異世界に、日本国現る    作:護衛艦 ゆきかぜ

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束の間の平和

 グラ・バルカス帝国の脅威を再認識、そしてパーパルディア皇国との交渉決裂に関する会議を終えた後、白井は北海道に来ていた。

 

「何も変わっていないな......」

 

 白井は川の畔を歩く。しばらく歩くと人影が見えた。少し離れていた人物がこちらを見るなり進路を遮るように立つ。

 

「お疲れ様です」

 

 白井は敬礼すると手帳を提示する。スーツを着た男がそれを一瞥すると道を開ける。

 

「ありがとうございます」

 

 白井は桟橋に向かう。そこで椅子に座りながら釣竿を持っている男に。

 

「議員活動すると言っておきながら静かに暮らしているか......」

 

 白井は二つあった椅子の内一つに座る。

 

「まぁSPが付いているけどな」

 

 議員職を辞めたとはいえ、元総理大臣という立場上警護が付いていた。

 

「....で、なんで椅子が二つある?」

 

「俺がこんな辺鄙な場所にいて、警護がたったの2人。そんな状況を見逃すような奴ではないと思ったが、どうやら来ないようだ」

 

 白井は向い岸を見る。親子が遊んでいた。

 

「家族はいいものだな」

 

「今更何を言っている?」

 

「つれないな........」

 

 佐山は白井の無慈悲とも言える言葉に若干がっかりする。

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

 佐山は今までの表情から一転して、暗くなる。

 

「なぜお前はこうも心に刺さる言葉を使う.......まぁいい。俺の家族は、代々政治家を輩出してきた名家の一族だった。一族の願いはこの国が負けない道を歩ませることだった........」

 

 佐山は赤く染まりつつある空を見る。

 

「見ろ、この空を。世界は変わってしまったが、どんな状況だろうとこの空は何も変わらない」

 

 佐山は釣り竿を離すと、手を天高く伸ばす。

 

「我々はこの空の更に先、宇宙にまで活動圏を伸ばした。人類最後のフロンティアを求めてな」

 

 拳を握りしめる。

 

「日本は世界で唯一の被爆国だ。そして敵にとっても味方にとっても深い傷を残した戦争だ。この悲惨な世界大戦を2回も引き起こしてしまった人類の罪だ。だがな、皮肉なことに戦争は今の我々の生活の基礎を作ったと言っても過言ではない。それに我が国は一次大戦、朝鮮戦争と、戦争で発展してきた」

 

 戦争というのは無限の消費活動だ。そこに需要というものがある限り、後方から物資を送る戦争当時国ではない国や企業というのはボロ儲けできるのだ。

 

「思えば、世界から見れば極東アジアに存在する取るにたらない島国が、世界経済の一角を成すと思ったか? 答えは否だ。テロが世界を団結させると誰が思った? 答えは否だ。人というのはよく分からない、だからこそ我々が『人』でいられる所以だ」

 

 佐山は手を下げる。

 

「話がかなり脱線したが、家族というのは人が人であるためのものであると俺は考える.........皮肉なことに俺はテロで全てを無くしたがな........」

 

 佐山の家族と—まだその時佐山は大学生—婚約者が欧州旅行中に欧州同時多発テロに巻き込まれた邦人の中に含まれていた。死因は一切不明、遺体も回収できず、墓に遺骨は収められていない。

 

「欧州テロ発生のニュースを見た時、俺は真っ先にあいつのことを心配したよ。だけど連絡が取れず、詳細が分かったのは欧州テロが終わってからだよ」

 

 佐山の声が若干震えてきた。

 

「遺体は確認できなかったそうだ。まぁ当然だがな」

 

 欧州テロによる死者は50万を軽く超えている。ただ、これは民間人のみの数であり、欧州解放連合軍などの死者も含めたら80万を超える試算がされている。

 

「今まで、地球人類の全てが何かで一致団結するなんてことはなかったし、絶対にあり得なかった」

 

 しかし日本などの継続的な努力、そして欧州テロという外圧を利用した国連の改革が行われ、大幅な国連の権限の強化、そして常設国連軍の設立に至っている。

 

「幸いにも、この世界には古の魔法帝国という世界共通の敵がいる。()()()()()()がだ」

 

 国と国が協力しあうには、一番手っ取り早い手段としては利害の一致である。その中で一番国と国とのつながりが強くなると言えるのは大国の存在である。一カ国で対抗できないなら協力して対応しようということだ。古の魔法帝国というのは各国からの伝承を聞く限り、最低でも1960年代のアメリカレベルと同等見られている。

 

「これほど好都合なことがあるか?」

 

 白井は詐欺師を見るかのような目で佐山のことを見る。

 

「仮にそうだとしても、お前は既に議員職じゃないだろ? それに次の総選挙は来年の12月だ」

 

 佐山は不敵な笑みを浮かべる。

 

「そうだ。だが、これを見ろ」

 

 そう言うと、懐から紙を取り出し、白井に渡す。

 

「..........驚いた。あの野郎、荒稼ぎしやがって」

 

「少なくとも2年は静かに暮らして行きたかったが、そうは問屋がなんとかだな」

 

 白井は紙を佐山に返しながら『情報提供者は?』と聞く。

 

「経済連会長だ」

 

「あの狸親父か。情報の収集はお手の物か、流石だな」

 

 白井が感心してそう言ったのに対し、佐山は気まずそうな顔になる。

 

「何も隠さずに言え」

 

「はい。実を言うと、経済連会長に情報提供した人物がいるそうです」

 

「名前は?」

 

「わかりません」

 

 白井はあらゆる可能性をプロファイリングする。

 

「はは〜ん。可能性は3人だな」

 

「誰だ?」

 

「まぁ直接聞いた方が早い。後で聞いておくよ」

 

 佐山はすっかり暗くなった空を見て、腕時計を見る。

 

「もうこんな時間か........歩きながら話そう」

 

 そう言いながら佐山は釣り道具を片付ける。片付けた後、バックを持って移動する。横と後ろにSPが付く。

 

「政府内部に不穏な動きがあるのも事実だが、そろそろ今まで目を逸らしてきたことに手をつけた方がいい」

 

「目を逸らしてきた?」

 

「あぁ。転移に巻き込まれた他国の領土だよ」

 

 白井はハッとする。一応国として支援はしていたが、転移から5年経ったにも関わらず、閣議でも話題に出ることはなかった。

 

「少し怠けてたな? 一応北方四島にいるロシア軍はこの国にいる外国軍としては三番目の勢力だぞ? まぁ転移初期から発令されている監視警報は継続されているみたいだけどな」

 

「すまん。存在自体を忘れていた」

 

「まぁ仕方ない。目立った動きをしていないからな」

 

「そういえば、なぜそんなに詳しい?」

 

 佐山は白井の目を見る。純粋な興味から聞いている目だった。

 

「ロシアの馴染みだ。ここ最近は会っていないが、昔はよく会ってた。そしてそいつからの情報だが、どうやら日本帰属への住民投票が行われるらしい」

 

「何? 聞いたことないぞ?」

 

 『そりゃあそうだ』と佐山が言う。

 

「州政府が独自にやろうとしていることだ」

 

「独自で、か.......」

 

「領有権を捨てたのに、その領土が自分から日本へ帰ってこようとしてくるんだ。皮肉でもなんでもない」

 

 我々が知っている領土問題としては、『尖閣諸島』『竹島』『北方領土』の主に三つである。そのどれもが日本の安全保障、そして資源の観点から見ると重要領土であった。しかし日本は尖閣諸島の日中共同開発の話が持ち上がると、竹島と北方領土の領有権を捨てたのだった。たしかに国益は損じた。だが、元北方領土住民の大半は超高齢化し、その子息も既に高齢化していて、仮に北方領土が日本に返還されたとしても、『誰が住む?』という話であった。資源もほとんどロシアに取り尽くされた上に、漁業権も、その漁師が日本では不足している。つまり日本の労働人口という問題であった。

 そして『竹島』に関しては完全に捨てた。周辺に海底鉱場があるわけでもなかった。

 西暦2030年代の日本は少子高齢化に伴う、領土整理を完了していた。使えるところは使い、将来、赤字になる領土は全て捨てる(無人化)という方針であった。

 尚、例外の例として奥尻島を挙げる。

 住民の高齢化に伴い、住民を本土へ疎開、当時ロシアとの緊張が高まっていたことから陸自の地対艦ミサイル連隊、そして空自の分遣隊が派遣された。ロシアとの緊張が低くなった後も、日本は奥尻島の要塞化を進めた。それが今の奥尻基地である。

 

 2人はやがて車へ到着する。

 

「すまん、待たせた」

 

 佐山が運転手に言った。

 —滅相もありません。

 と返された。

 

「お前も乗るか?」

 

「SPは?」

 

 佐山が白井の後ろに視線を送ったので彼も後ろを見る。

 

「覆面か........」

 

「そういうこと、じゃあ行くか」

 

 車は佐山と白井を乗せた動き出す。後ろからSPが乗る覆面が付いてくる。

 

「グラ・バルカス帝国、下手したら原子爆弾を保有している疑いがある国家」

 

「そのグラ・バルカス帝国だが、日本から約2万km以上離れた海域で戦闘が行われていた」

 

 そう言いながら彼はホログラムを投影する。

 

「外務省を通じてムーに確認したが、どうやらレイフォル王国沖らしい」

 

 場所の前置きをして白井は端末を操作し、映像を流す。

 

「これは.........大和か?」

 

「そうだ。何故かは知らないが旧日本軍が保有していた兵器と意匠が瓜二つ」

 

 佐山は黙って映像を見る。超弩級戦艦と戦列艦が戦闘を行なった場合、結果は目に見えていた。

 だが、彼にはそれよりも気になることがあった。

 

「近接信管か?」

 

「御名答、以前から近接信管を実用化している可能性は指摘されていたが、これでほぼ確実になった。グラ・バルカス帝国のレベルは、大日本帝国以上の、アメリカ軍並みに電子技術を持ち—そしてこれだ」

 

 白井は端末を操作し、画像を切り替える。グラ・バルカス帝国の艦船保有量の予測数値であった。

 

「参ったな。アメリカ軍を部分的に凌駕しているじゃないか........」

 

 戦闘艦だけの数値だけで言えば、300隻近くの艦船を保有していた。

 

「—正直言って、今の日本とグラ・バルカス帝国が戦争になったところで、相手にはならない。だが、これは.......」

 

 今の国防宇宙海軍の艦船保有量は、戦闘艦だけで言えば、約135隻と、西暦2030年代のアメリカ軍の主要戦闘艦の約三分の一となっている。補助艦も含めれば、約200隻に迫る。その内、約8割が艦娘運用艦となっている。艦娘は日本国国防海軍の基幹を担っている存在であった。

 

「.......おまけに現在も空母と駆逐艦が量産されつつある」

 

「戦艦は?」

 

 佐山の懸念はそこにあった。一応日本国の護衛艦(駆逐艦)でも戦艦の撃沈は可能だが、それでも大和型が量産されているとなると、護衛艦単艦では対抗できなくなる。

 

「情報庁と統合幕僚監部の分析だと、大和型を建造できるドックは、最低2つある。そのうち、一ヶ所にある船体は、ほぼ完成間近といった感じだ」

 

 白井は画像を切り替える。

 

「........大和型擬きの確認されている数は、就役している数で言うと、2隻。そして建造中の2隻の合計4隻だ」

 

 純粋な火力なら、おそらく新世界一位であろうレベルに佐山は頭を抱える。

 

「負けることはないが、面倒くさい相手だな」

 

「あぁ。しかも、グラ・バルカス帝国と戦争するのは日本だけではなく、ムー、そして新世界最強の神聖ミシリアル帝国も参戦する可能性も高い。日本だけの問題ではない」

 

 世界を巻き込む戦争、世界大戦に発展する可能性は、知識がある人があるならば誰でも予想できる範疇であった。

 車は市街地を抜けて住宅街に入る。

 

「国防軍はパーパルディア皇国をどう思う?」

 

 佐山は窓の外を見ながら白井に問う。

 

「........前世界の常識で接すると、間違いなく痛い目にあう、と考えている」

 

「—前途多難な道を歩まなければならないし、当たり前だが、旧世界の気持ちで接する訳にもいかんな.......」

 

 これから待ち受けるであろう大きな壁に、佐山は物鬱げにため息をついた。

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 数日後 日本国 国防省 大会議室

 

 

 

 ここ、日本国国防省海軍運用部会議室にて会議が行われていた。

 

「国連軍の艦船老朽化は深刻化しつつあります」

 

 そう言ったのは、国連軍アジア方面軍司令部付きの参謀だ。新世界に来てからは国防軍に出向している。

 

「深刻なのが、ブルーリッジ、タイコンデロガ級、アーレイバーク級です」

 

 タイコンデロガ級、アーレイバーク級はいずれも船体寿命延長改修、イージスシステムなどのソフトウェア改修を転移直前に済ませているが、ガタが来つつあるのは否めない。そして『ブルーリッジ』はその中でも深刻だった。就役から約80年が経過しているのだ。もはや米軍の中でも最古参となりつつある。

 

「新たな空母建造で判断が難しいことは存じています。ですがこのままだと、艦の信頼性が下がり、事故が起こってしまうかもしれません」

 

 参謀の言に国防軍関係者は一同気難しい顔になる。

 国防軍の新型艦更新により、各造船所のリソースが喰われていた。その中には国連軍装備品委託会社であるBW社も混じっていた。

 だが、相手が相手なだけ(元在日米軍 現国連軍)に国防軍も無下にできない。

 しかし現在、国防軍が行なっている艦船更新は、旧海上自衛隊から運用されている訓練支援艦、FFM、潜水艦、補給艦など多岐に渡っていた。

 よって、国防宇宙海軍参謀が提言する。

 

「艦船更新の順位付けを行った場合、優先度が低いのは海自の時の艦艇ですよね? 一応運用は可能ですし、特にひびき型などはこの世界に潜水艦—一応いますが、WW2の伊号のレベルなら問題ないでしょう。それに“てんりゅう”さんには悪いですけど、艦はできるだけ使い潰し—」

 

 ダンッ!!! 

 

 参謀の三つ隣に座っていた女性が机を叩いた。

 

「艦娘を兵器扱いしないでいただけないでしょうか」

 

 そう言ったのは国防省艦娘運用課課長のこんごう(イージス艦)であった。

 

「うっ、すいません。失言でした」

 

 艦娘は人であると政府見解が出されている。実際、艦娘を兵器として見ている人物は少なかった。だが、それでも彼女達を兵器として見ている者もいた。

 

「参謀、今の発言は聞き逃せないな」

 

 運用部長が参謀に釘を刺す。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 こんごうと部長に礼をする参謀。部長は咳払いをし、会議を再開する。

 

「んん、失礼した。確かに参謀の言う通り、我々が保有している海自の艦艇の更新優先度は低い。だが、ただでさえ艦船が不足しているというのに、リソースを回すわけには—」

 

 すると、会議室の扉が開かれる。一同扉の方を向くと、そこには白井防衛総隊司令がいた。

 

「起立! 気をつけ! 敬礼!」

 

 会議室にいた全員が敬礼をする。国連軍参謀も例外ではなかった。白井は答礼を終えると『座ってよろしい』と言った。

 

「着席!」

 

「会議中にすまん。だが、話が平行線を辿っていきそうだったので介入させてもらった」

 

 白井が一歩下がると、紺色のブレザーを着た女性が前に出る。

 

「BW?」

 

 部長が胸に付けていたロゴを見てそう言った。

 

「はい、私は国連軍装備品委託会社であるブラックウォッチ社の東郷(とうごう)です」

 

「司令、どうしてBW社の人間が?」

 

「あぁ、それは艦船に関する話があったので来てもらった。どうぞ」

 

 東郷はホログラム投影装置を起動させると、映像を映す。

 

「これは.......ナノマテリアル?」

 

 ナノマテリアル

 通称 『記憶金属』

 この新素材を使うことにより、今までブロック工法で建造していた艦船が、船体一体型建造法と呼ばれる新たな建造方法が確立された。旧海上自衛隊のあきづき型護衛艦レベルなら、最短で2週間で建造できる。

 だが—

 

「ナノマテリアルの使用は禁止されている筈では?」

 

 別に有害成分があるわけではない。ただ、日本にナノマテリアルの鉱床がないだけなのだ。

 

「えぇ、ですが我々の不断の努力により、人工ナノマテリアルの開発に成功しました」

 

 会議室にどよめきが広がる。

 

「人工ですか........DSSでさえ出来なかった事業をよくできましたね」

 

 DSS— Deep Sea Ship—深海棲艦を英語に直訳した単語の頭文字から取られた名前だ。

 ナノマテリアル技術は全てが深海棲艦が保有していた技術だ。それを第二次世界大戦後、米軍が深海棲艦の各地方群を吸収、それに伴い技術も吸収された。

 

「本当に辛い作業でした。ですが、これにより問題が解決すると思います」

 

 東郷が説明を終えて一歩下がる。

 

「ということだ。人工ナノマテリアルの認可が降りれば問題は解決するはずだ」

 

「では.......」

 

 国連軍参謀がパッと明るい顔になる。

 

「数年以内に問題は解決するよ」

 

「あ、ありがとうございます.......!」

 

 参謀は涙を流す。日本にいる国連軍の装備品の問題は常に先送りにされていた。だが、仕方ないことだった。転移という天災が起こり、国家存亡の危機に瀕しているというのに、国連軍にリソースを回す余裕などなかったのだ。

 会議は終了した。白井はエレベーターにて東郷と別れると、エレベーター前に置かれたベンチに座る。

 

「お疲れ様です」

 

 そう言いながら白井の横に座るこんごう。

 

「あぁ、お疲れ。ずっと何か言いたそうだったが、どうした?」

 

 白井は先程の会議にてこんごうがチラチラと視線を送ってくるのがずっと気になっていたのだ。

 

「ここ最近、私たち艦娘のことを兵器として見ている人が増えているの」

 

 こんごうはそう言いながら手を握りしめる。

 

「仕方ないことだとは分かっているのよ。ただ.......ただ、私たちも元は人だったということを理解されていないんじゃないかなって........」

 

「.......第一世代艦娘が神の遣いと崇められていたことは知っているな?」

 

 静かに頷くこんごう。

 

「戦後、艦娘達は苦難な道を歩いた」

 

 具体的には、艦体は戦勝国に賠償艦として引き渡され、その艦霊を宿した艦娘までも賠償艦の一部として引き渡すべきだという意見もあった。だが、米海軍のとある方と、親日勢力、旧日本海軍の阻止運動によってそれは免れた。

 

「君達は第三世代に分類されている。そしてお前らの子供が第四世代として分けられている」

「国民が君達のことを兵器として見るのは仕方ない。だが、国防軍の意識改革はなんとかしなければいけないな......」

 

「ん」

 

 白井がこんごうの頭にポンと手を乗せる。

 

「だが君達は人だ。それは紛れもない事実だからな」

 

 そう言うと、エレベーターに乗り下に降りていった。

 

「はぁ。道のりは長そうね」

 

 こんごうは灯りを灯し続けるLEDライトを見つめた。

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 パーパルディア皇国 第三外務局

 

 

 

 第三外務局局長のカイオスは多忙に包まれていた。

 

「あぁくそ! 暗部の連中め!」

 

 愚痴を吐きながらも仕事に勤めるカイオス。

 

「皇帝陛下の耳と目されることだけはあるか....」

 

 カイオスは各局から押し付けられた雑務の処理を続ける。こうなった理由は数週間前まで遡る必要がある。

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 中央暦1639年 6月 

 

 

 

 場所は先程と同じ第三外務局局長室。

 

「なんだ貴様は」

 

 カイオスが局長室に入ると口元をローブで包まれた性別不明—ただし声で女性と分かった—の人物がカイオスに背を向けて立っていた。

 

「お久しぶりですね、カイオス局長」

 

 透き通った声がカイオスに向けられる。

 

「日本大使との会談がどうでしたか?」

 

「なぜ今更?」

 

 カイオスが日本大使と密談を交わしたのは今からおよそ半月前だ。暗部なら既に情報を掴んでいるだろうと当たりを付けていたカイオスは今更感が拭えなかった。

 

「いえ、これは私個人が情報を収集したのですが、日本大使と何を話したのか気になりましてね........」

 

 どうやら本当に何を話していたかは知らないらしい。

 

「は〜........ルディアス陛下に伝えないでおいてくれたことには感謝する。で、何を話せばいい?」

 

「そのままです。日本大使と何を話したのですか?」

 

 カイオスは話すことを選ぶために日本大使との会話を頭に思い浮かべていた。

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 数週間前 カイオス私邸

 

 

 

 海に面したカイオスの屋敷の書斎に日本外交官の杉崎と由真崎がカイオスの案内で書斎に入る。

 

「すまない。散らかっているが勘弁してくれ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 杉崎はそう言いつつカイオスの書斎を見渡す。古めかしい本が取り揃えられていた。

 

「.........」

 

「ささ、座ってくれ」

 

 カイオスに従い、椅子に座る2人。

 

「カイオス殿、我々をあなたの私邸に案内した理由はなんでしょうか?」

 

「........部下はあんな状態だが、私は貴国の真の姿の一部を知っている」

 

 杉崎と由真崎の目の色が変わったのを確認すると、カイオスは続ける。

 

「貴国を一言で表すならば、『ムーをも超える超科学文明国家』と私は考えている」

 

「.........あなたは我が国のことを少しは調べたようですね。いいでしょう、あなたには我が国の本当の姿をお見せしましょう」

 

 杉崎がそう言うと、由真崎が鞄からタブレットと棒のようなものを取り出す。

 

「それは.......?」

 

「まぁ、見た方が早いです」

 

 由真崎は杉崎とカイオスとのやりとりを横目に作業を続ける。

 

「プレの用意ってしてあったか?」

 

「情報庁が作ったやつです、外務省ではありません—終わりました。では、我が国の映像を見てもらいます」

 

 棒から光が漏れ始めると、空中に映像が投影される。

 

「こ、これは.......」

 

 その光の壁に手を翳すが、すり抜けてしまう。

 

 映像の最初は日本の簡単な紹介から始まった。

 その流れる映像にカイオスは驚愕する。下手したら—いや、これは神聖ミリシアル帝国を超えているのではないかと。

 全ての映像を見終えたカイオスは額に汗を滲ませていた。

 

(これは..........予想外としか言いようがない)

 

「如何でしたか?」

 

 杉崎の問いに、カイオスは時間を少し開けて答える。

 

「戯言だと切り捨てたいが、“ある筋からの物”を見る限り、本当だと信じるしかない」

 

 由真崎はカイオスが言った『ある筋からの物』を聞き逃さなかった。

 

「ある筋からの物?」

 

(やはり反応してくれたか.......)

 

「私は第三外務局局長の職をこなす傍ら、貿易商もしている。そのおかげで各国の商人との関係もあるからな」

 

「なるほど。我が国のなんらかの物品や本を取り寄せて、知ったと.......」

 

「そうだ」

 

 由真崎が記録が終了したことを合図すると、杉崎は頷き返す。

 

「カイオス殿、あなたの話はよく分かりました。帰国したら上に上げておきます」

 

 杉崎がそう言うと2人が立ち上がる。

 

「ま、待ってくれ。貴国の政治的事情は詳わしくないが、このままだと我が国と貴国は衝突してしまう!」

 

 カイオスは杉崎の袖口を掴む。

 

「皇国はこのままいくとフェン王国に武力侵攻を命じる—いや、既に命じているが、皇国軍の準備が整い次第、すぐに侵攻するだろう」

 

 カイオスの爆弾発言に2人は驚愕する。政府内部でパーパルディア皇国がフェン王国に侵攻する可能性は前々から指摘されていたが、外務局の局長が直接言ったのだ。事実としての言葉の重みが違う。

 

「なるほど.......カイオス殿は我々に一体何を求めるのですか?」

 

「私は—私は貴国との独自のチャンネル設置を望む」

 

 杉崎と由真崎は自分の耳を一瞬疑った。だが、その疑念もカイオスの次の言葉でかき消される。

 

「できれば魔信を—と言いたいが、信用できないのであれば、貴国の無線を屋敷に設置してもらって構わない」

 

 『これは国家の分岐点だ』と杉崎は思った。1人の判断(カイオス)が国家の運命を左右することになる。その重圧にどうしてこの男が耐えられるのだろうか、と由真崎は思った。

 

「.........わかりました。その話は本日中に上に上げておきます」

 

「! 本当に、本当にありがとう」

 

 カイオスは杉崎の手を握る。

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「—なるほど。まさかそこまで正直に話してくれるとは思いませんでしたが......」

 

 暗部はカイオスがここまで話してくれるとは思わず、軽く面食らう。

 

「隠しても無駄だ。日本大使と個人的に接触した事実は隠しようがないからな」

 

「聡明で何よりです。しかし、一歩間違えれば反逆罪とも取られかねない行動ですが?」

 

 カイオスはそこで暗部の瞳をじっと見る。

 

(何を考えているんだ、この女は........)

 

 感情の鷹揚が分からない。唯一反応したのは、カイオスが正直に日本大使との会話を話した時に見せた反応くらいだ。

 

「日本大使と会ったという事実だけでも、ルディアス陛下にご報告できると思うが、なぜしない?」

 

「........私が個人的に気になって調べているだけです。組織は関わってはいません」

 

「その微妙な間が気になるが、聞かなかったことにしよう」

 

 もはや別の組織が動いていると直感したカイオス。これ以上の詮索は危険であると判断した。

 

「感謝します。お話をお聞かせいただいてありがとございます」

 

 そう言うとそそくさと局長室から出ていく。暗部の女が出ていったのを確認すると、カイオスは椅子にドカっと座り込む。

 

「暗部が関わっていないとなると.........やはり軍か?」

 

 と言ったものの、『それはないか』と自分自身で否定する。

 

「やはり個人で動いているのか........?」

 

 色々な可能性を考えるも、様々な可能性が浮上してきて詮索をやめたカイオス。

 

「は〜。フェン王国侵攻は止められそうにないな—だができることはしよう」

 

 カイオスは椅子から立ち上がり、行動を開始する。

 皇国の明日のために。

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 日本国 首相官邸 総理執務室

 

 

 

 総理執務室にて総理レクが行われていた。

 

「—で、防衛力整備が必要な訳か.......」

 

「はい、国防軍の戦力比に対しての展開規模が釣り合っていません。深刻なのが国防海軍です。老朽艦の更新もそうですが、シーレーン防衛のために護衛船団を組まざるを得ない状況にあります」

 

 別に海賊問題や攻撃的な国家が—潜水艦で攻撃してくる輩がいたが、数年前から鳴りを潜めていた—いる訳ではない。ただ、生物による民間船の被害が相次いでいたのだ。新世界の巨大生物は比較的温厚で、中には人間と会話が可能なものさえいた。だがそうではない、知能が低い生物による民間船攻撃が相次いだ。無論軍艦も例外ではなかった。国防宇宙海軍護衛艦『たかなみ』が攻撃を受けたこともあった。

 海運連盟と政府は新しい航路を策定したものの、いつどこから新しい生物が襲ってくるかは不明のまま護衛船団を組まざるを得なかった。

 

「機動艦隊に関しては現状で問題はありません。ですが護衛艦の不足がこれから明確に出てくると思われます」

 

 空母に関しては、あかぎ型航宙母艦4隻、いずも型護衛航宙母艦3隻の計7隻のローケーションが組まれているため問題ない。そこに、うんりゅう型ヘリコプター空母4隻が加わり、計11隻と、数だけで言えばアメリカの空母保有数に匹敵する。《ref》国連軍へ出向しているロナルド・レーガンのようにニミッツ級の内、2隻が国連軍の所属となっている。ニミッツ級の後継艦のジェラルド・R・フォード級4隻が就航したことにより、転移直前で計14隻の原子力航空母艦を保有していた《/ref 》

 護衛艦の不足というのは、前世界では必要十分数に達していたが、新世界ではその海洋面積の増大、そして間違いなく訪れるであろう戦乱に対応するために必要な船の数が足りないという意味だ。

 

「戦乱の想定というが世界大戦のようなことがこの世界で起きるのか?」

 

 上野の甘い考えに、広瀬はため息を吐きそうになるが、グッと堪える。

 

「間違いなく起きると想定しています」

 

 国防省が予想している大戦構図は、グラ・バルカス帝国VS世界か、日本VSグラ・バルカス帝国VS世界、科学文明VS魔法文明という三つであった。

 

「少なくとも、列強序列第二位であるムー共和国との友誼がありますので、三つ巴戦争という可能性は低いでしょう」

 

 国防軍幕僚監部が付け加える。

 

「この世界大戦を回避する方法は?」

 

 上野が広瀬に問う。

 聞かれた彼は、幕僚監部の結論を口にする。

 

「ほぼ不可能、と、我々は結論付けました」

 

「ほぼ? 回避できる可能性が僅かにあるということか.......」

 

「といっても、まだ向こうの国(グラ・バルカス帝国)の情報が不足しています。分かっていることといえば、第二次世界大戦レベルの、日本的な技術思想を持ち、電子技術に関しては米軍並みのレベルを擁する覇権国家であるということだけです」

 

 『やっかいなこった』と、外務省関係者の声が聞こえてきた。

 

「そして我々が今目を向ける先はパーパルディア皇国です。彼らはいつフェン王国に侵攻してもおかしくない状況です」

 

「外務省、パーパルディア皇国との交渉の状況は?」

 

 宇治和に上野が語気を強めて聞いた。宇治和が背後に控えていた秘書官からメモを受け取る。

 

「え〜。先ほど、現地に派遣している外交官から報告がありましたが、難航している模様です—え?」

 

 言い終わった後、追加のメモを受け取り、それを見た宇治和が驚きの声を上げる。

 

「追加の報告をします。パーパルディア皇国の第三外務局局長自ら、我が国に対し、個人的な外交窓口、通信機の設置を要請してきました」

 

「本当か? あの国の事情を詳しく知っている訳ではないが、相当なことじゃないか?」

 

 事務次官級の者たちがざわつく。

 

「総理、これはチャンスです。パーパルディア皇国との外交局の長との独自チャンネルを持てるのです!」

 

 宇治和が言った。

 

「分かっている。だが、どうやる? 外交官が無線機の仕様を詳しく知っている訳ではあるまい」

 

 上野はそう言いながら広瀬に視線を送る。広瀬は背後に控えていた国防軍運用官を見る。

 

「現行法の解釈では国防軍の特殊部隊による設置は可能です。ただ、後々のことを考えると、ここは情報庁の力をお借りした方がよろしいかと」

 

 部屋にいる全員の視線が荒米に注がれる。

 

「分かりましたよ、特殊作戦執行部を動かします」

 

 一部の官僚がざわつく。荒米が言った特殊作戦執行部とは、情報庁長官直轄の非正規作戦部隊である。

 

「今までに非正規作戦を実行した経験はありませんが、まぁその手に於いて圧倒的な実力を持つ方々から訓練を受けていますので......」

 

「圧倒的な実力?」

 

 宇治和が問う。

 

「CIAと、米情報軍です」

 

 在日米軍が丸ごと国連軍となった今でも、アメリカの影響力は日本に及んでいた。その最たる例が、CIAアジア行動部と米情報軍であった。

 情報軍を一言で表すと『暗殺専門部隊』である。

 

「CIAは兎も角、情報軍が協力してくれたのか?」

 

「えぇ、転移前の話ですけどね。経験は少ないですが、今回の任務に最適でしょう」

 

「分かった。すぐに動いてくれ」

 

「はい」

 

 日本は特殊作戦執行部による作戦を許可した。

———————————————————————————————————

 数日後 パーパルディア皇国沖

 

 

 

 パーパルディア皇国沖合の海に漆黒の鯨、潜水艦がいた。

 

『予定ポイント到達、パーパルディア皇国です』

 

 国防宇宙海軍の第三潜水隊群第六潜水隊の伊号-400であった。

 

「了解よ。パーパルディア皇国の接続水域です」

 

 艦長の400が発令所からの連絡を後方にいた黒ずくめの服に、バックを背負った5人に言った。

 

「了解です」

 

 特殊作戦執行部第三課隊長『近藤(こんどう) (いさむ)』が返事をする。

 

『ソナーに反応ありません、海岸の様子は不明ですが行けます』

 

「了解。周囲は安全です、どうかお気を付けて」

 

 近藤が頷くと5人は特殊潜航艇に乗り込んでいく。

 

「海岸まで30km、およそ50分は掛かります」

 

 海軍の特殊潜航艇操縦手妖精が言った。

 

「ならもう少し休めるな」

 

 そう言うと近藤は目を閉じて眠り始めた。

 

「隊長さんはどのくらいの経験があるんで?」

 

 すると、凛とした声の女性が答える。

 

「CIAにて8年です」

 

「CIA? なんでアメリカの情報局に?」

 

「機密です」

 

 短く、そして簡素なやりとりがその一言で強制的に打ち切られる。

 しばらくして予定ポイントに到達したことを操縦手妖精が告げる。

 

「ポイントです」

 

 いつの間にか起きていた近藤を含め、既に全員が装備を整えていた。

 

「水深10m前後です、海岸までは50m」

 

「なら、走っていけば8秒も掛からない」

 

 近藤の冗談に妖精は内心苦笑してしまう。

 

(特殊作戦群と同類か)

 

 隊長はSFP9に弾倉を入れ、スライドを引かずに安全装置を掛けてホルスターに入れる。

 

「海面から3mでホバリング、姿勢安定しています」

 

 隊長が床にある扉を開ける。船内が与圧されているため海水が入ることはない。

 次々と海に飛び込む隊員たち。隊長は最後に『また頼む』と言い、飛び込んで行った。

 

「ご武運を」

 

 扉を閉めながら操縦手妖精は敬礼をした。

 海に飛び込んだ後、数メートル泳げばすぐに足が着いた。隊長はそっと顔を出し、海岸の様子を伺う。

 

(誰もいないか?)

 

 念のためにオルタナを上空8000mを周回飛行している無人偵察機の赤外線カメラにリンクさせる。

 

(いないな)

 

 ハンドシングバルを送り、前進を命じた。

 (おか)に上がり、森へと一気に駆ける。

 

「状況報告」

 

「装備点検異常なし」

 

「了解—さてと、長い長い生活の始まりだ」

 

 隊長はニヤニヤしながら言う。

 彼らに当てられた任務は、無線機設置のほかに高価値目標(HVT)の選定も帯びていた。

 

「野営ですよね?」

 

 そう聞いてきたのは、特殊作戦執行部所属の岡であった。

 

「いざとなったら泥水だって啜るだろう?」

 

「ですよね〜」

 

「しかし、最初は無線機設置だけでしたのに、なんで急に脅威度判定任務も含まれたのですかね?」

 

 同じく、セレブラコリュフが聞く。

 

「さぁな、上は相当焦っているかもしれんな」

 

 事実、焦っていた。ロウリア王国の時と違い、新世界の列強序列第四位との戦争の危機であり、下手したら新世界で厳しい立場に強いられる可能性があったからだ。

 

「我々はただ任務を遂行するだけだ」

 

 近藤がそう言うと行軍準備に入った。

 全員が準備を整えたことを確認した近藤はオルタナで情報共有の操作をする。

 

「各員、作戦発動前のブリーフィングの通りだが、もう一度確認する」

 

 それぞれがオルタナに表示されているデータを見るため、目をぎょろぎょろと動かす。

 

「屋敷まで直線距離で30km、まぁ100km行軍に比べれば遥かに短いな」

 

 地獄の選抜課程を思い出した4人は顔を顰める。

 

ROE(交戦規定)は自衛戦闘以外を禁止している。まぁバレなければいい話だ。何か質問は? ..........ないな。では移動を開始する」

 

 5人は気を引き締めて行軍を開始する。

 それからほぼ半日、彼らはカイオスの屋敷のすぐそばまで来ていた。

 カイオスの屋敷は海に面していて、そして周りある庭や森が綺麗に手入れされているため、建物と自然が綺麗に調和していた。

 

「岡、協力者を探せ」

 

「了解です」

 

 岡はそう言いつつ、バックの中から虫かごを取り出す。

 

「頼むぞ〜」

 

 虫かごの中からハエを取り出す。

 

「そい」

 

 それを離すとコントローラを取り出し、オルタナをリンクさせる。

 

「共有を開始します」

 

 各々が付けているオルタナにハエに取り付けられたナノカメラの映像をリンクさせる。

 

「う〜ん。いませんね〜」

 

「協力者の部屋は何階だった?」

 

 近藤の質問にセレブラコリュフが外交官からの調書のデータを取り出す。

 

「4階の海に面した一番右側の部屋で会談をしたそうです。他にも部屋が多数あるとのこと」

 

「了解」

 

 岡はコントローラーを動かし、ハエを指定の部屋の近くまで飛ばす。

 

「いた、協力者を発見しました」

 

「顔認識を掛けろ」

 

「了解」

 

 近藤からの指示に従い、顔認識を掛ける。

 

 『98.4% 一致』と表示される。

 

「間違いありません。協力者、カイオス氏です」

 

 岡がハエを虫かごに戻しながら近藤に接触の方法を聞く。

 

「見つけはしましたが、どう接触しますか? 表立っては向こうにも迷惑でしょうけど」

 

「ダメ元でやるか」

 

 近藤が唸りながらそう言うと、ポーチから可視化されたレーザーを取り出す。

 

「隊長、それ、バレませんか?」

 

「残念ながらこれ以外に有効的な手段がない」

 

 近藤はそう言いつつ、スイッチを入れ、カイオスがいる部屋に照射する。

 

 

 

「はぁ〜」

 

 カイオスは屋敷の書斎にて大きくため息を吐いた。その理由は—

 

「また徴募しているのか.......」

 

 —皇国軍が兵員増員のために徴募をしているからであった。

 

「これは.......フェン王国侵攻に関する人員増強か......」

 

 パーパルディア皇国軍は、フェン王国侵攻を見据えて人員の増強を図っていた。

 

「戦争、また戦争........」

 

 カイオスは軍の予算概要請求書を見る。

 

「去年の2倍ではないか.......」

 

 年々増加しつつある軍事費にカイオスは将来の予想を巡らせる。

 

(戦費や資源を手に入れるための戦争、そしてそこから更に戦争を呼び起こす。なんとかならんのか?—いいや、なんともならないから今の状況になっているのだろう)

 

 自問自答するカイオス。

 

「んんー。は〜」

 

 大きく伸びをすると、天井に緑色の点を見つける。

 

「ん?」

 

 よく見ると、外から書斎への天井へと伸びている線であった。

 

「なんだ?」

 

 窓の外をそっと見る。どうやら屋敷の外壁沿いの茂みから出ているようだった。

 カイオスが茂みを見た瞬間、点滅し始める。

 

「........日本の工作員か」

 

 カイオスは急いで身支度を整えると、屋敷の外へと向かう。

 正面の門から出てしばらく外壁沿いを歩いていると—

 

「協力者のカイオスさんですね」

 

 カイオスは声が聞こえた方に体を向ける。そこに立っていたのは、ムー人と先日密談した日本人のハーフのような男が立っていた。

 

「そうだが........」

 

「私は無線機設置のために派遣されたものです」

 

「では日本人なのか.......わざわざありがとう。さぁ、こちらへ」

 

 カイオスは正面の門ではなく、裏門へと案内する。

 

「あなた1人で来たのか?」

 

「いえ、ほかに複数。具体的に話すことができませんが........」

 

 カイオスは裏門を解錠する傍ら、その日本人を見る。背中に大きなバッグを背負っており、武装している気配はない。

 ガチャンという音ともに扉が開く。

 

「さ、こちらへ」

 

 カイオスが中に入るよう促すも、その日本人は中に入らず、森のどこか遠くをじっと見ていた。

 

「どうしましたか?」

 

「—いや、なんでもありません」

 

 しばしの沈黙の後に、その日本人は答えた。

 カイオスは日本人を連れて先程までいた書斎へと入る。

 

「ここに?」

 

「いや、少し待ってくれ」

 

 カイオスは本棚へと近づき、一冊を奥へと押し込む。

 ガコン、という何かがハマる音ともに本棚が奥へと開く。

 

「おぉ、隠し扉というやつですか」

 

 岡は子供のような声で静かにさわぐ。

 

「まぁ大したものではない」

 

 隠し扉の先は人1人が通れるか通れないかぐらいの狭い階段であった。10段ぐらい降った後、その部屋に到着する。

 

「ん? この部屋は.........」

 

「私だけが知る部屋だ。正確に言うと、私とこの部屋を一緒に作った一部の者だけだ」

 

「なるほど。無線機設置に最適というわけですか」

 

 岡はそう言いつつ、バックから器材を取り出す。

 

「それが貴国の通信機なのか?」

 

「えぇ、西暦換算で2050年代の技術で作られた無線機です」

 

 工作隊が持ち込んだ無線機は、短波無線—アマチュア無線機であった。本来なら通信衛星を経由した衛星通信が望ましいところではあったが—稼働中の衛星は日本か第三文明圏、ムー共和国のみに展開していた。—現状、通信衛星は急速に高まる需要に伴いパンク状態となっていた。

 

「後はアンテナを設置すればいいのですが........どこか適当な場所はありますか?」

 

「ふーむ.........屋敷に魔導通信機のアンテナがあるのだが、それの横に設置してくれ」

 

「了解です」

 

 岡はカイオスの案内で屋上に上がる。

 

「いい眺めですね」

 

 そう感想を漏らしつつ、展開式のパラボラアンテナを展開し、固定する。

 

「よし。こんなもんすかね」

 

 岡は再び隠し部屋に戻り、本国の外務省に対して無線感度チェックの通信を送る。

 

「こちら00、ラジオチェック、ラジオチェック。本日の東京五輪は快晴なり」

 

 しばらくして明瞭な声が返ってくる。

 

『こちらマザーグース。本日の東京五輪は快晴なれども曇りなり。感度良好。通信、終わり』

 

 しっかりと通じることを確認した岡は、無線の使用方法をカイオスに伝える。

 

「ここのプレストークボタンを、話すときに押してください。そして聞く時はボタンから手を離してください—」

 

 その後の細かい説明を終えて岡はすぐに裏門から屋敷の外へと出る。森の少し奥へと進むと、声が掛かる。

 

「首尾はどうだ?」

 

「問題なく。次はモグラですか?」

 

「あぁ。移動しながら話そう」

 

 2人が茂みをかけ分けながら歩く。

 

「既に人物ファイルは頭に入ってるだろうが、我々はムーの人間を装う」

 

「えぇ、だからこそ俺みたいのが今回の基幹要員なのでしょう?」

 

 岡のフルネームは、(おか) 浩二(こうじ)。生まれも育ちも日本だが、母親はフランスから日本へ帰化し、父親はフランスと日本のハーフのため、その容貌はフランス人と見分けがつかない。

 他の隊員も同じであった。

 

「野営と言いましたが、毎日というわけではありませんよね?」

 

「あぁ、いずれはムー人になりすまし、パーパルディア皇国を色々と探っていく—っ」

 

 近藤が立ち止まり、ホルスターから銃を取り出す。

 岡も静かに銃を取り出す。

 

「..........」

 

 オルタナによる光学補正のおかげで森深くの夜でも昼間のように見える。

 

「岡、屋敷で付けられた気配は?」

 

「薄々と、屋敷に入る前から視線を感じました」

 

 2人は同時に消音器(サプレッサー)をつける。

 

「いませんね........」

 

「魔法とやらで透明化してるかもしれん」

 

 日本国はロデニウス連邦と共同で魔法研究にあたっているが、その際、高位の魔導士は本当に透明化できるらしいと、報告を上げている。

 

「シュガー、応援に来てくれ」

 

 バチ バチ

 

 ジッパーコマンドが返ってくる。

 近藤は前進とシグナルを送る。

 

(まずいな.......協力者との接触を見られた可能性があるな)

 

 内心は焦りつつも、近藤は油断なく周りを見る。

 

『前方40m、折れてる幹の側、何か動いた』

 

 岡が近藤の肩を叩き、そうシグナルを送った。近藤はその場所を注意深く見る。

 

 ジッ

 

 オルタナのモーションセンサーが反応する。人の感覚では絶対に分からないであろう、僅かな動きにもそのセンサーは反応する。

 

(ありがたいな)

 

 文明の利器に感謝しつつ、近藤は慎重に足を進める。

 

(姿が見えない.........いや、影がある)

 

「どうします? 自衛以外の交戦は禁じられているんじゃ.......」

 

「岡、お前はまだ甘いな。自衛以外の戦闘を禁じるとは—任務を遂行するための戦闘は全て許可するという意味だ」

 

 近藤が銃を構えると、その場所の景色が微かに歪む。

 

 パシュッ!!

 

 消音器独特の銃声が辺りに微かに響く。

 

「命中。前進」

 

 幽霊のような陰から微かに血飛沫のようなものが出てくるのを確認し、前進する。

 

(20m離れてるのに、よく当てたな.......)

 

 岡は近藤の射撃センスに驚きつつも、周りの警戒は怠らない。

 やがてその場所に着く。

 

「女?」

 

「綺麗ですね.......」

 

 二次元でしか存在しないような美貌を持つ女が銃創を抑えながら倒れていた。

 近藤が背嚢(はいのう)からモルヒネとガーゼを取り出し、腿に打つ。

 

「あんた、わざわざ俺たちをつけてどうするつもりだった?—」

 

 貫通してたのを確認し、傷口をガーゼで強く抑える。

 近藤は、カイオスと工作員が接触したのを見ただけでも報告することはできるはずなのに、なぜそうしなかったのかと問う。

 

「..........詳細を確認するためだ」

 

「ふ〜ん。なら、生かして帰すわけにはいかないな」

 

 事実上の死刑宣告をするも、女は一切動じない。

 

「潔くやってくれ。敵に囚われた以上、もうできることはない」

 

「ふん。逃げようと思わないのか?」

 

「逃げても無駄だ。身なりと、小型魔導銃を持っているということはムーの人間なのだろう?」

 

(ムーの人間と勘違いしているのか、好都合だ)

 

「あいにくどこの国の所属かは言えない」

 

「なるほど。日本人か」

 

「っ!」

 

 近藤は微かに動じてしまう。

 

「分かりやすい反応だな。素人臭いぞ?」

 

 無論素人ではない。近藤はCIAにて実地研修を積んでいるし、表沙汰にはできない任務にも従事している。

 

「尚更帰せなくなったな」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 岡が静止するも、それを振り切り、女の額に銃口を突きつける。

 

「あばよ」

 

 トリガーを引く。

 ガチッ

 だが、銃弾は発射されなかった。

 

「は〜。ツケは高くつくかもしれんがな—」

 

 近藤は徐に錠剤のようなものを取り出す。

 

「飲め」

 

 女は素直に飲む。

 一方、岡は全く状況が読めていなかった。

 

「隊長?」

 

「お前は自由だ。だが、俺たちを監視しているように、お前もこれから監視される」

 

 そう言うと、女を立ち上がらさせ、突き放す。

 

「隊長、よかったのですか?」

 

「さぁ? さっきも言った通り、このツケは高くつくかもしれん」

 

 行くぞ、と言い、2人はその場から離れる。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 一方、女は森の中を走っていた。

 

「くそ。やらかしたな」

 

 走りながら悪態を吐く。女はしばらく走り続けると、木にもたれかかる。

 

「はぁ、弾丸が貫通したはずなのに痛くない.......」

 

 ある種の麻薬、モルヒネはその効果をしっかりと発揮していた。

 

「陛下になんと申し上げれば........」

 

 憂鬱げに言う。

 気怠くなってきた体に鞭を打ち、女は歩き続ける。

———————————————————————————————————

 中央暦1639年 5月12日 日本国 国防省 

 

 

 

 既に日は沈んでいるが、街を灯す明かりが夜を明るく照らす。

 夜を明るく照らす街、東京都心のほぼ中心、市ヶ谷の国防省の大臣執務室に広瀬国防相がいた。

 

「は〜」

 

 その部屋の主、広瀬は大きく息を吐く。

 

「丼勘定ですが、来年度の概算請求となります」

 

 財務省から国防省に一時的に出向している財務官が広瀬がため息を吐く原因となるものを出す。

 

「概算だけで去年の1.6倍か........」

 

 机に額を擦り付ける広瀬。

 

「陸の人員拡大もそうですが、特に顕著なのは海軍です」

 

 財務官が端末を取り出し、予算増額の推移を表したグラフを表示させる。

 

「これでも削ったほうなんだよな?」

 

 ——当たり前です。 と答える財務官。

 

「削らなかったら2倍は超えるかもしれませんよ」

 

 ゴン、ゴンと額を机にぶつける。

 

「どうしてこうなった........」

 

「国防軍の役割が増大しているのですから仕方ありません」

 

「現場に頑張ってもらうしかないか.......」

 

 そうですね、と財務官が相槌を打ったところでドアがノックされる。

 

「失礼します」

 

 扉が開く。中に入ってきたのは事務次官であった。

 

「何かあった?」

 

「外務省と情報庁からの連絡が自分のもとに来たので報告を。内容は、『作戦成功』です」

 

 それを聞いた広瀬は背もたれに力なく寄りかかる。

 

「これで一歩前進だな」

 

「はい」

 

 頷く事務次官。

 

 確実な一歩だ、と広瀬は日章旗を見ながら言うのだった。

——————————————————————————————————— 中央暦1639年 7月12日

 

 

 

        パーパルディア皇国 パラディス城

 

 

「陛下。フェン王国侵攻の準備、整いましてございます」

 

 皇国軍最高司令官のアルデがルディアスにそう報告した。

 

「分かった」

 

 ルディアスが玉座から立ち上がる。

 

「余はここにフェン王国に対する宣戦布告を宣言する!」

 

「「「皇帝陛下万歳! パーパルディア皇国万歳!!」」」

 

 王の間にいる全員が万歳をする。

 

 アルデはフェン王国侵攻部隊に対し、作戦開始を下命。数百隻の艦隊と揚陸艦が港から出撃した。




魔王編を投稿する予定でしたが、未だに未完成なので作成が完了次第、投稿とさせていただきます。大変申し訳ありません。

パラレルワールドその2 フェン王国に関する分岐点


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