タイコンデロガ級巡洋艦『チャンセラービルズ』を旗艦とした親善艦隊は、前回の軍祭同様、廃船に対して砲撃を行う。ワンショットワンキルであった。
他にも複数の演習項目をこなした後、『チャンセラービルズ』のレーダーがフェン王国に接近する空中目標を20探知した。
「対空目標、こちらに向かって飛行中。距離267km、速度350km」
「ガハラ神国のではないな?」
「はい、本艦より南東40kmを4騎にて飛行中です」
「..........パーパルディア皇国のワイバーンか」
「だとすると、かなり不味いですな」
「念のためにフェン王国に確認を、日本の駆逐艦に戦闘配置命令」
「Yes Sir!」
チャンセラービルズの命令は“くろしお”と“ながなみ”に届く。
「現在接近中の空中目標に対して警報が発令、チャンセラービルズの戦闘配置命令受領を確認。対空戦闘用意!」
発令員が復唱し、対空戦闘準備に入る。
「チャンセラービルズのレーダー察知は早いね。さすがSPY-6」
「防空能力強化型なだけはあります。レーダー設備や指揮装置では本艦は遠く及びません」
「いいな。たくみさん達はあれをつけているなんて........」
『フェン王国に接近中の目標、全艦の誘導弾の射程に入りました』
CICにいるレーダー士官が報告してくる。くろしおはインカムのスイッチを押して答える。
「了解。チャンセラービルズからの命令を待ってね」
『了』
親善艦隊の空気は緊張に包まれる。
場所はチャンセラービルズの艦橋に戻る。
「フェン王国から応答が来ました。『軍祭に招待した国家の中で飛竜を参加させている国家は、ガハラ神国のみ。軍祭参加国にあらず』です!」
「了解。くろしお、ながなみに連絡しろ。くそ.......際どいな」
何が目的なのか全く不明な状況下のため、戦闘配置を指示したものの、敵か味方なのかが分からないのであった。
『飛行物体、依然として接近中、本艦との距離、192km。速度変わらず』
しばらくの間沈黙が漂う。
『本艦との距離、150km........SM-2の射程です』
超音速ミサイルを撃たれたら僅か数分で到達する距離だ。
『本艦との距離、100kmを切りました!』
「こちら左ウィング、トカゲ20匹を視認しました」
チャンセラービルズ艦長も自身の双眼鏡で確認をする。
「やはりパ皇か..........」
「艦長、もし奴らの目的が攻撃だとしたら危険—」
「—分かっている。だが、戦争状態ではないし、攻撃を受けそうだからという理由だけで攻撃するのは不可能だし、無理だ」
チャンセラービルズ艦長は難しい判断を責められる。
「ワイバーン散開! 10騎が本艦に向かってきます!!」
見張りからの報告が上がる。
チャンセラービルズ艦長はすぐに判断を下す。
「艦隊を解け! 最大戦速、敵の位置は!?」
「左30°、降下角30!」
「取舵30°!」
操舵員が復唱する間を惜しんで舵を切る。
「敵、火炎弾を発射!」
10発の火球がチャンセラービルズに迫る。
9発はなんとか回避に成功するが、残り1発が飛行甲板に命中する。
「後部飛行甲板に命中!」
「ダメージコントロール!」
『こちら応急指揮所! 第一タービンにダメージです、速力低下します』
航海長がインカムのスイッチを押す。
「何ノットまで出せる?」
『出力全開で20ノット前後、安全で行くと15ノットです!』
「18ノットで頼む。足を止めるな!」
「CIC、叩き落とせ!」
艦長の命令はCICで受け取られた。
「対空戦闘、主砲攻撃始め!」
「くろしお、ながなみとのデータ共有終了、攻撃始め!」
チャンセラービルズからの目標割り振り情報を受け取った“くろしお”と“ながなみ”は、チャンセラービルズと共に5インチ砲でワイバーンを攻撃する。
ワイバーンは再攻撃しようと旋回、体勢を整えているところを攻撃されたため、回避もままならずに10騎全騎が撃ち落とされた。
「続いて、残りの10騎だ。目標割り振り終了後、即座に攻撃だ」
「データ共有終了、ESSM発射用意!」
王城を攻撃していたワイバーン10騎がまっすぐこちらに向かってくる。
「諸元入力終了、ESSM発射用意!」
電子ブザーが鳴り響く。
「Fire!!」
チャンセラービルズの前部VLSからESSM6発が発射され、くろしお、ながなみの前部VLSからは36式短距離艦対宙誘導弾がそれぞれ2発ずつ発射される。
イージス艦であるチャンセラービルズ、そして艦隊防空能力を付与されている『くろしお』『ながなみ』のミサイルは当然の如く命中、爆発四散した。
「ターゲットデストロイ!」
「他の空中目標なし。火災は未だに続いていますが、すぐに抑えられるでしょう」
艦長はハンカチで額の汗を拭いながら指示をする。
「一時的に指揮権を『くろしお』に移譲。本艦は応急処置に専念する」
チャンセラービルズからの通信は護衛艦に届いた。
「—とのことです」
通信士妖精がくろしおに報告する。
「了解。まぁ1発被弾したのによく誘爆しなかったわね」
「ダメコンが優秀だったのと、当たりどころがよかったのでしょう」
『くろしお』や『ながなみ』もそうだが、現代艦は基本的に紙装甲である。その中の一つであるイージス艦が被弾したのに行動不能にならなかったのは僥倖と言えるだろう。
その頃、チャンセラービルズの機関室ではダメージ判定が行われていた。
「あ〜くそ。第二........第三まで逝ってらぁ」
「マジか!? 火炎弾一発でここまでかよ」
ミサイルならまだしも、火炎弾一発でガスタービンエンジン3基がダメになってしまった。
「—3つのうち、1つはなんとか応急処置で使えると思いますが、残りはなんとも.........」
機関員の報告に機関長は頭を掻きむしる。
「ああ〜クソっ!! 長期メンテを終えたばっかだというのに!」
長期メンテナンスを終えて、就航訓練のつもりで派遣されたというのにまたドックへトンボ返りというのはまさに最悪であった。
『—自力航行は可能ですが、3ノットが限界です』
「了解した。司令部から軍祭切り上げの許可を得ている。日本の駆逐艦に曳航してもらおう」
艦長がそう言うと、内線電話を切る。
「火災鎮圧しました。尚、負傷者はいません」
「了解した.........」
チャンセラービルズ艦長は『ながなみ』を見る。
「1人だけか.........」
先の防御戦闘にて生き残ったのはたった1人だけであった。いや、1人生き残れたというのが正しい。
「よく生きていましたね。本艦と日本の駆逐艦のミサイル攻撃を受けたのに.......」
「.........上は相当悩んでいるだろうな」
チャンセラービルズ艦長の言う通り、撤収命令を出した後、今回の事態に際して日米合同会議が行われていた。
「こんな時にパーパルディア皇国軍と実質的に交戦してしまうとは........」
当事者、しかもある意味被害者である在日米軍将官が頭を抱える。彼らに現場を責める気はさらさら無い。むしろよくその被害で収めたと言いたい位であった。
「政府がパーパルディア皇国と慎重に接触している段階でこれです。火薬庫に火薬を追加したようなものです」
「取り敢えず、撤収命令は出しといた..........だがチャンセラービルズは自力航行が困難だ。護衛艦で曳航したとしても、平均20ノットも出せない」
日米両将校が色々と悩んでいるところに日本の連絡将校が1人入室してくる。
「会議中失礼します! おい! プロジェクター借りるぞ!」
連絡将校がボードを少し操作すると、画面に明かりが灯る。
「オルタナの情報共有を開始します。先程、衛星が捉えた写真です」
プロジェクターに画像が映ると同時に、オルタナで細かい情報が付け加えられる。
「戦列艦がどうした?」
国防省に限らず、国連軍でも異世界国家の分析は進んでいるが、自分たちと比べると、肩を並べるどころか、足元にも及ばないことは周知の事実であった。だが、ロウリア王国が4000隻を超える船を配備していたことを考えると、その数だけは侮れない。パーパルディア皇国にも似たような分析をしていた。
「パーパルディア皇国の戦列艦22隻がフェン王国へ向かっていることが判明しました。現在フェン王国から180kmほどです」
「す、すぐそこじゃないか!? なぜ今まで探知出来なかった!?」
「え、衛星は突貫改造ロケットにて打ち上げを行っていますが、まだ偵察衛星はたったの6基しかないんです。それに偵察の大部分を波動砲艦隊に頼っていましたので.........」
日本の早期警戒探知網の脆弱性が露呈してしまった。
「現場の撤収は今日中に可能か?」
在日米軍将官が第七艦隊司令部付参謀に小声で聞いた。
「無理です。日本の駆逐艦ならチャンセラービルズを曳航しても安全圏まで離脱できるでしょうが..........戦列艦、最大速力12ノット前後の帆船が目と鼻の先と言っていいほどの距離にいるのです」
参謀はそこで口を止める。
「我々の権限でできるのはここまでです。退避が不可能な以上、戦闘状態に突入するかもしれません。幸い、敵の数は22隻と少ない。
参謀の提言を受けて将官が挙手する。
「事態は我々の権限で判断できるレベルを超えています。ここは政府に任せるべきでは?」
在日米軍将官の提言をほぼ受け入れる形でこの会議は幕を閉じた。
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日本国 首相官邸
「我々に放り投げたのか.........」
上野は難しい判断を迫られ、眉を顰める。
「敵性艦隊は既に艦隊のSSMの射程に入ってます。ほぼ目と鼻先なのですよ!? 退避が不可能な以上、早く手を打たなければ........」
広瀬国防大臣が珍しく声を張り上げる。
「.........イージス艦を自沈—」
上野の言は広瀬が机を叩いたことで遮られる。
「日本円にして一隻数千億円掛かる船を、『はいそうですか』と言って認めらると思うか!? それにチャンセラービルズは国連と米軍の所有物だ! 我々の判断でできるわけじゃない!」
チャンセラービルズは前々から言っている通り、今は米軍に原隊復帰しているので米軍の所有物となっている。
「じゃあ曳航して—」
「帆船といえど10ノット近く出ているんです。こうして話している間にも100kmを切ります。ここは早く対応しなければいけない!」
「じゃあ外交........いやなんでもない」
『外交を通じてどうにか』と上野は言いかけたがパーパルディア皇国とのチャンネルが無いことを思い出したのと、広瀬国防大臣と宇治和外務大臣からキツく睨まれたので言葉を口に飲み込む。
「いずれにせよ、護衛艦退避が間に合わない以上、我々も対応する必要がある」
「フェン王国海軍は?」
「水軍ですが.......はっきり言うと、フェンが100%負けます」
広瀬がはっきりと断言したので上野は食い下がるのをやめる。
「わかった........ただ、あくまで自衛戦闘だ。言い分は任せる」
今までの食い下がりぶりから一転して攻撃を認めたので広瀬は軽く驚く。
「分かりました」
国防省は親善艦隊に迎撃命令を通達する。
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チャンセラービルズ 艦橋
「.........了解です」
チャンセラービルズは司令部との通信を終える。
「聞いての通りだ、『くろしお』は艦隊より離脱、敵性艦隊を迎撃せよ」
『了解』
画面越しにくろしおが敬礼しながら答えると、画面から消える。
「今年の占いが見事に当たってしまいましたな」
艦長が後ろを振り返り、副長に聞く。
「それはどう言うことだ?」
「あ........いや.......その〜.........日本の占い—おみくじなのですが、新年に引きに行ったのです。そしたら—」
『見事に大凶を引きました』と引き攣った笑顔で言った。思わず殴りたくなる衝動をどうにか抑えつつ艦長は続けて問う。
「で、そのおみくじは結んだのか?」
「え? なんですかそれ?」
まさかと思いつつ、副長の服を探る。すると折り畳まれた紙が出てきた。それを開くと—
「ぶべらっ!?」
艦長はそれを見るなり副長を殴った。
「すまん。いじめだとかなんとか言われようとお前を絶対に殴るしかなかった」
艦長の左手に握られていた紙に書かれていたのは『大凶』であった。
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くろしお CIC
チャンセラービルズでコントのような展開が起こっていることを知らずに、くろしおは任務を遂行する。
「現在、フェン王国沖60km。敵性艦隊までの距離60km!」
「........フェン王国水軍とパーパルディア皇国海軍が衝突します」
くろしおはレーダー画面を注視する。
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フェン王国水軍 旗艦『剣神』
望遠鏡を使って見張りをしていた乗員が水平線上に艦影を視認する。
「前方! 敵艦を発見、パーパルディア皇国軍と思われる!」
「来たな、戦闘配置! 祖国を守るぞ!!」
「「「ウォォォォォォォォォ!!!」」」
クシラの掛け声に声を張り上げる。
「奴らはこちらに魔導砲があることを知らない。それを最大限活かす」
『剣神』には文明圏外国家としては珍しく魔導砲が搭載されていた。ただ、皇国の魔導砲と比べると性能差ははっきりとしていた。
皇国艦隊との距離が3kmまで迫る。
「後、およそ2kmで射程です」
「ふふふ、奴らの驚く顔が浮かんでくるな.........」
射程まで後1.3kmの時点で異変が起こる。
「敵回頭! 腹を向けてます!!」
「何!? 奴らの魔導砲は1kmではなかったのか!?」
クシラが言った射程1kmの情報はかなり古い。既に皇国では射程2kmの爆裂式に置き換わっていた。
「敵艦発砲!!」
「くそっ! 当たるなよ!!」
クシラの願いは叶わなかった。
剣神の後続船3隻が被弾、即沈没する。
「後続艦3隻轟沈!!
パーパルディア皇国艦隊から散発的に砲弾が発射される。命中精度は日本軍と比べれば低いが、それでも心理的効果は大きい。
「射程まで100m!!」
「よし! お前らは全員退艦しろ!」
「で、ですが—」
「問答無用! わしも魔導砲を撃ったらすぐに逃げるからな。先に行け!」
「.......分かりました。御武運を」
そう言うと、続々と海に飛び込んでいく。
「さ〜、パーパルディア皇国! ただで蹂躙はさせんぞ!!」
クシラは敵艦との距離を目分測で測る。そして魔導砲の発射タイミングを待つ。
「喰らえ!!!」
魔導砲に点火すると同時にクシラは海に飛び込む。
水面に顔を出すと、どうやら一隻に着弾したらしく、炎上していた。
「よし。1発当てられただけでもよき」
「クシラ様、つかんでください!」
乗員の手を借りて大きめの木材を掴む。
「何も.......何も出来ませんでしたね」
「あぁ、だが奴らに対して心理的ダメージは与えられた筈だ」
クシラの言う通り、フェン王国懲罰艦隊旗艦では若干の混乱に包まれていた。
「『クマシロ』、火災を鎮火しました!」
「驚いたな.......まさか魔導砲を所持していて初弾で当ててくるとは」
「えぇ、皇国の魔導砲と比べれば性能は下ですが、それでも魔導砲を所持しているというのは..........」
ポクトアールは腕を組み直す。
「........ワイバーンロード隊との通信が途絶し、何か新兵器を配備しているのかと思ったが、そうでもなかった.........一体なんなのだ? この浮遊感は........」
「まだ本隊では無いのかもしれません。或いは事故とか?」
憶測が憶測を呼ぶがポクトアールは議論を打ち切る。
「議論はそこまでだ。いずれにせよ、我々が知らない何かがある。気を引き締めていくぞ」
「了解」
艦隊は10ノットでフェン王国に突き進む。
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くろしお CIC
「フェン王国水軍、全滅した模様」
「敵性艦隊との距離、50km! まもなく有視界域に入る」
「合戦準備! 対水上戦闘用意!」
「対水上戦闘用意!」
電子ブサーが鳴り、戦闘配置に入る。
「対水上戦闘用意よし」
「敵性艦隊を敵艦隊とする。ターゲットナンバー
指令を下す砲雷長にくろしおはニヤリと笑いながら言う。
「砲雷長。使用武装は主砲とCIWSのみ、マストを狙って」
「は? マスト、でありますか?」
「その通り。奴らの船の動力部を破壊して撤退を促すわ」
すると、砲雷長は水を得た魚のように生き生きとする。
「分かりました! 主砲発射管制は手動にて行う! 砲術長!」
「はい」
「砲技技能審査主席艦である本艦の力を、敵さんの存分に見せつけてやれ」
砲術長は笑みを浮かべる。
「了解!」
「現在14:19、敵艦隊との距離40km、有視界距離に入った!」
「まずは軽く挑発します。魔信の周波数を合わせて」
「......合わせました」
くろしおはインカムのスイッチを押す。
「艦長! 正面に艦影を認める!」
「艦影!? まさか本隊か?」
見張り員は望遠鏡の倍率を調整する。
「いえ、一隻だけです........なっ!?」
「どうした?」
「巨大な船です、30ノット以上は出ています!」
「さ、30!?」
「文明圏外国家であるフェンがそんな船速を叩き出せるほどの船を作ったと言うのか?」
慌てる艦長に対してポクトアールは冷静であった。
「たったの一隻ならば問題ない。踏み潰してくれる」
見張り員が追加の報告を上げる。
「未知の国旗です! 白地に赤丸! 白地に赤丸! 太陽のような国旗です!!」
あっという間に巨大船は艦隊から2kmの距離で並走する。
『—こちらは日本国国防海軍である。貴艦隊はフェン王国領海に近づいている。直ちに進路変更されたし。繰り返す—』
艦隊の使用する魔信に突然知らない声が入ってきたので通信士は慌てる。
「司令! 魔信に日本国海軍と名乗る者がコース変更を呼びかけてきています」
「皇国に対して航路変更しろだと? 随分な物いいじゃないか。面白い、応対しよう」
ポクトアールが魔信のスイッチを押す。
「こちらパーパルディア皇国監察軍東洋艦隊司令、ポクトアールだ。皇国に対して随分と傲慢ではないかね?」
しばらくして凛とした女性の声が聞こえてくる。
『こちらは日本国国防海軍、護衛艦『くろしお』。パーパルディア皇国東洋艦隊に告ぐ。貴艦らはフェン王国領海に接近している。直ちに進路を変更されたし』
「..........失礼だと思うが、貴官は女性かね?」
『そうです。艦長のくろしおです」
「驚いたな......まさか女性が艦長だとは.......いかんいかん。それで、進路変更をしろと? 悪いが断る」
『最後の警告です。フェン王国領海に近づいています。直ちに進路を変更してください』
「さっきから言っている通り、任務だ。撤退はできん」
(巨大船に砲撃しろ)
ポクトアールは視線で艦長に合図を送る。
「砲撃用意!」
『そうですか........』
「撃てっ!!」
左舷の魔導砲が発射される。
「う、撃ってきました!」
レーダー士官が絶叫を上げる。
「弾道は!?」
「命中しません」
「不意打ちとは卑怯やな.....」
「艦長?」
くろしおがドスの効いた声を出したので砲雷長は慌てる。
「向こうから仕掛けてきたんや。砲雷長、やったるで」
(関西弁......本気モードで怒っている証拠だ........)
砲雷長が冷や汗を掻きながらそう思った。
「了解........主砲発射管制手動にて行う。目標! α4のマスト!」
砲術士がジョイスティックを操作しマストに照準を合わせる。
「照準よし、射線クリア!」
「いてまえ!」
くろしおが叫ぶ。
「撃ち方始め!」
「発砲!」
ジョイスティックに付けられたトリガーを引く。
6kmも離れていないので、砲弾はすぐに着弾する。
「着!
「いてまえ!」
「撃て!」
くろしおから127mm砲が放たれる。
「第二目標破壊!」
護衛艦くろしおは最大限の緊張を保ちつつ、
「—半数のマストを破壊しました」
「了解。取舵一杯、進路を2-2-0へ」
任務をこなした『くろしお』は回頭しパーパルディア艦隊より離れていく。
「巨大船、離れていきます」
「これ以上はやらないというのか........何がともあれ、感謝せねばならんな」
副長が司令と艦長の元に近づく。
「報告します。損傷艦11隻、行動可能艦艇11隻。尚、多大な負傷者を出しましたが、死者はいないとのことです」
「死者が出なかった? あれだけの攻撃を受けて?」
「はい、おそらく敵の攻撃がマストのみだったのが影響しているかと.......」
ポクトアールの脳裏に顔も知らない日本海軍の女が浮かび上がった。
「ハハッ! ここまで手酷くやられるとはな.......こんな報告、狂ったとしか思われんだろうな〜」
ポクトアールは自虐的に言う。敵の攻撃は全てマストを狙ってやったものだ。偶然でできることではなかった。
「動ける艦は曳航していけ。任務は失敗だ」
勝敗は決した。
フェン王国沖海戦と付けられたその海戦は、世界史上初の『死者を出さずに勝敗を決した海戦』として歴史に残ることとなる。
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1週間後 パーパルディア皇国 第三外務局
「失敗しただと!? なぜだ! なぜ!?」
タール課長が血走った目でポクトアールを問い詰める。その理由は懲罰艦隊が敗北したためだ。
「よくも帰ってこれたな! お前たちが負けたせいで文明圏外の蛮族がこちらに向かって反抗してくるかもしれないのだぞ!!」
(なぜこんな奴の下につかなければならないのだ.......)
叱責を受けつつポクトアールはそう考えていた。第三外務局が指揮権を持つ監察軍は、その装備品全てが正規軍からのお下がり。そして構成員もなんらかなの問題を起こして飛ばされたものか、或いは経済的問題から手軽に入れる監察軍に入隊したものなど多岐にわたる。
そんな者が大多数の中、ポクトアールは正規軍から監察軍に出向し、そのまま監察軍東洋艦隊司令に着任したという経緯があるものの、歴戦がつくほどの力量の持ち主であった。
(そんな俺でも、あの巨大船をみくびってしまったがな.......)
「それになんだ! この報告書は!?『皇国の戦列艦より遥かに巨大な鉄船、そしてこちらを優る船速』、『全ての砲撃がマストに命中』。ムーの小説家でもこんな物を書けないぞ? あん?」
(こいつ、ムーの『ラ・カサミ級』を上回るかもしれないということを理解していないのか? 報告書に漏れがあったか? いや、しっかりと書いたはずだ)
「おい、こっち見ろ」
ポクトアールは顔を上げる。
「はっ、お前の顔をよ〜く見りゃぁ、蛮族みたいな顔をしているな」
タールはそういうものの、ポクトアールは聖都パーネルウス生まれ、両親どちらとも皇国人である。
「おことばですが、私の両親は皇国人です。それにこの顔は敵の攻撃の破片によるかすり傷です。それで蛮族と一緒にされましても—」
「あぁ!? なんだその態度は? ふざけるのもいい加減に—」
ポクトアールがターラの後ろの扉が開いたことに気づくが、タールの身体によって隠れているため誰が来たのか分からない。
その事に気づかずタールは続ける。
「—しろ! この—」
タールは拳を振り上げるがそこで後ろから手首を掴まれる。
「! だ、誰—か、カイオス局長!」
タールはカイオス対し礼をする。
「タール君、敗北したのは確かに問題だが、彼は敵と最前線で戦ってきたのだ。責めるのはそこまでにしたまえ」
「は、はっ!」
「それでポクトアール司令」
カイオスは近くにあった椅子を引き寄せて座る。
「報告書は一応読んだが、所々理解不能な点がある。詳しく教えてもらえんか?」
「分かりました。まず最初に—」
ポクトアールはあの海戦で起こった全てのことを細かく話した。
「なるほど。ようは日本に潰されたのか」
「はい。奴らの巨大船、鉄船はムーの機械動力船のように大きく、そしてムーのよりも速かったのです。それにその護衛艦『くろしお』とかいう船の艦長は、声だけで言えば女性でした」
「........信じられないな。まさか日本がそのような力を持っているとは」
「日本のことをご存知なので?」
「ん? あぁ、全てを知っているわけではないがな」
カイオスは自身の知っている日本の情報を話す。
「そ、そうだったのですか」
「すまない。私がもう少し日本のことを詳しく調査をしていれば........」
「いえ、局長が悪いわけでは—」
—バタン!
ノックもせずに職員が部屋に入ってくる。
「失礼します! たった今、日本国の外交官が窓口に来ています!」
カイオスは静かに立ち上がる。
「噂をすればなんとかだな。日本国の外交官を通しなさい。課長級全員で対応する」
「え!? 局長、それはあまりにも—」
カイオスはタールのことを鋭く睨む。
「では行くか」
タールは去り際にポクトアールのことを憎悪を込めた視線で睨んで去った。
日本国外務省外交官の
「これだけの意匠ができるとは、さすが第三文明圏最強というだけあるね」
「えぇ、何というか........イタリアのスフォルツァ城のような感じです」
しばらくして彼らの元に職員が近づく。
「お待たせしました。局長が対応するとのことなのでご案内いたします」
「え? 局長がですか?」
職員が言ったことに思わず聞き返してしまう由真崎。
「はい、局長が応対すると申していました」
「パーパルディア皇国にとっても重要なものになるという認識でしょうかね」
「はい、出てくるとしても課長級かと思ったのですけどね」
2人は職員の後をついていく。
「こちらです。日本国の外交官をお連れしました」
『通しなさい』という返事が部屋から返ってくる。
中に2人が入ると、局長らしき人物以外にも4人いた。
「こちらで名前を名乗ってください」
「分かりました。私は日本国外務省外交官の杉崎と申します。こちらは—」
自己紹介をしつつ、杉崎は内心『会談というよりは面接だな』と思っていた。
パーパルディア皇国の出席者の名前を挙げると以下になる。
・東部担当部長 タール
・東部島国担当 バルコ
・北東部島国担当係長 ニコルス
・群島担当主任 メンソル
そして第三外務局局長カイオスと、第三外務局の上層部全員が出てきているようだった。
(あの衝突はパーパルディア皇国にとっても重要ということか.......力が入るな.......)
杉崎は襟を正しつつ切り出す。
「今回我々が派遣されたのは、先日の武力衝突の件についてです。私たちは、不幸な行き違いから衝突してしまいました。よって、その関係修復と国交樹立の可能性の模索に参りました」
国交の樹立に関しては、できればいいという程度で日本は提示していた。
バルコが急に立ち上がる。
「不幸な行き違いだと!? 監査軍に攻撃を仕掛けておいて、何事も無かったかのようなその言動! 無事で済むと思っているのか!!」
バルコはいつも文明圏外国家に対して行うのと同じ口調で日本人に大声で叫ぶ。
杉崎は若干臆するもの、由真崎は臆することなく話す。
「いいえ、先に攻撃してきたのはあなた方です。我々は、あくまでも反撃—そう、自分達にふりかかった火の粉を払っただけです」
「皇国監査軍を火の粉だと!?」
バルコの目はすっかり血走っていた。カイオスが課長を手で制し座らせる。
「関係修復ですか........」
局長カイオスは考え込む。
(何を要求してくる? いや、それよりもお互いのことをよく知らない。ここは情報を引き出すか)
「ふむ...........私はもとより、我々パーパルディア皇国の者は誰も貴方たち日本の事は良く知らない。まずは貴方たちの国がどういった国なのか、教えていただきたい。我々と国交を結ぶに値する国なのか、私は知りたいですな」
日本国外交官の杉崎は微笑む
「紙媒体しかありませんが、写真付きです。我が国を紹介するための資料です」
由真崎がパーパルディア皇国の各人に資料を配布する。
パーパルディア皇国の面々はその資料を見る。
「..........!?」
タールが資料を詳しく読んでいると、ある事に驚き顔を上げる。
国土面積は大した事無く、中規模国家程度である。しかし、人口が1億4千万人と、皇国の7千万人よりも多い。
ロウリア王国のように人口が多い国が稀にあるので、大して驚いているわけではない。だがその次が問題だった。
「国ごと転移だと!?」
ロウリア王国とクワ・トイネ公国との戦争—ロデニウス大陸統一戦争—の少し前、中央歴1634年に国家丸ごとこの世界に転移してきたと記載してある。
国家ごとの転移であれば、皇国が、世界が歴史上一度も確認できなかった事実につじつまが合う。
しかし、ムーの神話や古の魔帝の未来への国家転移の神話以外に、国ごとの転移など聞いたことが無い。
第三外務局からすると、彼らが戯言を言っているようにしか聞こえない。
「馬鹿馬鹿しい!! そんな.......そんな、国ごと転移などあり得るわけない! おまえたちは皇国を馬鹿にしているのか!?」
東部担当課長が声を荒げる。
「転移については我が国でも原因がまだ解っておりません。ただ一つ仮説が提唱されています」
「ほう......それは一体なんでしょうか? お聞かせ願いたい」
杉崎は由真崎に目配せする。
「学会、そして政府内部からも言われている事なのですが.......『我々は神によって召喚されたのではないか』と」
バルコが口を開こうとするがカイオスが手で制する。
「なるほど........戯言にしか聞こえませんが、それなら辻褄が合いますな。貴国のことはよくわかりました。その上で皇国に何を求めるのでしょうか?」
「はい、こちらをご覧ください」
杉崎が鞄から公文書を取り出す。
「な、何?」
メンソルが思わず声を上げる。
そこに書かれていた内容は—
・フェン王国に対する武力行使を命じた責任者が代表し、軍祭主催国フェン王国に公式に謝罪すること。
—のみであった。
(日本国.......商人からの情報よりもかなり温和だな。てっきり賠償を要求してくるのかと思ったがな........。いや、これはこちらを図っているのか?)
日本国政府は賠償案も含めようとしたが異世界国家戦略局の助言、『
「貴様ら、皇国に対して頭を下げろだと? 舐めるのもいい加減にしろ!」
メンソルが紙をビリビリ引き裂く。
「舐めていません。我が国と貴国の間では国交はありませんが、それでも国と国の対話なのです。この位は当然なのでは?」
杉崎は慎重に言葉を選んで話す。皇国のプライドがどの位高いのかを見極める為だ。
「ハハハっ!! 第三文明圏外の蛮族が粋がるなよ。人口だけは多いようだが、それでも軍事技術は皇国の足元にも及ばないだろうさ!!」
(これ以上は無理だな。諦めよう)
「では、この要請は受け入れないと?」
「当然だろう」
杉崎と由真崎が資料を鞄に回収すると席を立ち上がる。
「分かりました。とても残念です。これにて失礼します、貴重なお時間ありがとうございました」
日本の外交官が外に出たのを確認するとカイオスも立ち上がる。
「お前たち、会議室の片付けを頼む」
それだけを言うと、カイオスも部屋を出ていった。
「予想以上でしたね。これはやはり国交樹立というわけには行かなそうです」
由真崎が歩きながら杉崎に言う。
「あぁ、だが収穫なしというわけではない。本省からの指示である『皇国の
「はい........ん?」
由真崎が後ろを振り返ったのだ、杉崎も顔を後ろに向けると、第三外務局局長、カイオスらしき人物がこちらに向かって走っていた。
「我々に用でしょうかね?」
「まぁ、試しましょう」
2人は行き足を止めて待つ。
「はぁ、はぁ.........すまない、日本の外交官殿。ここではあれなので、後で私の私邸に来てはくれないだろうか?」
2人は顔を見合わせる。暗殺の危険性があるというのにタダで乗るわけにはいかなかった。
「あなたたちは我々のことを信用していないのだろうが、どうか頼む」
カイオスが頭を下げる。
(ここは賭けてみるか)
杉崎が口を開く。
「分かりました。我々はどのように?」
カイオスがハッと顔を上げる。
「そうか、ありがとう! 後で、君たちの宿泊先に私の使用人を使いに出す。それに付いて行ってくれ」
「分かりました」
杉崎と由真崎は足早に立ち去る。
(おそらくカイオスさんとの個人的な接触になるだろう)
となれば、それは皇国の意思に背いている可能性がある。あそこで無理に会話を引き伸ばせば、何か疑いを掛けられてしまうかもしれない。そう判断したのだった。
(よかった。これでなんとか希望を持てる)
カイオスが会談の際にバルコらの暴言罵倒を止めなかった理由は、皇国の、外務監察局の目を避ける為であった。
「あの小娘に邪魔されたらまずいからな.......」
「何がまずいのですか?」
突然の声にカイオスはビクッとなる。
「何かまずいのでしょうか?」
物陰から出てきた人が再びカイオスに問う。その顔はローブに包まれていてはっきりとしなかった。
「いえ、何もです」
「そうですか........ならいいです」
その人影が再び物陰に隠れる。カイオスがそれを追うと、既に消えていた。
「くそっ。暗部か........」
パーパルディア皇国の情報管理を司る機関。パーパルディア皇国情報目録監察機関、通称暗部の局員だろう。
「まずいな、全て聞かれたかもしれん........いや、引き下がるわけには行かない!」
もはや自分の命すら賭けてくる必要性が出てきたが、カイオスは皇国の将来のため動くことを決意する。
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レイフォル王国沖
第二文明圏に位置する『レイフォル王国』。その沖合110kmにて帝国史上最大最強の戦艦—『グレード・アトラスター』が波を切り裂く。
やがて、『グレード・アトラスター』に搭載された巨砲、『45口径46cm三連装砲』2基が旋回する。
「撃ち方始め!」
レイフォル王国沖で46cm砲の砲音が鳴り響く。
はい。
もう脳死で書き上げましたので、誤字脱字、その他のおかしいところが多々ありますので、気づいた場合は感想にてご報告をお願いします。
パラレルワールドその2 フェン王国に関する分岐点
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①
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②
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④