異世界に、日本国現る    作:護衛艦 ゆきかぜ

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これが戦争—-1

 パーパルディア皇国軍の動きは国防軍の偵察衛星によってすぐに把握された。

           国防省 大会議室 

「パーパルディア皇国艦隊の進路を予測した結果、フェン王国へ向かっているものと思われます」

「官邸に第一報は?」

「既に送信済みです」

「前回の轍は踏まなくて済みましたが、問題は我々は何もできないということです」

 フェン王国とは国交があるものの、安全保障条約といった軍事支援に関係する条約は一切締結されていない。それに大東洋条約機構に未加盟、おまけにパーパルディア皇国とは正式な国交がない、八方塞がりの状態であった。

 

 そして第一報を受信した官邸では緊急国家安全保障会議が開かれていた。

「フェン王国に滞在している邦人は約2038人、政府関係者も含めると、その数は2200人に昇ります」

 広瀬が報告する。

「約2000人の邦人を迅速に退避させるのは不可能です。おまけに現地でパーパルディア皇国との武力衝突も懸念しなければなりません」

 邦人保護出動の可能性を示唆されたことに上野は難色を示す。

「ただでさえ前回の護衛艦砲撃で野党から叩かれたんだ。なんとか穏便に—-」

「—-御言葉ですが」

 上野の言を遮り、白井総隊司令が言う。

「事態は穏便という領域を超えています。フェン王国に大規模な艦隊が向かっている、邦人が危険に晒されている、戦争状態の国家に邦人が滞在している、それだけでも邦人救出の名目は立ちます」

 —-あんたが経済界に配慮しすぎなければこうならなかったんだ。

 白井は誰にも聞こえないように罵る。

  今回のパーパルディア皇国の軍事行動に移る前、国防軍と情報庁はその動向からフェン王国に刃を向けていることは把握していた。そしてそれを報告し、フェン王国に滞在している邦人をすぐにでも国外へ脱出させるべきと提言していたものの—-

 『フェン王国への渡航制限は認められない』という総理の鶴の一声で全てはご破産となった。

 そのことに野党、そして与党内部からもパッシングを受ける始末となったが、上野は臆することはなかった。

「それにしても総理、どうしてあんな強硬だったのですかね」

 一角に座っている秘書官らがコソコソと話す。

「政務秘書官から聞いた話だが、経済界、特に造船界隈と観光界隈と強固に癒着しているらしい」

 その一言で察する。

「癒着ならともかく、そこまで()()するのか」

「あぁ、誰かがキレてもおかしくない状況だ」

 秘書官は国の心配をしながらもこれからの状況を見極める。

「たしかに名目は立つだろうが、間に合うのかね? 向こうに航空インフラが整っているわけでもあるまい」

「確かに重量級はおろか、小型機が着陸できるだけの滑走路はなく、おまけに2000mを超える平野すらありません」

 国防省の運用官が言った。

「だったらどうするつもりだ?」

 運用官は続ける。

「現在フェン王国沖に第5機動部隊が展開しています。麾下の艦に搭載されている回転翼機、VTOL機を使い、邦人を艦へピストン輸送します。しかしこれでは間に合わない上に一度に輸送できる人数も限られてしまいます」

 ——下手したらベトナム戦争の時の米軍になるかもしれません。 運用官はそう付け加える。

「よって第一護衛艦隊に『うんりゅう』を付けた増強第一護衛艦隊を現地へ急派させます」

「平時体制の状況で派遣できる護衛艦はこれが限界です。これ以上の派遣を望むのだったら最低でも邦人保護出動を掛ける必要があります」

「邦人保護出動の発令は無理だ。現況でなんとかできんのか?」

 —-ギリッ

 誰かが拳を握りしめる音が聞こえてくる。

(ここにきて保身に走るのか?)

 一部を除いた全ての閣僚が呆れて何も物を言えなかった。

「総理。今ここで邦人救出を命じてできるだけ助けたと世間に言うか、それとも戦闘の可能性を可能な限り避けた上で救出した結果、ほとんど救出できなかった—-どちらを選びたいですか?」

 白井が語気を強めて言う。

 世間から前回の比にならないパッシングを浴びることを容易に想像できた上野は頭を抱える。

 (首相にとってはフェン王国の渡航制限を掛けなかったツケを払わされているな)

「.........直ちに全閣僚を呼び出してください。邦人保護出動を発令します」

 ついに上野が重い腰をあげたのだ。

「分かりました」

 関係者が慌ただしく動き回る。

「司令」

 白井の後ろに控えていた運用官が耳打ちをする、

「部隊行動基準で武器仕様の制限が懸けられる可能性がありますが、如何します?」

「まぁ甘んじるしかない、よくて護衛艦の主砲まで、悪くて隊員の小火器類の許可だろうな」

 自衛のみの武器仕様許可の可能性を示唆する白井。関係部隊に指示を出すため口を開こうとした時—-

 「失礼します。司令」

 —-国防軍統合幕僚監部の連絡部付の隊員が耳打ちをしてくる。

「福生の在日米軍司令部から連絡が来ました。日本政府に対して邦人救出のための部隊派遣要請を出すそうです」

「米軍が?」

「はい。ついでに国連軍の方にも動きがあるそうです」

「ある程度は動きやすくなったが、本国が消滅している中でよくその決断を出せたもんだ....」

 この時の日本政府関係者は知る由もなかったが、アメリカ合衆国政府が消滅している中でのこの決断は、『食客として不自由なく食わせてもらっているのだからその分の働きを返す』という至極簡単な理由だった。

「米軍の動きは?」

 しばらくして運用官がメモを受け取り、それを読み上げる。

「現状はイージス艦一隻のみのようですが、原隊復帰命令によって遠征打撃軍を米軍に戻すことも検討されているようです」

「イージス艦一隻となると—-」

「—-訓練中だった在日米海軍駆逐艦『ラファエル・ペラルタ』が動いています」

「『チャンセラービルズ』はやられたからな、動かせるのは『ラファエル』だけか」

「はい。遠征打撃軍を動かすとなると時間が掛かりますからね、駆逐艦を一隻出してくれただけでも十分でしょう」

 会話がひと段落した頃、宇治和外務大臣が秘書官からメモを受け取る。

『報告します。先程、駐日米大使から連絡が入りまして我が国に対し、邦人救出のための部隊派遣要請が来ました』

 危機管理センター室の一角がざわざわとなる。

「米国から?」

 上野が思わず聞き返す。

「はい。既に在日米海軍のイージス艦一隻がフェン王国沖に向かっているようです」

「米軍が協力してくれるなら千人力だ」

 その後の閣僚会議にて邦人保護出動が正式に発令されるのだった。

 

 ■ 日日テレビ

 

「おい、聞いたか?」

 政策部局長がベテラン記者に声を掛ける。

「はい?」

「さっき全閣僚が官邸に入っていったらしい」

 ベテランディレクターはすぐに興味を失う。

「そんなのこの世界に来てから日常茶飯事じゃないか」

「まぁ待て」

 局長がディレクターに詰め寄る。

「国防省の伝手からタレコミがあってな。その閣議の内容が邦人保護出動に関連しているらしい」

 寝耳に水であった。そんな話は報道機関に出回っていない。

「ここ最近、国防軍の動きが少しだけ活発化していた原因はそれか....そのタレコミがなかったら恐らく公式発表されるまで気付かなかっただろうな—-それで、どこに対し邦人保護を?」

「フェン王国、と言えば分かるな?」

 局長の一言で全てを察する。

「パ皇ですか。では、いよいよフェン王国に対し宣戦布告を....待て、だとしたらフェン王国にどれだけの日本人が?」

 2人の動きが止まる。

「おい! 全員聞け! 特番の準備をしつつ、フェン王国に滞在している日本人の数、そしてパーパルディア皇国の動向を調べてくれ!」

「え? なんかあったんすか?」

 若手の1人が訳がわからずに聞いてくる。

「決まっているだろう、特ダネであると同時に日本の危機に遭っているかもしれないということだ—-分かったならさっさと動け!!」

 全員が慌ただしく動く。観光庁にフェン王国へ渡航している人数を確認するもの。官邸広報センターに閣僚会議の詳細を問い合わせるもの。それぞれがそれぞれの仕事を全うする。

「しかし局長。パーパルディア皇国の動向に関してはどのように....?」

「そうだな。俺もそれをどうするか考えていたところだ」

 どうするかと悩んでいるとアシスタントディレクターが声を上げる。

「ムー経由で問い合わせるのは如何でしょうか? ムーにはうちの報道局支部が出ていますし、ムーならパーパルディア皇国とも国交がありますから、報道局も進出している可能性もありますし....」

 何より列強序列第二位ですから—-と付け加える。

「.....でかした。すぐにムー経由でパーパルディア皇国の動向を掴め。政府の公式発表を待っているほかの報道局を出し抜けるぞ!」

 2日後、ムーの報道局から日本の報道局に対して連絡が入る。

「局長、時間が掛かりましたがムーからの返信です」

 局長にタブレットを渡す。

「ありがとう」

 内容を一瞥した局長の顔が驚愕に包まれる。

「なっ......大規模な艦隊が揚陸部隊を擁して出撃している!? それも3日前!?」

 だとしたらその艦隊はフェン王国の目と鼻の先にいるだろう。

「滞在している日本人は確か2000人強だったな?」

「はい」

「政府の発表はなし、フェン王国から脱出している形跡もないんだったな?」

「はい、至って普通です」

(まさかこの期に及んで退避勧告すらしていないのか?)

 恐らくそうだろうと自問自答する。

(だとしたら.....政府はこの事実を隠蔽していた?)

 局長が有る事無い事を想像していると—-

「局長!」

 自身を呼ぶ声に現実に引き戻される。

「あ、あぁ。どうした?」

「先程、官邸から報道機関に向けて連絡がありました。20分後に記者会見を行うと」

「定例ではなく緊急か.....だとしたら他局よりもうちらが一歩踏み込んだ質問ができるな...現場へは誰が?」

 

 ■ 官邸 記者会見室

 

 官邸のプレスセンターに集まった報道各局の記者やアナウンサーは一同困惑していた。

「今回の突然の記者会見ですが、何かあったんでしょうか?」

「さぁな、一切の情報がないからなんとも言えん」

(やはり他局には情報が降りてきていないのか....)

 囁き声(ささやきごえ)がプレスセンターに響く。

 すると、官房長官が入室してくる。カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。

「まず今回の記者会見を開いた理由ですが。現在、我が国の邦人が多数滞在しているフェン王国に対し、パーパルディア皇国が宣戦布告したという件です」

 一切知らなかった報道陣が騒めく。

「えー、先程政府は内閣閣僚会議にて自衛隊法第82条第1項*1の邦人保護出動の布告を閣議決定致しました。今日中までに布告を完了し、国防軍に対し直ちに邦人保護のための出動を命じます」

「邦人保護...2041年のモロッコ以来か」

 新聞記事やニュースのテロップは『10年振りとなる邦人保護出動の発令』で埋め尽くされるだろうと報道陣は容易に想像できる。

 原稿を読み終えた官房長官は内閣広報官に合図をする。

「それでは、これから皆様より御質問をいただきます。指名を受けられました方は、お近くのスタンドマイクにお進みいただきまして、社名とお名前を明らかにしていただいた上で、御質問をお願いいたします。まず、幹事社から御質問いただきます。富士テレビの—-さん、どうぞ」

「富士テレビの—-です、今回の邦人保護出動の発令で現地で戦闘になる可能性はありますか?」

「十分にあり得ます。そのための邦人出動です」

「フェン王国に滞在している日本人は約2000人を超えると観光庁が発表していますが、全てを迅速に退避させることは可能でしょうか?」

「可能な限り迅速に退避させます」

(明言を避けたか....)

 他、いくかの質問を終えて席に着く。

「ありがとうございます」

「では、次に日日テレビの—-さん、どうぞ」

「日日テレビの—-です。官房長官にお聞きします—-」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—-邦人保護出動の発令前にパーパルディア皇国から数百隻を超える艦隊がフェン王国に向けて出港しています。現在の位置を推測しますと、既にフェン王国沖に到達していると考えられますが、如何でしょうか?」

 プレスセンターの空気が揺れる。流石の官房長官でも冷や汗を流す。

「長官! 今の対応速度では間に合わないのではないですか!?」

「2021年のアフガンの再現でもするつもりですか!?」

 日日テレビが投下した爆弾の余波は受けて、他の報道社も矢継ぎ早に質問をする。

「静粛に! 静粛に! 質問はそれぞれでお受けしますので、落ち着いてください!!」

 内閣広報官が場をなんとか鎮めるが、官房長官は冷や汗を垂らしていた。

(どこから情報が漏れた!?)

(わかりません!)

 幕の裏で官房長官を見ていた演説官に視線で会話をする。

「えー...」

 動揺を隠せずにしどろもどろになってしまう。そして辛く長い記者会見が終わる。

「日日テレビの方、少しよろしいでしょうか?」

 内閣広報官が日日テレビ関係者を呼び止める。

「はい、なんでしょうか?」

 カメラマンを含め、全員が作業の手を止める。

 内閣広報官は日日テレビの記者1人を裏に連れて行く。

「それで、なんの御用でしょうか?」

「いえ、私ではなくあの人です」

 広報官が指さす先を見ると、

 「ではこれにて」—-と広報官が去るのを見送ってから男が話す。

「国防軍総隊司令の白井です。流石は日日テレビ、政府が具体的な明言を全て避けたのに、敵の侵攻方法—-は容易に想像できるか....艦隊の規模すらほぼ正確に当てましたね」

 記者はため息を吐きながら話す。

「申し訳ありませんけど、情報源についてお話しすることはできません」

「いえいえ、気にならさず。まぁ、ムー共和国はパーパルディア皇国と正式な国交が締結されていますからね。ムーの報道社経由で色々聞きだしたのでしょうけど」

 記者の目の色が変わったのを確認した白井は更に続ける。

「情報源は言わないと言いましたがね、今回の記者会見の前に国防省が意図的にリークさせました」

「.....で?」

「外国に報道支社を出しているのは日日テレビだけです。おまけに日本から直線距離で2万kmも離れているムーに、ね」

「確かに盲点でしたな。それで、本題は?」

「単刀直入に言います。今回のリークはあなた日日テレビ、及び報道機関を試すためのミスリードです」

「“利敵行為”の心配ですか?」

「そうです。今回は先ほども言いました通り、ミスリードです。今後はあのようなリークはないと思ってください」

 『貴重なお時間をありがとうございます』—-白井がそう言うとプレスセンターから出て行く。

「—-さん。なんか言われました?」

「国防軍の現場司令トップが出てきやがった」

「え? 国防軍の総隊司令がですか?」

「あぁ、利敵行為の釘を刺された。おまけに政策部の局長の情報源からのリークはミスリードだったとさ」

 踊らされた、ということですか?—-とカメラマンが問う。

「あぁ。やられたな...」

 最後まで残っていた日日テレビ関係も出ていき、プレスセンターには静寂が残るのだった。

 

 ■ フェン王国沖

 

 総勢数百隻の艦隊とそれに匹敵する規模を誇る揚陸船を擁する艦隊がフェン王国沖にいた。

 この艦隊の旗艦である超フィシャヌス級戦列艦の上部甲板にて、一眼見て艦隊の司令であることが分かる服装をした人物が報告を受けていた。

「司令、飛竜隊は全騎発艦を終え空中待機中。揚陸船も準備が整っています」

「うむ! ご苦労!」

 その報告はフェン王国への侵攻準備完了を知らせるものだった。

「皇帝陛下から直接勲功を賜るとあって兵たちの士気は高いです」

 御前会議終了後、ルディアスからアルデへ直接、『フェン王国は好きにしていい』と言われたのだ。つまり一軍人がその土地、人民をどう扱おうが構わないということである。

「.........」

「閣下、如何なさいましたか?」

「いや、なんでもない。作戦に集中しよう」

 最初は竜母から発進したワイバーンロードによる後方拠点と海岸防衛拠点の破壊が実行される。

 ワイバーンから火球が放たれ、赤い軌跡を残す。

「また来たぞ!!」

「退避! 退避ーーー!!」

 フェン王国軍は上空からの攻撃に成す術なく壊滅する。

「海岸周辺に敵影なしとのこと、揚陸部隊の上陸を開始させます」

「うむ」

 既に制圧された海岸に歩兵部隊が上陸する。

「はぁ、こんな簡単な作戦なんて....拍子抜けだな」

 かなり遠い山の上から赤い煙が上がっている。どうやら狼煙を上げているようだった。海岸の砂を踏みしめながら歩いていると、カキッという金属音のような音が聞こえてきた。

「ん? なんか—-」

 何を踏んだのか確認をしようと足を上げた瞬間、そこで彼は意識を失う。

 ボォォーン!!!

 砂塵を巻き起こしながら爆発が起きる。

「な、なんだ!?」

「敵の攻撃か!?」

 最初の爆発を皮切りに次々と爆発が起こる。

「どこだ....敵はどこにいる!!」

 上空のワイバーンに敵の位置確認の連絡を入れるも、『周囲に敵影なし』と返ってくる。

「ふ、ふざけるな! この爆発が見えんのか!?」

 再度確認を請う(こう)も返ってきた答えは先程と同じであった。

 この爆発の正体、フェン王国軍が敷設した対人地雷であった。

 フェン王国軍はパーパルディア皇国軍の上陸をどう足掻いても防げないと判断し、日本の軍事関連雑誌を片っ端から読み漁り、有効な戦術を見つけようとした。

 その際見つけたのが対人地雷であった。

 フェン王国からすれば製造費用は高くついたものの、上陸部隊の戦力を削れるならと惜しみなく投入されていた。

 ちなみに日本からすれば条約違反の代物であるが、違反した相手は異世界国家フェン王国、おまけに条約を未批准。倫理的に問題はあっても、法律的には問題なしであった。

 歩兵隊は強引に地雷原を突破するとそこに留まる。

「全員傾注。我々はしばらくここでフェン王国軍の襲撃を警戒する。海岸を戦列艦の総砲撃で耕してから本隊が上陸することになる...アルタラス王国のように簡単に行くと思うな。気を引き締めてかかれ」

 既に50人以上の仲間を失った歩兵隊。上陸前のような気楽さはなく、全員が表情を引き締める。

「くそっ! ニシノミヤコまで行くのにどれだけの被害が出るか....」

 歩兵隊指揮官はこれからの行軍に憂鬱げになるのだった。

 

 一方その頃、ニシノミヤコでは—-

 

「ですから! パーパルディア皇国の軍がすぐそこまで来ているのです! すぐにでも逃げないとまずいことになります。

 フェン王国兵が住民、いや、観光客(日本人)に向かって退避するよう促していたのだが—-

「は!? わざわざ金を払ってまでここに来ているのに!? だいたい、そんなのが来てるところで—-」

 日本人の言葉は笛の音でかき消される。

「ま、まずい...ワイバーンが...」

 フェン王国兵が上空を見たので日本人も釣られて見る。そこにあった光景はワイバーンが火球を形成してこちらに向かって撃とうとしている様子であった。

「は、はや—-」

 ワイバーンから火球が放たのを確認した兵士は日本人を強く突き飛ばす。火球が着弾する。

「グアァァァァァ!!!!」

 人の叫び声とは思えない声を兵士は発する。悲鳴を上げながら兵士は地面を転がり回り、やがてパタリと動かなくなる。

 最初の攻撃を皮切りにワイバーンが次々と街や逃げ回る人々に火球や火炎放射を浴びせる。

「は、早く逃げろ!!」

 日本人や、僅かに残っていたフェン王国民が逃げて行く。

「どのくらい残っている?」

「日本人観光客、約200人! フェン王国民に関しては少数!」

「向こうに逃げろ!」

「ま、待て! まだ上空にいるのに—-」

 凄惨な光景であった。無慈悲な攻撃によって次々と破壊されていくニシノミヤコ。幸いなことは日本人、及び民間人に被害が出ていなかったことであった。

 敵のワイバーンは街を一頻り破壊した後、撤退していく。

「なんとか乗り切ったな。だが....」

 破壊された家屋や道路を見つめる。

「くそっ。好き放題してくれやがって....」

 「兵士長、随分とやられてしましましたね....」

「あぁ、直前で避難が間に合ったのが不幸中の幸いだ。だが—-」

 兵士長は崩れた塀のそばで(うずくま)っている日本人グループを見る。

「奴らが素直に避難してくれれば、あいつが死ぬことは無かったのに...!」

「恨むのも無理はない。だが彼らは戦う術を知らない一般人だ。彼らを我々は助けなければならない」

 すると兵士長の目に瓦礫を撤去し、フェン王国兵を助けている一団を発見する。

「おい、君たち。何をしているんだ?」

 兵士長は兵士を1人連れてその一団に詰問する。

 一団—-明らかに日本人と(おぼ)しき服を着た3人が、助けた兵士を他の兵士に引き渡す。

 3人のうち、1人が一歩前に出てくる。

(今まで見てきた日本人と顔付きと髪の色が違うな....)

 「私はレイモンドと言います」

(日本人の名前と違うな....)

 その正体が気になる兵士長だったがその思いを片隅に置いておき本題に入る。

「....仲間を助けてくれてありがとう。感謝する」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 それからしばらく話して分かったことは、彼らは日本に駐留している国連軍とやらの軍人で、フェン王国へは休暇の消化で来ていたという。

「飛んだ災難でしたな。こんなことに巻き込まれるなんて」

「いえ、戦争になるのは覚悟の上でした」

「覚悟の上?」

「えぇ、戦争の危険が迫っていたのに、日本国政府は渡航制限を設けませんでした。下手したら何の罪もない市民が犠牲になる可能性があります。私たちはあくまで休暇の消費としてくることにしました」

 兵士長はこの3人の覚悟に心を少し驚かせる。だがそんな余韻に浸かる暇も無く、新たな狼煙が上がり始める。

「兵士長! 報告です」

「なんだ?」

 兵士がメモを読み上げる。

「ニシノミヤコから見て北側50kmにパーパルディア皇国軍の地竜複数を確認したとのこと!!」

 『もう来やがったか』と兵士長が歯切りをしながら言う。

「アマノキへの道は安全か?」

「いえ、ワイバーンがいるでしょうから、安全に移動させることは困難です....」

 長い熟考の末、兵長は口を開く。

「.....ミミールの森を通れば或いは?」

 兵士長の言に兵士は思わず耳を疑う。

「お、お待ちください! ミミールの森は我らでも迷うほどの深い森です。そんなとこに一般人を連れて行けば、どうなるかは想像できるはずです」

 ミミールの森とはニシノミヤコとアマノキを塞ぐようにして形成されている巨大な森林だ。

 その森の深さはフェン王国の民でさえ迷い込むほどの魔の森として恐れられている。

「いや、何も森の中に入る必要はない。森の外縁の沿うように移動し、万が一の時は茂みなどに隠れればいけるのではないか?」

「それは賭けですか?」

「賭けだ」

 兵士の問いに兵士長は強く言い切る。

「分かりました。護衛はどのように?」

「第一兵隊と第ニ兵隊をつけよう。その他は街に残り出来るだけ時間を稼ぐ」

「はっ!」

 踵を鳴らし、伝令を伝えるために走っていく。

「聞いての通りだ、君たちも指示に従ってもらうが、いいな?」

「問題ありません」

 兵士長が側に控えている兵士に指示を出そうとした時、再び甲高い笛の音が鳴り響く。

「ワイバーンだ!!!」

「くそっ!! 第二波か!?」

「全員伏せろ!!」

 再びフェン王国の美しい第二の都、ニシノミヤコの破壊が開始されるのだった。

 ◆

 時間は少し遡り、ニシノミヤコへの第二攻撃を開始する前に移る。

「それにしても、上陸した歩兵隊に約3分の1がやられるとは思いませんでした....」

「あぁ、やはり文明圏外などと関係なく、全力で叩き潰す必要があるな.....ニシノミヤコへの空襲は実施したのだったな?」

「は。既に空襲を行ったワイバーンは全騎帰還、休養に入っております」

 シウスは瞑目すると静かに目を開く。

「第二次空襲を行う」

「は? 2回目ですか?」

 副司令は思わずシウスに聞き返してしまう。

「海岸は戦列艦の砲撃でなんとか安全を確保したが、内陸となるとそうはいかない」

「し、しかし。戦列艦の支援砲撃を行うために海岸になるべく近い平野を選んだのです—-」

「馬鹿者!!!」

 突然のシウスの怒声に作業を行なっていた誰もが手を止める。

 しかしシウスは一切気にせず続ける。

「いいか? あらゆる準備をした上でこの作戦は決行されたのだ。だが、既に上陸戦だけで想定以上の被害が出ている。しかも正体不明の攻撃でだ。正体の不明の攻撃の正体を、我々は掴めていない!! あらゆる想定を行い、慎重に攻略を進める。いいな?」

 シウスのぐうの根も出ない叱咤にしょんぼりとしてしまう副司令。

「全部隊に伝えろ。相手は列強だと思え、とな」

 パーパルディア皇国軍は今までの楽観的な思いを全て捨て、命を賭けた戦いであると覚悟することとなる。

 ◆

 兵士長は燃え盛る街を見て呆然と立ち尽くす。

 少しはパーパルディア皇国軍と戦えるだろうと思っていた。だが、その考えは浅はかだった。フェン王国にはない兵器、戦術、そしてワイバーン。その差は残酷であった。

「......長。兵士長!!」

「.......はっ! ど、どうした!?」

「もうすぐそこにパーパルディア皇国軍が来ています。急いで下さい!」

「あ、あぁ....」

 フェン王国軍は絶望的な市街地戦の準備を始めるのだった。

 

 ■ ミミールの森 周辺

 

 ミミールの森と平野の境を200人以上の人々が列を為して移動していた。彼らはニシノミヤコから退避する日本人と数十名のフェン王国人であった。

 その一部、国連軍所属のレイモンドは部下2人と話をする。

「結構な行軍になるな....確かニシノミヤコからアマノキは300〜500km位だよな?」

 それにはレイモンドの部下であるウィリアム・F・ケネディが答える。

「かなり無理がありますが、そうでもしないと生き残れないですよ」

 『だけどな〜』とウィリアムの後ろを歩いていたジェームズが言う。

「敵に航空戦力がある以上、この強行軍は一か八かの賭けですよ....本国からの救助が来るのか一切不明ですし....」

 3人があれこれと話していると—-

「ねぇ、—-は!?」

「あれ!? いない!」

 列の中腹、レイモンド達の3人分離れたとこを歩いていた夫婦らしき人物達が騒ぎ始める。

 レイモンドはその夫婦の元に近づく。

「すみません。どうかしましたか?」

「え....はい。あの、息子.....この位の大きさなのですが—-が、いなくなってしまって.....」

「いつから居なくなりましたか?」

「はい、えーと......そういえば街を出たあたりからいなかったような....」

 夫婦が街に戻ろうとするのを静止するレイモンド。

「奥様。貴女達はこのままアマノキへと向かってください」

「で、ですが.....」

 レイモンドは有無を言わせず、そのままニシノミヤコへと戻っていった、

「じゃ、行きますか」

 ウィリアムとジェームズもそれに続いて行った。

 

 ◆

 ザッザッザ、と軍靴が音を並べて歩く。

 パーパルディア皇国軍第21歩兵隊であった。

 行軍する彼らの表情は一同暗い。空が雨模様になりつつなるのもあるだろうが、上陸戦で数十人に仲間を失っていることが最大の要因だった。

「まもなくニシノミヤコへと到着する。事前の航空偵察によれば、フェン王国軍が防衛戦を敷いてるようだ。よって、我々はまず牽引式魔導砲による事前砲撃終了後に突撃を開始する。いいか、先の上陸だけで数十人が死んだ。絶対に油断するな」

 隊長の言葉に力強く頷く兵士達。

 歩兵隊はニシノミヤコの手前20kmで行軍を停止する。

「牽引式魔導砲、全ての準備が整いました」

「うむ——砲撃開始!!」

「撃て!!」

 牽引式魔導砲。第二次世界大戦でいうところの野砲が火を噴く。

「命中! 続いて撃て!!」

 牽引式魔導砲の全力射撃。演習はおろか、実戦でもまず見ない光景に隊長は思わず感嘆の息を漏らしてしまう。そして再び気を引き締める。

 数十分に及ぶ全力砲撃の後、第21歩兵隊は後続隊と合流した後、ニシノミヤコへと突撃を開始する。

 

 ◆

 

 レイモンド達はほぼ全力疾走に近いスピードでニシノミヤコへと戻ってきていた。

 しかし、普段からトレーニングしている為、肩で息をする程度までは息が上がっていない。

「な、あんたら、また戻って来たのか!?」

 ニシノミヤコへと着くなり、すぐに兵士に止められる。

「もうすぐ戦闘が始まるんだ! 早くあんたらは—-」

「子供を探している!!」

「子供?」

 レイモンドは夫婦から言われた子供の特徴を伝える。

「おい、お前見たか?」

「いや、見てない」

 数少ない手空きの要員を捜索に出すことを決断する。

「あんたらに頼むのは気が引けるんだが、すまないが手伝ってくれ」

「もちろんです。そのために来たのですから」

 レイモンド達はフェン王国兵と協力して探すものの、中々見つからない。

「くそ。どこにいる」

 捜索している全員に焦りが広がる。

「おい、そこの—-」

 フェン王国兵が次の指示を出そうとした時、線の抜けるような音が辺りに響き渡る。

 レイモンド達はそれに聞き覚えがあった。

 これまでの戦争、紛争で嫌というほど聞いた音。

「おい、聞こえたか?」

 不気味な音が、風を切る音が近づいてくる。

「伏せろ!!」

 レイモンドの叫び声にフェン王国兵士もその場に伏せる。

 ドォォォーーン!!!

「な、なんだこの攻撃は—-」

「いいから伏せろ!」

 砲撃が始まったら、なんでもいいから地面の窪みなどに身を入れ、体の姿勢を低くして凌ぐしか方法はない。

 永遠とも思える時間の後、砲撃が終わる。

「大丈夫か!」

 フェン王国兵士が無事だと答える。

「おそらく、パーパルディア皇国軍の事前砲撃だ。すぐにでも奴らは来るぞ!」

 レイモンドの予想は当たっていた。

 猛烈な砲撃で耕されたニシノミヤコへと向けて歩兵隊は進軍していた。

「いいか? 動いている者がいたら、容赦なく撃て!」

 隊長の命令を、パーパルディア皇国軍兵士は忠実に実行していく。

 動く者(フェン王国兵)を容赦なく撃ち殺していく。

「や、やめ—-」

 バンッ! 

「行くぞ!」

 散発的に突撃をしてくるフェン王国兵を、虫を殺すかの如く淡々と倒していく。

 バンッ!  

 そんな銃声を、怯えながらも必死に隠れている人影があった。

「大丈夫。ここなら見つからないよ」

 奇跡的に砲撃を免れた家屋の地下に、一見防空壕と見間違うような地下室が設けられていた。

 その地下室に今にも大声を上げて泣き出しそうな子供1人と、若い男がいた。

 若い男は子供を泣かないように励ます。

 バンッ!!

  銃声が段々とこちらに近づいてくる。

 2人は迫り来る脅威に怯えつつも息を潜め続ける。

 

 

 

 

 

 

        必ず助けが来ると信じて———

*1
国防軍に改組した現在も、()()()()のままになっている。

パラレルワールドその2 フェン王国に関する分岐点


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