パーパルディア皇国 第三外務局
「これは........」
第三外務局局長のカイオスが外務局監査室から送られてきた書状に困惑する。
内容は『第三外務局の日本国に対する対応を不適切と判断。以降、第一外務局に管轄を移し、レミールを日本国の対応官とする』と。そして最後に、『直ちに第一外務局に出頭するように』と付け加えられて。
「あの狂犬に日本の対応を任せるだと! やはりフェン王国の例の件か.......」
カイオスが裏で色々手を回している内に、事態は深刻化していたのだ。
そして、『日本国と思おぼしき艦船から攻撃を受けた』という報告が軍務省から各局に通達があったのだ。
「まずいな........」
事態は思ったよりも進行、そして深刻化していた。うじうじしていても仕方ないので、第一外務局に向かいながら対応策を考える。
「いや、無理だな.......」
正式な手続きを得て管轄が移されたのだ。カイオスが出来ることは限られている。
第一外務局は皇宮内にある。第三外務局も皇宮のすぐ側にあるため、すぐに着く。
第三外務局も『文明圏外国家』を主として対応しているため、装飾はそれなりのものが用意されているが、第一外務局は『列強国』を主として対応しているため、皇国の中でも最高級の建材、装飾が施されている。
そんな第一外務局の局長室に入る。
「.......ようやく来たか」
部屋に入るなり、威圧的な声でそう発する女。外務局監察室のレミールだ。
「貴様、よく文明圏外の国家に対してこんな対応ができたな」
「は......国家戦略局の情報から警戒すべき相手だと.......」
カイオスは予め用意した回答を淡々と述べる。
「あぁ、あれか。だが、所詮は文明圏外国家同士の戦争。なぜそんなに警戒する必要がある」
どうやら国家戦略局の報告を知っていたらしい。
「は.......戦争の経緯や兵力などは兎も角として、ロウリア王国を降伏させた時間でございます」
国家戦略局はロデニウス大陸の工作には失敗したものの、情報収集を怠ることはなかった。それがこの結果である。
「なるほど、確かに憂慮すべきことだ。だが、それよりも.......」
レミールはダンッと机に紙を叩きつける。
「日本国と言ったか......文明圏外国家のたかが外交官に局長の貴様から課長まで首を並べて会談しただと.......。列強たる皇国の担当が、情けない限りだ」
カイオスは額に冷や汗を浮かべる。下手したら物理的に首が飛ぶ可能性がある。
「........カイオスよ、今後日本との外交は、第三外務局ではなく、第一外務局が行う事とする。外務局監査室から私が第一外務局へ出向するという形をとり、今後日本国への外交担当は私が行う事とする。今回処分されなかっただけでも、ありがたく思え。今後、せいぜい気をつけるんだな」
今回処分されなかっただけ—-全くその通りである。
カイオスは恭しく一礼し、部屋から出て行った。
「情けないですな」
「エルト局長と第一外務局局長の席を争った男と思えませんな」
カイオスが部屋から出て行った後、第一外務局の職員は彼のことを嘲笑する。
「全くだ。優秀な男だと評価していたのだがな.......」
レミールは紅茶を優雅に飲むと。エルトを一瞥する。
「エルト.......件の報告は誠なのか?」
「は、間違いありません。アルデ長官に再三問い合わせをしましたが、『捕虜は1人も確保できず、損害が想定を上回っている』で間違いないです」
「.......っ!!!」
レミールは紅茶が入った陶器のコップを壁に投げつける。
ガシャーン、という音が鳴り、カップが砕け散る。メイドがすぐさま片付ける。
「レミール様?」
「『合衆国と名乗る艦船からの攻撃を受けてワイバーンロード隊が半壊した。竜母も半数以上が撃沈された』........」
報告書に書かれた一文を呪文のように繰り返す。
「........皇国がここまでコケにされるとはな——-確か、日本の外交官がまだいたな?」
「はい。皇都のホテルに宿泊しています」
「すぐに呼び出せ」
「は.......」
第一外務局は日本の外交官に対し、すぐに来るようにとの内容で命令書を出した。
「.......なんだこりゃ」
杉崎が困惑した表情で質の悪い用筆紙を見る。
「正式な国交がないとは言え、『命令書』ですか........『要請書』ならまだ分かりますがね........」
「........まぁ文書の形式は置いておいて........やはり武力衝突の件か」
「そうだと思います。アメリカ大使館の外交官がもうすぐ到着するはずですが........」
由真崎がそう言った後、部屋の扉が開けられる。
「なんとか間に合いました」
流暢どころか、全く違和感のない日本語で話すアメリカ外交官。彼は駐日米大使館の外交官『セオドア・H・ワトソン』である。その後ろには一時的に大使館付き駐在武官となった『キャサリン・F・ケネディ』海軍大佐もいた。
「ワトソンさん、お久しぶりです。今回はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、杉崎さん」
「来て早々ですが、呼び出しを受けたので外務局に向かいます。先方には失礼を承知で......いや、向こうから吹っかけられた失礼ですから、この程度は大丈夫でしょう。ワトソンさん達も一緒に随行してください」
「分かりました........なるほど、そう言うことですか」
ワトソンが机の上に置いてある例の文書を一瞥し、全てを察した。
「ではすぐに向かいましょう」
ワトソンらが大荷物を置いたことを確認し、第一外務局へと馬車に乗って向かう。
「.........日本の馬車のほうが100倍マシだ」
ワトソンは信任状捧呈式にて大使に随行し、皇宮警察の馬車に乗っていた。
「まぁ向こうはサスペンション付きですし、道も整備されてましたからね」
「ハッハ........さて、杉崎さん。例の武力衝突の件で呼び出しを受けたようですが?」
「はい。おそらく合衆国のことも聞かれる可能性があります」
「大使館からは全てを話せとの命令が出ています。ご自由にお話しいただいて構いません」
「分かりました」
4人は、第一外務局に到着するまでの間、会談の擦り合わせを行うのだった。
「まるでベルサイユ宮殿みたいですね」
皇宮内に入ると、ケネディが言った通り、ベルサイユ宮殿のような華やかさと栄華を追求した建築様式の建物だった。
「こちらにどうぞ」
案内人に従い、皇宮内を進んで行く。
「綺麗ですね.......」
由真崎がうっとりとした声で言う。確かに、素人からの目でも美しいことがわかる。
やがて第一外務局の扉の前に着く。案内人がノックし、中へと案内させる。
部屋の奥側に、豪勢な椅子に腰掛けた20代後半くらいの美しい銀髪の女性が座っていた。細い体系をしており、頭には金の環をかぶっている。
部屋の隅に第一外務局の職員らしき人らが控えている。
彼女の鋭い眼光によって睨みつけられたケネディ以外の三人は一瞬硬直する。
「パーパルディア皇国、第一外務局のレミールだ。貴様ら日本に対しての外交担当だと思って良い」
「レミール.......」
杉崎と由真崎の2人はその名前に見覚えがあった。
カイオスとの会談が終了し、その後の会談が全くなかった時間にパーパルディア皇国を調査していたのだ。
その際、ムー大使の『ムーゲ』と会談する機会を得れたのだ。
『レミールという人物をご存知ですか?』
『いえ』
『あの方には気をつけたほうがいい』
その後、ムーゲから語られた事実は想像を絶するものであった。
・文明圏外国家の住民を見せしめとして数百人処刑し、敵国をすぐさま降伏させること。
これが一番イカれてる。
そんな残虐行為を平気で命ずるレミールが目の前にいる。
「日本国外務省の杉崎です」
「同じく由真崎です」
レミールの視線がワトソンとケネディに移る。
「アメリカ合衆国国務省外交官のワトソンです」
「アメリカ合衆国海軍大佐ケネディです」
「アメリカ.......資料にない人物かと思ったが、貴様らがアメリカ人か」
思案する様子を見せたレミールだったが、すぐに獰猛な笑みを浮かべる。
「ちょうどよかった。本当なら日本人に見せるつもりだったが、アメリカ人がいるなら好都合だ」
高圧的な声でレミールは語りかける。
「それはそれは、いったい何を見せていただけるのでしょうか?」
感情の無い声で問いかけるワトソン。
レミールは使用人を一瞥する。
ドアが開き、1m四方の立方体の水晶のようなものが現れる。
「これは魔導通信を進化させたものだ。この映像付き魔導通信を実用化しているのは神聖ミリシアル帝国と我が国くらいのものだ」
「はぁ........」
杉崎は間の抜けた声を出す。
テレビ電話のようなものだろう。
「これを起動する前に、お前たちにチャンスをやろう」
少し質の悪い紙が配布される。
フィルアデス大陸共通言語で書かれたその紙には、要約すると以下の事が記載してあった。
○ 日本国の王は、皇国人とし、皇国から派遣された者を置くこと。
○ 日本国内の法を皇国が監査し、皇国が必要に応じ、改正できるものとする。
○ 日本国軍は皇国の求めに応じ、必要数を指定箇所に投入できることとすること。
○ 日本国は皇国の求めに応じ、毎年指定数の奴隷を差し出すこと。
○ 日本国は今後外交において、皇国の許可無くしてあたらな国と国交を結ぶことを禁ず。
○ 日本国は現在把握している資源の全てを皇国に開示し、皇国の求めに応じてその資源を差し出すこと。
○ 日本国は現在知りえている魔法技術のすべてを皇国に開示すること。
○ パーパルディア皇国の民は皇帝陛下の名において、日本国民の生殺与奪権利を有する事とする。
以下省略
「何ですか!?これは!!!」
由真崎は抗議を行う。
この内容では属国以下であり、完全な植民地状態である。
「列強国、世界秩序を担う国家が、こんな急進的なことをしてもいいと思っているのですか!? 世界で最も先進国家のあなた達が!」
由真崎はレミールの自尊心を突くような形で物を言う。
が——
「秩序だの先進国家だの......文明圏外国家が知ったようなことを言うな!」
「レミールさん。貴国の日本に対する要求は理解しました。そして、我が国から貴国に対して、直ちにフェン王国に対する武力侵攻を停止するよう要求します」
レミールの顔が『こいつ正気か?』という表情になる。
「......要求だと? 列強たる皇国に向かって要求だと! その言葉後悔させてやる!!」
レミールが指を鳴らすと、装置が魔力を帯び始め、質の悪い映像が流れて始める。
「これは.......」
最初、何が映っているか分からなかったが、人を映したものだとは理解した。
「人を見せて、どうするのですか?」
「よく見てみろ」
そう言われて、画面に映る人物を凝視する。
そこでようやく理解した。画面に映る人影が殺されたアメリカ人だと。
「! あ、アメリカ人.......」
「ようやく気づいたか。そうだ。ニシノミヤコにいたアメリカ人だ。小癪なことに、兵士を数人殺したそうだ.........分かったか? 逆らえばこうなるということを........」
レミールの後ろに控えている、エルトを除いた職員全員が満面の笑みを浮かべて頷いていた。
ギリッ!
ケネディの拳に力が入る。だが、彼女はここでは発言できない。
「フェン王国の首都アマノキまで進軍するつもりですか?」
「勿論だ。アマノキにはどれくらいの日本人アメリカ人がいるだろうな」
もう駄目だ。彼女は、いや、このクソ野郎は自分たちのことを人間だとは思っていないのだ。家畜と同等の扱いをしているのだ。
「分かりました.......既に本国では邦人保護出動が発令されています。あなた達が今回受けた被害とは比べ物にならない程の損害が発生するでしょう」
「我が合衆国も、貴国に対し、それ相応の罰を受けてもらう」
「ハッ! どれだけ烏合の衆が騒ごうとも、結果は同じだ。今回我が軍を押し退けたのは、たまたまだと言うのに」
もはや会談ですらない会談が終了した。
「くそ! くそっ!!!」
ケネディが悪態を吐く。
「どうしてアメリカ人が......どうして........」
「おそらく、映像に映っていたアメリカ人は.......」
「はい。ニシノミヤコに戻ったとされる国連軍人です」
沈黙が4人の間に漂う。
結局、馬車に乗らずに宿舎へと戻ることにする。
街路を歩いていると、海が見えて来る。この先で戦争が起きているのだ。
本来ならここでうじうじしている暇などないのだが、それでもアメリカ人が1人犠牲になったという事実が4人に重くのしかかっていた。
そんな4人の背後から近づいて来る人影があった。
「! 誰か!」
ケネディがいち早く気づき、誰何する。
「失礼しました。日本国情報庁特殊作戦執行部の近藤です」
「あ、潜入班の方ですか」
「はい、偶然お見かけしましたので、声を掛けさせていただきました」
杉崎は近藤の目を見る。
「何か嫌なことがあったようですが?」
「ここではあれなので.......」
場所を移すことを提案すると、近藤は二つ返事で了承する。
「それで、何があったのでしょうか?」
杉崎は徐に口を開く。
「まず、最初に言います。アメリカ人1名が犠牲になりました」
近藤はワトソンを見ながら、軽く驚いた様子を見せる。
「アメリカ人が.......」
「はい」
「合衆国としての対応はどうなるでしょうか?」
ワトソンは少しの間黙り込む。
「........分かりません」
本国が消失し、大使の意思が米国の意思とされるが、どうなるかはワトソンにも分からなかった。
「ですが、戦争の足音がすぐそこにあるのは間違いありません」
これについては断言できた。
「分かりました。我々もできることをします。手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言うと、近藤は宿舎から出て行った。
「取り敢えず、本国に報告します」
「私も大使館に報告します」
どれだけ打ちのめされても、それぞれが仕事を全うするのだった。
◆ 日本国 首相官邸 総理執務室
「........それは本当なのか?」
「はい。現地にいる外交官、米大使館からも同様の報告が来ています」
総理執務室にてパーパルディア皇国に派遣されている外交官からの報告を討議する会議は、さながら葬式のようであった。
「ニシノミヤコに引き返したとされる国連軍人一名が犠牲に........」
上野はその一文を呪文のように繰り返す。
「米国はどうするつもりだ?」
新山経産相が聞く。
「何とも言えません。ですが米国の動向を気にするよりは、この事態をどう対処するかです」
宇治和が広瀬のほうを見いやる。
「国防軍は邦人保護出動を実施し、フェン王国に在留する邦人と外国人を保護しています。輸送艦による輸送を急いでますが、約2000人以上の邦人がいます。外国人もです。全てを避難させるには時間が掛かります」
「仮にパーパルディア皇国が殴り掛かってきたとしたら対応できるのか?」
「技術力の差から言えば敵ではありません。ですが既に必要最小限度の戦力を大きく超えています。言うならば派兵です」
そこで広瀬は上野のことを見る。
「やはり防衛出動が望ましいかと。向こうは既にフェン王国に対し宣戦を布告。そして我が国に対して隷属の要求をしてきたのです。防衛出動の発動条項は満たしています」
事前承認の決を取ったとしても、野党やマスコミが反対するとは考えずらかった。
「........」
「総理。日本国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態と認めることができます。防衛出動待機命令だけでも発令すべきなのでは?」
「総理」
「総理」
閣僚が口々に『総理』『総理』と言う。
「どうして」
「え?」
「.......どうしてそんなに決断を押し付けてくるんだ! もしここで判断したとしても、皆んな私に責任を負わせるつもりなんでしょ!!?」
上野がついに感情を爆発させた。
「大体、防衛出動防衛出動って言うけどね! 邦人を迅速に退避させれば問題ないでしょ! それに、従属の要求にしたって、ムー共和国が黙って見てる訳がないでしょ!!」
なぜここでムー共和国の名を出すのかと、理解に苦しみながら閣僚が上野のことを宥める。
「総理、我々も責任を負います。というか総理が辞任すると言う事態になった場合、必然的に内閣総辞職になりますから.......」
「信用できない!」
「あっ!」
そう言いながらNSCセンターを出て行ってしまった。
補佐官と秘書官が慌てて追いかけて行く。
「........一度休憩を挟みます」
危機管理監がそう言い、場の緊張が解かれる。
広瀬は真っ先に首相の席に向かい、そこに置かれている国章を取る。
「管理監、30分程本省に戻ります」
「分かりました」
そう言い残し、広瀬もセンターから出て行った。
「大臣、どうなってしまうのでしょうか」
エレベーター内で運用官が聞いてくる。
「さぁな、あそこまでヒステリックになると、まともな判断は出来なさそうだな」
「白井司令も居なくなってしまいましたし......」
「........」
エレベーターが2階に到着する。
ホールから階段を降りて、車寄せにまで行く。
「では、自分は別の——」
「いや、君も乗ってくれ」
「........分かりました」
幾ばくかの時を置いて、運用官も大臣車に乗る。
運用官は助手席に乗ろうとしたのだが、秘書官から隣に座ってくれと言われてしまい、仕方なく広瀬の隣に座る。
「.........」
車内では、広瀬が何かを考えているのか、静かであった。
車は国防省の車寄せへと到着する。
メインロビーに入ると、ある人物が目に留まる。
「あれ? 三笠様では?」
「え?」
待合の椅子に1人座っている少女が1人いた。
「........あ、大臣」
広瀬は真っ直ぐその人物のもとへ進む。
「........嫌な予感がしてきてみれば、このようなことになっているとはの」
開口1番に叱責であった。
広瀬は大人しく頭を下げる。
「小さな歪みは、やがて大きな災いのもとになる。その時は近い」
そう言い残し、三笠は椅子から立ち上がり、ロビーから姿を消した。
「三笠様はなんと?」
エレベーターに乗ると、運用官が聞いてくる。
「大きな災いが来るってさ」
「は?」
エレベーターが地下に到着したことを告げ、扉が開く。
目の前に白井がいた。
「っ.......」
「待て!!」
咄嗟に振り向いた白井だったが、広瀬に腕を掴まれる。
「お前までが消えてどうする! 日本は窮地だぞ!!」
「すまん.......」
そう言いながら腕を振り払い、エレベーターへと乗る。
伸ばした手は無情にも、閉まる扉に阻まれた。
「くそっ!!」
ガンガンと、何度も拳を扉に打ち付ける。
運用官は静かにその場を離れて、統合幕僚会議室に向かう。
「おう、戻ってきたか」
羽崎陸軍参謀総長が声を掛けてくる。
「大臣も一緒にいます。打ちひしがれていますが.......」
「うん、分かってる」
すると、自身の席の上に、大量の紙が乗せられていることに気付く。
「これは......」
「パーパルディア皇国本土の攻撃案だ」
「........現在までに判明している、敵基地への攻撃案ですか」
そこに書かれているのは、あくまでも紛争の範囲に限定された攻撃案であったが........。
「ですが、今回の敵は我々の常識、国際法が通用しません。一部の基地を攻撃しただけでも、過剰な反応をする恐れが........」
「あくまで案だ。そこまで深く考える必要は無い」
そうは言うものの、羽崎の言葉には、どこか後ろ暗い感情があった。
「すまん。俺も頭が混乱してる」
羽崎は白井シンパの中でも屈指のタカ派だ。そのリーダーが突然の引責辞任をしたとなれば混乱するのも頷ける。
「軍の対応は?」
「現在、海軍の第一護衛艦隊がフェン王国の守備に入ってる。第41戦闘旅団が揚陸作業をたった今開始したところだ。空軍もAWACSを中心としたサポートパッケージを進出させている」
「米軍の動きは?」
「ドック型揚陸艦に特科連隊が便乗、アメリカ海兵隊遠征隊も一緒にフェン王国に向かっている。第7艦隊のイージス艦3隻、潜水艦1隻もフェン王国に向かっている」
「日本にいる国連軍のほとんどを原隊復帰させているのですか.......」
それだけでも米国に怒りの具合が伺える。
「.......こうなったら——」
羽崎がその後、何を言ったか分からなかったのであった。
◆ フェン王国沖 第一護衛艦隊『いずも』
いずもCICでは早期警戒機が探知している艦隊の対応について話し合っていた。
「——やはり無力化しかないか.......」
苦悶の表情で安藤がチャートを睨みつけながら言う。
「はい、統合司令部からの新たな部隊行動基準では、“必要以上の攻撃は認められない“とのことです」
「........くろしおがやったように、麾下の艦にマストのみの無力化を行いましょう」
「だが、最大のネックがワイバーンだ」
タンタンとチャートに表示されている空母群を叩く。
「アメリカのイージス艦がそうなったように、波状攻撃を受ければ、無傷では済まない」
あーでもないこーでもないと参謀らが首を捻りながら考える。
「取り敢えず、奴らが仕掛けてきたら対応する」
結局、玉虫色の決断がされたのだった。
第一護衛艦隊が攻撃判断に悩んでいるのと同時刻。
パーパルディア皇国艦隊も同様に悩んでいた。
「まさかたったの一隻に140騎が落とされようとは......」
「はい。波状攻撃でなんとかなると思いましたが、まさかここまでとは........」
「........くそっ!!!」
ガンガンガンと、海図が載せられた机を叩き、羽根ペンやインクを弾き飛ばす。
だが、誰もシウスを止めない。
全員がシウスの気持ちを痛いほど理解できるからだ。
しばらくの間、いろんな物に八つ当たりして、ほっと息を吐く。
「すまない、取り乱した」
参謀が、インクで染められた海図を新しい物に変える。
「高性能艦がアマノキに位置しているのか.......」
「はい、攻撃隊の最後の報告では、2発命中させたとのこと。それを最後に、通信が途絶えました」
作戦の前提が崩壊し掛かけていることに、シウスは戦慄する。
「........だが、奴らは陸軍戦力を持ってない。陸からの侵攻なら、手も足も出ないはず」
「陸軍部隊は既に地竜の揚陸作業を終え、ゴトク平野を目指して進軍中です」
◆——◆
ニシコミヤコを陥落させた陸軍部隊は、部隊を再編成し、地竜を先頭にしてアマノキを目指していた。
時折、フェン王国兵が散発的に攻撃を仕掛けてきたものの、地竜の火炎放射で殲滅した。
「にしても、二個部隊が壊滅したのは痛いな......」
「はい。市街地戦ではある程度の損害を覚悟していましたが、二個部隊の壊滅は想定外です」
「上陸でも、ニシノミヤコの損害も想定外........こんなこと、今まで一度もなかったぞ.......」
ベルトランはパールネウス共和国時代からの軍人であり、パーパルディア皇国となった今でも軍人として国のために尽くしてきた人物であった。
「ベルトラン将軍、シウス司令からの魔信です。『アマノキ空襲のために出撃したワイバーンロードが壊滅した。十分に注意しろ』とのことです」
参謀の報告にベルトランは耳を疑う。
「ワイバーンロードが壊滅した!?」
「どうやって高速で飛ぶワイバーンを落としたと言うんだ.......」
参謀内に混乱が広がる。
「全員落ち着け! このことは、我らの内に留めておく。今はゴトク平野を目指す」
「「「はっ!!」」」
ベルトランは陸軍部隊に合わせて航行する戦列艦を悲しげに見つめるのだった。
◆——◆
フェン王国首都アマノキに程近い海岸におおすみ型輸送艦2隻と、さつま型輸送艦2隻から発進した計8隻のLCACがひっきりなしに海岸へと上陸し、人員と装備を吐き出していく。
見物に来ているフェン王国人が驚きの声を上げる。
「船が陸にまで来ているぞ......」
「あんなのを持っている日本ならパーパルディア皇国を打ち払ってくれる!」
やがて、日本軍に対して歓声を送るのだった。
国防軍第42戦闘旅団
国連軍に出向し、中東紛争にも参加したことがある。単体の戦闘団としては第二師団、第七機甲師団以上の練度を誇る。
旅団長の
「次の輸送で旅団の揚陸が終了します」
「了解」
ディスプレイが進軍中のパーパルディア皇国軍をクローズアップされる。
「現在侵攻中の部隊ですが、我々の基準だと、重機械化師団、もしくは機甲師団に相当します」
「特科部隊の到着は1日後、敵部隊のアマノキ到着予想時刻も同日です」
「........この平野は?」
久世は比較的地形が穏やかな地点を指す。
「ゴトク平野です。高低差30m以内の穏やかな平野です」
「機甲部隊展開の好条件地域か.......」
「はい。敵もそれを理解しているはずです」
「.........部隊をゴドク平野に進出、そこで敵を迎え撃つ」
「分かりました。対戦車ヘリ二機でローケーションを組みます」
飛行隊長が班長に指示をする。
「やはり特科連隊がいないのがつらい.....」
幕僚が苦悶の表情で言う。
「ですが、対戦車ヘリもいますし、航空隊の支援は潤沢です。ヘマをしなければ負けることはないでしょう」
「7空と調整し、すぐに支援を受けれるようにします」
砲火力では不足しているものの、空母航空団の支援を受けれる。
「分かった。敵の前面を第4戦車中隊と偵察隊で削り、後方を対戦車ヘリで攻撃、航空攻撃も適時実施する」
久世陸将補が大まかな方針を言い、作戦会議を締め括った。
「使用できる支援は潤沢ですね」
会議が終わった後、幕僚が話しかけてくる。
「戦闘団単体の打撃力が不足しているんだ。中央も、そこら辺は理解してくれてる」
「特科連隊もアメリカ海兵隊と一緒に来ている。それで戦力は完結だな」
「.......いよいよ戦闘ですか」
「あぁ。気を引き締めていこう」
久世陸将補はマグカップに残っているコーヒーを一気に飲み込んだ。
第10戦車中隊中隊長は40式戦車の車内にて静かに戦術端末を凝視していた。
「ついにこの時が.......」
ドローンは今も尚侵攻中のパーパルディア皇国軍を映す。
敵の数は強大だ。油断できない。
「各車、相手はこちらより遥かに劣っているが、油断はできない。総員気を引き締めてかかれ」
各車より了解の返事が来る。
中隊長はまだ見えぬ敵に対して微かな恐怖を抱くのだった。
◆ 小松基地
国防空軍小松基地に古めかしいレシプロ機が着陸する。
翼と胴体、尾翼にはムー共和国の国章があった。
ムー共和国 ロールス・ロトール社製 ラ・カオス
ムー共和国初のエンジンを4発搭載した輸送機にして、破格の輸送能力を誇る長距離輸送機だ。
ラッタルが降ろされ、ムー共和国三軍の制服を着た8名の将校と士官が降りてくる。
最後に降りてきたのは、前回のムー共和国使節団に随行した技術士官のマイラスと戦術士官のラッサンであった。
彼らは今回のフェン王国武力衝突の件で、日本国へと派遣された観戦武官であった。
ムー政府が観戦武官派遣を通知すると、日本国政府は初戦は見ることができないかもしれないと前置きして観戦武官を受け入れることになった。
「また来ることになるとはな.......」
ラッサンが滑走路から離陸していくF-15を見ながら言う。
「来月から始まる技術交流までは来れないと思ってたけど、こんなに早く来れるなんて!」
マイラスがはしゃぐ子供のように言う。
「ははは。たしかにそうだな。だが、今回は前回と訳が違う」
そうだ。今回は演習の見学などでは無い。日本軍の実戦を見ることになるのだ。使節団のときに来た時とは全く異なる。
「あぁ。じゃあ行こうか」
マイラスとラッサンは職責を果たそうとする。
内閣総理大臣 上野の運命
-
ルート①
-
ルート②
-
ルート③
-
ルート④