異世界に、日本国現る    作:護衛艦 ゆきかぜ

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世界の鼓動
第八帝国


 やまとの詳細な説明、見学を終えた視察団はドレッドノート級5番艦、『広東カントン』に来ていた。

 ドレッドノート 恐れを知らないを意味する言葉。

 D級は日本とイギリスが共同建造した日本以外で初の波動エンジン搭載艦として就役している。

 

 ドレッドノート

 

 全長260m

 全幅62.3m

 全高99.0m

 

 武装に、

 

 40.6cm三連装砲三基

 多目的VLS 64セル

 魚雷発射管 6門

 S-RAM 6基

 多連装ミサイル発射機 6基

 

 このドレッドノートのエンジンなどに関しては日本製、船体はイギリス製となっているが、武装に関しては各国との共同開発であった。

 

 40.6cm砲 日本担当

 多目的VLS 米伊担当

 魚雷発射管 英国担当

 S-RAM 独仏担当

 多連装ミサイル発射機 中露担当

 

 という具合に分けられていた。

 そして中進国でドレッドノートに付けられた渾名は...........『リッチな戦艦』と付けられた。その運用コスト、その他諸々を含めると、中進国の国家予算レベルのコストとなっている。

 いくら全てが共通化されコスト低下に繋がってるとはいえ、先進国の中でも先進国でしか運用できないものとなっている。

 だがドレッドノート級を導入すると、国連宇宙軍から運用コストの補助金が出される。その訳は、他国で建造された波動エンジン搭載艦の詳細な運用情報を手に入れるためであった。

 国連宇宙軍は所謂、沿岸海軍となっている。しかも太陽系より先に出たのは—有人限定—航海試験などで両手で足りるほどの数しか行われなかった。

 そして国連宇宙軍の当座の目標は、『天の川銀河を出ること』であった。

 数百年レベルの計画と予想されていたが、人類の更なる繁栄のために国連は努力を惜しむつもりはなかった。

 視察団は『広東』に乗る。

 

「ようこそ“広東”へ。私は“広東”艦長の思远(スーユアン)です」

 

「ムー共和国視察団のムー統括軍参謀です」

 

「はい。話は伺っております。立ちながら話すもなんですからね。こちらへどうぞ」

 

 思远は歩きながら“広東”について話す。

 

「本艦は中華人民共和国として初の戦艦、そして初の波動エンジン搭載艦として就役しました」

 

 中国がまともな海軍力を保有し始めたのは、20世紀末からである。

 そして空母も2000年代に就役した『遼寧』から大型艦の保有がスタートしている。

 そして戦艦に関しては『広東』が初となる。

 

「2030年代、我が中国は厳しい道を歩んできました」

 

 “世界の工場”から“世界の市場”へと変貌した中国の発展は目まぐるしいものであった。

 しかしある事故がその発展をとめることになる。

 台湾海峡地震による原子力発電所の水蒸気爆発であった。

 これにより半径50kmの範囲が帰還困難区域となり、その影響は中国の主要経済地区だけではなく、周辺諸国にも影響を及ぼした。

 そして事故一年後、IAEAはこの事故をレベル7とする声明を発表する。

 チェルノブイリ、福島に続き、寧徳がリスト入りしたのだった。

 

「地震を発端とする原子力事故、経済の低迷、その影響は果てしなく重いものでした。しかし世界各国からの支援で祖国は元の水準になんとか戻しました。そしてその復興の証としてできたのがこの“広東”です」

 

「日本もそうでしたが、中華人民共和国も壮絶な歴史だったのですね」

 

「えぇ。お入りください」

 

 視察団は例の如く会議室へと入る。

 そして説明される。

 そして何人かが気絶する。

 そして絶望する。

 そして説明を聞き終え戻る。

 そして感想を話し合う。

 

「国際共同開発というのが信じられませんな」

 

「ですが他国で生産された部品を使用できるというのはかなりのメリットです」

 

「共通化されていれば、戦場で規格が合わないということもない............」

 

「ただ、我々の工業レベルが日本の足元にも及ばないということを除けば、ですが」

 

 そう。共通化するにしても工作誤差精度が規定以内ということが求められる。

 ムーは航空機技術がある程度発展しているため、平均と比べるとある程度高い水準にあるが、日本の足元にも及ばない。

 

「国連軍。今まで聞いたこともない軍種です。世界各国の部隊からなる多国籍軍だというのが印象に残っています」

 

「日本から学ぶべきことは沢山ある。後は我々がそれをどう活用するかです」

 

 視察団はエレベーターに乗り地上に戻った後国連空軍のC-17に乗り、本土へと戻る。

 水平線から太陽に日差しがでる。

 

(あの“やまと”という艦。夢に出てきた巨大戦艦に若干だが似ていたな............)

 

 マイラスは夢で見た戦艦のシルエットを“やまと”に重ねる。

 

(あの戦艦を先進的なフォルムにしたものが“やまと”なのか?)

 

「どうしたマイラス?」

 

 険しい顔をしているぞとラッサンに言われ思索をやめる。

 

「..............日本国。世界の希望の国家」

 

「急にどうした?」

 

「いやな.............なんとなくその言葉が浮かび上がったんだ」

 

「そうか」

 

 C-17は横田基地に着陸、視察団は東京の宿泊施設に戻り、そこで日本文化などを調査していた文官組と合流、意見を交換した。

 その後数週間以上に渡り、視察団は日本の更なる詳しい調査を実施、その後日本国艦隊に搭乗し、ムー本国へと帰国。

 ムー共和国政府は約1ヶ月後、日本国との国交締結、通商条約を締結、本格的な交流が始まった。

———————————————————————————————————

 時は進み中央暦1637年4月21日

 

 ここグラ・バルカス帝国の帝都ラグナは薄暗い天気であった。否、工場から吐き出される排気ガスなどが光学スモッグなどの公害が多重発生していた。

 しかしグラ・バルカス帝国臣民はこれを科学の結晶の賜物であると誇りに思っている。これに適応できないもの公害被害者は非国民であるという風潮が生まれていた。

 

 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ郊外 とある料亭

 

 グラ・バルカス帝国帝都ラグナより少し離れた場所にその料亭はあった。

 料亭の大部屋一つを貸し切り、宴会を行っている集団がいた。

 

「昇進おめでとうございます。長官」

 

 そう言ったのはグラ・バルカス帝国海軍『グレード・アトラスター』艦長のラクスタルであった。

 

「あぁ、ありがとうな」

 

 それに返事をしたのはグラ・バルカス帝国海軍東方艦隊司令長官カイザルであった。

 彼は東方艦隊の長の為中将という階級を与えられていたが、既にその地位に付いてから5年近くも経過したこともあり、今回見事に大将へと昇進したのだ。

 それを祝う為、各艦隊の司令や艦長が集まり祝宴会を開いていた。

 

(しかしなぜ昇進祝いなのに費用が自分持ちなんだ?)

 

 そう。

 昇進祝いなのに費用持ちがカイザルなのだった。

 お陰で周りからは、『昇進を祝ってもらいたい自尊心の塊』と言われてしまっている。

 

「しかし長官。まさかこの会の費用を全部払うとは...........このハルゼー、感服の至です」

 

 そう言ったのは東方艦隊所属、第八八艦隊司令『マーレイ・ハルゼー』であった。

 ハルゼーは今回の昇進に際し、『いや〜。遂に元帥の一歩手前まで詰めましたな。更に昇進するためにここは一つ—』などと、カイザルはうまくハルゼーに乗せられてしまい、全ての支払いをカイザルが受け持つことになってしまったのだ。

 

「ハルゼー。恨むぞ」

 

「何のことでしょうか?」

 

 —しらを切りやがって。

 

 内心カイザルはそう思ったものの、30年近くの付き合いということもあり強く言えない。*1

 

(あの策士やろうめ............)

 

 そんなカイザルを他所に、宴会参加者は賑やかに話を交わしていた。

 

「そういえば閣下。先の御前会議で融和を奏上したとか........?」

 

 ラクスタルがふと思い出したように話す。

 カイザルの答えを聞くために周りが話を止める。

 

「あぁ。だが他勢に無勢だったよ。首相を中心に陸軍が反対している。なのに融和意見は俺とフラッツ海軍大臣と他少々だ」

 

 カイザルは先日の御前会議にて新世界に於いての帝国の行動指針の意見を現場武官代表として招致、参加していた。

 カイザルはそこで、『基本方針は融和を追求すべし』と奏上、一部もそれに同調していたが、首相、陸軍が猛反対。帝国の方針は正式決定したわけではないが、『侵略路線』がほぼ決定してしまったのだ。

 

「陛下は?」

 

「何もだ.............陛下はこの国と国民の安寧を願っている。それは確かだ。だが、陛下はご自身の影響力をしっかりと理解している。だからこそ直接の発言、政治への大幅な介入は避けてられているというのに..............」

 

 カイザルは拳を握りしめる。

 

「やはり、最後の手段は—」

 

「—よせ! SSがどこからか聞いてるかもしれん、この場では話すな」

 

「も、申し訳ありません」

 

 一人の艦長がラクスタルによって遮られる。

 

「気をつけたまえ。だが我々は我々にできる、最善を尽くそう」

 

「「「「「は」」」」」

 

 その後、貸し切りの時間がまもなく終了すると女将から告げられ、勘定を済ました後、料亭からでる。

 

「今日はありがとうな」

 

「いえいえ。では失礼します」

 

 カイザルは近くの川にある桟橋へと向かう。

 

「は〜。祖国はまた愚考を繰り返そうというのか...........」

 

 一度目の歴史より酷い結末になるかもしれないと感じるカイザルであった。

 

「だが最善を尽くさなければならない」

 

 そう言うと、カイザルは川の畔の道を歩く。

 

(やはりパカンダでの事件を未然に防ぐことが大きな分岐点となるか..........一番手っ取り早いのは砲艦外交だが、一度目の公式記録を見る限り、逆手になるか。しかも俺は先の御前会議で融和を奏上したからな。逆に疑われるか)

 

 一度目のパカンダでの事件を回避するためにあーでもこーでもないと頭の中で考えていた為、後ろから迫る影に声を出されるまで気づけなかった。

 

「カイザル! 覚悟ォォォ!!!!!」

 

「—ッ!!!」

 

 ギリギリの所で襲撃者の攻撃を回避するが無事とはいかなかった。

 

「くっ!!」

 

 あまりの激痛に顔を顰しかめる。

 その元を見ると、左手の人差し指中指が切れていた。

 カイザルは襲撃者を見る。刃渡り30cmあろう刃物であった。

 

「覚悟ォォォ!!!」

 

 再び攻撃を仕掛けてくる。

 

(まずい!)

 

 そう思った瞬間、カイザルと襲撃者の間に誰かが割って入る。

 その人物は突き出してきた刃物を持っている腕を掴みそのまま投げ飛ばす。日本でいう合気道に遠くて近いものだった。

 

「ぐわっ!!」

 

 襲撃者は見事に地面に叩きつけられる。

 襲撃者はその人物を一瞥すると住宅街に逃げていく。

 

「大丈夫ですか、閣下?」

 

「あ、あぁ。それより君は............」

 

「自分は”グレード・アトラスター“副長のレイア・レントです」

 

「! 副長か。すまん、助かった。だがどうして..........」

 

 カイザルは差し出された手を右手で掴む。

 

「艦長から閣下の事を守ってくれと............部下を呼んでくれていたらしいのですが、間に合いそうになかったので急いで割り込みました」

 

「そうか。君は陸戦隊出身か」

 

 『グレード・アトラスター』の副長であるレイア・レントは海軍陸戦隊から戦艦の副長に転属するという異例中の異例であった。

 

「! 閣下、指が...........」

 

「なんのこれしき、この程度ならかすり傷だよ」

 

「長官!」

 

「閣下! ご無事でしたか!?」

 

「ラクスタル...........」

 

 相当急いで駆け付けたのか、肩で息をするラクスタル。

 

「...........一足遅かったですか。申し訳ありません、長官」

 

「いや。命が助かっただけでも大儲けだ」

 

「しかし、奴はなぜ閣下を?」

 

 副長の問いにカイザルは静かに答える。

 

「分からん」

 

「ですが状況から考えて親衛隊か陸軍の雇われ者である可能性は高いです」

 

 レントは息を大きく吐きながら腕を組む。

 

「融和派をなんらかの形で排除してくるとは薄々思っていましたが、まさか実力で排除しようとは............」

 

「—痛ッ!」

 

「我慢してくださいよ。かすり傷なんでしょう?」

 

 カイザルは止血帯を強く結ばれたことで声を上げてしまう。

 

「は〜。君たちに虚勢を張るべきではないな.........」

 

「はい、終わりました。ですがあくまで応急処置です、無理な動きは不可能です」

 

 —ブロロロロロ

 

 カイザルらの真横に車が止められる。

 

「カイザル! 無事だったか!?」

 

 車の運転席からハルゼーが降りてくる。

 

「............指が! すぐに連れて行く、レイア、ラクスタル、一緒に乗れ! 他は後で話す! 今日は帰れ!」

 

 ラクスタルとレイアは指示通りカイザルを後部座席に乗せてから乗る。

 他は車が見えなくなるまで見送った。

 

「大丈夫かしら............」

 

 グラ・バルカス帝国海軍唯一の女性司令である、ミシェル・ハワードがカイザルの身を案じるが、カイザルとの付き合いが長い他の司令が大丈夫だと言う。

 

「あの人は運命戦争の時、装甲艦『バゼルギウス』に搭乗し生還した人だ。簡単にくたばらんよ」

 

「そうですか............」

 

 この襲撃で、カイザルは指を失うことになってしまったが、命に別状はなかった。

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 同国 帝都ラグナ 

 

 

 グラ・バルカス帝国帝都ラグナにある帝国親衛隊本部の本部長がカイザルを襲った襲撃者から報告を受けていた。

 

「なんだと! 指を切り落としただけなのか!?」

 

 本部長の怒鳴り声が裏路地に響く。

 

「も、申し訳ありません。で、ですが約束を果たしましたので、か、家族の命をどうか.............」

 

「............あぁ、あの世ので会いな」

 

 物陰から2人の男が現れ、1人が襲撃者の動きを封じ、1人がナイフで喉を切る。

 

「—ゴッ!」

 

 襲撃者はそのまま動かなくなった。

 

「後始末は任せた」

 

「了解です」

 

 本部長は通りに止めてある車に向かう。

 

「どうだった?」

 

 後部座席から本部長に向かって問う者。

 

「は、長官。カイザルの指を2本切り落としただけです、申し訳ありません。しかし事が事なだけに正規員を使うわけに行きませんでしたので...........長官の忠告に従っていれば..........」

 

 本部長は一連の計画に当たって長官から計画の基本を固めろと忠告を貰っていたのだ。

 

「やはりあの幸運の塊を始末するのは難しいか...........できればもう少し重大なものが良かったが、まぁいい。指を2本切り落としただけでも十分だ。後は海軍大臣だが、そちらは失敗していないだろうな」

 

 長官は語気を強める。

 

「は、抜かりなく。海軍大臣は瀕死の重傷、外務次官も同じくです。最低でも一年は政務、軍務に関われません」

 

「実に良き。全ては皇帝陛下、帝国、首相閣下の為に」

 

 長官の目はどす黒く染まっていた。

 

(これでいい。陛下、首相閣下の覇道を邪魔するものは全て排除だ)

 

 帝都ラグナに暗い雨が降る。

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 翌日、帝都ラグナの政界は騒然となっていた。

 

 

「海軍大臣と外務次官が重傷だと!?」

 

「それだけじゃない。東方艦隊司令長官のカイザルもやられたという話だ」

 

「嘘だろ..........」

 

「狙われた全員が融和派のリーダー的存在だ..........」

 

 この騒動は政界だけではなく民衆にも伝わる。

 

「号外号外! 海軍大臣が暗殺未遂事件に遭ったよ!」

 

 その日の号外はすぐになくなり、追加の物も奪い合いとなった。

 

「大臣だけじゃない、外務次官もやられている..........」

 

「だ、誰がこんな事を...........」

 

「そんなの決まってるだろう、SSだ」

 

 民の視線は至る所に貼られているポスターに向けられる。

 

「また1人反逆の疑いで連行されたらしい」

 

「もうよそう。そろそろ連中が来る」

 

「気をつけてな」

 

 民衆は解散する。

 グラ・バルカス帝国の未来は黒く染まりつつあった。

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 数日後、今回の事案を受けて緊急大本営会議が行われた。

 

 

「まだ掴めていないのか!!」

 

 開口1番に怒鳴ったのは海軍軍令部総長であった。

 

「東方艦隊司令長官、大臣がやられたのだぞ!」

 

「ですが、分からないものは分からない。それに事が事なだけに捜査も慎重に行なっています。成果はすぐには得られません」

 

 軍令部総長にそう反論したのは帝国親衛隊長官“ゼリウド・ギムレー“である。

 

「軍令部総長、少し落ち着きたまえ」

 

 アベルト・セムラー首相が嗜めると、大きく息を吐き、『申し訳ありませんでした』と軍令部総長が一礼する。

 

「ギムレー君、すぐにとは言わん、同胞が暗殺未遂に遭ったのだ、できる限り早く犯人を突き止めてくれ」

 

「は」

 

 首相は大きく息を吐くと陸軍大臣に視線を向ける。

 

「万が一のことが考えられる。戒厳令布告に備え、出動準備を行なってくれ」

 

「は!」

 

 その様子を会議室の端でじっと眺めている者がいた。

 その者はこの中にいる人の中で唯一の女性であった。

 

「茶番だな」

 

 外務大臣が小さく呟いたのを彼女は聞き逃さなかった。

 彼女の名は“シエリア・オウドウィン”。瀕死の重傷を負った外務次官の代理としてこの会議に参加していた。

 

「そして外務大臣、また失敗したとか?」

 

 首相は外務大臣に標的を変える。

 

「申し訳ありません閣下。行く先々で足蹴にされておりまして、芳しくありません」

 

「やはり侵略路線に変更すべきでは?」

 

 陸軍大臣がそう言ったが首相はまぁ待てと言う。

 

「仮に侵略するとしても、もう少しこの世界の詳しい情勢を知りたい。外務大臣、しばらくは継続してくれたまえ」

 

「は」

 

(もう既に決定しているのに石橋を叩いて渡るかのような慎重さ、首相らしくないな)

 

 これがユクドであったら首相は間違いなく即座に侵攻を命じていただろうが、この世界に来てからというもの慎重さが増していた。

 

(一体何を企んでいる?)

 

 シエリアは外務次官としての職務をこなしつつ、過激派と呼ばれる派閥の目的を推察する。

 

「シエリア、険しい顔をするな。折角の美貌が台無しだぞ」

 

「え、あ、え、も、申し訳ありません」

 

 外務大臣から指摘され少し動揺するシエリア。

 

「一同、一度休憩しよう」

 

「はい」

 

 首相がそう言うと会議は一時中断され、休憩に入る。

 

「シエリア、すまん」

 

 外務省関係者に充てがわれた部屋に入るなり大臣がそう言う。

 

「お前の言う通りだった..............まさか実力で排除してこようとは.............」

 

「気にしないでください。これからどうするかです」

 

 大臣はコップに注がれた水を飲む。

 

「あぁ。まず首相が言った融和交渉はそのまま続けろと言うのが気になるな」

 

「えぇ、御前会議で世界征服は事実上決定したも同然なのに..........」

 

(なんの為に? この世界の情勢が知りたいのは理解できる。だが、他に目的があるような気がしてならない)

 

「それに融和派の筆頭である海軍大臣、東方艦隊司令長官、外務次官が狙われたのに、私たちが狙われなかった理由もです」

 

「セムラー............いつもそうだが、何を考えているか分からない」

 

 ガガ!

 

 雑なノックともに外務省職員が中に入ってくる。

 

「失礼します! あの、非常に言いにくいのですがたった今、外務次官が亡くなられたそうです」

 

「..............」

 

「ご苦労。下がってくれ」

 

「へ? あ、失礼します」

 

 外務大臣が恐ろしいほど冷静に、そして静かに言ったので少し挙動不審になる職員。

 別に彼が冷酷という訳ではない、容体からすぐに亡くなるだろうと察していただけであった。

 

「彼から見たら、私が残酷な大臣だと思っただろうな」

 

「仕方ありません。それで私が次官になることに?」

 

「あぁ、次席は君だ」

 

 しかし事態は覆る。

 

「君を外務次官暗殺の容疑で逮捕する」

 

 外務大臣は銃を突きつけられていた。

 時間はほんの少し遡る。

 休憩を終えて会議は再開されたが、最初に首相が外務次官に対し哀悼の意を捧げると、外務大臣に対し—

 

 —君は暗殺騒動の時間帯、外出していたそうだね

 

 武装した親衛隊が2人、外務大臣に近づく。

 

『君を外務次官暗殺容疑で逮捕する』

 

 この時の首相の表情はまさしく暴君であったと、後のとある著書に記されている。

 

「な、なんだと!? 首相、何かの間違いでは!?」

 

「現実だよ、外務大臣」

 

 首相が深刻そうな表情を作りながら言った。

 外務大臣が一歩踏み出すと親衛隊隊員から銃を突きつけられる。

 

「っ!!」

 

「連行します。大人しくしてください」

 

 外務大臣は部屋から出る前にシエリアにアイコンタクトをした。

 

『帝国の未来を頼む』

 

 という意思を込めて。

 シエリアは大きく頷いた。

 会議は一時波乱にまみれたものの、なんとか終了する。

 

「お疲れ様です、シエリアさん」

 

 車に乗ると運転手から労いの言葉が掛けられる。

 

「ありがとう...........今回は今まで一番酷いものだった」

 

「えぇ。大臣が暗殺容疑で逮捕など...........信じられません」

 

「.............帝国がは闇に包まれつつある。何か一つ起これば、それは闇ではなく悪魔へと変わるだろう」

 

 シエリアの独り言に運転手は敢えて触れなかった。

 

(一度目ではカイザル司令は比較的温厚ではあったが、この世界では融和派と呼ばれる派閥に所属している............やはり..........)

 

 シエリアは今後どうするかを考える。

 帝都に暗闇が混じれつつあった。

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 数週間後 ノフォーク海軍工廠

 

 

 ここ、ノフォーク軍港はグラ・バルカス帝国でも最大規模の海軍造船所となっている。そして、“グレード・アトラスター級”が唯一ドック入りできる工廠でもある。

 そしてグレード・アトラスター級専用のドックで新たな()が生まれつつあった。

 

「三番艦か...........」

 

 ラクスタルが工廠内を歩きながら言った。

 

「ほんとほんと。この馬鹿でかいものを作ってどうするんだか。艦隊のローテーションのために最低4隻必要ということは理解できるが............それを実行しようとする気にはならんな」

 

 工廠長が苦笑しながら言う。

 

「東方艦隊と西方艦隊にそれぞれ2隻、そして1隻が特務軍所属となる計画だ。既に四番艦の着工間近だ」

 

「四番艦の名前はどうなるかご存知で?」

 

「それを決めるのは艦政本部だ。俺たちじゃない」

 

「すいません、不躾な質問でした」

 

 工廠長は『あ、そうそう』と言う。

 

「ある噂なんだが、四番艦の船体をそのまま使い、航空母艦に改造する話が出ているらしい」

 

 ラクスタルは少し面食らう。

 

「空母に、ですか?」

 

「あぁ。噂は噂でしかないが、もし本当なら全く信じられん」

 

 工廠長は腕組みをする。

 

「グレード・アトラスター級三番艦『ローカルシート』、もしかしたらお前が帝国海軍最後の戦艦になるかもしれん。ゲホッ!」

 

 工廠長が酷く咳をするのでラクスタルが心配する。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あぁ、この公害帝国の空気を吸い続けてきた末路だよ。だが決してこのままではくたばらん、この命の炎はまだ消えてない」

 

 工廠長がラクスタルの肩を両手で強く掴む。

 

「いいかラクスタル。俺は造船屋だ、祖国を変える力を持っていない。だがお前にはグレード・アトラスターがある。この祖国を...........どんな方法であれ、良い方向に導いてくれ!」

 

 工廠長がそう言い切ると、踵を返す。ラクスタルは制服を脱ぐと、階級章が縫われた肩を見る。

 くしゃくしゃになってしまったが、帝国の未来を託す、という強い意志が込められているように感じた。

 

「この祖国を...........できるのか?」

 

 ラクスタルは帝国国旗を見る。

 工廠から吐き出される黒煙により、煤に塗れていた。

 

「...............」

 

 ラクスタルは制服を着直すと、車を停めた駐車場に向かった。

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 その日の夜、グラ・バルカス帝国全土で酷い大雨が降っていた。

 カイザルは自宅の書斎の窓から外を見る。

 

「酷い雨だな」

 

 土砂降りと言うべき大雨であった。

 カイザルは窓の外をボーっと眺めながら一度目の世界の出来事を振り返る。

 

(帝国の異世界転移、パカンダでの皇族殺害事件を機に..........いや、大元はレイフォルを下した時点か..........それを防ぐためにはやはりパカンダでの事件を未然に防ぐ必要がある。だがどうすればいい? 一番手っ取り早いのは砲艦外交だが、それでは軍令部の融和派が承知しないだろう——)

 

 ここでカイザルはある可能性に思い当たる。

 

(まさか奴ら、皇族がなんらかの危険な目に遭うことを承知で...........いや、その可能性は未来を知っているから出る可能性だ。今回は分からないが...........いや、前世の記憶がなかったとしてもあり得ることだ。だとしたらかなりまずい)

 

 カイザルは机の上に置いてある新聞記事を見る。

 

『外務大臣 外務次官暗殺容疑で逮捕!』

 

 と、大きく見出しが載っていた。

 

「政府の中で融和派の筆頭とも言うべき人物が狙われたのに、融和派の外務大臣が狙われなかった理由はこれか............海軍大臣が奇跡的に生きていてくれたことが幸いではあったが、もう政治的な力は残されていないと.........」

 

 カイザルは今後の予測を立てるが、あまりにも膨大なものとなってしまったために作業を切り上げる。

 すると、玄関の扉がノックされる。カイザルは玄関の灯りを付けずに覗き窓から外を見る。

 扉の前にいたのは傘を差し、フードを目深に被っている者がいた。

 カイザルは腕時計で今の時刻を確認する。針は23と41を指していた。

 

(誰だ、こんな時間に?)

 

 刺客の可能性が高かったが、カイザルは応じることにした。扉を開ける。

 

「どちら様ですか?」

 

 と、聞くと、フードが外される。その正体は—

 

「夜分に申し訳ありません。私の名前はシエリア・オウドウィンです」

 

 シエリアの名前は軍人のカイザルでさえ聞く程の有名な人物だ。

 

「..........お入りください」

 

「失礼します」

 

 シエリアが傘をパタパタと動かして水滴を払う。

 

「で、この老いぼれに何用ですか?」

 

 シエリアにお茶を出すなりカイザルは単刀直入にそう聞いた。

 

「カイザル・ローランド。日本への懲罰作戦にてグレードアトラスターに座乗、日本との交戦にて戦死..........どうですか?」

 

「それは一度目の........」

 

 シエリアはやはりと言った表情になる。

 

「私も同様の転生者、と言うべき存在です。もうお分かりですね」

 

「この二度目の世界に転生して、ずっと未来を知る者達を探してきましたが、片手で足りるほどの人数でした。ですがまさかあなたも同じだとは.........」

 

 シエリアは表情が緩むがすぐにキリッとなる。

 

「この祖国をどうお考えですか?」

 

 カイザルはシエリアの目を見る。その目は帝国の惨状を知る目であった。

 

「一度目よりも複雑怪奇と言わざるを得ない。転移の時期、政体、一度目と何もかもが違う。そしてこの調子だとパカンダ事件が起きかねない」

 

「やはりそうお考えですか。先の大本営会議にて首相が対話を続けるように下命したのです」

 

「そのことですが、もしかしたらパカンダ事件を故意的に起こそうとしているのかもしれません」

 

「故意的..........融和派である皇族のハイラス様の処刑がこの世界でも起きると?可能性は低いのでは?」

 

「あぁ、それは未来を知るが故の可能性だと思ってはいるのだが..........何かとても嫌な予感がする」

 

 その後、シエリアはあることを切り出す。

 

「実は私、一度目の世界では恐らく暗殺されたのです」

 

「暗殺?」

 

「はい。カイザル長官の戦死された後、日ム、そして第二文明圏の連合軍によりグラ・バルカス帝国領レイフォル州は陥落。帝国とレイフォルを結ぶ補給線の重要拠点であるイルネティアも日本艦隊により包囲、イルネティア征統府は降伏。そしてグラ・バルカス帝国本土にミリシアル帝国を中心とする連合陸軍が本土上陸、帝国陸軍は連合軍に被害を与えはしましたが、やはり日本軍が..........そして帝都ラグナに連合軍の刃が突き付けられたことにより帝国は無条件降伏。その後連合軍により占領状態に..........」

「その後、帝国は民主化を果たしましたが、軍がそのまま残ったツケを..........」

 

 シエリアはその時の様子を鮮明に思い出す。

———————————————————————————————————

 シエリアは戦後内閣首相と帝国軍の動向について車の中で話し合っていた。

 

「やはり時計の針を戻そうとしているか.............」

 

「えぇ。外務省の独自ルートの情報になりますが、間違いありません」

 

 首相が苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「敗戦から目が覚めたと思ったら再び過去へと戻ろうとしているのか。どれだけ戦争をしたいんだ一体、連合軍に歯向かおうなら今度こそ直接占領、分割統治になってしまう」

 

「日本の慈悲によって残された命を粗末に扱うことになってしまいます。なんとかしなければなりません」

 

「うん、分かっている。だが下手に動けば軍を刺激することになる。ここは日本にも裏から協力を.........ん? おい運転手! ま—」

 

 —パンパンパン!!!!!

 

 乾いた銃声が車の中でも聴こえて来た。

 

「かはっ!!」

 

 シエリアの胸に鋭い痛みが走る。そこを見ると銃弾が胸に1発当たっていた。

 

「閣下.........」

 

 シエリアは首を動かし、隣にいる首相を見るが弾丸が頭に命中し、息絶えていた。

 

「くそっ........」

 

 どうやら運転手も被弾したらしい。ハンドルを握っている手が覚束ない。

 

「!!」

 

 シエリアが最後に見た光景は目の前に迫りつつあるロケット弾だった。

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「そんなことが..........」

 

 カイザルは信じられないという表情でシエリアの話を聞き終えた。

 

「そこで記憶は絶え、グラ・バルカス帝国外務省に入省したところから始まります」

 

「似たり寄ったりですな。私も同じ様なものです」

 

 話題は他の転生者に移る。

 

「外務省だけでなく他の省庁にもそれとなく探りは入れてみましたが、やはり1人も.............」

 

「そうですか。俺の他はグレードアトラスターの艦長である—」

 

「ラクスタルですか?」

 

 シエリアが名前を当てたことに軽く驚くが、国際会議にてシエリアはグレードアトラスターに座乗していたことを思い出す。

 

「そういえば国際会議にてグレードアトラスターに乗られていたのでしたね」

 

「はい。ですが転生者がこうも少ないとは..........」

 

「融和派も一定の勢力を保持していますが、今回の疑獄事件によって削がれてしまった。外務省事務次官はやはりあなたになるのですか?」

 

「..............」

 

 突然シエリアが黙り込むのでまさかとカイザルは言った。

 

「別の者に?」

 

 シエリアは静かに頷いた。

 

「な、なぜ?」

 

「私も前外務次官暗殺の疑念が掛けられているからです」

 

「うそ.........だろ?」

 

 シエリアは首を横に振る。

 

「残念ながら事実です。既に辞令も出ました」

 

 カイザルは軽く落胆する。外務省事務次官の席に近い人間が転生者だったのだ。少なくとも帝国の意向に軽い影響を与えられる、そう考えていたのだ。

 

「申し訳ありません」

 

「いや大丈夫だ..........やはり負けることでしか祖国は目覚めないのか?」

 

 それはカイザルの自問自答であった。前世では合理的思考の持ち主であったが、連戦連勝が重なり盲目的になっていたのは否めない。そして今回の帝国は恐怖で帝国を締め付けている。

 

「どうすればいい...........」

 

 帝国の未来を憂うカイザルとシエリアであった。

 

*1
グラ・バルカス帝国海軍士官学校の同期




 グラ・バルカス帝国の政体は史実の大日本帝国に近いものとなりました。そしてカイザルらの運命も大きく変わります。
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 次回予告

『動乱の予兆』

パラレルワールドその2 フェン王国に関する分岐点


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