「折木くん、だよね?」
翌日、廊下で急に後ろから話しかけられた。
振り返ってみると、俺でも印象に強く残っている女子生徒の姿。
「ああ、そっちは、櫛田か」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」
「それで?俺に何か用か?」
と言いつつも何となく要件の内容は分かる。櫛田は自己紹介の時に全員と仲良くなりたい、という無理難題の目標を掲げていた。その目標を実行すべく、俺にこうして話しかけてきているのだろう。俺と友達になったところで櫛田に得なんて無い気がするのだが、果たしてどうなのだろうか。
「あの、千反田さんとは既に話したんだけどね、折木くんとはまだだったから。連絡先交換したいなって思って」
「そういうことなら」
「ありがとう折木くんっ」
そう言って櫛田は急に俺の手を握ってきた。
なるほど分かったぞ。こうやって世の男どもを勘違いさせてきたんだな。
可愛さと気味の悪さを感じながらも俺は櫛田と連絡先を交換した。
千反田とは既に連絡先の交換は済ませておいたので、二人目だ。男子の連絡先は一つも持っていない。というより会話したのが男子では綾小路だけだ。
その日の放課後、体育館で部活の紹介が行われるということのなので、千反田と行くことにした。もちろん紹介を聞いたからと言って部活に入る気なんてさらさらないんだが、千反田がどうしても気になると言うので渋々ついていくことにした。
体育館には既に多くに生徒が集まっており、非常に騒がしかった。
そこには数少ない知り合いの綾小路と堀北の姿もあった。
その二人を見つけた千反田は俺の手を引いて、話しかけに言った。
「綾小路さん、堀北さん、こんにちは」
「ああ、折木も一緒か」
「あなたたちも来てたのね」
「お前たちこそ来なさそうな場所だろ」
「そこの綾小路くんがどうしても行きたいと叫んでやまなかったから仕方なくよ」
「おい、話を誇張しすぎだ」
「嘘は言ってないけれど」
「そんなことより2人はどこか部活に入る予定なんですか?」
「私は何処にも入るつもりは無いわ」
「オレも無いな」
「ならなんでここに......」
「そういう折木たちはどこかに入る予定なのか?」
「俺は絶対に入らないな」
「あなた人のこと言えないじゃない......。なら千反田さんがどこかに入るつもりなの?」
「いえ、私も部活に入るつもりはないですよ」
俺たちはどうしてここにいるんだ......。という疑問は誰しもは持っていただろうが、誰一人として、その疑問を口に出すことは無かった。
そのあと適当に千反田が話を繋げて、部活の紹介が終わるまで時間を潰した。
千反田の提案により、俺たちは連絡先を交換し合うことにした。
ここで意外だったのが、未だに綾小路と堀北は連絡先を交換していなかったということ。
部活動の説明会が終わりに差し掛かり、舞台には一人の生徒が立った。
見た目は知的な雰囲気のイケメン。この学校は容姿の整った生徒が多い気がする。
その生徒は暫く口を開くことは無く、ただずっと静観している。
しかしただ静観しているわけではない。その証拠にうるさかった生徒たちは次々と黙っていく。この逆らえないような、緊迫した空気をあの生徒一人でが沈黙しているだけで作り上げるのだから、それはもう只者ではないことが分かる。
それ同時に味方につけておけば心底頼りになるな、と感じた。
綾小路の隣に立っていた堀北は前に立っている生徒を見て、硬直している。
いつも見せる堂々とした姿ではなく、驚き、あるいは萎縮している、そんな風に見えた。
体育館が静まり帰ったところで前に立っていた生徒が口を開いた━━
「凄かったですね。あの生徒会長」
部活説明会が終わり、寮までの帰り道、千反田がそんな感想を漏らした。
生徒会長とは先程沈黙だけで生徒たちを黙らせた人物。名を堀北学と言う。ちなみにAクラスだった。
生徒会長の名前を聞いて納得がいった。
「とても堀北の兄とは思えないな」
ただ名前が同じだけならあの生徒会長を見たところであそこまで萎縮することは無い。
つまり血のつながった兄妹、兄であることが予想できる。
しかし妹の兄を見る目はとても普通の兄妹を見る目ではなかった。
「折木さん、どうして妹さんはお兄さんに萎縮していたのでしょうか?」
......嫌な予感がする。俺は唾を飲み込み、黙って先の言葉を促した。
千反田は一度興味を持ってしまえば、何が何でも突き通す。
省エネ主義者の俺の最善の行動はここで下手に誤魔化して結局協力させられることよりも、今ここで要件を聞いて、手短に終わらせた方が消費する労力は少なくなる。
「私、堀北さんと生徒会長の間で何があったのか、気になります!」
「ちなみに聞くが、既に堀北には聞いたんだよな?」
「はい、尊敬していると言っていました。ですが、それ以外は何も話してくれませんでした」
「なら、首を突っ込まない方が良いんじゃないか?」
「首を突っ込むつもりはありません。ただ知りたいだけなんです。気になるんです」
「それも同じでは......」
「もう折木さんしかいません。私、気になります!」
堀北とその兄の内情を調査することになった俺だが......。
「さっぱり分からん......」
それと一向にやる気が起きない。なぜなら俺は堀北兄弟の事なんて全く興味がないからだ。
今俺は自分の部屋のベッドでただ頭を悩ませている。
堀北のあの目を見る限り過去に何もなかったわけではない。
どうやって堀北は兄にそんな感情を萎縮するような感情を抱いているのか。
その感情を抱いたきっかけを千反田は知りたがっている。
とりあえず本人に話を聞いてみないと分からないか。
堀北は兄を尊敬の目で見ていた無かったが、千反田がそう聞いた以上、事実なのだろう。
余計に話がややこしくなってきたな。
翌日、放課後に俺と千反田は生徒会室に訪れている。
本人に話を聞きに行くと伝えると千反田から同行したいとお願いされたので、許可した。
「初めて見る顔だな。名前は?」
「1年Dクラス、折木奉太郎」
「同じくDクラスの千反田えるです」
生徒会長用の椅子に座っている堀北兄のオーラはとてつもないものだった。
肌にチクチクと刺さるような鋭い空気を放っている。
「それで、話とはなんだ。まさか生徒会に入りたいわけではないんだろうな?」
「俺が生徒会なんて天地がひっくり返ってもあり得ないですよ」
「それ堂々と言うことじゃないですよ折木さん」
千反田から飛んでくる突っ込みは無視して、本題に移ることにする。
「生徒会長の妹が俺たちと同じDクラスにいる」
「鈴音か。まさかここまで追ってきたということか」
「追ってきた?」
「いや、何でもない。それで鈴音がどうしたんだ」
「どうした、というよりは兄妹の間で何かあったのかと」
「それはお前に関係のあることか?」
「まったくありません」
即答した。それを言われてしまえば何も言い返せる言葉は無かったからだ。
「にしてもDクラスか、出来損ないの妹を持つと恥をかくのは俺だというのに」
「堀北さんは出来損ないなんかじゃありません!」
兄の妹を貶す言葉に千反田は反論した。
「なら鈴音の髪型は何だったか言ってみろ」
「確か、黒髪のロングヘアーだったな」
「そうか、やはり鈴音は出来損ないというわけだな・鈴音は人を突き放すような態度を取っていないか?」
「ああ、初対面にも関わらずあそこまで罵られたのは初めてだな」
「うちの妹が済まないな。どうやらあいつは孤高と孤独をはき違えているようだな」
堀北兄の思わせぶりな発言がいくつかある。
そこに違和感を覚えずにはいられなかった。
俺は前髪を右手でいじりながら集中する。今までの堀北兄の発言、そして堀北の兄を見る目、大体繋がってきた。
俺は顔を上げ、生徒会長の顔を見る。相変らず無表情だ。
「折木さん、もしかして分かりましたか?」
「何となく、な」
「何が分かったというんだ」
「何がと言われても言葉には表しにくいんですけど、とにかく妹は兄の背中を追ってこの学校に入学してきた。ということですね」
俺の発言を聞いた堀北兄の表情は一瞬動いた。当たりか。
堀北兄は無言で先の言葉を促してくる。
「兄は小さい頃から優れていた。一人で出来ることが多かった。それを見た妹は兄に憧れ、兄の真似をするようになった。そして次第に妹は成長した先のゴールを兄と決めつけた。それを嫌がった兄は妹を突き放した。だから妹は兄に対して尊敬しながらも萎縮していた」
「ほう、なぜそんなことが分かる」
否定をしてこない時点でほぼ当たっているということか。
「堀北が一人でいるのは兄が一人で何でもできるから。そして兄の真似をしているのは妹の髪型で分かる。さっきの兄の言い方を考えれば、妹に長い髪が好きとでも言ったんだろう。それを妹は真似した。だからさっき妹のがロングということをしって出来損ないと言った。今までずっと兄の真似をしてきたんだろう。それは言い換えれば自分を殺しているようなもの。恐らく妹のポテンシャルは高い。だからこそ兄の真似だけをし続けることに嫌気がさした。そして突き放した。だが今年になって妹は兄の背中を追ってこの学校に入学してきた」
兄が妹を出来損ないと言ったのは決して実力がないというわけではない。
根本的な考え方がダメだと兄は言っている。
表面には出ていないが、心の中では妹のことを想っているのだろう。
俺の推理を来た堀北兄は笑みを浮かべた。
「面白い、確か折木と言ったな?Dクラスにこんな生徒がいたとは把握していなかった。お前のクラスにはもう一人、面白い奴がいる」
「綾小路ですか」
「気づいていたか」
「なんとなく、底知れない感じがしているだけですけど」
「そうだな、綾小路は底知れない生徒だ。同時におまえのその優れた洞察力にも興味がある。今年は面白くなりそうだな。端末をよこせ」
生徒会長の言う通りに俺は端末を渡す。何をされるのかは分からないが、生徒会長という立場上、悪い事ではないだろう。しばらくして端末が返された。見てみると、pptが20万ほど増えており、連絡先に『堀北学』の名前が表示されてあった。
「まじっすか......」
「俺はお前に期待している。隣にいる千反田も純粋な能力は高いみたいだしな。いいものを見せてくれよ」
失望させてくれるなよ、と若干脅しをかけられ、俺たちは生徒会室を出た。
今回の謎は俺たちが介入する問題ではなかったかもしれないが、堀北の欠点らしいものを発見することができた。
だからと言って俺にどうにかできる問題ではないが、堀北が『出来損ない』と言われる理由も分からなくはなかった。
とにかくあの生徒会長と長話をしていると気がおかしくなりそうだ。
早く帰って本でも読みたいと切実に思った。