ペリッパー、ヌメイル!」
「行って、ノラ。──出番よ、キュワワー!」
この後、めちゃくちゃエラがみ無双した。……え? キュワワー? まあうん。活躍はしていたよ? サイドチェンジで撹乱したり、そこからまもるで防御したり──うん。
ちなみにですが、今日のキュワワーはちょうはつで止まります。理由? まあ……察してください。
☆☆☆
「さてさて、ようやく闘えるな、チャレンジャー」
「…………」
最後のジムだからだろうか。それまでのスタジアムより一回り大きい気がするジムの中心で、この城の主たるキバナさんは語る。
「実はお前のことは、ずっと気にかけてはいたんだ──なんせお前は、あのダンデが直々に紹介したトレーナーだからな。その上話を聞けば、お前はあの例のドラゴンでダンデに勝利したらしいじゃねぇか」
「………一匹だけのお試しです。ダンデさんも、はっきり言ってかなり油断してました」
これは本音だ。まさか彼がそのことを知っていたとは思わなかったが、そのことに偽りはない。
あの日、ダンデさんは私から見ても超油断していた。隙だらけだった。むしろ最初の攻撃を私にわざと譲っている節まであった。何をされても問題ないという自信もあったのだろう。だからこそあの見るからにやばいノラの攻撃を
無論、まともにやってもダンデさんが勝てたかどうかはわからない。けれどあの戦いの敗因は間違いなく彼方の過失だ。だから、あの戦いについては正直、私は事故のようなものだと思っている。
「いーや。事故だろうがなんだろうが、あいつをお前が倒した事実は変わらねぇ。それに、その条件はあいつから示したんだろ? なら同じさ。油断なんて言い訳にもならねぇ。それはあいつも認めている。だからこそ、お前に勝つことは俺にとって重要になる」
「…………」
そこで言葉を区切ったキバナさんは、どこからか取り出した二つのハイパーボールをフィールドに投げる。
現れたポケモンは、コータスにヌメルゴン。ついに選出メンバーまで対策して来たか、と思うと同時、突然強くなった陽射しに目が眩む。
「ジムリーダー、キバナは天候を操るだけでなく、2対2の戦いを望む! 強いトレーナーであればこそ、変則ルールでの闘いなんてしょっちゅうだ。だから俺は、お前がそんな状況において対応できるか、それを見せてもらう!」
「……どんな状況でも、ノラは負けない。お願い、ノラ、キュワワー」
陽射しが照り付けるフィールドに、謎の魚と花冠が顕現する。対戦相手のポケモンを含め、陽射しの照り付けるフィールドの雰囲気に合っているのは花を纏うキュワワーであるが、いつだって私にとっての主役は変わらない。
私の扱いに不満を持っているのかいないのかよく分からないキュワワーに関しても、ノラをサポートすることが勝利への近道であることは充分に理解している。でもサポートしやすいからってたまにノラの頭に乗っかるのは正直やめて欲しい。絶望的に似合わないから。
(………コータスはともかく、ヌメルゴン。多分、ノラに対してドラゴン技を撃つはずだから、ここは……)
「ノラ、コータスに『エラがみ』! キュワワー、タイミングを見て『サイドチェンジ』!」
「コータス、『ジャイロボール』、ヌメルゴン、『ワイドブレイカー』!」
指示は同時。これは単なる偶然ではなく、ダブルバトルではシングルよりも事細かに指示を与えなければならないため、相手の指示に合わせて、つまり相手に指示を聞かれても対処が間に合わないようにタイミングを図ることが多いのだ。
故にこそ、この世界におけるダブルバトルも、感覚的には前世とあまり変わらない。強いて違いを挙げるならロマサガみたいに技ごとのクールタイムがあって、タイミングを合わせること自体が中々難しいことくらいだろうか。
(よし、やっぱりヌメルゴンはドラゴン技を……って、え? ──『ワイドブレイカー』? ……覚えるの?)
そして一度目の答え合わせは、私の目論見通りコータスを屠ったノラへのヌメルゴンのドラゴン技をキュワワーで透かせ……ようとしてまさかの技により失敗する。
ワイドブレイカー。ドラゴンタイプの物理技で、威力は低いものの相手の攻撃力を確定で下げる効果がある。そして同時に、この技は位置交換では透かせない全体攻撃技でもある。よって空中に出現した半透明の巨大な尾はキュワワーを透過し、そのまま無防備なノラへと直撃する。
「な──ノラっ」
「おいおい、余所見していていいのか? ほぅらフライゴン、ヌメルゴン、共に『ワイドブレイカー』だ!」
いつのまにか、後続のポケモン──フライゴンを呼び出していたキバナさんは、畳み掛けるよう指示を出す。労いをする時間さえも惜しんだように見えるため、いささかコータスの扱いが軽いようにも感じるが、そもそも彼はドラゴン使い。コータスのことは天候始動要員として割り切っているのかもしれない。
そして、この徹底した全体攻撃──おそらく、既に彼は、あのたった3戦で、私のダブルでの闘い方を、その対処法を完全に確立している!
「次、ヌメルゴンに『エラがみ』! …………キュワワー、『フラワーヒール』!」
しかし、そこは流石のノラ。効果抜群もなんのその。攻撃力を削ぐ一撃にも怯まず果敢に立ち向かい、2度目は許さずヌメルゴンを撃破する。
直後、ノラを庇う位置にいたキュワワーを無視した攻撃がノラを襲うものの、それはキュワワーの癒しの波動により治癒され、ノラの攻撃を削ぐのみに留まる。
余談であるが、キュワワーは普段はのんきなのに特性のせいか回復技に限っては常軌を逸した速度で行動するので、タイミングを測るのがクソ難しくて逆に煩わしく思っているのはここだけの話である。
「おいおいおいおいマジでやるじゃねぇか! 天候なんてお構いなしってか!? だったら俺様も、それぐらい派手にやらねぇとなぁ!」
これまた如何なる技術でいつの間にポケモンを入れ替えたのか。まるでマジックのようにヌメルゴンの位置に君臨していたジュラルドンが、彼のそんな声と共にキョダイマックスを果たす。
それはスタジアムを貫く摩天楼。40mを超える高層ビルのような姿は見る者を圧倒し、その細胞の硬度ははがねタイプの中でも随一の硬さを誇るのだと言う。
「…………」
だがしかし。いやしかし。ゲームならばいざ知らず、シングルバトルならばともかく。現実的に考えて、どう足掻いてもダイマックスはその際に、相手のトレーナーに一手分の隙を生むことになる。
「ノラ、フライゴンに『エラがみ』。そしてキュワワー………」
たかが一手。されど一手。けれど、それを軽んじるような人間はトレーナーとは呼べない。蟻の一穴がダムを崩すように、一手のミスが試合を覆し、それが重なればもはや取り返しが付かなくなるのだ。
「──『あまごい』」
その一言で、カンカンと辺りを照らしていた陽射しが消滅し、スタジアムにぽつぽつと雨が降り始める。恐るべしはポケモンの力。相手を自らの舞台へ引き摺り込むという一点では、天候技に勝るものはない。
故にこそ、それを必要とする一手を惜しむために、彼はドラゴン使いでありながらも、コータスやギガイアスを手持ちに入れているのだから。
「おっと、これは驚いた! まさか、ここぞでそう来るとは! ならば俺様はそれさえも! このスタジアムごと、俺のパートナーで吹き飛ばすだけだ! ジュラルドン、『キョダイゲンスイ』!」
「それでもノラは、それさえも凌駕する。──ノラえもん、『エラがみ』!!」
ダブルバトルの常識に違わず、その指示は全くの同時。されどノラは誰よりも早く、相手の行動さえも許さずにその一撃を命中させる。
瞬間、金属がひしゃげるような音と共に、スタジアムを覆う雨雲さえも吹き飛ばすような大爆発が起こる。………流石は最後のジムチャレンジ。ノラを前にして有言実行とは、まさしく信じられない成果である。
「っ……! あいつに勝ったトレーナーとは、これほどか──いや、見事だ!」
ノラの勝利の咆哮に負けないその声を聞いて、私はようやく張り巡らせていた緊張を解き、駆け寄って来たノラに身体を預けて脱力する。
たったこれだけの指示でこの有様。なんともまあみっともない姿だ。しかし、そんな私の姿でさえも、ノラ達の力は覆い隠してくれる。
それが嬉しくて、それ以上に情けなくて。けれどもそうするしか道は無いことに、私は自嘲するのだった。
攻撃二段階下降していても天候が雨ならキョダイジュラルドンも140%〜165%ほどで確定一発です。対戦ありがとうございました。
ちなみにキュワワーのステータスはこちら。
キュワワー(レベル60、♀)
のんきな性格。
特性ヒーリングシフト。
HP182
攻撃81
防御137
特攻111
特防181
素早113
個体値は上から23、23、19、14、11、2。
今回覚えていた技はフラワーヒール、まもる、サイドチェンジ、あまごい。
あと使いませんでしたが一応メンタルハーブ持ってました。
※追記 感想を見ていて気づきましたが、キュワワーはゲームではあまごいを覚えないようです。これに関しては伏線でもなんでもなく作者のミスですので、申し訳ありませんが今話においてだけはキュワワーがあまごいを使えることにしていただけると幸いです。以後は使用しないことに加え、同じようなミスがないよう留意します。